映画『いちばん逢いたいひと』「もう二度と会えない人」丈監督インタビュー

映画『いちばん逢いたいひと』「もう二度と会えない人」丈監督インタビュー

2023年2月25日

今、生きていることに、すべて意味がある。映画『いちばん逢いたいひと』丈監督インタビュー

©Tiroir du Kinéma

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—–まず、本作『いちばん逢いたいひと』の製作経緯を教えて頂きますか?

丈監督:プロデューサーである堀ともこさんといういち主婦の方がおられますが、彼女の娘さんが小学生の頃、実際に白血病に罹られて、ドナーのお陰で一命を取り留めた経緯があります。

今でもそうですが、ドナーの数が少ない現実があります。

その割に、型の種類が非常に多く、合致しない人も沢山おられます。

だからこそ、多くの方にドナー登録をして頂きたいという堀さんの強い想いが、あるのです。

ドナー登録の認知を広めるためには、「映画を作ろう!」と彼女は思い付き、その発想から、まず芸能プロダクションを立ち上げ、10年という歳月をかけて製作しています。

堀さんは、往年の喜劇映画を監督していた瀬川昌治さんの付き人をしていました。

そのご縁で、彼女と出会いましたが、その頃から10年という時間を要して、本作を作ると一人の女性が力強く行動して、右も左も分からない芸能の世界でプロダクションまで立ち上げた。

それほど情熱を持った方でした。

彼女は、僕の演出する演劇作品をよく観劇してくれていました。

僕が書く台本のセリフを気に入ってくださり、映画を撮るなら、僕に頼もうと考えていたようです。

ちょうど2021年頃、三週間抑えていた舞台の小屋もコロナ禍で延期となり、SNSで「暇だ」と書いたら、堀さんが「映画、撮りませんか?」と、ライトに誘って来たんです。

SNSを通して、まさか製作のお誘いがあるとは思いもしませんでした。

「お茶でも、飲みませんか?」ぐらいの軽いお誘いでした。

でも、僕も1作目を作っていましたので、チャンスがあるなら、トライしてみようと感じました。

映画監督も長年の夢でもありましたし、ご指名して頂けるのなら、二つ返事で快く承諾しました。

最初に打ち合わせした時に、患者とドナーは絶対に会ってはいけない。

手紙のやり取りもほとんどしてはいけないとお聞きし、めちゃめちゃドラマチックと感じ、あっという間に台本を書き上げました。

これが、本作『いちばん逢いたいひと』の製作経緯です。

堀さんという一人の女性の情熱が、10年という歳月をかけて、この作品へと辿り着けたんです。

白血病に対する彼女の強い想いが、詰まった作品です。

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—–難病ものに関する映画となると、物語の性質上、どうしても湿っぽくも、重くもなったりするジャンルですが、今回の作品では、監督として湿っぽくならないよう演出面に対して、何か気を付けていた事はございますか?

丈監督:最初からいくらでも湿っぽくにもできますが、一人でも多くの方に観てもらうためには、エンターテインメントにしなければいけないと、堀さんには説得しました。

彼女もすぐに乗り気になってくれて、よくあるお涙頂戴という物語ではなく、エンターテインメントとして面白い作品に仕上げたかった気持ちは、大きかったです。

土台となるテーマはしっかりし、画作りもまた、しっとりと描くのではなく、とにかくダイナミックな映像を心掛けました。

カメラを動かしたりと、映像面での迫力は意識しました。

一方では、ユーモアを挿入しつつ、誰もが観ても、メッセージが伝わるように、ストーリー的にもワクワクドキドキさせるような作り方を目指していたのは、事実です。

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—–柳井という男の設定が、会社の資産を横領する非常にスキャンダラスな人物として描かれておりますが、犯罪には「横領罪」以外にも多くありますが、この設定にした理由はございますか?

丈監督:結局、最終的には共感できるように作りたかったんです。

横領した理由にも、深い事情があるんです。

人を刺して、殺人罪に問われてしまったら、どんな理由があっても、見過ごす事はできないですよね?

でも、その中で、共感できる要素で、柳井という男が谷底まで落ちるような事は何だろうと考えた結果、このような物語が生まれました。

どん底まで落ちる設定が、ドラマとして最後に繋げるために非常に必要でした。

だから、色々考えた結果として、この設定となりました。

しかも、観ている方も共感できるんですよ。

—–尚且つ、ここ数年の間、世間でも「横領罪」に関するニュースが、非常に多く報道されていますよね。この設定にしたのが、ある意味、タイムリーな題材なので、興味を持たれやすい一面もありますね。

丈監督:そうですね。言われてみれば、タイムリーかなと感じますね。

やはり、人間はどん底まで落ちたからこそ、何か気づけることってあると思うんです。

その中での一番人間として大事なモノを探していく柳井や楓たち、登場人物が魅力的なんです。

そう言う二人の人生を主軸に、様々な事を伝えたかったんです。

—–罪を犯した人間と、病気を通して死ぬ直前までを体験した人間では、非常に真逆な人生を歩んでいますよね。

丈監督:真逆ではありますが、実は人生の岐路に関しても、命の向き合い方に関しても、犯罪を犯している柳井は柳井でも、彼らは全然違う人間ですが、人生を経験している厚みは、似たもの同士です。

—–人生の歩み方に違いがあっても、直面している現状や立場は、同じですよね。2人共、人生のターニングポイントに直面した人物ですね。

丈監督:そうですね。命と向き合ったりとか、自身が追い詰められた結果、人生と向き合う2人にしたかったんです。

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—–また、本作のロケ地は広島県府中市(福山市)ですが、本作の製作に当たって行われたクラウドファンディングでは、「瀬戸内海の美しい風景を念頭にして」と仰っておられますが、作品において瀬戸内海や府中市を撮影場所にした理由をお聞きできますでしょうか?また、この場所をロケーションにする事で、作品にはどのような影響があったと思いますか?

丈監督:元々、広島を撮影場所にしたのは、一作目の映画が、オール福山市ロケだったんです。

それは、ご縁があっての事です。

広島県の映画好きの方にも作品の制作にも携わって頂きました。

その方は元々、日活の撮影所で制作をされていた方なんですが、撮影所で働いていたご経験もあり、非常にプロ並みのお仕事をされるんです。

本作では、終盤にホームレスの役で出演して頂けた方です。

この人の現場での制作としてのバックアップが、非常に素晴らしかったんです。

だから、映画を撮るなら、この人と組みたいと思うぐらいでした。

それで広島ロケにしようと、考えていたのが、まず一つです。

あと、撮影する時に、広島県は画になるんです。

山がある、海がある。また、都会っぽい街並みもあり、郊外もあります。

府中市には、古都の雰囲気がある場所です。

広島県を選んだ理由は、色んな顔を持つ町なので、ロケーションには、非常に適した場所でした。

その景観もまた、ただ綺麗ではなく、日本らしい雰囲気を残す風光明媚な景色なので、非常に気持ちが盛り上がるロケ地でした。

選んだ理由は、それが一番大きいです。

—–都会でもない雰囲気を持つ場所が、撮影場所に非常にマッチしていたんですね。

丈監督:あと、都会みたいな場所、リゾート地みたいな場所、郊外のような場所もあるんです。

坂もあれば、平地もある。

だから、色んな顔を持った画を撮れるんです。

—–府中市には、様々な顔を持つ場所がたくさん、点在しているんですね。

丈監督:それに、皆さんがバックアップして下さるという理由も、大きく比重を占めています。

ただ、景観は非常にいい場所ですね。

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—–本作の題材となっている(※1)白血病は、人口10万人に対し、 男性は13人、女性は8.9人ほど罹患しているそうです。 ピンと来ない数ではございますが、然程珍しい病気ではございません。この数に対する、ドナーの登録者数は少ないと言われている昨今。昨年3月の登録者数は、新規も含めて、53,953人という事です。実際、この人数はまだまだ少ないと言われています。今のこの現状に対して、本作がどういう役割を果たせると考えていますか?

丈監督:一言で言えば、プロデューサーの堀さんの想いですよね。

やはり、ドナーになる人を増やしたい、その一心なんです。

確かに、簡単に言いますが、何が尊いかと言えば、一人の人がドナーになって、骨髄を渡した事によって、一人の命が助かる事は、非常に尊い事なんですよね。

だから、その点は、この映画を通して、観た人に伝わって欲しい所です。

本作では、ドナーや白血病の話だけでなく、そこからの彼らのアフターライフの物語も描いています。その後の人生を描く事が、非常に意味があるストーリーにしたかったんです。

—–そこに意味がある…。

丈監督:そうですよね。命を助けられた者と人生を追い詰められた者が、お互いに旅をして、それぞれ違う人生を歩む姿を通して、命の美しさを描いています。

—–ただ、彼らが感じている事は、「死」なんですよね。そこは、共通点かと思います。女の子は、死ぬかもしれない感情。かたや、男は死んでしまいたいと願う感情。それぞれが、交差していると思います。

丈監督:お互いが共通して意識しているのは、「死」への感情です。

—–いつ、死んでしまうのか分からない…。人と人が出会うことによって、考え方や価値観が180度ガラッと、変わるんですね。「死」から「生」へと、気持ちが転換して行くんですね。「生」に対しての前向きな感情が、大切ですね。

丈監督:しかも、偶然は必ず存在すると思います。

偶然は、必然なんです。

彼らは、「死」を意識したからこそ、明日を見て、生きて行こうとするんですよね。

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—–プロデューサーの堀さんは、作品を通して、家族の在り方や命の大切さを伝えて行きたいとお話されておられますが、監督自身は今も含め、本作の製作過程を通して、この考え方に対して、何か再認識する事はできたと思いますか?

丈監督:実は僕自身も、癌を患ったことがあります。

舌の癌です。

(※2)舌癌(せつがん)と呼ばれる病名です。

その時も不思議な事が、起きました。

京都の知り合いに、歯科口腔の外科医がいらっしゃって、その方が関西での(※3)扁平上皮がんの権威でもある先生なんです。

僕のお芝居を東京以外で呼んでくださった方でもあります。

僕の舞台を東京まで距離的にも、お仕事柄でも、観に来れなかったにも関わらず、ある時観に来て頂ける時がありました。

東京に来て頂く日が分かった翌日に、僕の舌がピリッとした感覚が走ったんです。

鏡で見てみたら、舌の側面に白い口内炎がありました。

過去に、親戚の親しかったおばさんが舌がんになったんです。

彼女の舌を見せてもらったら、真っ白だったんです。

だから、舌が白い事には敏感になっていたのと、個人的に医学も好きで、知識として勉強していた経緯もありましたので、「癌だ」と直ぐに疑いました。

でも、死ぬイメージはまったくなく、なぜなら権威の先生が来ることが分かっていたので、まったく怖くもありませんでした。

—–奇遇ですね。

丈監督:そう。奇遇だったんです。

これは、何か特別な力が働いて、自分自身が生かされていると、実感しました。

舌の白いのは、検査してもらった結果、案の定、舌癌でした。

京都の先生が、すぐに大学病院も手配して頂き、すぐ手術ですよね。

この時、本当に命を取り留めたと実感させられました。

今も健康な身体を保てているのは、あの時の出来事があったからなんです。

もちろん、舌癌となった舌は切除されてしまいました。

僕は役者なので、毎日のように口を動かしていので、回復自体は問題はありませんでした。

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—–見たところ、舌は少し斜めに傾いていますが、役者にとっては、この舌癌は致命的ではなかったでしょうか?

丈監督:間違いなく、致命傷です。

ただ、辛いことも一切なく、手術後すぐに話すこともできました。

いつも鍛えていた体の部位でもありますので、お医者さんもビックリしていました。

前向きに捉えて、この経験も後々、「糧になる」と、実感しました。

舌は削られてしまいましたが、その代わりに、削られた部位を補おうと残った舌が敏感になり、何を食べても美味しく感じる舌を頂きました。

それは、舌癌となった代わりの副産物だと思っています。

それでも、その時は命と向き合って、考える時期でした。

そういう人と人や命と命の巡り合わせは、本作のテーマと繋がっている部分かなと思います。

この経験があったからこそ、この作品が生まれたのだと実感しています。

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—–タイトル『いちばん逢いたいひと』を踏まえて、丈監督にとっての「いちばん逢いたいひと」とは、誰でしょうか?

丈監督:やっぱり、本当に会えない人と会いたいですよね。

亡くなった恩師や、身内でも友人でもいます。

この世にいなくなった方は、叶わなくても、逢いたい気持ちは強いです。

生きている人は、会おうと思えば、会えるかもしれません。

芸能界にも、多くの恩師の方がおられます。

藤田まことさん、渡瀬恒彦さん、左とん平さん、梅沢武生さん、今井雅之さんら、どう頑張っても会えない人には、もう一度、お会いしたいです。

最初のインタビューの頃は、ポン・ジュノやスピルバーグに会いたいって言っていましたが、改めて考えると、本当に会いたい人は、もう二度と会えない人なんだと、思いました。

会えないからこそ、本当に会いたくなるものなんです。

—–最後に、本作『いちばん逢いたいひと』の魅力を教えて頂きますか?

丈監督:最初にも言いましたが、あくまでも、エンターテインメントなんです。

本当に、スリリングな場面もあり、物語に惹き込まれるような工夫もしています。

だけど、本当に作品として楽しんでもって、最後観終わった後に、何か大事なモノを、人々の心に残せたらいいなって、思っています。本当に家族で観て欲しいですし、恋人同士でも、おひとり様でも、観て欲しいです。そういう気持ちで、形振り構わずに作った作品です。一人でも多くの方に観て欲しいと、願っています。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

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映画『いちばん逢いたいひと』は現在、関西では2月24日(金)より大阪府のなんばパークスシネマ。京都府のUPLINK京都。三重県のイオンシネマ桑名。2月25日(土)より兵庫県のCinema KOBEにて、上映開始。また、全国の劇場にて、公開中。

(※1)白血病https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/27_aml.html(2023年2月23日)

(※2)舌がんhttps://ganjoho.jp/public/cancer/tongue/index.html#:~:text=%E8%88%8C%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%AF%E8%88%8C,%E5%A0%B4%E6%89%80%E3%81%AB%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2023年2月23日)

(※3)扁平上皮がんhttps://drive.google.com/file/d/14ew_I9-iKr0zFLPfNS6BVJcHzz7oTL-9/view?usp=drivesdk(2023年2月23日)