衝撃のスクープを描くサスペンス映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
2017年に世界的に起きた「#Me too」運動は、本当に終結したと言えるのだろうか?
アメリカに限らず、ここ日本でも、他国でも、同じ事が言える。
この(※1)性的暴行事案には、一生終わりが来ないという覚悟を持ってして、挑んで行く必要がある。
一般財団法人日本刑事政策研究所が、過去に発表した調査報告書(書類は非常に古く、平成17年までの統計となるため、今日までのおよそ15年ほどの犯罪傾向は記されてない)は非常に詳細に、そして明確に書かれている。
ただ、これらの問題は氷山の一角に過ぎず、今こうして声を上げ、事実と向き合う姿勢を取った人々は、全体の数%に他ならないだろう。
まだ何かに怯え、懸崖撒手できずに、自身の過去に閉じ籠っている人は必ず、大勢いるはずだ。
これは、性的虐待だけに留まらず、パワーハラスメントにしても、モラルハラスメントにしても、この問題に匹敵するほどの力があるのは事実だ。
これら、すべての問題を白日の元に晒して行かなければならない。
私たちが生活するこの社会のどこかで、犯罪が密密に行われている事を事実として認めて行かなければならない。
そこに鋭いメスを入れ、炙り出して行くのが、記者やメディアの役どころではないだろうか?
本作『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』は、ハリウッドの名プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインを名指しで告発した二人の女性ジャーナリストの姿を描く。
2017年10月5日にニューヨーク・タイムズの記者、ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーが、2015年3月から性的虐待疑惑のあった同氏による数十年に及ぶセクシャルハラスメントを告発する記事を発表した。
本作は、その報道を世に送り出すまでの、彼女らの地道な調査、そして苦悩や葛藤を作品にしている。
事実とだけあり、本作のプロットは、2015年に実話を基に製作された映画『(※2)スポットライト 世紀のスクープ』と全く同じようなあらすじ、ストーリー展開だ。
記事を書く前の調査、関係者への聞き込み、社内での密接なやり取り、他者との競合、外部からの圧力、それらひとつひとつ丁寧に対処し、取り除き、交わしていく。
そして、最後に、告発文を文書として新聞やウェブを通して世に放つ。
そのラストに至るまでの緊張感が、作品の雰囲気を醸し出している。
特に、劇伴を担当した音楽家のニコラス・ブリテルが作曲したスコアは、作品をより張り詰めた空気感を漂わせている。
冒頭で流れるメイン・テーマは、物語全体のイメージを決定づけている。
この楽曲を作曲した映画音楽家のニコラス・ブリテルは、本作の他に『 ニューヨーク、アイラブユー(2008年)』『それでも夜は明ける(追加音楽のみ)(2013年)』『マネー・ショート 華麗なる大逆転(2015年)』『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男(2016年)』『ムーンライト(2016年)』『バトル・オブ・ザ・セクシーズ(2017年)』『ビール・ストリートの恋人たち(2018年)』『バイス(年2018)』『クルエラ(年2021)』など、数多くの映画音楽を手掛けている。
それも、ハリウッド作品の中でもヒット作ばかりだ。
そして、プロデューサーとしては、デイミアン・チャゼル監督の短編『Whiplash(2013年)』と長編版『セッション(2014年)』にも参加している。
2010年代を代表する若手の映画音楽家であり、今後の活躍にも注目すべき人物だろう。
また、彼と切っても切り離せないのが、妻でもあるチェロ奏者のケイトリン・サリヴァンだ。
ブリテルが作曲をし、彼の音楽をチェリストのサリヴァンが奏でる音楽コンビだ。
本作以外にも、彼らは連名で映像作品に携わっているようだ。
映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』のインタビューにおいて、ニコラス・ブリテルと奥さんのケイトリン・サリヴァンは、メイン・タイトルの重要性について、語っている。
「ここには真実の探求があります。仕事や家庭生活だけでなく、内面のトラウマについて語っている音楽の全層があるんです。信じられないほど敏感で、抑制される音が、非常に重要でした。暗くて不吉で不穏な音と、より冷たく、よりエッジの効いた音が含まれるんです。私たちの焦点は、本当に内なる旅でした。その上、不協和音は、[記者]が行っていることの挑戦を表しているんです。」と話す。また、奥さんのサリヴァンさんは、
「私は、チェロのより拡張されたテクニックを実際に探求していることを確認したかったのです。完全な音に到達し、様々な感情にアクセスし、描かれているトラウマをチェロの弦や弾く指を通して強調しました。スコアは、非常に衝撃的で、指板の木材に金属が当たるのが聞こえるようでした。作品は、それに相応しい醜さがあります。」と、夫婦はそれぞれ取材で答えているが、彼らの作曲への姿勢や演奏スタイルに対するアプローチが、作品により重みや深みを与えている事を、二人の言葉を通して証明されている。余談だが、ニコラス・ブリテル本人のYouTubeチャンネルもあるので、他作品の楽曲も視聴可能だ。
最後に、冒頭でも書いたように、現代社会に蔓延る性犯罪は一生、終わりを迎えない事を覚悟する必要があるかもしれない。
発端となった2人の女性ジャーナリスト、ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーの告発が、ハリウッドのみならず、米国のあらゆる業界に波紋を投げ掛け、最後に映画の「主人公」であるワインスタイン逮捕で幕を閉じたが、これはほんの序章に過ぎないと感じている。
なぜなら、本作を関係者試写で観た翌日に、(※5)ワインスタインのニュースがタイムリーにも、全世界に流れたからだ。
ニューヨークに続き、ロサンゼルスでも有罪となった同氏には、次にロンドンでの裁判が今年、控えている。
このような報道を見聞きすると、事件はまだ終わってなかったのだと痛感する。
また、彼が立ち上げた製作・配給会社ミラマックス(ワインスタイン・カンパニー)は、『パルプ・フィクション(1994年)』『イングリッシュ・ペイシェント(1996年)』『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち(1997年)』『恋におちたシェイクスピア(1998年)』『ショコラ(2000年)』『ネバーランド(2004年)』など、素晴らしい名作を世に残してきたのに、残念でならない。
本作は、今年のアカデミー賞の賞レースにも絡んでいると言われているが、古参のアカデミー会員は皆、このワインスタイン事件を同祭典の汚点として捉え、この作品はスルーされると言われている。
アカデミーの関係者は皆、早くこの出来事を忘れたいと考えているそうだ。
果たして、それで良いのだろうか?何も無かったかのように振る舞うことで、事件は解決するのだろうか?
事件はまだ、解決していない。
むしろ、タイトルの「She Said」に含まれる彼女たち(彼たち)の中には、まだ声を上げれていない人もいるだろう。
その上、アメリカの映画産業に蔓延る女性関係者への性的虐待だけが、問題ではない。
先にも書いたように、これは氷山の一角にしか過ぎない。
「Child Star(Actor) Survivor」と言う言葉を、耳にしたことはないだろうか?
日本語に訳すと、「子役サバイバー」となるが、この名称は世界的に見ても、まだ浸透していない。
映画『スタンド・バイ・ミー』や『グーニーズ』『グレムリン』に子役として出演していたコリー・フェルドマンは、過去2011年8月にも、ABCニュースのインタビューにて、ハリウッドでの子役たちに対する小児性愛被害を暴露し、自身も被害を受けたと語っている。
この「#Me too」運動の最中の2020年、彼はあるインタビューでこう話している。
「私が最も関心を持っているのは、#KidsTooを#MeTooと同じくらい、有名なムーブメントにすることです。そうすることで、より多くの犠牲者に勇気を与え、彼らの声に耳を傾ける事で、この話題が前進することを願うばかりです。」と話す。
この内容には、大いに賛同したくなる。
ただ、子役サバイバーは彼だけではない。
映画『ホーム・アローン』で世界的名声を得たM・カルキン。映画『E.T.』で幼いながらも、名演を見せたD・バリモアもまた、典型的な子役サバイバーではないだろうか?
80年代前半に、子役として活躍していた俳優の方(名前は伏せる)が、Instagramのアカウントを保有しており、紹介文には「Child Actor Survivor」と書いてあったので、ダイレクト・メールを活用して、その方に「子役サバイバー」に対する真意を質問したが、結局はナシのつぶてに終わった。
できることなら、その方の証言を、ここで引用したいと考えていただけに、個人ではどうしても、訝しがられるのが残念でならない。
返信が来なかったと書いたが、後日、本人から直接頂いた。
公式アカウントのため、もしかしたら、本人ではないかもしれないが、詳細は避けるとしても、その返信内容は「Child Actor Survivor」とは、ここに書いている事すべてで、自身の認識が間違いではなく、正しいという肯定の返事であった。少し信憑性が湧いたかも知れない。
ハリウッドで活躍する子役(統計は未知数)は、周りの大人たちや当時の環境に翻弄され、アルコール中毒、ドラッグ中毒に溺れている。
映画『ジュディ 虹の彼方に』で描かれたジュディ・ガーランドの半生における、黄金期のハリウッドでの子役時代もまた、「子役サバイバー」と言う言葉がなかっただけで、それに匹敵する程の劣悪な環境下で過ごしている。
このようにハリウッドはまだ、あらゆる問題を抱え、ひとつひとつ事案の膿を取り除く必要があるようだ。
ただ、海外の話に限ったことではなく、このような噂は国内にも存在している。
日本のアイドル帝国を築き上げたジャニーズ事務所の元代表である(※6)ジャニー喜多川氏による未成年のJr.に対する性的淫行は、幾度となく取り上げられているが、その一方で大手メディアは取り上げることなく、都市伝説化している。
眼には見えない何らかの圧力により、世に出せなくなっていると言われている。
ゴシップネタを好む大手の報道媒体が、スキャンダルと言った他人の粗探しに奔走せず、業界の闇に葬り去られようとしている真実や声なき声を拾うべきだ。
『身分帳(1990年)』『復讐するは我にあり(1975年)』『死刑囚永山則夫(1994年)』などを世に放ったノンフィクション作家の佐木隆三氏や(※7)桶川ストーカー殺人事件を独自で追って、著書『桶川ストーカー殺人事件―遺言―』を執筆した元新潮社の「FOCUS」編集部記者である清水潔氏らのジャーナリスト魂には、感服の一言だ。
どんな事件にも、終わりは無い。
けれど、いつの日か、必ず、夜明けが訪れる事を、誰もが知っている。
今後、本作の被写体となったジョディ・カンターやミーガン・トゥーイー、佐木隆三氏、清水潔氏のような真実を追求する姿勢を持った記者たちが、増えることを願うばかりだ。
果たして、「#Me too」運動は、終わったと言えるのか?
いやいや、闘いは、まだまだこれからだ。
映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』は現在、1月13日(金)より関西では大阪府の大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ鳳、MOVIX八尾、109シネマズ大阪エキスポシティ、イオンシネマ四條畷。京都府では、イオンシネマ京都桂川、TOHOシネマズ二条。兵庫県では、kino cinema 神戸国際、TOHOシネマズ西宮OSにて、絶賛上映中。和歌山県のジストシネマ和歌山は、2月10日(金)より公開予定。全国の劇場にて、絶賛公開中。
(※1)一般財団法人日本刑事政策研究所犯罪白書http://www.jcps.or.jp/publication/1804.html(2023年1月15日)
(※2)スポットライト 世紀のスクープhttps://video.unext.jp/title/SID0026131(2023年1月15日)
(※3)‘She Said’: How Nicholas Britell Found the Voice of Journalism Through His Wife’s Cello Playinghttps://variety.com/2022/artisans/news/nicholas-britell-she-said-composer-score-1235437110/(2023年1月16日)
(※4)米映画界の重鎮ハーヴェイ・ワインスタイン、ロサンゼルスでも有罪https://approach.yahoo.co.jp/r/QUyHCH?src=https://news.yahoo.co.jp/articles/1d809b52add6ee9572537a2626a46e6c39e28947&preview=auto(2023年1月16日)
(※5)Corey Feldman looks to name names, and move forward, with sexual abuse documentary (My) Truthhttps://ew.com/movies/corey-feldman-my-truth-sexual-abuse-documentary-interview/(2023年1月16日)
(※6)ジャニー喜多川氏と15歳の「僕」の“夜の儀式”――「僕は初めてフェラチオをされた」「一人ずつ、全員を……」https://www.excite.co.jp/news/article/Cyzowoman_320323/(2023年1月16日)
(※7)【執念】「桶川ストーカー事件」で警察とマスコミの怠慢を暴き、社会を動かした清水潔の凄まじい取材:『桶川ストーカー殺人事件 遺言』https://lushiluna.com/okegawa-stalker/#index_id4(2023年1月16日)