映画『ウィ、シェフ』「言葉」が如何に大切か

映画『ウィ、シェフ』「言葉」が如何に大切か

2023年5月15日

その一皿が、新しい未来を連れて来る映画『ウィ、シェフ』

©Odyssee Pictures – Apollo Films Distribution – France 3 Cinéma – Pictanovo – Elemiah- Charlie Films 2022

©Odyssee Pictures – Apollo Films Distribution –
France 3 Cinéma – Pictanovo – Elemiah- Charlie Films 2022

フランスの移民問題(※1)は、アメリカ同様に根深く仏社会の根底に深々と突き刺さる。

アメリカにおける移民問題(※2)の根深さは、昨年2022年度における調査においても中間選挙への悪影響を及ぼすほど、と言う移民データが上がっている。

島国でもある日本にとっては、移民問題というのは遠い異国の問題として捉えている一面もある。

でも、ここ日本の移民問題(※3)は必ず近い将来、訪れる。

一般社団法人 日本経済団体連合会によれば、「―2030年に向けた外国人政策のあり方―」という題を冠して、今後の日本における移民政策を表明している。

2030年。

今年は2023年なので、あと7年もすれば、この組織が公表している政綱が、整うとされる。

フランスが抱える移民問題が、来る2030年には同国でも身近な存在として鎮座するだろう。

その時、私たち日本人は、彼ら外国人に対してどう接するかで、日本のこの先の未来も決まってくると、心に留めておきたい。

©Odyssee Pictures – Apollo Films Distribution –
France 3 Cinéma – Pictanovo – Elemiah- Charlie Films 2022

さて本作『ウィ、シェフ』は、料理を通じて紡がれる一人の女性シェフと移民問題に揺れる18歳未満の少年たちの心の交流を描いた社会派ヒューマン・コメディだ。

この女性シェフが、一癖二癖もある人物として描かれ、ジョン・ファブロー監督・主演の『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』での主人公カール・キャスパーのような人物にも似ている(巷でも、この作品は比較映画として挙げられている)。

作品冒頭で、職場でケンカして自身の仕事を投げ出す辺りは、そっくりそのままだ。

また、移民としてフランスにやって来た若者たちは、ただそこで時間を過ごしているのではなく、強制送還の憂き目に遭う可能性があるという状況と紙一重の中、生きている。

彼ら移民の若者を救おうとするのは、自立支援施設の施設長の男性。

三者三様が、様々な思いを胸に秘めながら、フランスでの明るく楽しい生活を送りたいと、また送って欲しいと日々奮闘する。

移民青年の中には、故郷に残して来た母を思い、仕送りをしたいと願う心優しき少年もいる。

ただ皆が願うのは、その土地で平穏無事に毎日を暮らす事だ。

強制送還の危険性もなく、移民と言うだけで差別に晒されることもなく、ただ市井のフランス国民として認められることを夢見るのは、彼らの悲しい現実だ。

また誰とも馬が合わない女性シェフは、永住への想いを持った移民少年や施設長の切なる願いに感化され、少しずつ心を開いていく。

そんな彼女の姿には、共感を禁じ得ないだろう。

料理人繋がりで、少し脱線してしまうが、昨年末に発表された日本における一流フランス料理人の三國清三氏による自伝的エッセイの体を持つ書籍『三流シェフ』(※4)に目を通すのも、本作が持つ「料理(料理人)の世界」という世界観への理解度が増す事だろう。

本書を薦めているにも関わらず、自身は実際はこの書籍をまだ手にしていない。

気にはなっているが。

ただ代わりに、書籍の販売と店舗の閉店に伴い彼を取り上げた取材映像が、2010年から放送が続く関西ローカルの情報番組『Mr. サンデー』で紹介されているが、料理人である三國シェフ自身の事が非常に良く分かる映像となっている。

こちらに目を通すとまた、料理人たちの世界に少しだけでも近付ける事ができるかもしれない。

プロの料理人になるための修行時代、彼は来る日も来る日も「鍋洗い」に明け暮れた。

新しい調理場では必ず鍋洗いから始まる。

料理の世界に関わらず、どの世界においても一番何が大切か、三國シェフ自身が体現する。

【リアルストーリー】 天才・三國シェフ物語 “人生突破術” <Mr.サンデー>

話を戻して、本作に登場する女性シェフもまた、三國氏同様、プロの料理人だ。

彼女の名は、カトリーヌ・グロージャン。

実在の人物であるカトリーヌ女氏が、実際に経験した出来事を映画化している。

彼女はシェフとして20年間、弱い立場に身を置く若者たちの支援をして来たと言う。

その経験が、本作に反映されている。

この物語は、彼女がシェフとして経験した20年間を凝縮した濃厚な真実のお話だ。

カトリーヌ・グロージャンは、本作のフランス公開時のあるインタビューにて、自身の経験と少年たちの関係性について、温かい言葉を残している。

Catherine:“Ça fait beaucoup de bien de voir des jeunes comme mes anciens élèves s’épanouir, acquérir de l’expérience, du travail et aller à leur tour dans la transmission. J’ai été un petit maillon qui a pu permettre cela.”(※5)

「私の生徒たちのような若者が成長し、経験を積み、働き、そして順番に、私が教えた調理法を次の世代に伝達に姿を見るのは、とても嬉しいことです。私は、このコミュニティで活動ができた事に感謝したいです。彼らとの関係は、ほんの小さな繋がりですが、私の人生に何らかの力を与えてくれました。」とコメントしている。カトリーヌ女氏が強調したいのは、若者たちを育てた事ではなく、20年間料理人として活動出来た事でもなく、料理を通じた若者との絆、また人との繋がりの重要性を話す。

©Odyssee Pictures – Apollo Films Distribution –
France 3 Cinéma – Pictanovo – Elemiah- Charlie Films 2022

最後に、本作の「ウィ、シェフ」というタイトルに言及すると、まず原題「La Brigade」にはフランス語で「旅団」という意味があり、まるで料理人カトリーヌと彼女を取り巻く若い移民達との20年間にも及ぶ旅を通した仲間を指しているようにも思える。

ただ今回、ここで伝えたいのは、日本語の題名『ウィ、シェフ』が、如何に重要であるかと言うこと。

副題も付けず、シンプルに「ウィ、シェフ」とだけ題名に持って来た辺りは、コメディっぽく受け取れるポップさを強調したタイトルは、ビジネス上宣伝戦略には一役買っている。

でも、この「ウィ、シェフ」にこそ、作品の本質が眠っている。

劇中のある場面で、シェフに対して移民の若者たちが一斉に大声で「ウィ、シェフ」と発するシーンがある。

まるで、英語で言う「イエッサー(Yse, sir.)」のようでもあるが、この言葉が持つ性質は想像もつかない程、深い意味があると言える。

また、外国でフランス人として生まれた者が170万人、移民の670万人と合わせ、フランスに住む840万人が外国で生まれている。

これは人口の12.6%に相当する。

なお、2019年時点で、フランスには約760万人の移民の子孫がいる。

まさに、移民大国フランスだ。

また、祖国を離れ仏に移民として漂流する者は(出身者が多い国順に)、アルジェリア、 モロッコ、ポルトガル、チュニジア、イタリア、トルコ、スペイン、この上位7か国でフランスの移民人口のほぼ半数(49.7%)を占めている状態だ。

本作に登場している若者が、細かくどこの国の出身者は設定されていないが、フランス語が公用語の国の出身者では無いことは確かだ。

アルジェリアやモロッコ、チュニジアの公用語は、アラビア語。

ポルトガルの公用語は、ポルトガル語。

イタリアの公用語は、イタリア語。

トルコの公用語は、トルコ語。

スペインの公用語は、スペイン語とあるように、上位7か国の出身者の公用語はフランス語では無いことが分かる。

また、フランスの公用語はフランス語であるため、この時点で両者ともに、「語学」という大きな壁が立ちはだかる。

でも彼らの関係性を結んだのは、フランス語の「ウィ、シェフ」だ。

シンプルな言葉ではあるが、非常に分かりやすく発音しやすいこのワードには、女性料理人と移民の若者達の心の交流や繋がりを表現している。

また、移民大国フランスでは多くの移民をテーマにした映画が、数多く製作されている。

例を挙げるなら、映画『最高の花婿(2016)』続編映画『最高の花婿 アンコール(2020)』最終作『最高の花婿 ファイナル(2023)』映画『レ・ミゼラブル(2019年)』映画『グッドライ~いちばん優しい嘘~(2014)』映画『最強のふたり(2011)』映画『THE UPSIDE   最強のふたり(ハリウッドリメイク版)(2019)』映画『パリ13区(2023)』映画『サンバ』映画『君を想って海をゆく(2009)』と、過去に10年間でフランスにおける移民問題を取り上げた作品が数多く公開され、本作がこれら作品群に入ったことは間違いない。

ただ同ジャンル、同作風について「日本では移民もので、しかもフレンチコメディーはヒットしないと周りからは危惧されていました。」(※6)と他作品の配給を担当した配給会社関係者は話す。

業界内でも移民を取り扱うフレンチコメディがヒットしないと言われている中、本作はTwitterやSNSの口コミが元に、大きくヒットしている。

その背景には、社会派だけに拘らない監督のコメディセンスが光るだけでなく、2010年以降から続く同ジャンルへのヒットや理解、認知がここ数年、変動して来た事にもよる。

映画の宣伝では、「料理が繋いだ絆」とあるが、それだけではなく、「言葉」自体が彼らの心と心を繋いでいる。

人との繋がりやコミュニケーションをする上で、「言葉」が如何に大切か、本作を通して再確認できるが、果たして、日本はこの映画のように言葉の持つパワーにいち早く気づけているだろうか?

来る2030年、着々と進む日本における7年後の移民制度。

日本語話者が多く住むここ日本において、「英語」の習得が如何に大切であるかと現実味は帯びてくる。

その上、言葉によって世界は、過去数千年前から分断(※7)されてきた。

それが言語の歴史であるが、同じ人間にも関わらず、私たちは違う言葉を口にする。

今まさに、言葉による人類の団結が必要とされている時代に突入している訳である。

本作『ウィ、シェフ』には、料理の楽しさだけでなく、言葉が持つ強靭なパワーが作品を盛り上げる要素として存在する。

そして、日本もまた数年後には、移民問題が現実のものとなる中、本作『ウィ、シェフ』を鑑賞して、移民とは何かを考える契機になる事を願うばかりだ。

©Odyssee Pictures – Apollo Films Distribution – France 3 Cinéma – Pictanovo – Elemiah- Charlie Films 2022

映画『ウィ、シェフ』は現在、大阪府のシネ・リーブル梅田なんばパークスシネマMOVIX堺MOVIX八尾。京都府のアップリンク京都。兵庫県のシネ・リーブル神戸MOVIXあまがさきにて絶賛公開中。また、全国の劇場にて、順次公開予定。

(※1)フランスの移民の歴史や移民政策を解説https://mirasus.jp/sdgs/reduced-inqualities/3197#:~:text=%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%80%81%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%A4%BE%E4%BC%9A,%E5%BB%BA%E7%89%A9%E3%82%92%E5%8D%A0%E6%8B%A0%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82(2023年5月14日)

(※2)深刻化する不法移民問題。22年の中間選挙に影響する可能性https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=70090?site=nli(2023年5月14日)

(※3)―2030年に向けた外国人政策のあり方―https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/016_honbun.html(2023年5月14日)

(※4)三流シェフ三國清三 / 著37年間続いたグランメゾンを閉じ、僕は70歳で、新たな夢を実現するhttps://www.gentosha.co.jp/book/b14756.html(2023年5月15日)

(※5)La cheffe Catherine Grosjean a inspiré le film La Brigadehttp://www.brivemag.fr/la-cheffe-catherine-grosjean-a-inspire-le-film-la-brigade/(2023年5月15日)

(※6)「娘婿はみんな移民」フランス一家の”異文化衝突”海外作品をどう買い付けるか、配給会社に聞くhttps://toyokeizai.net/articles/-/666268?display=b(2023年5月15日)

(※7)世界の言語の起源はバベルの塔?https://www.jw.org/ja/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC/%E9%9B%91%E8%AA%8C/wp20130901/%E8%A8%80%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90%E3%81%AF%E3%83%90%E3%83%99%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%A1%94%E3%81%8B/(2023年5月15日)