暗闇で彷徨う二つの魂が生んだ切望の映画『J005311』河野宏紀監督インタビュー
—–手短で構いませんが、本作『J005311』が産まれた経緯を教えて頂きますか?
河野監督:本作は、2022年3月に撮影がスタートしました。
元々、僕は役者を志していましたが、前年の2021年頃から役者を辞めようと、ずっと悩んでいました。
役者を辞めるとしても、後悔しないように作品を残したいという思いもありましたので、最後に監督作品を製作することに決めました。
そして、仲良くさせてもらっている俳優の野村一瑛(のむらかずあき)くんと一緒に最初から作っていきました。
—–本作の着想は、どのように生まれましたか?
河野監督:今回は、すべてが当て書きではありませんが、今自分が思っている事や考えている事を吐き出したくて、ペンを進めた結果、本作の物語が生まれました。
—–タイトル『J005311』(※1)には、光る事なく浮遊していた2つの星たちが、奇跡と呼ばれる確率で衝突し、再び輝き出した星とありますが、その他にどんな意味を込めて、本作にこの題名を付けましたか?また、違う観点で言えば、寿命を終えた恒星同士がくっつき、蘇ったものが「J005311」という記述もありましたが、主人公2人が新しい人生を歩もうとする物語を、この言葉から連想できましたが、監督はこの点をどうお考えでしょうか?
河野監督:まず、僕の中でタイトルは付けたくないと考えていました。
無題にする扱いが一番良かったんですが、そう簡単に無題にもできませんでした。
色々、思案した結果、ある時、この惑星に関するニュースを目にして、この星が今回作った作品の登場人物と置き換えられると思いました。
物理的に命を経とうとしている男と、人生的に終わってしまった未来のない男が出会った様子が、惑星と似ていますよね。
最後、2人の人生が前向きな方向に向かうのか、そうではなく、そのまま変わらずに落ちて行くのかと考えました。
結果的に、タイトル「J005311」と付けましたが、正直僕の中では大した問題ではありません。
語呂がカッコイイとか、そんな程度でして、タイトルにこれを採用しました。
題名でどうのこうのとはせず、やりたい事はすべて、映像に残しました。
タイトルから作品のすべてを印象付けようとは、考えていません。
ただ、実際にあった恒星「J005311」のように、この物語に登場する2人の未来が明るいことを願うばかりです。
—–少し話を変えて、第44回ぴあフィルムフェスティバル(※2)でのグランプリおめでとうございます。この賞を受賞する前と後で、監督のご心境や周囲の環境には、何か変化はございましたか?
河野監督:基本的には変化はありませんでした。
役者を辞めるという精神でいましたが、今回は運良く劇場公開を含め、結果を残せたので、今の自分の中ではもう少し、役者を頑張りたいと思っています。
ただ監督としては、コンスタントに製作したいかと問われれば、そんな事ありません。
本当に自分がやりたいと思ったら、監督業に挑戦したい思いはあります。
今さら逃げられないなと振り返り、役者業は辞めず、もう少し踏ん張りたいという心境にはなりました。
—–今回、本作『J005311』が全国公開の運びとなりましたが、公開前の現在(4月27日に取材しました)、どんなお気持ちで作品や今と向き合っておられますか?
河野監督:この作品の最初の始まりは、本作の主演を演じた野村一瑛という役者と一緒に作って行きましたが、正直彼は作品に対してどう思っていたのか分かりませんが、僕の中では兎に角、この作品を完成させるという想いが先にありました。
映画は人に観られて初めて完成すると言いますが、本作に限って、その点は正直、どうでもいいという考えがありました。
日の目を浴びなくても、まずちゃんと完成させる事が第一目標でした。
自己満足に近いかもしれませんが、完成させる事が最優先でもありました。
僕はそこに一番価値を見出していましたので、まず完成した事実に対して、完成直後は安心していました。
そこから運良く劇場公開の話も含めて、多くの方々の協力もあり、ここまで来ました。
4月22日から東京公開が始まりましたが、上映が始まった2日後に、やっと僕の中で実感が湧いて来ました。
公開すぐは作品の完成含め、まったく身にしみて思う事もなく、この作品の公開に際して不安もずっと持っていました。
やっと最近になって、劇場公開が始まったと深く感じています。
—–このご質問もよくされると思いますが、製作時、主演の野村さんはコメントで監督の事を狂っていたとお話されていますね。一部抜粋として、「人生を捨てても、この作品を作りたいという強い意志を持って、映像製作に取り組んだ。」とありますが、今現在振り返ってみて、どのようなご心境で作品と向き合っていましたか?
河野監督:重複しますが、作品を完成させる事が一番の目標でした。
今回、物理的に撮影が難しい場面は、ゲリラ撮影的な事を、作品全体の9割で敢行しました。
その結果、撮影当時は毎日のようにトラブル続きでした。
撮影を始めた頃から、警察に連行される時もありました。
製作が止まる寸前のギリギリの状態でもありましたが、僕にはもう失うモノがなかったので、警察に捕まろうが死のうが関係ないって、ずっと思って製作に取り組んでいました。
主演の野村くんはじめ、関係者のスタッフの方にはたくさんご迷惑をおかけしてしまいましたが、何が起きようと、必ず撮り切る思いを持っていたのが逆に、心配をかけてしまった結果となったのかなと、思います。
—–何が何でも撮ろうと思った、監督自身のお気持ちはどこから沸いて来たのでしょうか?
河野監督:もっと前の初期段階では、役者を始めた20代前半の頃、俳優養成所に所属していた時に、今回の主役である野村くんと出会いました。
卒業後も一緒に過ごす中、2人で映画を作ろうと約束、誓い合った仲でもありました。
当時、共同で監督業や脚本執筆をしていたんです。
結局、それは上手く行かなくて長い間、当時の企画は頓挫していました。
それから時が流れて、2021年、俳優業の引退を覚悟した頃、監督への想いを捨てきれず、作品を残すと決めました。
監督や俳優としてではなく、人として、ここでちゃんとやり遂げないと、今後の自身の人生における人間としての何かがダメになってしまうのではないかと直感的にありました。
だからこそ一人の人間として、必ず将来のためにやり遂げたという思いを残したいと思って、完成する事に尽力を尽くしました。
—–作品の話に戻しまして、本作『J005311』はロードムービーの形式を取っていますが、この物語のキーポイントはある種、「車」だと思っています。普段、ロードムービーにおける「車」は移動手段でしかありませんが、本作に限っては、「車」は移動手段だけでなく、物語に登場する若者2人の心を覆う「殻」「シェルター」のようにも感じました。彼らが、この車から一歩外の世界に出た時、若者の人生が始まるのではないかと思います。ただ、移動手段という認識は変わりないと思いますが、監督はこの「車」について何か思う事、考えることはございますか?
河野監督:非常に面白い感想ですね。
正直、本作での「車」に関しては、何も考えていませんでしたが、今のお話を受けて、考えられるのはやはり、ラストの場面ですよね。
あの車に乗っている彼らが、車の外に初めて出ることによって、人生の何かが始まるという考えもできますね。
車の中が個人だとしたら、外が広大な世界と受け取ることもできるのかもしれない。
正直、あの「車」には深い意味を持たせていませんでしたが、言われてみれば、そのようにも感じ取ることもできますよね。
—–ラストのあの場面の後は描かれていませんが、この映画における重要な部分は、描かれていない彼らの今後の人生だと思うんです。物理的ではなく、精神的に一歩外に出ることによって、それだけで彼らの心情や人生は、大きく変わって来る。そう感じさせてくれる素晴らしい作品でした。続きが気になる、彼らの人生のその後が気になるラストでした。ある種、深い意味はなくても、そういう角度で作品を観ることができると、感じました。
河野監督:そうかもしれません。
—–あるインタビューで、主演の野村さんが「河野監督の事を絶対に曲げない強い意志があった。」と思うんですが、何に駆り立てられて、そういう想いが沸き起こったのか。また、その原動力は何から来たと思いますか?
河野監督:先程お話した部分と重複するかもしれませんが、まず映画を撮ったからと言って凄いとか、偉いとかではないと思います。
ただ、撮影当時の僕にとっては、兎に角、完成させなければいけない事が、その時は大切だったような気がします。
それは、先程お話したように、俳優として監督として、今後のためではなく、一人の人としての話です。
これで、完成できませんでしたでは、終わらないですし、終われなかったんです。
深い理由はありませんが、先ずは完成させる事に精一杯、力を注ぎました。
別にいい作品を作りたいとか、そんな目標ではなく、必ず劇場公開させようと、映画祭に入選させようとか思っていませんでした。
それがゴールではなく、自分自身の心の中と向き合うために作っただけでした。
—–自身と向き合う製作期間と言いますか。誰かに表明するのではなく、自分に対する証明と言いますか。
河野監督:誰から頼まれて作った訳ではありません。
自分が作りたくて、作ったという理由もあります。
—–これは自己満足ではなく、自身に対する証明で、自分に自信を付けるためだと。これからの人生を生きていくための行動だと思います。この後、河野さん自身が、俳優を辞めようが続けようが、それは関係なく、本当に人として、今後の人生における一つの通過点だったのかなと。振り返ってみて、今はどうお考えでしょうか?
河野監督: 振り返ってみれば、通過点だったのではないかと、今は一番しっくり来ると感じています。
でも、本当にそうだったんだと思います。
この作品は、完成して終わりではありません。
あくまで、人生はこの後も続いていきます。
まだ分かりませんが、本作の製作が一つの通過点だったのかもしれません。
—–監督が仰るお話の中で、「人生の中で最も大切な事は、優しくなる事。でも、それが分からない。だから、本作を製作しました。」とお話されておられますが、まず、この「優しくなる事」について、何か答えは見つかりましたか?また、この「優しさ」を映画本作に入れられたとしたら、どのような点が、「優しさ」だったと言えますか?
河野監督:役者をしていく中、映画に出演する事が、周りの人間に勝つとか、見返すとか、そういうマインドでずっと取り組んできていましたが、役者を辞めたいと言う心境も合わさって、そういう気持ちが無くなって来ました。
俳優など関係なく、日々を暮らしていく中、「優しさ」みたいなモノが直感的に大切なんじゃないかと、色々考えた時があるんです。
結果的に、今でもそれがどういうモノか、正直答えは出ていませんが、これは僕が人生を生きていく中でずっと考えて行きたい事です。
そんな優しさを持ち続けて行きたいと思っています。
映画や芸術は、生活や暮らしに根付いてこそ、在るべきモノだと、個人的に思っているので、日々を過ごしつつ、いつも考えていければと思っています。
ただ、今も話したような事は考えていますが、作品にそのそれを落とし込んだと問われれば、それはまったく別物です。
作品にはまったく反映させてはおらず、優しさとはこうあるべきと言うことを、僕はやりたくありません。
無責任ではありますが、観て頂いた方一人一人が、ほんの少しでも優しさについて、感じて頂けたら嬉しいかなと、思っています。
—–最後に、本作『J005311』は孤独を抱える若者たちのお話ではありますが、現実社会でも実際に、同じような感情を抱いている同世代、また全世代の方が沢山おられると思います。この作品が、この方々に与える影響力は、何でしょうか?作品の魅力も一緒に教えて頂けますか?
河野監督:まず、この作品を作った理由として、当時も今も含め、大変な状況にあった自分たちを救いたいという思いもあり、作りました。
本作を観て、救われて欲しいとは簡単には言えませんが、観て頂いて前向きな何かを受け取って頂ければと思います。
映画関係者ではなく、普段映画を観ない方々に一番観て欲しいと願っています。
身内だけで盛り上がるのだけではもったいないので、改めて、普段映画に触れない方々に観て欲しいです。
—–貴重なお話、ありがとうございます。
映画『J005311』は現在、関西では5月13日(土)より大阪府のシネ・ヌーヴォ。5月26日(金)より京都府の京都シネマにて上映開始。その上、近日公開予定となる兵庫県の元町映画館でも公開が控えている。また、全国の劇場にて順次公開予定。
(※1)寿命が約1万年しかない!白色矮星の合体で誕生した「ネオン光」を放つ新種の天体https://sorae.info/astronomy/20210117-cosmic_neon_lights.html(2023年5月12日)
(※2)ぴあフィルムフェスティバルhttps://pff.jp/jp/(23年5月12日)