映画『初仕事』「映画の演出として優れた事ができれば良い」作曲家の中村太紀さんインタビュー

映画『初仕事』「映画の演出として優れた事ができれば良い」作曲家の中村太紀さんインタビュー

失われた命が邂逅を繋ぐ映画『初仕事』音楽担当の中村太紀さんインタビュー

©2020水ポン

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—–今回作曲家として本作に携わるようになった経緯を教えて頂けますか?

中村さん:私と小山監督は早稲田大学映画研究会の同期で、当時から一緒に短編映画を共同監督したりするような関係性でした。

私はそのサークルの中で撮影を依頼されることが多い人間だったため、実は本作『初仕事』にも最初はカメラマンとして関わっていたんです。

しかし、制作期間が長期化する中で、私のメインの表現方法が映画から音楽に変わっていったこともあり、ポスプロの段階で「音楽を担当させてくれないか」と私から小山監督に提案しました。

—–本作にカメラマンとして携わっていた頃、例えば撮影中に「音楽を担当してみたい」という気持ちが沸き起こることはありましたか?

中村さん:カメラを回してる時は、まさか自分が音楽を担当することになるとは思ってもみませんでした。

この映画は8年という長い時間をかけて作られていて、私がカメラマンとして参加していたのはかなり初期の頃だったので、まだまだ完成形をイメージできる段階になかったことも関係しているかもしれません。

—–とても素敵な楽曲でした。特に、冒頭のメインテーマの曲は、優しいメロディラインで、美しかったです。

中村さん:ありがとうございます。作品自体が死を題材として扱っていますが、小山監督からは「音楽はウェットになりすぎないようにしたい」という相談をもらっていました。

そのため、あえて感情は乗せすぎず、ただ映像に寄り添って美しく響くような音にしようと意識しました。

—–その監督の考えを元に音楽を制作するのは、ハードルが高いとも言えるかもしれないですね。

中村さん:そうですね。いたってシンプルな楽曲ですが、実はそこに辿り着くまでには自分なりにかなり試行錯誤を重ねました。ボツ曲もたくさんあります。

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—–監督とは、どのぐらいの頻度で打ち合わせを重ねられましたか?

中村さん:あまり頻繁に打ち合わせはしませんでした。最初に実際に会って「こういう風にしたい」というイメージをヒヤリングしました。

それ以降は、作ったデモ音源を作品に乗せてもらってフィードバックをもらって修正していく、というように、とにかく実際に手を動かしながら進めていきました。

—–話し合いはそこまでしっかりされずに…

中村さん:そうですね。小山監督と私は大学時代から一緒に映画制作を経験してきた仲間だったので、お互いの趣味趣向を深く理解している間柄でした。

そのため意識合わせにはそこまで時間がかからなかったのだと思います。

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—–作曲する際に、特に気を付けていた事はございますか?

中村さん:やはり、ウェットになり過ぎないように、観ている方の感情を煽り過ぎないよう。

一定の温度で成立させることを心掛けました。

—–敢えて音楽で感動させるのではなく。言い方が悪いかもしれないですが、この作品において、音楽は添え物、もしくはそれに近い存在なんですね。

中村さん:そうかもしれません。もちろん、自分の中にも音楽家として表現したいことは色々ありますが、絶妙な立ち位置をキープできるように、気を付けていたと思います。

ただ、小山監督との関係性や、自分自身が映像を作っていた人間だったこともあって、その態度で作品に貢献すること自体は、自分にとってごく自然なことだったように思います。

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—–本作の作中に流れる音楽には、それぞれタイトルは付けておられますか?

中村さん:ほとんど付けていないに等しいです(笑)。「オープニング」「居酒屋」「エンディング」と、自分や監督が分かるような便宜上のタイトルをつけていました。

例えば自分のバンドのために曲を書いたときには、タイトルをどうするかっていうのはものすごく大きな問題なのですが、サウンドトラックは作品自体のタイトルに全て回収されるのかもしれません。

余談ですが、僕は『初仕事』って本当に良いタイトルだなと思っています。

—–確かに、居酒屋の場面では明るいアップテンポの音楽が流れていましたね。

中村さん:そうですね、あの楽曲が映画らしい演出意図がある唯一の曲かなと思います。

居酒屋のシーンは、主人公二人の関係性の変化が明らかになる象徴的な場面だと思っているのですが、どこか違和感のある感じ、不穏な感じを表現するために敢えて主人公の心情には合っていない音楽を店内BGMとして作りました。

明るいメロディのジャズっぽい楽曲なのですが、所々敢えて不協和音を入れるなどの工夫もしてみました。

「オープニング」と「エンディング」は、そういった演出と切り離されていて、テーマソング的な立ち位置の曲だと思います。

—–「オープニング」「居酒屋」「エンディング」の3曲しかないのは、映画としてはとてもシンプルですね。

中村さん:実は、最初は色んな場面に曲を挿入したいという監督の意向があって、その3曲の他にもいくつか曲を作ったんです。

編集の最終段階で「少ない音楽で魅せた方が良い」という判断を監督がしたのですが、音楽を削っていったらどんどん面白くなっていったというのが、私の率直な感想です。

敢えて音楽を減らしたのは、この作品にとって重要な決断だったと思っています。

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—–劇中曲を作曲している間、この3曲にはテーマを決めて、曲作りにアプローチされましたか?

中村さん:オープニングとエンディングのテーマ曲に関しては、この映画のテーマが、そのまま音楽のテーマになっていると思います。

亡くなった方を写真で撮るという行為の切実さや美しさをイメージしながらも、ただそれを観客に押し付けてしまわないように、ということに気を付けました。

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—–中村さんは今回が初めての映画音楽の作曲だったと言う事ですが、ご自身が考える映画制作における音楽担当の重要性は、なんでしょうか?

中村さん:私自身が映画監督として勉強していた時期があるのですが、その頃から大事だと考えていたのは、演出をする上で安易に音楽に頼らないこと。

そして、音楽が無くてもシーンが成立するならば、思い切って音楽を無くしてみるということでした。

作品によっては、音楽がまったくない映画もありますし、それも一つの在り方だと思っています。

その考えは音楽家として映画に関わる場合にも全く変わらずに大切にしたいです。

—–極論、ハリウッドのスコアは、目立っておりますよね(笑)。

中村さん:そうですね(笑)。ただ、自分たちが映画サークルで自主制作していた頃に憧れていた作品たちは、もう少し現実的な世界観に馴染むような音楽の使い方をしているものが多かったように思います。

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—–先程の質問と少し似ているかもしれません。本作に作曲家として携わっておられる中村さんですが、映画における音楽の役割は、なんでしょうか?中村さん自身のお考えをもう少し聞かせて頂きたいです。

中村さん:まず、私自身は音楽が映画において特別な立ち位置だとは思っておりません。

よく映画は総合芸術と言われますが、音楽も演出の中のひとつの要素でしかないと思っております。

演出部、撮影部、照明部、美術部と同じです。

なので、とにかく映画の演出として優れた事ができれば良いと考えています。

—–部署ひとつひとつが、優れた事ができれば、完璧な作品になりますよね。

中村さん:監督の演出意図に沿って作っていくことだと思います。

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—–中村さん自身の今後の展望や、チャレンジしたいことはございますか?

中村さん:現在、SPORTS MENというバンドで活動しており、ベース・コーラスや、作曲も担当しております。

その活動がメインですが、もちろん映画音楽を制作するのも、まったく別の自分の引き出しを開けるきっかけにもなりますので、すごく面白く、興味深いと捉えております。

これからも機会があれば映画音楽の作曲にチャレンジしていきたいです!

—–バンドでの作曲と、映画での作曲には、違いがありますか?

中村さん:まったく違うと思います。映画のために作る楽曲は、元々ある映像から受けるインスピレーションであったり、監督との共同作業が大切だと思います。

ある程度、制約がしっかり決まっている中で、反応しながら作るようなものだと捉えています。

もちろん、バンドにも制約がありますが、バンドの方はもう少し能動的にゼロから音楽を作り上げていくような場だと思っています。

—–最後に本作『初仕事』の魅力を教えて頂けますか?

中村さん:全く異なるバックグラウンドを持った二人の人間が出会い、一瞬心を通わせて、また別れていく、その刹那の美しさが、本作の一番の見どころかと思っております。

エンディングの曲はその「別れ」についてイメージしながら作ったので、耳を傾けて頂ければ幸いです。

—–貴重なお話を、ありがとうございました。

©2020水ポン

映画『初仕事』は、7月22日(金)より出町座、7月23日(土)よりシネ・ヌーヴォにて、現在公開中。