ドキュメンタリー映画『百年と希望』「大きな問いを投げかける存在でありたい」西原孝至監督インタビュー

ドキュメンタリー映画『百年と希望』「大きな問いを投げかける存在でありたい」西原孝至監督インタビュー

2022年7月2日

結党100周年の日本共産党の「今」を追ったドキュメンタリー映画『百年と希望』西原孝至監督インタビュー

©Tiroir du Kinéma

©ML9

—–本作を製作するきっかけとなった経緯を教えて頂きますか?

西原監督:経緯と致しましては、前作『わたしの自由について SEALDs 2015』を通して、2015年に学生団体のSEALDsの活動を知る機会を得てドキュメンタリー作品を製作しました。

その時から、市民活動や建物内の様子を撮影して、自身のSNSに投稿する活動を始めました。

それが、2015年からのことです。

その流れで、集会に行くと、必ず共産党の方が議員さんや職員の方がいらっしゃったので、挨拶するようになりました。

その時の出会いがきっかけとなり、友人から2019年ぐらいに、今年2022年が共産党の結党100周年と聞きました。

その話を聞いた時、共産党が訴えている内容に関して、「いい事言ってるな」と感じるようになりました。ただ、日本社会では支持が広がっていかない現状を、目の当たりにもしておりました。

この共産党だけでなく、自民党が凄く強い政権を握っている時期も長く続いている状況の中、そこに対抗するような政力が伸びていかない事実もまた、どういう仕組みなんだろうと、考えたいと思いました。

100周年のお話をお聞きした時に、共産党に対する批判も含めた今の姿を何か映画や形にできたらといいんじゃないかなと、考えるようにもなりました。

2019年から動き始めましたが、2020年にコロナ禍になってしまい、自分自身もミニシアターを守ろうとする団体「Save the Cinema」の活動にも参加しました。

そこで、文化庁に省庁要請する中、共産党の議員さんが、その要請時に一緒に訴えてくれました。

参議院の議員の吉良よし子さんという方が、賛同してくれました。

この吉良さんが、省庁要請している時に、すごく僕らの代わりに、コロナ禍での文化の危機に対し、文化庁の先頭に立って、「守っていかないと、どうするんですか?」と言って下さりました。

それがすごく頼もしくも感じた反面、自分たち自身が省庁要請すること自体が、初めてだったので、どうやっていいのかも分からない状態でした。

僕らの想いを代弁してくれる姿を見て、実感として経験し、自分の中でも共産党がより近くなった体験でした。

現在、共産党はすごく誤解されている一面も多いと感じてもおります。

今の共産党は、本当に困っている市民の「声」を救いとって、それを政治に伝えて、社会を変えていこうとする活動をしている方が多いんです。

先程、お話させて頂いたように、どうしても名前から来るアレルギーなのか分からないですが、例えば今の中国であったり、旧ソ連のような、一党独裁の政党と同一視している人が多いのも現状かと思います。

そういう誤解を解きたいと思いました。今の共産党の姿を色んな方に映画を通して、作品を観て頂き、本当に社会にとって必要な政治とは何なのか、という事を考えるきっかけになれればと思っております。

それが本作を作ろうと思った経緯です。

©ML9

—–本作を製作する上で、何か気を付けていたことはございますか?

西原監督:そうですね。今申したように、共産党から特に依頼されて製作した映画ではないので、共産党のいい所も、悪い所も、やはり距離感を持って、見つめたいと思っていましたので、その点はすごく注意したところでもあります。

どうしても、映画はプロパガンダ的なものと密接に結びついているところがあります。

増しては、その政党というある種権力を持っている所と対峙する訳ですから、幾らでもそこに近づこうと思えば、そういう作品になってしまう可能性にもなってしまいます。

だからこそ、なるべく、その部分を外側から興味を持った人間という立ち位置を崩したくないと、最初から意識しておりました。

だから、自分の視点から見たいい所も、悪い所も、同時に描き出したいなって、撮影を続けていたと思います。

—–客観的に見られていたのですね。

西原監督:そうですね。作り手の視点というモノが入ってしまいますので、いわゆる「客観的に」という言い方も難しいと思いますが、自分の視点で撮影をし、自分の視点で編集をしていくので、そこにはどうしても作り手の想いも表面化するとは思います。

ですが、そこの距離感に関しては関係性を作りながらも、自分の視点で見つめることは崩したくないと思いました。

—–ある一定の距離感を保ちつつでもなく、踏み込んだ撮影をしている訳でもなく。その距離を保つのは、難しいですね

西原監督:対象と一体化してしまうのではなく、適度な距離感を持ち、とにかく外の人間から見た共産党の姿を、外部から見た今の99年目の共産党の姿を描こうとした意識は、常に持っておりました。

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—–撮影中、大変だったことや、撮影しておいて良かったと思うことは、ございますか?

西原監督:共産党の方々は、撮影にも協力して下さりました。

大変だったことは今すぐには出てきません。

ただ、共産党をモチーフに、もちろん党員である共産党の方々、議員さんであったり、支援者さん達を撮影しておりましたが、そうすると、どんどんどんどんと、今の日本社会が持っている問題点であったり、矛盾だったりが見えて来た感覚がありました。

それだと、ジェンダー平等がなかなか進んで行かない状況であったり、人権の問題が置き去りにされているところであったり、どうしても経済最優先な社会であったり、かつ日本社会に蔓延る家父長制であったり、そう言った今の日本社会が内在している課題が、撮影していくことで図らずも見えてきた部分はあります。

©ML9

—–本作の撮影前後で、監督自身、気持ちの変化はございますか?

西原監督:元々はなぜ、共産党を中心とする日本の左派政党に支持が集まらないのだろうと自分なりに考えたくて、撮影を始めました。

そんな簡単に答えは出ておりませんが、でもやはり、共産党が今目指している困っている人達の「声」を拾いあげて、それを政治の立場として社会を変えていく所が、信頼できる政党だと感じました。

一方で、今の共産党が抱えている問題や、志位さんという共産党の委員長を中心に、全員が全員、同じ考えを持っていることが一方ではいい事かと思います。

ただ、どうしても一人一人の考えが見えてこない議員さんや党員さんもおられます。

だから、そこはもっともっと自分の言葉で、自分はなぜ政治を目指したのか、自分はこの社会をこんな風に変えていきたいということを、共産党の方々が語れるようになったら、より今も共産党の姿が日本社会に根付いていくんじゃないかなと、それは撮影していて、とても感じる所ではありました。

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—–共産党は、現在のマニフェストにおいて、国際憲章を守って行きたいと考え、打ち立てておられると思いますが、西原監督自身、この国際憲章を守る考えについて、何かお考えはございますか?

西原監督:今ならば、例えばロシアがウクライナ侵攻をずっと、この3ヶ月ほど続けておりますが、やはりそこでも国際憲章、国連憲章を守れと、言われている中、武力による衝突ではなく、対話による解決を、共産党は訴えておりますよね。

そこに関しては、自分自身もまた、同意致します。

武力とは、対話を終わらせて、力で服従させるものですよね。

戦争が、それの最たるものだと思います。

そういうことではなく、やはり外交の力で物事を解決していくことを、共産党も訴えております。

自分自身も、彼らに同意します。

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—–昨今、「ジェンダー平等」である社会を作っていこうと、共産党は活動しておられます。この「ジェンダー平等」に対して、監督自身が考える「平等」とは、なんでしょうか?

西原監督:自分自身は、あらゆる人が平等になる自由があると言いますか、よくフェミニズムと言いますと、女性の権利を求めていると言われています。

ただ、そうではなくて、いわゆる性差別を無くして行こうというのが、フェミニズムの根幹にあるところだと思います。

だから、男性を攻撃したのではなくて、圧倒的に今まで女性を差別して来た事実を認め、男性は下駄を脱いで下さいと、皆で等しくなりましょう、という部分が自分が思うフェミニズムなんです。

答えになっているのか分かりませんが、今特権的な立場にいる男性側から「ジェンダー平等」を発信し、等しい土台に立ちましょう、と男性側からも歩み寄り必要もあると思います。

特に、自分の親世代も映画の中の池内さんではないですが、男性が家の主で、女性がそれを支える立場なんです。

僕の母親もまた、自分が教師になりたいという想いを諦めて、専業主婦になったんですが、そういう姿も幼い頃から見ておりましたので、そこはやはり、どんな性別やセクシャリティであっても、自分の生きたいように生きられる、そういう社会を今の日本でも作って行きたいと思います。

そこを訴えている政党は、個人的にも応援したいと思います。

©ML9

—–先程もお話していた事と重複するかもしれませんが。あるインタビューで、共産党を撮影していく中、必然的に日本社会に内在する矛盾ですが、監督が感じたその「矛盾」とは、何か具体的にお話頂けますか?

西原監督:もしかしたら先程もお話したかもしれませんが、大きくは二つあります。

一つは家父長制という圧倒的な男性中心社会が続いてきてしまった事で、いわゆる年上男性が中心となる文化、男性が中心の社会構造、賃金格差もそうですが、意思決定機関に女性が少ないことも、挙げれる事かと思います。

国会が、その最たる例かと思います。国会議員の割合は、1割も女性が満たない現実。

どう考えても、社会の至る場所にある問題を解決する時に、男性9割、女性1割で、議論が成り立たないだろうと、冷静に考えれば、分かると思います。

そこに、やはり思いが至らない日本社会も、限界はすごく感じましたね。

もう一方は、新自由主義的な経済最優先であり、儲けや利潤を生み出すことが良しとされている、それを第一義的に考えている社会は、どうしてもやはり、そこで生きている人間や、暮らし、人権が抑圧されてしまうような事になってしまっていると思います。

どんどん格差も開いてしまいますよね。

この2点は、早急に日本社会が間違いだと気づいて、変えて行かなければいけない課題だと感じました。

©ML9

—–作品のプレスでは、映画で政治を扱う時、映画そのものが政治性を帯びた危険は拭えないと。監督自身にも危険もあり、批判が起きる可能性がありますよね。それに対しても、怒りを込めて声を上げたいと書かれておられますが、その「声」を上げる事で、社会の「何」を変えることができると思いますか?

西原監督:自分はやはり、映画や映像を作る人間ですので、作品を作ることで観てもらう方に考えてもらう一つのきっかけを作ることしかできないと、思っております。

作品を通して、大きな問いを投げかける存在でありたいのです。

観て頂いた方々の心の中に「何か」が産まれるのを期待するしかないのかなと思います。

今の日本社会を、自分なりの目で観た時に、あまりにも政治的な扱っている作品は、すごく少ないと感じております。

プレスにも書かせて頂きましたが、どうしても運動と一体化して見られてしまう風潮もある中、この映画は共産党を賞賛しようと思って作った映画では、ありません。

共産党を通して、今の日本社会の現状をしっかり描写したいと思っております。

だから、映画を観て頂く方にも、「今」について考えるきっかけになれればと思っております。

—–近頃は、娯楽性の高い作品が増えた中、映画を通して社会的な側面を訴えることはできると思います。固くなってしまいますが、映画を通して勉強もできます。訴求できる一面もあると思います。監督の考える想いは、共感できます。やはり、「声」を上げていかないと世の中は、変わらないと思うんです。政治からではなく、映画から伝わって行けたら、違った動きが生まれるのかなと思います。

西原監督:今の社会も、ずっと声を上げ続けてくれた方々がおられるますから。

今の時点では、状況が良くないかもしれませんが、女性参政権が認められたのも、つい最近のことです。

「個人だ!平等だ!」ということが、選挙のテーマになること自体、一昔前なら想像もできなかった事でしょう。

やはり、本日まで「声」を上げてきた方々がおられたからこそ、今の状況に辿り着いている事だと思います。

これをもっともっと、声を上げるれるようにして行くこと、一緒に声を上げることは、必要なことかと思います。

—–最後に、本作『百年と希望』の魅力を教えて頂けますか?

西原監督:日本共産党に対して、様々なイメージを抱いている方がおられるかもしれませんが、きっと知られていない日本共産党の今の姿を見つけて頂けたらと思います。

ぜひ、ドキュメンタリー映画『百年と希望』を観て頂きまして、今の99年目の日本共産党の姿を発見して欲しいと思います。

更に言えば、この作品を通して、今の日本社会がこのままでいいのかと、ぜひ一緒に考えてもらえたらと、嬉しく思います。

—–貴重なお話を、ありがとうございました。

©ML9

ドキュメンタリー映画『百年と希望』は、大阪府のシネ・ヌーヴォ、兵庫県の元町映画館にて、7月2日(土)から上映開始。京都府では京都みなみ会館にて、7月8日(金)より公開予定。また、大阪府の第七藝術劇場は、7月16日(土)より公開予定。全国順次上映。また、大阪府のシネ・ヌーヴォでは、7月2日(土)12:25の上映後、西原孝至監督による舞台挨拶が行われる。京都府の京都みなみ会館では、7月9日(土)10:00の上映後、西原孝至監督による舞台挨拶が予定されている。