安楽死を望む女性と寄り添う親友の最期の数日間を描く映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』


©El Deseo. Photo by Iglesias Mas.
人には必ず、いつか平等に「その日」が訪れる。今は、その日に向かって必死に生きているだけだ。遅いか早いかは、その人本人も予測できず、ある日突然その日が訪れる人もいれば、時間を掛けてゆっくり訪れる人もいる。平等にその日が来ても、ただ一つだけ公正さに欠けるとしたら、その日を苦しみながら迎えるか、その日を安らかに迎えるかは、人によって大きな差があり、苦しむ苦しまないは百人百様に様々な要因が考えられる。それは、病気かも知れない。それは、自死かもしれない。それは、老衰かもしれない。それは、不慮の事故かもしれない。それは、成人病かもしれない(※1)。それは、それは、それは。人によって、百人いれば百通りの死が待っている。でももし、自身の死を選べる安楽死が一番楽な死に方だとすれば、貴方はその選択肢を選ぶだろうか?今の社会では、安楽死そのものに対して賛否渦巻く只中、死に直面する状況下で安楽死への選択に関して、貴方自身はどう受け止めているだろうか?映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』は、病に侵され安楽死を望む女性と、彼女に寄り添う親友のかけがえのない数日間を描く物語。最期に人を看取ると言う事。それは、家族や友人、長年連れ添った夫婦の死の瞬間に立ち会うと言う事。その瞬間に安楽死を選ぶかどうか、貴方自身試されている。

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人が、人を看取る。誰かが、誰かを看取る。一人の人が、誰かの生きた人生の最期を看取るという行為は、誰にでも経験しうる出来事。親、兄弟姉妹、夫婦、親友。近しい人によってなればなるほど、目の前で相手の死を看取るタイミングが、必ずある。でも、人の死を看取るという行為は、一体どのようのものだろうか?「看取り」とは、高齢者が自然に亡くなるまでの過程を見守ることを指す言葉だが(※2)、誰もが簡単に経験できる出来事ではない。家族が、親が、親友の誰がが病に伏した時か、老衰でこの世を去る瞬間のタイミングでないと体験できない貴重な出来事だ。看取るという行為こそ、厳かで厳粛、崇高な人生最後の一幕だ。日本において、人の死を看取る文化は、往生思想(※3)による臨終所作として宗教的領域で長らく伝えられて来た日本特有の死に行く人への送り方だ。「親鸞の往生思想と仏教的時間論の関連 考察した論文」の中の一説では、「親鸞の信心して生が「巡礼の旅」の思想として伝えられ受け止められていることは事実と思える。先にいう「絶対現在」とは、我々には時間としては現在の、ただ今この瞬間しか存在しえない。翻っていうと、無常の世界においては、生死一如であり、ただ今この瞬間がまた「臨終」ともいえる。現在即臨終(今即臨終)である。我々の生活はその現在即臨終の相続の上に成立しているのである。」とあるように、死は繰り返される分、次の世代に引き継がれている。人の生き死にの先にある未来こそが、往生思想の概念を越えた世界が待っている。では、その一方でスペインにおける往生思想や人の看取り方、死者の弔い方について、どう捉えているのだろうか?論文「スペイン文化と日本文化における死生観」では、はじめにの一文を引用すると、「スペイン人と日本人は両者ともに、生と死を切り離すのではなく、死を生の一部と捉え,死者と向き合い、死に対して開かれた精神的姿勢を備えている。つまり、両者は他の西洋諸国の人々と異なり、死を全ての終わりと捉えるのではなく、新たな始まりと見做している。」(※4)とあるように、本作の監督の出身地であるスペインと日本には、死に行く者や死者への送り方や弔い方に関して、近い価値観と考え方を持っていると言われている。だからこそ、本作のような人の死を見送る「看取り」の文化を捉えた作品が生まれたのだろう。

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では現在、人の死に方の選択肢の一つとして賛否両論が巻き起こっている安楽死(※5)の論争に対して、私達はどう捉えれば良いか考える必要がある。過去に日本では、2019年11月に医師によるALS患者に対する嘱託殺人事件が起きた。いわゆる、ALS患者嘱託殺人事件(※6)だ。事件の概要は、「人の手を借りないと生活できない。この身がつくづく嫌になった。 死ぬ権利を認めてもらいたいです。」とALS患者の女性が、医師2人に最後の願い事として安楽死(尊厳死)の選択を依頼。本人からの依頼で殺害した罪などに問われた結果、二審の審判で懲役18年の判決が下されたのが、2024年の昨年末だ。ALSを患った方々の声は、切実なものだ。「(事件は)衝撃でした。悲しい気持ちと、彼女の願いがかなって良かったという気持ちが入り混じっていました。」「昔は白血病は不治の病でしたが、今は治療可能です。ALSもいずれはそうなると思いますが、(自分に)間に合うかどうかは分かりません。期待しないで待っています。」「左端の人は呼吸器をつけないで亡くなりました。『動けなくなって生きていたくない』と。もう一人は『毎日、生きるかどうかを考えた』と言っていました。私が『生きてよ』と言うと、笑っているだけだった。」(※6)と、当事者達の悲痛な叫びが聞こえるだろうか?ALSという難病に限った事ではなく、病に犯され床に伏す間の苦しみはどの病気でも同じ苦痛を伴うものだ。物理的な病気の痛みだけでなく、精神的な心の痛みや人としての尊厳への痛みなど、病気と伴う苦痛は病を患った当事者にしか理解し得ないだろう。安楽死に対する世間の声は賛否両論あると書いたが、たとえば賛成の声では、どのようなものがあるだろうか?「不治の病の子どもや重度の精神疾患を持つ人に対する安楽死を肯定する割合は75%」「認知症の人の安楽死も8割が妥当だと答える」「患者や国のコスト削減が期待できる」という肯定的な意見がある一方で、反対の声では「安楽死は尊厳を侵害する行為」「医療資源の不適切な利用につながる可能性がある」「安楽死が社会に及ぼす影響が予測できない」安楽死の是非をめぐる議論は人によって様々な意見が交差する。ただ安楽死の条件としては、「医師やカウンセラーの診断を受け、回復の見込みのない肉体的・精神的苦痛がある」「本人が生きることに耐えがたい苦痛を感じていると認められる」(※7)の2点が挙げられる。安楽死が認められている国は世界を探しても、あまりに少ない。オランダ、ルクセンブルク、ベルギー、カナダ、オーストラリアの一部州、ニュージーランド、スペイン、 コロンビアだ。ここに日本は、まだ含まれていないのが現状だ。映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』を制作したペドロ・アルモドバル監督は、あるインタビューにて作品全体に溢れている愛について聞かれ、こう話す。

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アルモドバル監督:「私にとって、愛こそがこの映画の主なメッセージです。特に今日、世界はスペインだけでなくすべての国で二極化しており、テレビやメディアでは毎日ヘイトスピーチが見られます。憎しみは最悪の感情です。たとえば、憎しみの中に民主主義は存在しません。そしてそれは、フランス、イタリア、イギリスなどのヨーロッパ社会でも抱えている問題の一つです。一方、友情には、有効期限のある恋愛のような複雑さや問題はありません。最良の場合、ロマンチックな愛は深い友情にもつながります。現実は、私たちがこの感情とはまったく逆の世界に生きていることを示しています。それについて考えるべきだ。」(※8)と話す。難病や不治の病、人の生死や看取るという行為を通して、私達は他者からの愛情を知る事ができる。愛や友情は、人と人の関係性を結ぶ大切な要素だ。たとえ世界を平和にできなくても、不治の病を完治できなくても、愛が人の何かしらに作用すると、この映画が示しているのだろう。
最後に、映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』は、病に侵され安楽死を望む女性と、彼女に寄り添う親友のかけがえのない数日間を描く物語だが、安楽死を単なる興味深い題材として捉えた作品ではなく、親友の人生最後を看取るという行為の大切さを説き、安楽死に対して賛否両論の論争を起こすのではなく、人の死の尊さを再確認させようとする物語だ。2022年には、フランスの映画監督ジャン・リュック・ゴダール氏が、91歳で安楽死でこの世を去ったニュース(※9)が報道され、全世界に衝撃を与えた。自身の人生の最期は、誰の手によって終わらせたいか?病気で苦しみながら死ぬのか、老衰で時間を掛けて死ぬのか、認知症を患って家族に迷惑を掛けて最期を迎えたいか。安楽死は、一体誰の為にあるのか?私は、私の最期を自由に決めれる権利が欲しい。貴方は、自身の人生において、どんな最期を迎えたいか?今からじっくり、考える必要があるだろう。

(C)El Deseo. Photo by Iglesias Mas.
映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)【意外に知らない医療の常識】人は何が原因で命を落とすのか……日本の「死因」のトップ3とは?https://diamond.jp/articles/-/285252?_gl=1*n63uku*_ga*YW1wLXgxZGFNQnQ2N0V6V25mUHlFT0xFaW8xdW14YjdBM3NHV3NTTC1DT0tFZnZxaG5oNFpleG0yVnNUeGRRb180cFo.*_ga_4ZRR68SQNH*MTc0MTE2MTQ2My4yLjEuMTc0MTE2MTQ2My4wLjAuMA..(2025年3月5日)
(※2)看取りの段階になる前に…https://arte-info.com/preparation.html(2025年3月6日)
(※3)親鸞の往生思想と仏教的時間論の関連 考察した論文https://drive.google.com/file/d/15UbR_DZ3si44WwW6tEkC_A2dDL5mu5bW/view?usp=drivesdk(2025年3月6日)
(※4)スペイン文化と日本文化における死生観https://drive.google.com/file/d/1QnGIed44qzA521UvyvWkZ3gNoFvma1Hf/view?usp=drivesdk(2025年3月6日)
(※5)「安楽死を認めよ」と叫ぶ人に知ってほしい難題議論はあっていいが一方向に偏るのは危ういhttps://toyokeizai.net/articles/-/367007?display=b(2025年3月6日)
(※5)ALS女性 嘱託殺人事件 2審も医師に懲役18年の判決 大阪高裁https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241125/k10014648601000.html(2025年3月6日)
(※6)クローズアップ現代 “心に刺さるジャーナリズム” 「ALS 当事者たちの声」https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/R7Y6NGLJ6G/episode/te/M3572N8461/(2025年3月7日)
(※7)安楽死を選んだのは自死望んだ女性 精神疾患からの選択に家族は満足、医師は葛藤https://globe.asahi.com/article/14998689#:~:text=2019%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%81%AE,%E5%A6%A5%E5%BD%93%E3%81%A0%E3%81%A8%E7%AD%94%E3%81%88%E3%81%9F%E3%80%82(2025年3月7日)
(※8)Pedro Almodóvar: “Ese problema enorme que parece que tenemos con la inmigración, en lugar de un problema debería ser una solución”https://www.revistavanityfair.es/articulos/pedro-almodovar-entrevista-la-habitacion-de-al-lado(2025年3月7日)
(※9)ゴダール監督、自殺幇助で91歳で死去 仏映画ヌーベルバーグの巨匠https://www.bbc.com/japanese/62898424(2025年3月7日)