ドキュメンタリー映画『ただ、愛を選ぶこと』ノルウェーから届いた家族の愛の絆

ドキュメンタリー映画『ただ、愛を選ぶこと』ノルウェーから届いた家族の愛の絆

2025年6月6日

母が遺した写真と言葉が、家族の今を紡いでいくドキュメンタリー映画『ただ、愛を選ぶこと』

©A5 Film AS 2024

©A5 Film AS 2024

心の豊かさとは、何か?自然の雄大さとは、何か?家族と共に過ごす時間は、何ものにも変え難いプライスレスな存在。父親、母親の両方がいて、たくさんの兄弟姉妹に囲まれた家族との時間。時に家族との笑いが絶えず、時に家族としての困難に直面する。西の彼方に落ちる真っ赤な夕焼け。山の頂上には、真っ白に立ち込める深い霧。神々の山林が、ひと組の家族を覆い込む。森での暮らしは、大人子ども関係なく、365日の自給自足の生活。森の中で薪を拾い、その夜に焚き火をする。焚き火を囲いながら子ども達は、手紙を読む。読んだ手紙は、焚き火の中。木々の間から見え隠れする夕陽の真っ赤な赤は、焚き火の火の色のよう。家族写真の思い出のモンタージュで綴られた家族の姿は、どんな家族よりも世界で一番キラキラと輝いている。ドキュメンタリー映画『ただ、愛を選ぶこと』は、北欧ノルウェーの森で暮らす家族の喪失と再生を捉えたドキュメンタリー。家族の中心だった母親の病死は、家族の絆にヒビを入れたが、その傷を絆として紡いだのは、紛れもない在りし日の家族写真。母親マリアが写真家として最後までシャッターを切り続けた写真を通した家族との対話は、将来永遠に残り続ける母親としての最後のメッセージかもしれない。それは、ドキュメンタリーの被写体となっているペイン家だけでなく、私達一組一組の家族にも投げ掛ける家族の在り方が写真の中にあるのだろう。

©A5 Film AS 2024

森深く暮らす一組の家族は、都会の喧騒から離れて、自然の中で自活の独立独歩を生業とする。この作品の被写体となっている家族のように森の中、自然の中で暮らす家族は、世界にどのくらいいるのだろうか?実際問題、世界には今、自然や森の中で自給自足の生活をしている家族の数をまったく把握しておらず、データが存在しない。でも、ペイン家のように自給自足に興味を持ち、実践している家族は数多くいるのは事実だ。都市生活から離れて自然の中で生活する人々、環境に配慮した持続可能な生活を送る人々には、自給自足の考え方を実践している傾向がある。自活に興味のある人々の暮らしは、地域の環境や資源に配慮し、持続可能な生活を送り、環境負荷を減らす繋がりにもなると言われている。現在、世界で自給自足に興味を持ち、実践している家族は、地球上の様々な地域に多く分布している。自然豊かな地域、伝統的な生活文化を持つ地域では、自給自足の意識が強く根付いている傾向があるそうだ。家族達の選択は、単に生活の手段としてではなく、価値観やライフスタイルを反映する側面も持っている。自給自足を通じて、自然と人間との調和を深め、より豊かな生活を送る事を目指す家族も多くいる。自給自足の程度はその家族の価値観によって様々であり、完全な自給自足から一部の自給自足、自給自足の要素を少し取り入れた生活まで、幅広い範囲に及ぶ。完全な自給自足には、衣食住に関わるすべての物資を自分で賄う生活。食料の生産、衣服の作成、住居の建築など、多岐の作業が必要とされる。その一方で自活には、健康的な食生活を基準とし、自然との繋がりを大切にし、経済的な自立を促す役目を持つ。多くのメリットがあると考えられている一方、完全な自給自足は時間と労力、知識と技術を必要とする大変な作業という事を知っておきたい。総じて、世界で自給自足をする家族の数を正確に把握する事は難しいが、自給自足は、現代社会において、環境問題や食料問題に対する新たな選択肢として現在、注目されている(※1)。ここで外国の方で自給自足を実際にしているご夫婦とそのご子息が紹介されているサイトを引用して、世界でも実際に自活で生活している家族の姿を知って欲しい。「カイサさんとキムさんの5人家族は、7月から11月までほぼ自給自足の生活を送っています。自然と共存すること、つまり逆らうことが何よりも大切だと、夫妻は言います。」(※2)自然との共存は、今のデジタル社会や情報社会から少し逸脱した生活だが、カイサ・キム夫妻はその逆を行く生活にこそ、何か大切な事があると話す。

©A5 Film AS 2024

海外にも自給自足をする家族がいる一方で、日本国内にも自活生活で暮らしを成り立たせている家族が多くいる。では、海外同様に日本では、どれくらいの家族が、全国津々浦々、点在しているのだろうか?実は、日本での自給自足の生活を送っている家族の正確な数(※3)は、海外と同じように明確に把握できていないのが現状だ。2020年時点の農林水産省の統計によると、自給的農家(自家消費が目的で、農家としての売上がない)が総農家数174.7万戸のうち71.9万戸、約4割を占めるが、これは農家数であり、必ずしも完全に自給自足しているとは限らない。自給的農家は、自家消費を目的とした農家であり、農業耕地面積も5%未満と少ない。完全に自給自足の生活を送っている家庭は、然程、多くないと言われている。その点を踏まえて、日本で自給自足生活を送る家族数は、自給的農家の数で推測され、正確な数は明確に把握できていないと言える。完全な自給自足生活を送っている家庭は、自給的農家の中に含まれる一部、それとは別に存在する可能性があると考えられている。ここで2組ほど、日本で自給自足の生活を送っているご家族を紹介したいと思う。まず、生活費月4万円で自給自足生活を送る田村さん一家(※4)は、青森県南部町で暮らす。手作りの家で自給自足をし、電気、ガス、水道に頼らない究極のSDGsを実践していると話す。また、愛媛県東温市の築90年近く経つ古民家で親子三人暮らす旅田さん一家(※5)。現在、日本の各地で自給自足で生活をする家族が、多くいる。でも、どの機関も自給自足で生活をする家族の統計やデータを取っていない。世界のどこも研究をしておらず、自給自足生活の家族の全貌は見えていない。今から統計を取り、データ化をし、全国津々浦々、一軒一軒回って、話を聞きながらインタビューをして行けば、何かしら社会的な価値が見えてくるかもしれない。ドキュメンタリー映画『ただ、愛を選ぶこと』を制作したシルエ・エベンスモ・ヤコブセン監督は、あるインタビューにて本作の制作過程について、こう話す。

©A5 Film AS 2024

ヤコブセン監督:「彼女のブログで彼女が病気だったことを知りました。彼女が亡くなった時は、本当に、本当にショックでした。でも、ニックと他の子供たちが『イエス』と言ったのは、マリアが映画を作りたいと言っていることを知っていたからなんです…基本的に、私は資金なしで撮影を始めました。ただ、この物語を今すぐに実現させなければならないと感じていました。カメラの外でも、彼らと一緒に時間を過ごしました。たくさん撮影したと思っていたのに、毎回晴れていたんです。でも、それは単なる偶然でした。私たちはノルウェーに住んでいて、雨も雪も降ります…美しいものを撮影しないなんて、ほとんど不可能でした。なぜなら、それらは環境の中にとても自然に溶け込んでいたからです。緑が豊かで、動物たちもいました。本当に美しく、生き生きとしていて…魔法のような瞬間でした!」(※6)と。本作の制作過程には、幾多の困難があった事だろう。制作費の問題、母親の死、天候の問題など、それを一つ一つ乗り越えた先に自給自足で森で生活する家族の愛が、表現されている。家族を愛する事、人を愛する事。大切な事はすべて、この映画の中にも詰まっている。日々の何気ない日常が、愛おしく感じる家族の存在こそが、プライスレスなのだろう。

©A5 Film AS 2024

最後に、ドキュメンタリー映画『ただ、愛を選ぶこと』は、北欧ノルウェーの森で暮らす家族の喪失と再生を捉えたドキュメンタリーだが、私達が思うドキュメンタリーではなく、この映画の中にあるのは家族との思い出、在りし日の楽しかった日々、そして母親の死という人生での大きな喪失は、家族の絆を強いものにさせる。そして何より、家族写真が物語るのは、そこに一組の家族がいたという証明と真実、そして存在。写真は、人生のほんの一部分の断片しか写さないが、子を見る親の温かい眼差し、子ども達のキラキラの笑顔、それらすべてが家族が共に生きた証のすべてを写している。近年、家族関係に関する悲しいニュースが世間を飛び交っている。日夜、一家心中(※7)の報道が私達の目に飛び込んでくる。先月には、大阪府吹田市で5歳の女の子が親の心中に巻き込まれる事件(※8)が起きたばかりた。家族の一家心中に留まらず、愛知県では高校生の少年(※9)が、自身の祖父母を手に掛け、千葉県では中学生が面識のない高齢女性を襲い死亡させた事案(※10)も起きている。今、若年層を中心に愛の欠片を微塵も感じさせない悲しみの深淵が目立つ。ただ、人を愛する事。ただ、愛を選ぶ事を忘れてしまった今の日本人にとって、ノルウェーから届いた家族の愛の絆は現代の日本社会における愛情の潤滑剤になり得る存在だ。

©A5 Film AS 2024

ドキュメンタリー映画『ただ、愛を選ぶこと』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)自給自足暮らしのメリット・デメリットは?自給自足を体験ができる場所27選!https://familyinn.jp/magazine/columns/zikyuzisoku/(2025年6月5日)

(※2)Living life our way A self-sufficient family: “From July to November, the only thing we buy are dairy products”https://www.kotona.com/articles/kaisa-and-kims-self-sufficient-family(2025年6月5日)

(※3)移住して自給自足生活を始めるのにおすすめの地域5選!支援制度の条件や生活の流れについて紹介https://www.kobo-shinshu.com/co_diary6/050180ab49d4782c2a633a1819c47e54.html#:~:text=%E5%A4%9A%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82-,%E3%83%87%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88,%E9%A9%9A%E3%81%8F%E3%81%8B%E3%82%82%E3%81%97%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%80%82(2025年6月6日)

(※4)生活費月4万 自給自足生活を送る田村さん一家のくらしアップデート術https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/912356?display=1(2025年6月6日)

(※5)自然に逆らうことなく自給自足を営む若い夫婦https://e-iju.net/interview/026/(2025年6月6日)

(※6)AJB Doc Comp interview: A New Kind of Wilderness by Silje Evensmo Jacobsenhttps://businessdoceurope.com/ajb-doc-comp-interview-a-new-kind-of-wilderness-by-silje-evensmo-jacobsen/(2025年6月6日)

(※7)大阪 住宅で母と娘とみられる3人死亡 夫とみられる男性も死亡https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250602/k10014823351000.html(2025年6月6日)

(※8)「半日以上、両親の遺体のそばで…」 大阪池田市・夫婦死亡事件、残された女児にも刺し傷が 知人は涙ながらに「娘さんに愛情を注いでいた事実は、間違いなく存在https://www.dailyshincho.jp/article/2025/05310600/?all=1(2025年6月6日)

(※9)相次ぐ10代の凶行 愛知では16歳が祖父母殺害、群馬では17歳が高校生刺して逮捕https://www.sankei.com/article/20250512-MNPOZFFFYFHIXLEOWV5EMJ77YM/(2025年6月6日)

(※10)〈千葉・15歳少年が女性殺害〉「家族みんなで寝ていたのが1人で寝たいって」「両親そろっているほうがいいとは思うけど…」“複雑な家庭環境”から逃げたかった少年に父は何を思ったか【2025年5月ベスト記事】https://shueisha.online/articles/-/254143(2025年6月6日)