ドキュメンタリー映画『チョコレートな人々』「社会がいい方向に向かっていないのは、何故でしょうか?」鈴木祐司監督、阿武野勝彦プロデューサーインタビュー

ドキュメンタリー映画『チョコレートな人々』「社会がいい方向に向かっていないのは、何故でしょうか?」鈴木祐司監督、阿武野勝彦プロデューサーインタビュー

2023年1月10日

温めれば何度でもやり直せるドキュメンタリー映画『チョコレートな人々』鈴木祐司監督、阿武野勝彦プロデューサーインタビュー

©Tiroir du Kinéma

(C)東海テレビ放送

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—–本作『チョコレートな人々』の主題となっている久遠チョコレートや夏目浩次さんを、どのような経緯で密着取材を始められましたか?

鈴木監督:元々、東海テレビで報道記者をしていますが、その中でも「福祉」について、非常に興味を持って、取材してきました。

障害があるからと言って、不当な扱いを受けている点は、特に疑問に思っています。

2003年頃、愛知県豊橋市にある花園商店街で夏目さんと偶然会ったのが、この作品が産まれるきっかけでした。

彼が取り組んでいる事について、僕も変えなければいけない、また変えて行って欲しいと思ったんです。

取材する立場として、自分に何ができるのか考えました。

彼のように人を雇って、会社を経営するような能力はありません。

しかし、こんな人が奮闘しているという事実を伝えたいと思い、密着取材を始めました。

2002年頃、愛知県豊橋市にある商店街で、車椅子ユーザーに関する取材を何度かしているうちに、横の店舗でパン屋をオープンさせる準備をしていたのが、夏目浩次さんでした。

その時に、「今から、パン屋を始めます。」と。

障害のない方も、ある方も、関係なく、皆で話し合いながら、パン屋を作りたいと仰っていたんです。

映画でも登場するあのパン屋さんが、夏目さんにとってのスタートでした。

—–偶然にも、店舗を立ち上げた最初の出会いから、取材が始まったんですね。

鈴木監督:当初、立ち上げのメンバーで話し合っていました。

行く度にみんなで会議をしていたんですが、僕も何度か会話を重ねていく中、夏目さんの考え方を知ることができました。

どちらか誰もば、障害に対しては、支援したり、手助けする考えが先行しがちですが、夏目さんはそうではなく、誰もが皆同じという考えを持っていたんです。

社会の一員として、どうすれば皆で協力しあって、お店を経営できるか、と話し合う機会を大事にされておりました。

非常に良い考えだと、共感しました。彼のような考え方が、もっと広がればいいと、思っていました。

—–作品を通して思うのは、夏目さんが社長業の傍ら、相手の歩幅に合わせ、相手に寄り添い、人としてするべき事をちゃんとしている姿には、感動致しました。

鈴木監督:ただ、夏目さん自身は、特別なことをしているとは、仰らないと思います。

ただただ、彼にとって当然の事をしているだけなんですから。

それも言うだけでなく、ちゃんと実行し、続けている姿は、非常に素晴らしいと、感じています。

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—–『あきないの人々〜夏・花園商店街〜』は、テレビ番組のドキュメンタリーですが、この度、なぜ映画化へと事を進めたのでしょうか?

阿武野さん:テレビで放送するための番組作りを鈴木監督が、ディレクターとして進めていました。

第一稿としての映像が仕上がると、スタッフ全員で試写をします。

その時に、このドキュメンタリーは全国の人に観てもらいたいと、思いました。

今の時代に最も必要な作品ではないかと。

その時は、テレビでもまだ放映されていない段階でしたが、映画化しようと皆に話しました。

テレビ放送が終わった後、夏目さんが言いっ放しになるようなドキュメンタリーでは良くないと思い、夏目さんが大阪の北新地店の売り上げの一部で近くに「子ども食堂」を作りたいと行った結果が出る所までを追って、一区切りとして、映画化してみようと言ったんです。

本作には、子ども食堂の映像はありませんが、それは、パウダーラボの重度障害を持った方々との仕事の方が、面白かったんです。

語るべき事はたくさんありましたが、今回は子ども食堂よりパウダーラボのエピソードを盛り込みました。

テレビ番組よりもより深みのあるドキュメンタリーになったと思います。

ぜひ、皆さんに観て頂きたいです。

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—–この作品が全国各地に広がって頂ければと、願っています。社会が、どうあるべきかを考えるきっかけにも、また夏目さんのような方が一人でも増えるような世の中であって欲しいと思います。次に、タイトル『チョコレートな人々』には、どのような想いを込めて、この題名にされましたか?

鈴木監督:夏目さんが最初に登場するドキュメンタリーが、2004年放送の番組『あきないの人々〜夏・花園商店街〜』から題名を引き継いで『チョコレートな人々』へと変更しました。

実は、「チョコレート」に関する名前をアレコレ探していた時に、阿武野プロデューサーがポンと発案してくれました。

—–前作のタイトルから引き継いだようにも感じ、非常にわかりやすいですね。では、逆になぜ、「チョコレート」に変更されたのでしょうか?

阿武野さん:夏目さんが、チョコレートという食材に出会った時の感動と同じような感覚を抱きました。

「温め直せば、何度でもやり直せる素材に出会った」と思った時、映画に描かれていた人々も、私たちもまた、同じだと。

私達も、失敗した時に誰かに支えられているんですから…。

いつかは、失敗した人を支える側、冷めてしまった人を温め直す側に回れれば、いいと思います。

私たちは皆、チョコレートのようなものでありたいと。

夏目さんの発見を、そのまま頂き、これからの社会がこうあって欲しいと、タイトルに込めたのは、ある種の夢です。

—–「チョコレート」の中には、日本社会の「未来」が、詰まっているんですね。

阿武野さん:かなり早い段階から、タイトルには「チョコレート」を付けようと考えていました。

主人公の夏目さんが、「失敗しても、何度でもやり直せる」と言いましたが、私は「温めれば何度でもやり直せる」という言葉に変えました。

やはり、チョコレートの包容力が、夏目さんに乗り移っているんです。

彼の包容力が、たくさんの人々を巻き込んでいます。

そういうサイクルが、何よりも感動的です。チョコレートのような包容力は、人々に必要な事だと思います。

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—–プロデューサーとして、この作品が日本社会において、どのような立ち位置であって欲しいと、思いますか?

阿武野さん:私も何度もモニターしていますが、観る度に私の想いは変わっています。

感想が、色々な形を通して、対話になっているんです。

このドキュメンタリーを作った時、スタッフの一人が「先に産まれた者が、後から来た者のために、場を作る事が大事だ。」と言ったんです。

それが今の社会に、できていないと言うんですよね。若い人の中には、心を病み、組織の中で倒れたり、途中で辞めて行く事もあります。

一度、ダメ人間とレッテルを貼られた人はなかなか、やり直す事ができない世の中。

ずっと負の状況のまま、組織の中で居づらくなるばかりで、再チャレンジができないシステムにもなっています。

そういう意味では、もっともっと、寛容で多様で、温かく、緩やかであって欲しいと思います。

よりよい社会を模索して行くためには、夏目さんのような考え方を、とりわけ、リーダー達は持たないといけないと、そんな気持ちを最近、抱きました。

リーダーたちの考え方が一番、厄介な問題なのではないかと、感じたんです。

雇用される側ばかりでは、物事は動きません。

雇用する側、つまり経営者もまた、夏目さんが作品で言っているように、「他人事とは思わずに、私達の社会の大事な事ですよ。」と、考えて欲しいですね。

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—–撮影期間が、およそ20年。でも、上映時間は1時間40分。この作品は全体の1%しか語られていないようにも感じました。その反面、映像から溢れ出す20年の重みもまた、非常に胸に響きました。追い続けた20年は、鈴木監督にとって、どのような時間でしょうか?

鈴木監督:やはり取材対象という関係ではありますが、それでも夏目さんから学ばせて頂いた事が多く、常に学ばなくてはいけない事、多くの方を知ってもらいたく、取材を続けて行きたい想いもあります。

それと比例して、夏目さんがどんどん、大きな人間になっていきますので、負けないようにしようと思って努力してきました。

僕自身も成長したいという励みにも、なっています。

夏目さんに相応しい取材者になろうと、今も思い続けています。

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—–この20年間の間、取り上げてきた対象者の方々の取り巻く環境は、大きく変化があったと言えますか?

阿武野さん:実態は分かりませんが、あまり変化はなかったのではないでしょうか?

社会的偏見から解放されたかと問われれば、およそ50年前から考えれば、障害を持った人々は外に出て来やすくなったかも知れないですね。

だけど、30年前と比べて、どうだろうかと考えれば、そんなに変わってないかもしれないですね。

とりわけ、鈴木監督が特に問題と思っている給与面や経済的側面では依然として、障害の持った人たちの自立ができない状況は続き、社会は変わろうとしていない。

だからこそ、夏目さんのような人が注目されるのだと思います。

彼がごく普通の経営者に見えるような時代になったら、恐らく障害を持った人たちと、障害を持っていない人たちの間を隔てるバリアは、無くなっていると思うんです。

バリアフリーと言葉で言いているのは、「バリア」がある証しです。

—–無意識に、「バリア」と言う言葉が必ず、くっ付いて来てますよね。

阿武野さん:社会の一員である考え方とは違って、どこかで一般人と障害者を社会が一方的に規定したのではないか、と思います。

働く場所も限定され、ある意味、居場所さえも限定されていますよね。

外には出やすくなったけれど、生産現場に直接携わる事が不適格であると、社会から勝手に烙印を押された人々だったかもしれないですね。

それは、この数十年間でも、大きく変わってないかもしれないですね。

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—–仰る通りだと思います。変わってないだけでなく、世間の方も知らない方も多いのが、現状かと思います。監督にご質問ですが、ナレーターを務めていらっしゃる宮本信子さんがコメントにて、「今の世の中に一番大切なことが、作品の中で描かれている。」と仰っておられますが、この一番大切なこととは、監督にとって、何でしょうか?何かお考えは、ございますか?

鈴木監督:信子さんのコメントを拝読させて頂き、誰かを思いやる気持ちや隣の困ってる人に手を差し伸べて、助けてあげる事を忘れて来た時代だと、思うんです。

そういう「思いやり」や「優しさ」を感じ取れる作品が必要なのではないかと。

僕は、信子さんがそんな風に受け取って頂けたのだ、と思います。

ただ、受け取り方は皆さん、それぞれあるかと思いますので、色々な感想をお待ちしています。

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—–プレスでのコメントにて、「文章が上手いと、取材が甘くなる」という東海テレビの内田会長の発言には、非常に感銘を受けました。阿武野さんは、この映画の「取材」を通して、気持ちや価値観の変化、また何か見えてきた事は、ございますか?

阿武野さん:若い頃からずっと思っていた事は、時代が進むと、人間は成長して、より利口になる生き物だと信じていました。

だけど、そうではないんです。

歴史小説を読むと、昔の人の方がよほど、人格の高い人々がいたと思うんです。

科学が進み、技術も発展し、経済的に豊かになった今、一体人間は何を手にしたのか?

私達は何を手にしたと言うのでしょうか?とよく思います。

「得難い人間関係です」と、言えるような人生を歩めるかどうかも、非常に大切だと思います。

そのために、私は仕事をしていると、思って来ましたが、『あきないの人々』から『チョコレートな人々』までの20年近い取材の中、出会えた人々は、得難い関係です。

それをまた、テレビの枠から、映画の世界へとバージョンアップできた事は変変え難い体験です。

振り返って見ると、私達がコツコツやって来た事、そして夏目さんという存在が、仕事の、そして「得難い人間関係」の証明かもしれません。

夏目さんと鈴木監督が、交流してきた取材期間の20年が、作品に凝縮されています。

この2人で紡いできた表現の先に、この世の中がどう映っているのか、皆さんで観て欲しいと願っています。

私はまもなく、二度目の定年を迎えようとしています!

この作品が現役最後の作品になると思いながら、作って来ました。

最後を飾るには、相応しい作品だと思います。

ただ、私たちの社会は、いい方向へは進んでいるとは思えません。

いい方向に向かわないのは、何故でしょうか?

そういう状況だからこそ、私たちはまた表現を続けるんです。

幸せいっぱいなら、表現の必要はなかったかもしれないです。

社会や組織に対して、怒りがあるからこそ、取材をし、ドキュメンタリーを作る表現へのガソリンは尽きません。

今がマイナスだと思うからこそ、よりプラスに振れるドキュメンタリーを観てもらいたいと思ったのが、本作『チョコレートな人々』です。

—-最後に、本作『チョコレートな人々』の魅力を教えて頂きますか?

鈴木監督:一番は、夏目浩次さんという方の情熱や失敗を恐れない勇気、また彼自身の生き方や、会社で様々な夢を叶えていく人々の姿、喜ぶ笑顔、そういう事がすべて、誰かの励みになると信じています。

僕自身の元気の源にも、なっています。僕が感じる魅力とは、未来や夢、希望をくれる作品だと思っています。

阿武野さん:今を生きるヒントが、いっぱいある気がします。

それをぜひ、拾って頂きたいです。

色々な人の、多くの立場の、様々な状況があると思いますが、映画『チョコレートな人々』は必ず今の時代を生きるヒントがあると思います。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

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ドキュメンタリー映画『チョコレートな人々』は現在、23年1月2日(月)より大阪府の第七藝術劇場、23年1月6日(金)より京都府の京都シネマにて公開中。また、23年1月28日(土)より兵庫県の元町映画館、23年3月3日(金)より三重県の伊勢進富座にて、公開予定。全国の劇場にて順次、上映予定。