映画『ひとつの空』「いい照明が当たっていないと、いいグレーディングができない」遠藤一平監督、カラーグレーティング担当大野進さんインタビュー

映画『ひとつの空』「いい照明が当たっていないと、いいグレーディングができない」遠藤一平監督、カラーグレーティング担当大野進さんインタビュー

2024年11月11日

強さとは、何か?映画『ひとつの空』遠藤一平監督、カラーグレーティング担当大野進さんインタビュー

©株式会社ボーダレスナイン

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—–映画『ひとつの空』の制作経緯を教えて頂けますか?

遠藤監督:東京オリンピックで空手が、正式種目になった事。また、2019年の段階でお話もあったんです。依頼を受けて制作しようと思ったんですが、オリンピックがコロナで延期に。いつ公開するのかどうか、出口が分からない状態になってしまいました。オリンピックは開催しましたが、それに合わせて公開する話でしたが、恐らく、プロデューサーサイドや劇場サイドも色々動いていたと思うんですが、結局、計画が飛んでしまった事によって、制作費が倍になって大変みたいな話が当時に出てしまって、今からまた新たにどこの劇場で上映するんだという話になって、コロナで相当ダメージをウケて、要するに、出口を見失ったまま、暗中模索の状態で制作を進めた形になった映画であります。

—–作品が生み出されるまで、非常に苦難の道だったんですね。

遠藤監督:かなり無茶をしていました。コロナが無ければ、もう少しまともに制作できたと思うんですが、出口があるか無いかが大きくて、最後にどこに、いつまでにどこにというゴールが見えていれば、その中でやれる事、やりましょうと言えたんですが、出口が分からなくなってしまった事が、コロナが原因ですよね。簡単に言えば、コロナの打撃が大きかったからです。

—–コロナが原因でスケジュール調整ができなくなり、コロナが明ける前が、明けてからかの期間で、「よし!制作しましょう」となったその経緯は、お話頂けますか?

遠藤監督:もう本当に、何度もこのまま、ご破算にしましょうという話にはなったんです。話は進んでいたんですが、プロデューサーの一人が非常に頑張って、動き出したんだから、なんとか形にしようと言って、何度も足掻いて、お金をもらわなきゃいけないはずのプロデューサーが、自腹を切って制作費を出してくれたことで無事映画は完成しました。

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—–大野さんへのご質問です。大野さんは、本作ではカラーグレーディングを担当されておられますが、カラーグレーディングとはどんな役目の部署でしょう?また、なぜカラーグレーディングの道に進まれたのでしょうか?

大野さん:まず、カラーグレーディングの道に進んだ訳ではないんです。元々、グレーディングをやっている人間ではなかったんです。単純に編集マンとして在籍していましたが、監督が弊社に入社してから、色々やって欲しい事がたくさんあるから、と合成やグレーディング、諸々担当したんですが、カラーグレーティングの担当になった経緯は、そこからなんです。グレーディングについて映画を観る方にお話するなら、映画への感情移入といち早く感情移入をしやすくするようにする事。また、こちらの訴えかけたいイメージをより分かりやすくする事が、一番だとは思うんです。

—–カラーグレーディングという技術も担当者も含め、制作の中に入らないと聞かない言葉だと思います。映画ファンが皆、カラーグレーディングを知っているかと問われれば、一部を除いて、ほぼ知らないと思うんです。この点を踏まえて、カラーグレーディングという役目がどんな役目なのか。映像制作においてカラーグレーディングが、どれだけ重要性を占めているのか、もっと知って頂く必要があると私はずっと思っています。

大野さん:たとえば、カラーコレクションの方がより一般的ではあるんです。カラコレは、色の修正。あくまでも、色を調整する事を前提とした部署です。それも踏まえた上で、グレーディングを行って行くんです。グレーディングと言えば、本当その映画の雰囲気自体が、グレーディングをする人によっても、色味によっても、まるっきり違うものになってしまうので、監督の意図やストーリーをいち早く感情移入できるようにという役割が一番大きいと思うんです。

—–感情移入が、できる?たとえば、どのような場面やどのよう部分において、感情移入ができるのか、ご説明できますか?

大野さん:本当に、分かりやすく言えば、家族団欒があるとすれば、暖色系の温かみのある色にしましょうと。ホラーチックな作風ひになりますと、怖々した色味になります。暗くて青い系統の色にして、少し恐ろしい感じにしましょうと見た印象で感情がそのままに、没入できるような感じにする事が感情移入されやすい色を出す事だと思います。

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—–改めて、色には人の印象を操作できる役割があると再認識させられました。

—–本作は、一人の女子高生が空手を通して、一人前に強くなる物語だと思いますが、なぜ人は強くならなければならないのでしょうか?弱いままでも、いいと思います。困難に立ち向かわず、逃げてもいいと思います。でも、なぜ人は強くなる必要があると思いますか?

遠藤監督:強くなる必要がある風に描いている訳ではなく、本人が強くなる方を選びたい人間を描きました。弱肉強食である事を語っているような作品ではなく、強くなければいけないという事でもなく、何かをやるという事はそれなりにリスクが生じます。自分がそれを背負わないとダメだよと。要は、オープニングのセリフでも軽く藤岡弘、さんに言ってもらっているんですが、何々道(どう)と付く分野の中で取り組む事は死ぬまで探求するものであって、簡単に答えが今すぐポンって出ません。何かをやるという事は、それを自分で覚悟を決めて、背負ってやらざるを得ず、強いも弱いも関係なく、それは背負う事。主人公の女の子は、決して強い子ではありません。その後、強くなっているかどうかも分かりません。空手を通しての成長を描いたつもりは、正直ありません。ただ、一つの生き方の指標ができたと思います。ある意味、標準的な人間の生き方にまた、現代っ子が立ち戻ったというイメージ。最後のヒロインの成長が、強くなきゃいけない事を強制しているように描いた訳ではないんです。弱いままでもいいと思います。僕は空手を嗜んでいた訳ではないので、空手の良さを伝えようなんて微塵も考えていません。空手のエッセンスをお借りして、何か一つの「道」と付くような分野、何でも道がつくものだと思います。執筆業でも、執筆道みたいな道です。その世界に生きる人たちは、それを背負って、生きるしかない。様々な考え方もあると思います。

—–世の中の考えにも、まだ残っているんだと私は思います。弱い強いは関係なく、与えられたものをどれだけ、磨いて行くどうか。その考えがまた、人々の中に価値観として入ったたらいいのかなと思いました。

遠藤監督:当たり前の事しか言ってないつもりですが、その当たり前の事すら、今いろんな言い方をされていて。すごく良い意見を頂いたと思います。弱くてダメなのという風潮があるじゃないですか。それが今の風潮で、2番でダメなんですか?と。必ずトップじゃなきゃいけないという時代はもう、終わったという風潮があります。

—–大野さんにご質問ですが、監督から撮影時に色々と大変だった事もあったとお聞きしています。たとえば、追撮の件など。大野さん自身、制作に携わっている期間、何か思い出に残っている事は、ございますか?

大野さん:本当に、コロナ禍の最中だったので、黙々と一人で作業を続けて来た事。誰とも会わずに、コミュニケーションも取らなかった事が、一番でした。あと、撮影期間も短くて、突発的なロケもやっていたんで、カメラの映像も統一できてなかった部分もありまたので、そのバランスも苦戦した思いはあります。

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—–監督自身は撮影現場やポストプロダクションの段階において、監督として記憶に残っている出来事やエピソードは、何かございますか?

遠藤監督:撮影現場は、本当に時間が、兎に角、無かったんです。撮影は、2019年から始まっていますので、コロナ禍じゃなかったです。でも、キャスト達の都合があって、全然時間がみんな取れない中、ロケをたくさん行うしかなかったんで、限られた時間の中、演者さんには演技してもらわないといけない。しかも、空手を習うと言っても、本人達は2週間くらいしか稽古してない訳ですよね。どうやって、それなりに空手をやっている風に見せるにはどうすればよいか考えましたし、学校の話なので、先生役の人は出て来ますが、どういうライフスタイルの中にいる子たちなのかなと再現しないといけないなと思ったので、僕やプロデューサーと言った、役者と接する人達が、投げやりな感じの先生風、たとえば荒れているような学校の先生とは、どんなイメージがあるのか、僕がそんな先生風の雰囲気で彼女達と接すると、そのような仕打ちを受けて来た子達に見えるかなと思って、突き放したような雰囲気をわざと作りました。また、適当な編集はやりましたが、繋いだ後にまた、更にいろいろ短くしたり、長くしたりという要求がその後もいっぱい出て来たので、それを変えながら、更に直した部分はまた、色を直す作業の繰り返しでした。あとは、現場で撮影できなかった場面は、グリーンバックで撮影して全部後から撮影し直しました。要するに、ポスプロでやった事は現場で撮り零したものを後から全部ポスプロで処理し直す事でした。CGが容易に扱える時代になり、表現力の幅が広がったのは事実だと思うんですが、本作はCGが売りの映画ではなく、あくまでも現場でできない事を撮影時に私が算段し、ポストプロダクションで補ったというもので、昔のプチカル合成の発展版としてのCGの扱い方でした。

—–大野さんにご質問ですが、作品を通して、私自身、強く印象に残っているのは、全体的に色のトーンを落としているのかなという心象を抱いたんですが、色のトーンを落とす事によって、大野さんは作品がどういう変化が生まれたと思いますか?

大野さん:基本的には、派手な映画ではないので、落ち着いた感じを心がけていたんです。印象として、色味の強い映像が世に溢れていますが、昔の落ち着いた感じのトーンで、更に過去の話と現在の話で、もう少しだけトーンを変える手法をしています。自分としてはガッツリ撮影に入っていた訳じゃないんで、知らない状態でした。編集を始めていくうち、「これは過去の映像」「これは現代の風景」場面がどんどん変化して行く中、この色のトーンで編集しちゃダメだという感覚を持てました。

—–監督に質問ですが、作品の色のトーンを落とす話をさせて頂いたんですが、作品全体のトーンを落とすのと、現場で照明をたくと出来上がりの印象が変わって来ると思います。監督の立場から見て、照明部とカラーグレーディングの各々の重要性について、どうお考えでしょうか?

遠藤監督:今の照明は、全部当てる照明が多いような気がします。実はキーライトがあって、押さえと三つライトがあればいけるという気はしています。自然光には敵いませんから、極力、自然光を活かす撮影技法を取り込むと、もっと豊かになるでしょう。それでも室内であれば、人物に当てるので、キーライトは必要になります。その塩梅が上手にできる照明部さんがいれば、照明を使って影を作る事も可能です。現場では影を先に作り、どこを当てて、どこを見せるかを設計できていればいいと思います。今の照明は物を撮る行為に近く、物がすべてフラットに見えていればいいという感じです。グレーディングしてくれる大野みたいな人がいてくれないと、多分、味わい深い陰影ができないと思います。フィルム時代の日本映画は、すごく照明が凝っていた部分があると思いますが、途中から同じフィルムでもすごく物撮り風のベタ当てにしちゃう風潮になっていました。でも、いい照明が当たっていないと、いいグレーディングができない。照明で当てた陰影が一番大事だと思います。

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—–お二人に同じ質問ですが、タイトルが「一つの空」とありますが、私はこの題名を通して、人は皆、一人ではないという空を通して、誰かがどこかで繋がっている。そんな印象を受け取りましたが、お二方はこのタイトルからどのような印象を受けておられますか?

遠藤監督:タイトルを考えたのは僕ですが、「ひとつの空」の「空」は空が映っているから、皆そう受け取ると思います。空手の意味も含まれていますから、意味的には、空手の「空(くう)」も入っています。ここは正直に言ってしまえば、一つに賭けるのようなイメージは、ありました。皆が一緒に共通のものを見ている集合的な意識ではないですが、「ひとつの空」の僕のイメージは「空(くう)」です。唐の時代に来たから「から」手という説もあるそうですが、今回は今の空手の「空(くう)」の方を生かした意味合いが強くあります。ただ、誰もが見る「空」というイメージとして、撮影中もタイトルは先に決まっていますから、意識的に空は撮っています。タイトルの意味は、色々あると思いますが、ダブル・ミーニングのように二つ意味を持つぐらいのものでないと、多分、ダメだと思います。

大野さん:タイトルで考えた事なかったです。でも、キーワード的に「空」を印象的にしようとしましたが、そのシーンによって、空も曇天だったり、綺麗な青空だったり、夜だったりと、色々な風景があって、その辺の差別化じゃないですが、分かりやすくしようかなと意識的に思って取り組みました。僕が編集している間、タイトルの意味まで考えた事なかったです。ストーリー全体を通して、自分が辛い時も頑張っている時も、最後に目標達成した時も、いつも一緒に繋がっているんだよという印象として、残っています。

—–最後に、映画『ひとつの空』が、今回の上映を通して、どう広がって欲しいなど何かお考えございますか?

遠藤監督:より多くの人に観て頂いた方が、嬉しいです。大人向きの作品ではなく、中高生向きの分かりやすい話を作っています。こんな世界もある、を突きつけられればいいと思います。観て頂く機会があれば、リラックスして観て頂ければ、幸いです。

大野さん:この映画はどちらかと言うと、現代風と言うよりは少し昔懐かしく落ち着いている感じの作品なので、懐古主義ではないですが、ちょっと昔懐かしく落ち着いて観たい方には、観て欲しいと思います。最近の映画は派手な作品も多く、他にも様々な作品ある事を感じて欲しいと思います。色んな映画があるうちの一本と思って観て頂ければ幸いです。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

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映画『ひとつの空』は現在、公開中。11月16日(土)、11月17日(日)神戸映画資料館、順次、全国公開。