人生は美しいドキュメンタリー映画『ライフ・イズ・クライミング!』
「征服すべきは山の頂上ではなく、自分自身だ。」登山家 エドモンド=ヒラリー
人生は、登山だ。
これは、本作の表題となる言葉だ。
この作品が伝えたいことは、まさにその通りであると言いたい。
比喩的に表現すれば、人生とはまるで山登りのようでもある。単調に続く日々の中、連続する時間の流動の中、人々は過ぎ行く時の中で、漸次登り続けている。
山登り自体には、山頂という名のゴールが必ず存在するが、人生にはそのゴールは存在しない。
自身の死を持ってしても、自身の目標に到達しても、それはゴールではない。
いつまでも続く登山という名の人生の先に何が待っているのか、それは誰にも分からない。
本作『ライフ・イズ・クライミング!』は、その不明点を私達の代わりに、作品の被写体でもある視覚障がいを持つクライマーの小林幸一郎さんと彼のガイドの鈴木直也さんが、顕現している。
登山の先にあるものは?人生のその先にあるものは?今を起点に置き換えて、その向こう側に何があるのか探す旅こそが、本作である。
まだ見ぬ地平線、寥廓たる大平原、厳然たる山の頂の遥か彼方。
誰も上り詰めたことが無い人生の山顛には、自身への自信や将来に対する可能性の数々が眠る、と全盲のロック・クライマー小林さん。
山を登るという行為は、単なる登山ではなく、自身の中に存在する自分自身との戦いでもある。
彼の姿が、そう私達に語り掛ける。
登り続けたその先に広がる風景は、100人居れば100通りの視点があるように、それぞれがそれぞれに千差万別だ。
だからこそ、あなただけが登れる山に挑戦し、あなたにしか見えない風景を見て、あなたの心に焼き付けて欲しい。
人生とは、そういうものでもある。
時には険しく、時には傾らかな山に対して、私達は逃げ出したくなる時もあれば、立ち向かわなければいけない時もある。
今日もまた今日とて、私達は人生という名の山を登り続けている。
まだまだ見えない山の頂きの最終地点は、自らの手で生み出すものだ。
一歩一歩登った人生のその先には、山の頂上から見る風景よりも、遥かに違う美しい絶景が待っている。
さて、ドキュメンタリー映画『アルピニスト』を彷彿とさせる本作『ライフ・イズ・クライミング!』は、視覚障がいを持つ登山家のコバこと小林幸一郎さんとサイトガイドであるナオヤこと鈴木直也さんの二人三脚で登山に挑み続ける姿を追ったドキュメンタリー。
ガイドの鈴木さんの声を頼りに、小林さんはまるで自分の目のようにして山を登る。
命綱一本のロープだけで繋がった状態の小林幸一郎さんと鈴木直也さん、彼らは互いに命や人生を委ねて岩肌に対峙する。
およそ20年前の2001年に出会った彼らは、パラクライミング世界選手権で4連覇の快挙を成し遂げた。
そして2021年。小林さんと鈴木さんは、ユタ州の大地に悠然と高く聳える真っ赤な砂岩フィッシャー・タワーズの楼閣に聳立することを目指して、夢の国アメリカへと旅に出る。
予想をはるかに上回る大自然、何億年もの時が流れて、蓄積されたエネルギッシュでパワフルな山岳の絶景、そして世界7大陸の最高峰の頂点に立った全盲クライマーである小林さんの恩人でもあるエリック・バイエンマイヤー氏との再会を通して、彼らは最後の最後に跋渉のゴールであるフィッシャー・タワーズに到達する。
彼らは、誰もが不可能と思える世紀の挑戦に果敢に臨もうとする。
本作の作中で全盲クライマーの小林さん達が、挑んだフィッシャー・タワーズ(※1)は、前述したようにアメリカ合衆国のユタ州にある。
まず、ユタ州とは広大に広がる砂漠地帯。
そして、ワサッチ山脈を特徴とするアメリカ西部にある州。
州都であるソルトレイクシティは、由緒正しき寺院や礼拝堂があり、歴史を慮る風潮もある。
また、巨大なドームと聖歌隊で有名なモルモン教の総本山が存在し、テンプル スクエアを中心とするのが、州都のソルトレイクシティ。
そんな西部の大都会のソルトレイクシティから南東へ376.2kmへ進んだモアブという田舎町。
コロラド州の州境にあり、周囲は砂漠に囲まれた地域。
車で走行すると、およそ3時間36分。
日本で例えるなら、東京から愛知間の距離。大阪から静岡間の距離。
また、隣州にあるカリフォルニア州にあるハリウッドにもほど近い、映画の撮影場所としてもフィッシャー・タワーズがあるモアブという町は、頻繁に使用されている。
例えば、『駅馬車(1939年)』『幌馬車(1950年)』『リオ・グランデの砦(1950年)』『ワーロック(1958年)』『偉大な生涯の物語(1963年)』『ウエスタン(1968年)』『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦(1988年)』『テルマ&ルイーズ(1991年)』『ジェロニモ(1993年)』『シティ・スリッカーズ2/黄金伝説を追え(1994年)』『小さな贈りもの(1996年)』『ブレーキ・ダウン(1997年)』『コン・エアー(1997年)』『チルファクター(1999年)』『ギャラクシー・クエスト(1999年)』『ミッション:インポッシブル2(2000年)』『バーティカル・リミット(2000年)』『ベティ・サイズモア(2000年)』『ハルク(2003年)』『アメリカ、家族のいる風景(2005年)』『スタートレック(2009年)』『127時間(2010年)』『ジョン・カーター(2012年)』『アフター・アース(2013年)』『ローン・レンジャー(2013年)』『トランスフォーマー/ロストエイジ(2014年)』長年に渡り多くの映画作品が、ユタ州のモアブ地域を映像に収めている。
そんな地域の悠然と存在するのが、フィッシャー・タワーズだ。
フィッシャー・タワーズ(※2)とは、ユタ州モアブ近くにある、往復6.8kmのトレイル。
一般に中級者向けコースの難易度のルートと考えられている。
完走までに平均2時間46分程かかる。
フィッシャー・タワーズの周辺は、ハイキングやランニングをするのに非常に最適な地域で、ハイカーやランナーには人気のエリア。
多くの利用者が日中行き交い、トレイル中には他の人に遭遇する可能性がある。
このトレイルは一年中オープンしており、いつ訪れても美しい眺めを堪能できると言われている。
モアブのトレイルは、バイオクラストと呼ばれる生きた土壌に囲まれている。
トレイル外のハイキングは、その後何十年にも渡り、砂漠の繊細な生態系にダメージを与えると警告されている。
そのため、すべての尿とトイレットペーパーを持ち帰るように促されている。
尿やトイレットペーパーは、砂漠で分解されるまでに何年もかかる。
持ち帰ることで、他のハイカーたちにきれいな状態が保たれる。
また、登山前に地元のギアショップ(アウトドア専門店)(※3)で「ワッグ・バッグ」(※4)(日本で言うエチケット袋)を購入する必要がある。
あなたがどこにいるのか、いつ戻る予定なのかを常に誰かに知らせる必要だ。
フィッシャー・タワーズでは、携帯電話のサービスが制限される。
道に迷った場合は、その場に留まる。
不用意に徘徊すると捜索救助隊が、あなたを見つけられない。
冬季には、マイクロスパイクの使用が推奨されている。
トレイルの全長は、多種多様な自然のロックアートで装飾されており、柔らかい赤い砂岩が風と雨によって削られ、ハイキングをとても楽しいものにしてくれている。
ルート上の最後の主要なタワーはタイタンで(トレイルは約 1.5 マイル後に通過)、そこを通過した後、道は南西に曲がり、長い尾根に進み、そこからタワーの雄大な景色を眺めることができる。
最も近い町は、南西約26マイルのユタ州モアブ。フィッシャータワーズには、国道128号線から外れたフィッシャータワーズ・ロードからアクセスできる。
このハイキングでは、興味深い形に侵食された美しい岩層であるフィッシャータワーを見渡す簡単な道を辿れる。
とてもフォトジェニックであり、ロッククライマーはモエンコピ砂岩とカトラー砂岩で構成された塔を登る。
また、登山者の下を歩かないように注意する必要がある。
トレイルには日陰がほとんどなく、夏の午後はとても暑く、高温多湿。
トレイルの入口は、東モアブに位置する登山口がある。
ハイウェイ128号線の外れにあり、高速道路128号線と191号線の交差点から東に34マイル進み、未舗装の道路に入れる。
未舗装の道路を右折し、駐車場までおよそ3.5マイル。
タワーの中腹は、尾根の西側に沿って形成されている。
登山道は尾根の端に沿って曲がりくねり、いくつかの岩の構造物に近づける。
タワーの頂上に行くには、タワーを南に曲がり、尾根を登る道を歩く。
そこで訪問者は北のタワーと南のオニオンクリークの素晴らしい景色を眺めることができる。
フィッシャータワーズは、クライマーだけでなく、ランナーやハイカーにも人気のスポットとしてアメリカ中から訪問者が耐えない場所で有名だ。
本作『ライフ・イズ・クライミング!』は、ロッククライマーとしてフィッシャータワーズの険しい山道に挑戦しようとする二人の人物に迫るドキュメンタリー。
本作の被写体となったクライマーの小林幸一郎さんは
小林さん:「クライミングというスポーツは、失敗をし続けるスポーツだと僕は思っていて、落ち続けるわけですね。うまくできなくて落ちて、これでダメだったら手の持ち手を変えてみよう、持ち順を変えてみようとか、力が足りないなら、自分でもっと力をつけてみようとか。そういう風にして、いろいろな工夫をした結果、最終的にゴールに行くつくことができるスポーツだと思います。その「挑戦する」、「失敗する」、「工夫する」、これの繰り返しでいつか必ずゴールに行き着ける。それがクライミング。人生に重なるというのはそういうことなんじゃないかと思っていて、気がついた時にそういえば人生ってこういうものだよなと。そんなに簡単にうまくいかないんだけれども、諦めずに工夫してやり続けたらいつか必ず前に進めるというような体験がこのスポーツには待っているので、いろんな方に経験してほしいし、続けてみないとそれはまた気付けないので、ぜひいろんな方にトライして継続して、楽しんでみてもらえたら人としての成長にもつながる部分があると思うので、やったことのない方はぜひやってみてもらいたいと思います。」(※5)と、数年前のあるインタビューにおいて(映画作品とは関係ない)、フリークライミングを通して自身が考える人生論を諭す。
何度失敗してもいい、何度落ちても気にしない。
繰り返される失敗を通して、手順を考え、やり方を考慮し、何度もトライする。
いつか、必ず成功するだろう。
と、フリークライミングをする姿やインタビューの発言から推し量ることができる。
最後に、ドキュメンタリー映画『ライフ・イズ・クライミング!』は、単なる山登りや登山家の映画ではない。
クライミングやクライマーの姿を通して描かれるのは、人生が如何に、美しいかという事だ。
それをフリークライミングという競技をもってして、体現しているのが全盲クライマーの小林さんと彼の補助役の鈴木さんの両人だ。
彼らの姿を押し並べて語られるのは、本社会において重要なのは人と人との繋がりだ。
人は、一人では生きられない。
人は、誰かの支えがあってこそ、今日という尊い一日を生きられる。
それを以てして自身の姿勢を以てして物語る。
また、昨今の日本の青年層や大学生層における日本社会への諦めが著しいと、社会観が問題視されている。
よく言われるのが、「努力しても無駄」「努力が報われる社会かどうか分からない」「個人の努力次第で何とかなる社会ではない」(※6)と、本作に登場する小林さんが語る人生論とは程遠い場所にいる。
健常であるか、障害であるかは関係なく、彼は日本の若者に向けて、不撓不屈の精神の重要性を説く。
堅忍不抜の姿勢こそが、人生を切り開く鍵だ。
この先の未来、一体何が起きるのか、何が訪れるのかは未知数だ。
まだ見ぬ地平線、寥廓たる大平原、厳然たる山の山頂の遥か彼方。
その先に待っているのは、物事を途中で投げ出さなかった者だけにしか出会えない世界がある。
「私に出来るのは、自身が出来ることについて、最大限のベストを尽くすこと」 シンガースティーヴィーワンダー
ドキュメンタリー映画『ライフ・イズ・クライミング!』は現在、関西では5月19日(金)より大阪府のシネ・リーブル梅田。京都府のアップリンク京都。兵庫県のシネ・リーブル神戸。5月12日(金)よりイオンシネマ和歌山にて上映中。6月2日(金)より滋賀県のイオンシネマ近江八幡にて公開予定。また、全国の劇場にて順次、公開予定。
(※1)Fisher Towers Trail In Moab | Directions &
Trail Infohttps://www.visitutah.com/things-to-do/hiking/moab-hiking/fisher-towers(2023年5月21日)
(※2)Fisher Towers Trailhttps://www.utah.com/destinations/cities-towns/moab/things-to-do/hiking/fisher-towers-trail/(2023年5月21日)
(※3)The Best Outdoor Gear Shops in the U.S.https://www.outsideonline.com/outdoor-gear/gear-news/best-outdoor-gear-shops-us/(2023年5月21日)
(※4)How to Poop (Almost) Anywhere with a “Wag Bag”https://thedyrt.com/magazine/gear/wag-bag-camping-waste/(2023年5月21日)
(※5)【インタビュー】フリークライマー小林幸一郎https://www.para-sports.tokyo/topics/column/yahoo_a0004(2023年5月21日)
(※6)大学生における日本社会に対する社会観の特徴――自由記述に基づく社会観尺度の作成と妥当性の検討――https://drive.google.com/file/d/1kQVUovpOKRNaCfaR-IJ5qbZCrXJBjnol/view?usp=drivesdk(2023年5月21日)