映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』
全編通して、現代アートを潤沢に押し出した本作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は、現在に生きる大人のためのおとぎ話だ。映画『グランド・ブダペスト・ホテル(2014)』同様に、物語の構成は少し複雑でもある。
同作では、作家が書いた小説の中の小説が、映画の物語となっていたが、本作では雑誌フレンチ・ディスパッチのページそのものが、ストーリーの構成となっていることに、独創性を感じて止まない。
シナリオは四つの章から構築されており、さらにそれに加え、カメラのアングルやセットの美術のクオリティが、今回もずば抜けて高い。ワンシーン、ワンシーン、凝った演出が目立ち、すべてにおいて計算高く、一分一秒狂いなく映像が作られているようだ。
本作を監督したのは、今映画業界で最も期待され、注目されている監督ウェス・アンダーソンだ。新作を発表する度に、世間から注目の的のオリジナリティ溢れる中堅世代の存在だ。
過去のキャリアを総括的に総動員して製作した映画『グランド・ブダペスト・ホテル(2014)』は、彼にとっての集大成的立ち位置だったのは間違いない。
あの衝撃から8年、ウェス・アンダーソンが作る実写映画である本作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は、監督自身のターニングポイントになるだろう。
ディレクターとして安定した演出が生み出せるようになった今、これからの作品にも益々、人々からの期待が増大するだろう。
本作は、監督としてのウェス・アンダーソンのレベル・アップを計った作品だ。
インタビューでアンダーソンは、本作をクラシカルなフランス映画と準えて、言及している。
(1)「私たちは、フランス映画という愛したもので作品をいっぱいにしたかったのです。フランスは、多かれ少なかれ、映画の始まりです。アメリカを除いて、私にとって映画が最も意味のある国はフランスです。とても多くの監督やスター、そしてとても多くのスタイルのフランス映画があります。ゴダール、ビーゴ、トリュフォー、タチ、クルーゾ、デュヴィヴィエ、ジャック・ベッケルなど、多くのフレンチ・ノワール映画から着想を得ました。私たちはとてもオープンに物事から発想したので、あなた達は本当に場面を正確に特定し、そのシーンがどの作品から来たのかを正確に発見することができます。」
監督は、多くのフランス映画から着想を得たという。
特に、第3章にあたる「味覚と嗅覚」のエピソードは、まさにフレンチ・ノワールをイメージして、製作したことが伺える。
だから、タイトルにも「フレンチ」という言葉が添えられている。
だけど、完璧なフランス映画にはできないからこそ、ニューヨーカーを作品に配置することで、アメリカの中のフランス、フランスの中のアメリカという一風変わった作品ができあがったのかも知れない。
本作は、1回2回観ただけでは、監督の世界観には到底追いつかない。
複数回鑑賞しないと、この作品の良さには気づけないだろう。
また、ウェス・アンダーソン作品の立役者と言えば、やはり撮影監督のロバート・イェーマンだろう。
彼は、アンダーソン監督と共に彼の監督デビュー作『アンソニーのハッピー・モーテル』から25年間ずっと、カメラマンとして現場を指揮してきた相棒だ。
イェーマンは、アンダーソンと同様に美的で独創的な感性を共有しており、監督自身が何を見たいのか、何をレンズに収めたいのか、どのように撮影したいのか、同じ価値観で図ることができる洞察力を持っている。
映画「フレンチディスパッチ」では、両者が白黒で一部を撮影し、映画内の3つのエピソードの比を組み合わせ、多種多様な期間とストーリーを描く。
彼らはいくつかのフランス映画を参照し、シネマトグラファーであるイェーマンがフレーミング、照明、アスペクト比のためにオマージュを捧げたフランス映画を通して、アンダーソンと意見交換してきたという。
撮影監督のロバート・イェーマンは、映画や撮影については、こう話している。
(2)「私たちがデジタルの世界に入って以来、映画製作の魔法の多くは失われていると思います。その魔法の品質は私にとって魅力的です。映画の魔法は私にとって非常に重要です。」 —ロバート・イェーマン、ASC
デジタルに移行してから、撮影監督のイェーマンは、「映画」というものに徐々に「魔法」が消えかかっていると言う。
彼は、「映画」に秘められた品質や魅力が、いかに重要かを常に考えて、映像製作に挑んでもいる。
映画へのささやかながら、壮大な思考が、アンダーソン作品を至高の映像芸術へと昇華させていることに一躍買っている。
やはり本作だけでなく、『グランド・ブダペスト・ホテル』や『ダージリン急行』『ムーンライズ・キングダム』や『ライフ・アクアティック』『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』も『天才マックスの世界』も、監督が考える世界観を映像として、表現することは彼なしでは、できなかっただろう。
本作において、撮影監督ロバート・イェーマンは、こう発言している。
(2)「フレンチ・ディスパッチは、多くの著名なフランス映画からインスピレーションを得ており、その視覚言語はアンダーソンのファンに馴染みがあります。大きく開いて被写界深度を非常に狭くするのは非常にファッショナブルです。インテリアです。多くの場合、彼のカメラの近くには、とても多くの俳優がいます。この映画では、俳優が所定の位置に固定された状態で、カメラに非常に近い場所で長い台車を撮影しました。」
とても興味深い海外の記事を発見した。
ここには、本作の撮影監督ロバート・イェーマンが撮影時のカメラの構想についての発言を抜粋した。
一つの作品を作り上げるのに、エピソードや一場面ひとつひとつに、カメラの動きや角度を意識した(一秒足りとも手を抜かない)完璧なまでの映像作りに、ロバート・イェーマンが求める作品の質の高さや芸術性を感じて疑わない。
その上さらに、もう一人、アンダーソン作品で忘れてはならないのが、美術担当のアダム・ストックハウゼンだ。
彼は、映画『ムーンライズ・キングダム』以降、ウェス・アンダーソン監督の元で美術部の代表として腕を奮っている。
彼の作品以外にも、映画『ブリッジ・オブ・スパイ』以降、スピルバーグ作品でも美術を担当している現代を代表する映画業界の美術士として、年々注目を集めている。
最新作では本作を除けば、国内公開が待ち望まれているスピルバーグ監督の最新映画『ウェスト・サイド・ストーリー』でも、映画セットを担当しており、この方の活躍が楽しみで仕様がない。
アンダーソン作品において、アダム・ストックハウゼンは、彼の作品に大きな功績を残している。
何年もの間、賢さ、奇抜さ、個性、洞察力、ユーモアをセットで表現し、美術から一種の芸術性を炙り出すことに成功している。
プロダクション・デザイナーとして、初めて映画に「現代アート」を焼き付けた第一人者ではないだろうか?
観客の記憶に必ず残る、街や家、居室内の細々とした小道具に至るまで、現代のハリウッドにおいて本作のようなセットを製作できる唯一無二の存在だ。
インタビューでにて、130種類の異なるセットがあることについて聞かれたストックハウゼン氏は、あっさりとこう答えている。
(3)「一種のナッツのようでした。私たちが映画を撮影した方法は、物語を作り出すのに役立ちました。通常の映画では、シーンがすべて乱雑になり、途中の場面、最後の場面、最初のシーン1をバラバラに撮影します。ストーリーの合間に、作品を3つまたは4つ作成してから、別のメインとなる物語を撮影しました。まるで、1つのストーリーだけで2、3週間の強烈な映画。最初のストーリーでは準備時間が大量にあり、次の撮影ではそれほど多くなかったため、撮影が進むにつれて、ますます困難となりました。—とても慌ただしい日々でした。」
美術担当のスタッフのインタビューは、なかなか存在しないので、とても興味深い記事でもある。
演出部や撮影部同様に、美術部もまた、撮影期間は同じように慌ただしく過ごしていたことが分かる、貴重な証言でもある。
ハードスケジュールの元、監督自身が思い描くセットを構築するために、ストックハウゼン氏は骨を折ったに違いない。
でも今、この方は飛ぶ鳥を落とす勢いで多くの映像作品に参加している新進気鋭のプロのプロダクション・デザイナーということを忘れてはならない。
彼が参加した次回作『ウェスト・サイド・ストーリー』の美術も、とても気になるところでもある。
また、ここに興味が唆られる本作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』のメイキング、ビハインド・ザ・シーンも一緒に紹介する。
本作が如何にして、製作されたのか分かる貴重な映像となっている。
最後に、映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は、やたらと長いタイトルに辟易してしまいそうだが、内容は「現代アート」を基調にした、3つから4つの小話を繋ぎ合わせたちょっとしたオムニバス形式のヒューマン・コメディだ。
先に紹介したお三方含め多くのスタッフ、キャスト達が集まり総動員して作り上げた本作は、ミステリアスな世界に誘ってくれる大人のための魅力的で不思議なおとぎ話となっている。
映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は現在、全国の劇場にて上映中。
(1)How Wes Anderson Turned The New Yorker Into “The French Dispatch”https://www.newyorker.com/culture/the-new-yorker-interview/how-wes-anderson-turned-the-new-yorker-into-the-french-dispatch(2022年2月4日)
(2)The French Dispatch: La Vie Littérairehttps://ascmag.com/articles/the-french-dispatch(2022年2月4日)
(3)Designing The French Dispatch: An Interview with Production Designer Adam Stockhausenhttps://www.pastemagazine.com/movies/the-french-dispatch-adam-stockhausen-interview/(2022年2月4日)