ドキュメンタリー映画『青春』青春は、工場の中にきっとない

ドキュメンタリー映画『青春』青春は、工場の中にきっとない

2024年4月18日

今を生きる中国の若者の生に立ち会うドキュメンタリー映画『青春』

© 2023 Gladys Glover – House on Fire – CS Production – ARTE France Cinéma – Les Films Fauves – Volya Films – WANG bing

© 2023 Gladys Glover – House on Fire –
CS Production –
ARTE France Cinéma – Les Films Fauves –
Volya Films – WANG bing

いつ、どこの時代でも語られる事の無い若き労働者達の日常を、一瞬の瞬きをも惜しまない程、3時間半と言う時間で描かきったドキュメンタリー映画『青春』は、今を取り巻く若年層の労働環境を10代から20代までの特有の青春時代として捉えた作品だ。青春とは、何を持って「青春」と定義付けするのかは難しい。20代から40代までの青年層、40代から50代までの中年層、50代から70代までの壮年層によって、世代間の相違の中でもそれぞれの青春と言う価値観はある。また、10代から20代までの若年層には、小学校から大学までの学内で過ごす学生生活を青春として捉えられる一方で、本作のように労働者としてその時その時の一瞬の人生を「青春」として捉える事もでき、青春という定義付けは人によって、様々な価値観として世の中に存在している。学内で恋をし、クラブやサークルに打ち込み、テストに挑むのも青春だが、学校から一歩外に出た社会の中でもたくさんの、学内では経験でいないであろう素晴らしい青春が待っている。私自身は、まさに「今」が青春だ。高校、大学と学内の行事にはすべてストライキを決め込み、学友とも親しくせず(友達を一人も作らず)、高校大学期間の学生らしい学生の青春を送る事に拒絶反応を示していた。過去に、2016年に公開された映画『ちはやふる 上の句』を鑑賞した時、彼等のように何かに打ち込み、共に汗を流し、文句を言い合い、時に喧嘩もし、最後に涙を流す。そんな爽やかな青春時代を送りたかったと(なぜ、送って来なかったのかと自問自答しつつ)、強く後悔した。だから今、自身の好きな事を通して、仕事として取り組み向き合う今の姿勢に青春を感じて止まない。今を生きる若年層に伝えたいのは、幾つでも青春を謳歌する事はできるし、学校だけがすべてではないと言うこと。今与えられた視界だけが青春ではなく、一歩外に出た新しい視界にこそ、今まで経験出来得なかった多くの青春が待っている。東洋思想における青春(※1)とは、一体何か?学生時代の若き日の青春時代に思い馳せるのは、単なる懐古主義的であり、過ぎ去った青春時代に思いを囚われても、それはただ過去に生きる事になるだけだ。18世紀頃の安永時代に生きた日本の儒学者である佐藤一斎が上梓した書物「言志四録」の中の34条「少年の時は当に老成の工夫を著すべし。老成の時は、当に少年の志気を存すべし。」という言葉を残しているが(意味は、若い時は経験を積んだ人の如く、熟慮し手落ちの無いように工夫するのが良い。年をとってからは、若者のような意気と気力を失わぬようにするのがいい。)、若い頃は年長者のような苦労や工夫をし、歳を重ねれば、若き頃に感じた迸る感情を忘れてはならない。それが、青春というものだ。とでも諭されているような論語だ。青春とは、何か?本作『青春』を鑑賞しながら、私達一人一人の個人の青春とは何だったのか、振り返る事ができるだろう。

© 2023 Gladys Glover – House on Fire –
CS Production –
ARTE France Cinéma – Les Films Fauves –
Volya Films – WANG bing

若年層における中国の労働環境は今、どのような局面を迎えているのだろうか?(※2)95年以降に産まれたZ世代と呼ばれる世代の多くが盛年期に突入しつつ、その次のゼロ年代以降に産まれた若者世代が就職世代に突入している。そのほとんどの割合が、4年生の大学を卒業し、大手から中堅の企業に就職している。この傾向は日本の今の社会環境と瓜二つだろう。コロナ禍以前と以降とでも、中国における経済状況は前の状態にまで戻ってもおらず、その労働環境はまだまだ厳しい局面にあるだろう。また今の若者間で注目を浴びているのは、趣味を活かした副業という新たなワークスタイルへの確立だと言われている。それは、今の私とまったく同じ価値観であると捉えると、若年層における日本と中国の視点は、まったく同じと言わざるを得ない。皆、企業に就職し、組織の中で足並みを揃えて仕事をするより、自由度の効く個人事業主の方が仕事のやり甲斐を感じているのではないと見て取れる。個人事業主は軌道に乗るまでが非常に難しい新しい働き方であり、下手をすれば何年間もの間、少ない賃金で働かざるを得ない環境を時に強いられる時があるだろう。その分、誰の指図も受けず、自身の働きたい時に働ける環境は非常に魅力的だ。ある一定の時代の日本では、若者間の間で起きた恋愛論3K(高身長、高学歴、高収入)と言う価値観は死語ではあるが、少しでもエリート街道を歩かなければ、一般的恋愛はできないとされた30年前の日本。その時代の労働意識と今の労働意識は、時代と共に大きな変化をもたらしていると考えられる。もう無理に、大手企業に就職しなくても、自由に自身のやりたい仕事を選べる時代が今の21世紀にあると言える。その一方で、本作『青春』に登場する中国の10代から20代の若者たちは、今の中国の労働環境への価値観とは少し違った環境下で就労していると考えられる。中国の若者層は、就職難や就職氷河期の中でまともな就職が出来なかった一部の学生達は、大学卒業後、工場勤務に精を出す。でも、大量生産の今の時代、工場で働く労働者は皆、機械の中のただのネジや部品に過ぎず、替えはいくらでもいる。誰かが騒がない限り、残業の夜にネジが一本、床に落ちても、誰も気にしない。次のネジを探せば良いだけだからだ。ここに「90後」と呼ばれる世代に産まれた若者、許立志が書いた詩がある。

“ネジが地面に落ちた/この残業の夜に/まっすぐに落ちていき、軽い音を立てた/誰かの注意を引くことはない/ちょうどこの前の/ある似たような夜に/誰かが地面に落ちたのと同じように”(許立志「あるネジが地面に落ちた」より。2013年前後)(※3)

彼は、この詩を書いた一年後に過労のあまり自殺をした。この過酷な労働環境は今の日本でも同じように起きていて、このような事件や労働環境での問題(※4)は枚挙に遑がない。近年、日本でもブラック企業、社畜、バ畜と言った劣悪な労働環境への批判や悲哀を込めた言葉が若者達の間で造語として産まれている背景があるが、これからの日本や中国と言う国家を支える若き国力となる若者達の存在は、単なる使い捨てティッシュではなく、一人一人が大切な労働者として認識する社会を構築する必要がある。近頃、元静岡県知事が新入社員に贈る訓示の中で発言した失言や問題発言「県庁というのは別の言葉で言うとシンクタンクです。毎日野菜を売ったり、牛の世話をしたり物を作ったりとかと違って、基本的に皆さんは頭脳・知性の高い方たちです」(※5)には、寒気を覚えてならない。職業差別と批判を受けつつ、不本意であると述べる当事者本人ではあるが、ではもっと違う言い回しがあったのではないかと思いたい。工場で働く者、農家で働く者、危険な場所で働く者、またはアルバイトやパート、かたや高級官僚や公務員達は働く環境は違えど、皆その国の国力となる国民であり、農工商の関係者は国家における労働者達の縁の下の力持ちだ。本作『青春』に登場する若者達も、中国と言う巨大国家の縁の下の力持ちであり、機械の中のネジの一部に過ぎないかもしれないが、皆一様に大切な労働者だ。本作を観ていると、2005年頃に日本でも流行ったドキュメンタリー映画『女工哀歌』を思い出す。また、1998年に制作された中国映画『シュウシュウの季節』を思い出す。この作品は、1970年代半ばの文化大革命末期の中国で実際に行われた中国政府の政策「下放運動(別名:上山下郷運動)」(※6)(都会の学生を農村へ送り込む政策)を批判した作品だが、すべて若者達が労働と言う名の元に、厳しい環境下で労働を余儀なくされるその姿には、彼らの未来は想像できない。若者達の労働への力は、単なる使い捨てではないと、その事を今の時代ではっきりとさせる必要があるだろう。

© 2023 Gladys Glover – House on Fire –
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労働とは、人生や生活において欠かせない日常の中の模範的行動だ。日本では、古くからある「働かざる者食うべからず」と言う言葉が今の時代にでも生かされているように、労働をしない者への社会の当たりは厳しい。たとえば、病気や家庭環境以外で何の理由もなく働かない人を指す言葉「ニート」には、不労働者への世間の目の非常に厳しい意味合いが込められている。一昔前は、アルバイトでさえ、非正規雇用の末端であるため、社会から非常に冷めた目で見られていた。あたかも、まともに大学を卒業して、エリート企業か大手企業に就職するのが社会的地位もあり、信頼度もあり、それが真っ当な生き方であると認識されていた時代もあるが(それは、今の時代にも名残りとして残っていると、私は認識している)、現代社会においては労働する事そのものに対して、友好な価値を見出そうとしている社会の背景もある。労働そのものが、美しいのか尊い(※7)ものかどうかを図るのは難しい事ではある。労働こそが金儲けの手段であると認識されている以上、労働=賃金という価値観が植え付けられている。生活費は生きて行く上で必ず必要な物資であり、その他にも借金返済(クレジット精算や奨学金返済)としても必要不可な存在だ。その為に、私達は働きたくなくても、働かざるを得ない社会の環境下にいる。労働が始まったのは、古代ギリシアまで遡る事ができるが、この時代の労働とは苦役であり、卑賤な活動(※8)という認識で認知されていた。ある意味、何らかの罪に対する懲罰かのように、私達はその罪を償うように働かなければならないのだ。その一方で、労働の重要性を考えるのであれば、労働とは私達が生活をしていく上で欠かせないもの。職業に就き働く意義には、お金を稼ぐため(経済性)、社会的な役割を果たし社会の存続・発展に貢献するため(社会性)、能力や個性を発揮して自己実現をなすため(個人性)(※9)のこの3つを労働をする上での基本的目的要素であり、重要な考え方である。特に、2つ目の社会性である「社会的な役割を果たし社会の存続・発展に貢献するため」に、私達は仕事をしている。それは、20歳を越えた全成人となる日本人皆に当てはまる。私達は、社会に何かしらの貢献をする為に、今を生きているのだ。それでも、労働環境が悪ければ悪い程、そんな志もどこか遠くの彼方に置き忘れてしまい、ブラックは労働条件で働かなけれならない。ふと最近の私の労働環境を考えると、比較的ブラックな環境下で働いているのかもしれない。最近、夜勤に2つの仕事の掛け持ちを始めて、深夜業での7連勤、9連勤が当たり前になって来た。その上、昼間はライティングの業務があり、寝る時間は仮眠として数時間からグッスリ眠って6時間から8時間と考えると、寝る暇がない。その上さらに、自身の市(行政)と共創もし始め、その活動も本格的に動き始めると、今までの倍以上忙しくなる。それでも、忙しいのを言い訳にはできない。仕事は、やり切る事が大切だ。私は、ブラックな労働環境の真っ只中に身を置いているが、これこそが「青春」そのものでもある。本人が、納得しているのであれば、これはブラックでも何でもない。それでも近年、世間では働き方改革(※10)と言う価値観も産まれ、コロナ禍の環境下も後押しし、テレワークやリモートワークと言う新しい働き方も産まれた。今後、ますます労働への価値観やスタイルは変わりつつある未来が訪れる中、本作『青春』に登場する中国の若者たちの働き方は果たして、この方法で良いのだろうか?これは、中国が抱える課題ではあるが、日本には日本が抱える課題がある事も事実だ。本作を制作したワン・ビン監督は、あるインタビューにおいて社会学の観点からの直里の労働者やなぜ彼らが直里に来たのか聞かれ、こう答えている。

王兵:“通常情况下,整个家庭——丈夫、妻子和年龄足够大能工作的子女——一起前往织里,然后他们在同一家工厂里工作。还有一种情况是来自同村的一群人一起来到织里;所以你可能会发现一对兄妹、他们的父母以及他们的七八个邻居都在同一个小作坊里工作。平均每个作坊有不到20个工人。有些村庄出去了很多工人,有些只出去几个。我在电影的前半部分没有重点介绍这个,当摄制组沿长江上游去到安徽或云南,在这些织里工人的家乡访问他们的时候,我们才清晰地了解到这一点”(※11)

ワン・ビン監督:「通常は、夫、妻、そして働ける年齢になった子供たちの家族全員が一緒に直里に行き、同じ工場で働きます。別の状況としては、同じ村の人々が一緒に直里に来て、兄弟姉妹とその両親、そして近所の 7 ~ 8 人が同じ小さな作業場で働いていることがあります。平均して、各ワークショップの従業員数は 20 人未満です。多くの労働者が外出している村もあれば、数人しかいない村もあります。映画の前半ではこの点に焦点を当てていませんでしたが、撮影チームが長江を遡って安徽省や雲南省に行き、故郷の直礼労働者を訪問したときに初めて明確に理解できました。」と話す。この中国の雲南省や安徽省から直里に訪れる若者達の姿は、まるで日本の戦後に行われた日本政府の政策「金のたまご(別名:集団就職)」(※12)を思い出す。当時のこの日本の政策が、正しかったのどうか、今の時代になった今、何も分からないが、戦後日本の高度経済成長を影で支えたのは、名も無き若き労働者達だ。故郷の親元を離れて、見知らぬ土地で働きながら、そこで生涯の伴侶と出会い、そこで居を構えた若者は今では、80代90代辺りのご高齢の方々だが、今の日本を作ってくれたのは、この方々の苦労の連続のお陰だ。労働は、産まれてから死ぬまで、一生付き纏う生活する上での基本的目的ではあるが、労働こそが社会や人を育てる非常に重要な社会の要素である事を覚えておきたい。

最後に、ドキュメンタリー映画『青春』は、ワン・ビン監督にとって初めての青春映画となったが、監督は本作について、こう話している。「「青春」は撮影に何年もかかりましたが、「春」はほんの最初の部分にすぎません。」この後、「苦い」「帰還」と作品は続き、3作合わせて9時間越えの大作ドキュメンタリーだ。上映時間3時間半では終わらしてくれない。ワン・ビン監督は、本当に素晴らしい監督だ。そして、この9時間が長尺とは感じさせないストーリーテリングとしての力を持つドキュメンタリー作家としては、世界最高峰だ。本作『青春』に隠された「青春」とは、一体であろうか?出稼ぎ労働者は現在、中国では30万人いると言われているが、出稼ぎ労働者として故郷を後にした10代20代の中国人の若者は、工場で労働する事が「青春」と認識せず、男の子であればお金を貯めて、好きなバイクや乗り物に乗り、友達と夜遊びに駆け出し、女の子であれば、おしゃれをして、化粧をして、ショッピングをして、友達との恋の話に花を咲かせ、好きな人と恋愛をして欲しいと願う。それが、若年層の「青春」であろう。稼いだ賃金はすべて、貧しい家庭の為に送金せざるを得ないだろうが、彼らは彼らなりの「青春」を見つけて欲しい。それは、工場の中にはきっとない。工場の外にこそきっと、彼らの為の「青春」が必ず待っている。

© 2023 Gladys Glover – House on Fire – CS Production – ARTE France Cinéma – Les Films Fauves – Volya Films – WANG bing

ドキュメンタリー映画『青春』は、4月20日(土)より東京都のシアター・イメージフォーラム、大阪府の第七藝術劇場ほか全国順次公開予定。

(※1)【今この瞬間が青春】超訳 言志録 第三十四条https://note.com/note_toyou/n/n53bb76d1f614(2024年4月18日)

(※2)中国、就業形態の多様化と若年層の就職観 Z世代の意識を探るhttps://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2023/4248bedf415c0760.html(2024年4月18日)

(※3)「ネジが地面に落ちた/この残業の夜に」中国の若者が絶望する前代未聞の“就職氷河期”https://bunshun.jp/articles/-/66497?page=2#goog_rewarded(2024年4月18日)

(※4)ルネサス子会社の過労死事件から読み解く、「労働基準法」の病理https://www.itmedia.co.jp/business/spv/1804/18/news039_3.html(2024年4月18日)

(※5)静岡 川勝知事 発言撤回“職業差別と捉えられるの本意でない”https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240405/k10014413671000.html(2024年4月18日)

(※6)中国で就職難民「大量発生」…エリートを待ち受ける「苛酷すぎる下放政策」失業者1億人時代で文革時代に逆行かhttps://gendai.media/articles/-/79384?page=5#goog_rewarded(2024年4月18日)

(※7)労働は尊いもの?それとも卑しいもの?これからの『働くこと』についての話をしようhttps://studio-tale.co.jp/career-stories/guide/working/(2024年4月18日)

(※8)なぜ働くのか?労働観の変遷をたどってこれからのキャリアを考えるhttps://work-pj.net/archives/4581(2024年4月18日)

(※9)働くことの意義と職業選択https://drive.google.com/file/d/1hjxYxWKQDW3qvB3qWgxxk2RWvaoJnEE4/view?usp=drivesdk(2024年4月18日)

(※10)働き方改革のメリットデメリットとは?人事の視点から分かりやすく解説https://www.neo-career.co.jp/humanresource/knowhow/a-contents-rpo-hatarakikatakaikaku-190104/(2024年4月18日)

(※11)王兵谈《青春》,这个原始运作的制衣小镇是谁的乌托邦?https://m.thepaper.cn/newsDetail_forward_23210073(2024年4月18日)

(※12)高度経済成長期における「金の卵」とは?言葉の意味や重宝された理由などを歴史好きライターがわかりやすく解説https://study-z.net/100186733#google_vignette(2024年4月18日)