人生の出来事すべてが、物語となった自伝的映画『フェイブルマンズ』
今年2023年で映画監督として54年という活動歴を誇るスティーブン・スピルバーグは、近代の映画史を語る上で避けては通れない最重要人物だ。
厳密には、彼が映画監督として撮影現場に立ったのは、1974年の事。
1969年には、テレビ用の脚本を初執筆。1971年には、テレビ映画を初監督。
そして、1974年には劇場映画『ジョーズ』を初監督している。
この作品は、映画史に燦然と輝く、知る人ぞ知る傑作だ。
監督デビュー後の彼の活躍は、全世界の誰もが知っている事だが、世に出る前のスピルバーグを誰が知っていると言うのだろうか?
いつ、映画好きになったのか?どんな作品から影響を受けたのか?幼少期は、映画漬けだったのか?製作者として、過去にどんな作品を作っていたのかなど、今まで多くを語ってこなかったスピルバーグにとって、本作『フェイブルマンズ』は超自伝的作品だ。
また、映画に溢れた人生だけでなく、自身の出自に関する事柄、ユダヤ人として受けてきた差別、そして親として子としての確執など、人間としての一面もしっかりと描いている。
監督としての才能は、やはり彼自身の潜在的部分が、大いに発揮した所以ではあるものの、彼の人生における最初期の影響は、間違いなく両親からの影響力、また彼らの子に対する理解があったからだろう。
巨匠スティーブン・スピルバーグが産まれた背景には、疑いなく両親の存在が大きい。
カメラを買い与えた父親、創造の世界を教え諭した芸術家の母親、それに答えるようにスピルバーグ少年は、家の中で好き勝手に映像製作に勤しむ。
その姿には、憎らしくも愛くるしい限りを尽くすばかりだ。
そんな父親と母親を演じたのは、ハリウッドを代表する中堅俳優のポール・ダノとミシェル・ウィリアムズだ。
この二人の演技力によって、本作は支えられているようなものだ。
80年代産まれの役者としては、まだまだ若手の部類に入る彼らだが、経歴はどちらも10代前半から演技の道に入っているから、30年近いキャリアの持ち主。
ミシェル・ウィリアムズは、映画『スピーシーズ 種の起源』よりも前に、映画『名犬ラッシー(94年)』や映画『Timemaster(95年)』に出演しているが、これらが彼女の役者としての出演初期作品だ。
また、ポール・ダノも、12歳の時には既に、舞台に立っている。
映画では、2006年に出演した『リトル・ミス・サンシャイン』での演技が、私達の記憶に刻み付けられた事だろう。
彼の映画デビュー作は、『The Newcomers(2000)』のいじめっ子役だ。
その次に、映画『L.I.E.(2001)』では(自主映画)、同性の年上男性に体を許してしまう同棲愛の少年(少し際どい。親を亡くした少年が、大人の包容に飢えただけとも、解釈できる)役をこなしている。
10代前半の頃から、難しい役どころを果敢に演じる姿勢があるからこそ、彼の役者としての演技力は培われたのであろう。
2002年以降は、大作映画への出演が目立ち(『卒業の朝(2002)』『テイキング・ライブス(2004)』『ガール・ネクスト・ドア(2004)』『キング 罪の王(2005)』など)、名実共にトップ俳優の仲間入りを果たしている。
ポール・ダノとミシェル・ウィリアムズは、スピルバーグ作品に出演するのは初めての事ではあるものの、見事な演技力を本作でも見せてくれている。
ベテラン監督と中堅俳優のケミストリーが、本作をより秀作へと昇華させている。
先にも、書いた通り本作『フェイブルマンズ』のモデルは、スピルバーグ監督本人の幼少期から青年期(ハリウッドの映画業界に入るまで)の知られざる時代を描写した作品だ。
監督自身、本作が産まれるまでに、20年以上、(※1)温めてきた企画だと、本人は言っている。
映画『ウエスト・サイド・ストーリー』でも取り上げた脚本家トニー・クシュナーと初めて組んだ映画『ミュンヘン』の撮影現場で行われた会話「いつ映画監督になろうと思ったのですか?」「秘密を教えよう。」から、本作が誕生した。
それは、20年という時を隔てての事だった。
映画『フェイブルマンズ』は、脚本家のトニー・クシュナー無くしては、産まれなかった奇跡でもあり、偶然でもある出会いから始まった。
ただ、本作を製作後、スピルバーグ本人は次に作る作品への意欲が失ったと話している。
まさに、50年間走り続けた監督の燃え尽き症候群なのだろう。
ぜひ、休んで頂き、数年後に、誰もがアッと驚くような作品を、再度世に放って欲しい。
そんなスピルバーグは、あるインタビューで、自身の身に起きた幼少期の辛い思い出を、どう表現したかについて、話している。
「映画『未知との遭遇』では、家族を失うことを犠牲にしてまで、夢を追求する父親のはずが、家族から自発的に離れることについての話でした。映画『E.T.』では、親の別離が子どもの心に掘った穴を埋める必要がある子たちのための物語でした。この物語は、もはやメタファーに関するものではありません。それは生きた経験に関するものになる予定でしたが、難しかったのは、私が本当に物語を語るかもしれないという事実に直面することでした。理論的には、トニー・クシュナーと話をするのは、簡単な事でした。私と協力し、すべての興味深い経験を映画の物語にアレンジしてみませんか?と、クシュナーが言うんです。私たちは、これをZoomを通して書き始め、映画製作は現実のものになり始めました。その反面、非常に難しくもありました。私は、誰かに自身の人生の瞬間や母との確執について決して話すことがありませんでした。その秘密を解放する時、トニーは必要なここち心地よさを与えてくれました。私が過去に書いたことのない自伝でも、映画でもありません。」と、脚本の執筆段階の貴重な経験を話す。スピルバーグは、トニーとの会話は「まるで、セラピー」だったと話すように、過去に負った心の痛手を癒すのは、脚本家の彼しか他ならなかったのだろう。やはり、クシュナーとの出会い無くして、本作は語れない。
最後に、本作『フェイブルマンズ』は、スピルバーグが今最も伝えたいであろう「映画は、映画館で」と言うメッセージを、地で行くような物語だ。
この考え方は絶対的思想として、また別の角度から作品を観照してみると、1分足らずのラストのシークエンスが、2時間半ある上映時間の中で最も意義深いワンシーンだ。
この物語は、スピルバーグ本人の自伝である反面、これは私達自身、あなた達の物語でもある。
彼は映画を通して、既存の映画ファンとまだ見ぬ映画ファンに語りかけている。
「さぁ、勇気を出して、その一歩を踏み出してみないか?」と。
これから産まれて来るであろう隠れた映画ファンは、沢山いる。
「日本のスピルバーグ少年」を産み出すことが、本国の映画業界における大きな課題だ。
それでも、この世界はまだまだ問題が山積みだ。
近年では、(※3)a4cが立ち上がり、日本の映画業界の将来を改善しようと試みている。
依然として、(※4)革新する見込みはまだない。
ただ、団体レベル、個人レベル関係なく、ベテランも若手も、何とか、業界内に蔓延る悪しき習慣を一掃しようと努力し、尽力を尽くしている。
まだまだ、改善していく余地のある業界ではあるものの、多くの夢は詰まっている。
大きな期待を胸に、勇気を持って、その一歩を踏み出して欲しい。
あなたが扉を開けるのは今、この時だ。
映画は、あなた達を心より待っている。
映画『フェイブルマンズ』は現在、関西では3月3日(金)より大阪府の大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、なんばパークスシネマ、あべのアポロシネマ、TOHOシネマズ鳳、TOHOシネマズ泉北、MOVIX堺、イオンシネマ茨木、ユナイテッド・シネマ岸和田、イオンシネマりんくう泉南、高槻アレックスシネマ、TOHOシネマズくずはモール、109シネマズ箕面、イオンシネマ大日、MOVIX八尾、109シネマズ大阪エキスポシティ、イオンシネマ四條畷、TOHOシネマズ セブンパーク天美。京都府のT・ジョイ京都、TOHOシネマズ二条、MOVIX京都、イオンシネマ京都桂川、京都シネマ、イオンシネマ久御山、イオンシネマ高の原。兵庫県の109シネマズHAT神戸、OSシネマズミント神戸、MOVIXあまがさき、イオンシネマ明石、アースシネマズ姫路、TOHOシネマズ西宮OS、イオンシネマ三田ウッディタウン、TOHOシネマズ伊丹、イオンシネマ加古川。奈良県の、TOHOシネマズ橿原。和歌山県のイオンシネマ和歌山、ジストシネマ和歌山にて、上映中。また、全国の劇場にて、絶賛公開中。
(※1)スピルバーグが20年以上作りたかった映画――『フェイブルマンズ』の苦くて甘い家族の記憶https://jp.ign.com/the-fabelmans/65254/feature/20(2023年3月7日),
(※2)Steven Spielberg Gets Personalhttps://www.nytimes.com/2022/11/09/movies/steven-spielberg-the-fabelmans.html(2023年3月7日)
(※3)action4cinema日本版CNC設立を求める会日本映画の未来のためにhttps://www.action4cinema.org/(2023年3月7日)
(※4)セクハラ告発の俳優女性、弁護士からも被害受け提訴https://www.sankei.com/article/20230303-PVKNGTTIABJ5RANUWMCENSSZRE/(2023年3月7日)