ドキュメンタリー映画『我が心の香港 ~映画監督アン・ホイ』世界から忘れ去られた香港映画界の至宝 後編

ドキュメンタリー映画『我が心の香港 ~映画監督アン・ホイ』世界から忘れ去られた香港映画界の至宝 後編

2021年12月23日

ドキュメンタリー映画『我が心の香港 映画監督アン・ホイ』

©2020©A.M. Associates Limited

文・構成 スズキ トモヤ

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皆さんは「香港ニューシネマ」という言葉をご存知だろうか?自分は本作に触れるまで、台湾ニューウェーブを知っていても、香港で映画運動があったことを知らなかった。

過去に起きた「ヌーヴェルヴァーグ」の影響があったことは、だいたいの予想が着く。

この運動は世界的に広がりを見せたにも関わらず、中華圏だけはその時代に同ムーブメントが誕生しなかった。

政治的背景、歴史的背景が関係していることが明らかではあるものの、明確な記述や証言、証拠がないため、ここでは深く探らないようにする。

ただ、香港ニューシネマにしても、台湾ニューウェーブにしても、70年代後期から起きた映画運動として世界各国の同様の動きよりも遥かに遅いことが分かる。

ここでは、これらの中国系のムーブメントのことを「遅れてきたヌーヴェルヴァーグ」と定説したい。

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香港ニューシネマ真っ只中に監督として、79年にデビューしたアン・ホイ。

ある記述では、香港ニューシネマにおいて、アン・ホイ監督は最も長いプロとしての経歴を持っている(2番目に長いのは、ツイ・ハークだそうだ)と言われている。

そんな彼女は、1947年に中国に生まれ、その5年後に香港に移住している。

本作でも作品の軸として描かれているのが、九州出身の彼女の母親との関係性だ。

戦後間もなく、彼女は中国へと嫁ぎ、アン・ホイ監督らを出産している。香港で育ち、反日教育を受けたであろう監督は、反日感情を抱いていたと言う。

ことに、彼女が16歳の頃に初めて自身の中に日本人の血が流れていることを知ったと、作品内で発言している。

最も本作で注目して観る所は、映画『客途秋恨』で描いたアン・ホイ自身と母親との確執的な関係だろう。この作品の中でとても印象深いセリフが登場する。

(1)「親しい者ほど遠く、遠い者ほど親しい」

おそらく、監督から見た親との精神的確執的関係が、この言葉に集約されているのだろう。

デビュー期から多種多様な、多彩な作品を作り続けているアン・ホイ監督。

初期では、香港ニューシネマの新旗手としてスリラー映画『The Secret(79年)』や『The Spooky Bunch(80年)』を制作している。

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最も、この時期に製作した作品で注目する作品はベトナムのボート難民をテーマにした「ベトナム三部作」でもある『Below the Lion Rock: From Vietnam; Bridge; Road.(78年)』『The Story of Woo Viet(81年)』『Boat People(82年)』の3作品がある(3部作のうち1作目のBelow the Lion Rock: From Vietnam; Bridge; Road.は当時の香港で放送されていたテレビ番組の1エピソードとして制作された作品で、現存している動画がないと推測できる)。

続く2部作は、当時の香港人から見た「ベトナムのボート難民」の苦悩や葛藤、現実の厳しさを生々しく描いている。

先も書いたように、多岐にわたるジャンルを制作しているが、彼女の実体験を描く半自伝的作品『客途秋恨(90年)』では、日本と中国の狭間で悩む自身や日本人の母親と対峙した精神的自立を力強く作品に落とし込んでいる。

おそらく、世界的に見てアン・ホイ監督は、評価の対象にならなかったのではないだろうか?

アジア圏内では、香港映画祭や香港映画批評家協会アワード、アジア映画賞、ゴールデンホースアワードなどで、古くから評価されている。

そうは言っても、香港国内だけか、中華圏に留まっている。近年では、やっとヴェネツィア国際映画祭にて功労賞の受賞や2017年にはアカデミー会員として招待されている。

だがしかし、これだけでは彼女の監督としての再評価は、まだまだ遠いと言える。

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映画『我が心の香港 映画監督アン・ホイ』は、本作を製作したマン・リムチョン氏が彼女の功績を讃えてドキュメンタリー映画を製作したのだろう。

この作品は、香港ニューシネマないしは、香港映画に関係した著名な監督、俳優、脚本家、総勢30名以上に取材を行い、そのインタビューも1人につき1時間以上の長尺で挑んでいる。

編集にも9ヶ月以上かけた力作だ。本作を制作するに当たり、アン・ホイ監督は撮影許可について、こう述べている。

「ドキュメンタリーが人を注意深く撮影できれば、誰が撮影したとしても、それは支援する価値のある良いことだからです。」と、ドキュメンタリーやマン・リムチョン監督に対して、好意的な意見を述べている。彼女の言葉がなければ、本作は誕生しなかっただろう。

また、アン・ホイ監督は自身の香港人については「今、私は香港に非常に忠実だと感じています。」と話している。

過去の日中の間で心が揺れていた少女は何処にもなく、いち香港人としての民族アイデンティティを大事にしている。

彼女は御歳74歳となった今でも、75歳まで映像製作を続けることを誓っている。

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2020年には、新作『第一炉香』がヴェネツィア国際映画祭にて初お披露目されており、本作は既に中国本土(10月)、香港(11月)に劇場公開されている。精力的に活動する彼女は、本作で引退するのか、もう一本作品を製作するのかは、誰も分からない。

本作の英語の原題となっている『Keep Rolling』には、「続ける」「撮り続ける」という意が込められている。

第一線で活躍し続けるアン・ホイ監督のこれからの一挙手一投足に、目が離せない。

最後に、本作『我が心の香港 映画監督アン・ホイ』を監督したマン・リムチョン氏は、こう語っている。

(2)《好好拍电影》 文念中希望更多年轻观众 认识许鞍华导演

「良い映画を作る(本作の中国語のタイトル)」WenNianzhong(マン・リムチョンのこと)は、「より多くの若い観客がアン・ホイ監督を知って欲しい。

この作品をきっかけに、アン・ホイ監督並びに彼女の作品が、再評価される機運が、訪れる(高まる)ことを個人的にも願って止まない。

前編に戻る。

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ドキュメンタリー映画我が心の香港 映画監督アン・ホイ』は、12月24日(金)から京都府の京都シネマにて、公開開始。また、兵庫県の元町映画館は、来年1月1日(土)より上映開始。

(1)映画『我が心の香港 映画監督アン・ホイ』『客途秋恨』より

(2)『《好好拍电影》 文念中希望更多年轻观众 认识许鞍华导演』
https://www.jiuzyoung.com/entertain/watch/hk-movie-keep-rolling/(2021年12月21日)