札束は一体、どこへ?超絶ワンカット・クライム・コメディ映画『札束と温泉』川上亮監督インタビュー
—–映画『札束と温泉』の制作経緯を教えて頂きますか?
川上監督:制作の経緯は、以前からずっと脚本や小説を書いていますが、ある時、あるアイドルグループが、コロナ禍が原因で劇場公演ができなくなったので、代わりにオンラインで開催するお芝居の脚本の依頼を頂きました。ただ、コロナも落ち着きを取り戻し、劇場公演もできるようになり、企画が宙に浮いてしまったんですが、私は物語は気に入っておりましたので、今回の映像化に向けて、自分で動くことになりました。
—–最初は、映画での企画でなかったのですね。
川上監督:おっしゃる通り、オンラインで観て頂くお芝居だった事もあり、舞台のようなワンカット風の見せ方やお芝居っぽい台本でした。また、元々企画の成立の経緯もあり、登場人物が若い女性キャラクターが多い事も含め、大元の企画がオンライン上の舞台劇だったので、それが映画へと昇華されました。
—–この物語の舞台が温泉(旅館)ですが、本作のような設定であるなら、実際に温泉や旅館でなくても、ある種、成立するのではないかと感じました。その点、なぜ「温泉」で物語を構築されたのか?また、この場所をロケ地にすることによって、作品への影響はございましたか?
川上監督:例えば、別の場所であるなら、どんな所が良かったと思いますか?
—–温泉と似た場所であるなら、今回のような物語が成り立つのかなと思います。例えば、キャンプ場のロッジはどうでしょうか?過去に、洋画で『ロッジ』という作品があり、こちらはホラーですが、ロッジに訪れた若者たちが一人一人消えていく物語です。ワンシチュエーションで展開される物語が、違う場所でも成り立つものを旅館として当てる事によって、違う視点で楽しめるのかなと思いますが、その点はいかがでしょうか?
川上監督:旅館に決まった経緯は、アイドルに出演して頂くお芝居という事もあり、若い女の子たちが集まる場所として修学旅行という設定にし、これに伴いホテルや旅館を連想させました。ホテルを舞台にするより、和風テイストの旅館や温泉が画になると思い、今回は温泉を舞台として決めました。もちろん、それがキャンプ場でも良かったと思います。私自身、キャンプ場を舞台にした映画『13日の金曜日』のような物語のマーダーミステリーを作ったりしています。今回なぜ、温泉を舞台にしたのかと言いますと、キャラクター同士のすれ違いのおかしさを表現したかったので、キャンプ場は視界が広く、場所全体の見通しが効いてしまいます。広大な空間であるため、閉鎖空間故のすれ違いは、起こりにくい場所かなと感じます。一方で、今回の旅館やホテルでは、細かく廊下で区切られ、部屋が別れ、階段で上下移動ができる場所だからこそ、キャラクター同士が物理的にすれ違うことになります。物語でも、今回は持ち逃げした女の子がどこにいるのか見つからない要素やすぐ隣の部屋で乱闘が勃発する設定は、すれ違いの妙を出せる空間として迷路のような限定空間、入り組んだ構造が欲しかったところです。
—–旅館という場所が、入り組んだ迷路というお話を受けて、ある種、この物語の登場人物達の人間関係、誰が犯人か分からない交錯し合いの疑心暗鬼こそが、迷路だと感じました。
川上監督:感情や思惑の行き来もまた、作中で描かれている点です。あと、ワンカットで撮りたいという計画もありましたので、広い空間であれば、カメラの移動の時間が技術的に長すぎてしまいますので、少しの移動を行い、次の場面に繋げて、また移動するという手法を取っています。この方法であると、印象も変わり、起きている場所にアクセスできる事もまた、今回は重要視していました。
—–前作『人狼ゲーム』シリーズも参考として鑑賞させて頂きましたが、本作はプロットやシチュエーションが比較的、過去作と似ていると感じました。『人狼ゲーム』を意識して、本作を制作された意図はございますか?
川上監督:意識したと言うより、同じ人間が作っている以上、勝手に似てしまった向きが強いと感じています。あとは、映画『人狼ゲーム』は若者たちが拉致されて、デスゲームに無理やり参加させられる物語ですが、あの映画の撮影場所やスタッフ、キャストが寝泊まりする場所は、すべて同じ空間だったんです。あのシリーズでは、企業の保養施設で撮影しましたが、撮影が進んで、犠牲が出る度に、その役者さんは一人、また一人と、東京に帰っちゃうんです。舞台裏でも、デスゲームに参加しているような高揚感を味合わされ、残り数人となった最終日では、先にクランクアップした役者の子を思い、感極まって泣けて来るんです。同じように、今回でも修学旅行が設定ですが、キャストやスタッフの皆さんは舞台である温泉旅館で撮影中、ずっと寝起きしていました。前作と同じスタイルでの撮影でしたので、印象が似てきたと言ってもいいのかもしれないですね。温泉で寝起きする事が、役者にとっては修学旅行に来ているような錯覚にもなったのではないかと思っています。
—–本作の見所や魅力は、ワンカット撮影、長回しで撮影した手法の中、若手の俳優さんの方々が右往左往する姿が、この作品の見所だと思いました。いい意味で、彼女達の「必死さ」が画面から伝わって来ました。監督は、この点はどうお考えでしょうか?
川上監督:その点を取り上げて頂けたのは、本当に嬉しい限りです。たくさん練習もし、リハーサルも重ねました。前作であれば、会話の間などを編集で調整もできましたが、今回は一切、手を入れる事ができないワンカットという状況で、非常に難しいお笑い的な掛け合いのコメディのお芝居が、長回し且つ、長ゼリフで演じて頂けたのは、間違いなく見所だと思います。ぜひ、観て頂けたら嬉しいです。
—–近年、本作のような若手の役者の方が集結する作品が増えつつあります。もし挙げるなら、映画『ベイビーわるきゅーれ』や『温泉しかばね芸者』など。若い子達が集まって、ドンチャカしている作品が目立って来ましたが、本作もその作品群に入れても遜色がないと感じますが、この件について、どう思われますか?
川上監督:今回の作品が、若手が多かったのは偶然なんです。脚本のオファーがあってのスタートなので、一言で言うならば、本当に偶然の産物です。ただ、例に挙げられた作品は、僕自身も大好きな映画ばかり。似たような作品が、今後ますます増えてくれたら嬉しいと思います。また、評価される対象として、ヒットしているのは嬉しいです。
—–例えば、若手達の活躍の場が増えますよね。インディーズや商業関係なく、若手中心となって制作されている作品は少なく感じます。ここ数年、増えたのかなと思います。
川上監督:そうですよね。例えば、映画『サマーフィルムに乗って』や『アルプススタンドのはしのほう』が近年、人気を博しましたね。あのテイストの作品は、大好きな映画です。ミニシアター系の作品は、テーマ重視やアート系が多かったと思いますが、真っ直ぐエンタメを作ろうとして作った映画は、若者たちがたくさん登場する物語。ここ数年、増えて来て、ヒットしている風潮にありますよね。今の流れは、いち映画ファンとしても非常に嬉しいです。
—–本作『札束と温泉』は、擬似ワンカットを採用していますが、この手法は映画『1917 命をかけた伝令』を手がけたサム・メンデス監督も採用しています。この方がおっしゃるには、「人間の人生にはカットの編集はない。人生は、すべてワンカットだ。」(※1)と。この擬似ワンカットの手法が、作品や登場人物の人生に何か作用したと言えますか?
川上監督:ワンカットが、登場人物の人生に作用したかどうかは、お答えするのが難しいですが、少なくとも、作り手の意識は群像劇で、複数の場所で並行して色んな出来事が起こっている物語です。それをカットで割ってしまって、一方その頃ここでは、一方その頃ここでは、一方その頃ここでは、と見せてしまっても説得力が弱まってしまいます。観客の方には、驚きを提供できず、物語がそのまま流れて行ってしまうと思います。それを長回しという一連の動きで見せることによって、リアルタイムで複数の出来事が起きていたんだと、より生々しく見られるのではないかと思い、この手法で撮影を行いました。また、それが、キャラクターの人生に影響を与えたかどうかは分かりませんが、間違いなく言えることは、役者さん達の人生に影響があったと思うんですよね。普通のお芝居より大変だと思うんですよね。一度間違えてしまうと、10分前の場面から再度やり直しとなってしまいます。そんな世界を経験した事を考慮すると、今回出演して下さった役者達はどんな現場に行っても、何も怖くないと思います。
—–ワンカット撮影は、登場人物だけではなく、役者さん一人一人に何かしらの影響があると感じますね。監督のコメントにて「ハリウッド映画のクライム映画を目指した」とありますが、監督自身は本作がその到達点に行けたと思っていますか?
川上監督:まったく行けてないですね。もっとできた事が、たくさんあったと思いますし、目指しているゴールもありました。また、若者たちが出演する映画が近頃増えつつあるあるのかなと思う反面、総合的に見れば、このブームは90年代に流行った少しギミックの効いた笑いの犯罪劇は、最近見られなくなりましたよね。それはハリウッドを見ても、同じような現象が起きています。90年代にそんなジャンル作品を作っていた監督達は皆、ベテランとなり、シリアス路線に走っているようにも見えます。
—–若手ギラギラ感のエネルギッシュな作品が、減りつつありますよね。
川上監督:その点に関しては、今学校で学生向けにシナリオの授業をしていますが、若い世代の子にお話を聞けば、僕が好きなタランティーノやガイ・リッチーやコーエン兄弟であったりを、観たことある学生がゼロなんです。20歳ぐらいの子に聞いても、一人も観てないんです。お話を作るシナリオの学校に来ている子でも、観てない状況です。ただ今回、本作を観て頂いて、こんな作品もあるんだなと思ってくれたら嬉しいです。今回、僕のルーツとなった作品にも触れてもらえたら、もっと嬉しいです。同じ所まで到達できたかと問われれば、到達できたとは言えません。ただ、僕がルーツだと思っている作品に興味を持って頂くきっかけみたいなモノは、作れてたら嬉しいなと思います。
—–本作『札束と温泉』が、どのような道を歩んで欲しいとか、作品に対する展望はございますか?
川上監督:私自身、自信がない人間なので、大それた展望は申し上げにくいんですが、一番は若い役者さんの長回しと長セリフは素晴らしいと思います。それを業界の方々の目に止まって、彼ら彼女らの次の仕事に繋がってくれれば、一番嬉しいですね。もう一つは、今回の作品は英語字幕を付けてもらって、配給側が海外の業者さんに作品を送って頂けそうです。あの温泉宿を舞台にしたドタバタコメディを、海外の方が観る場合はどんな観方をされるのか、楽しみでもあります。非常に興味あります。海外でも多くの方々に観てもらえる環境ができれば、それはそれで嬉しい事はないと思っています。
—–貴重なお話、ありがとうございました。
映画『札束と温泉』は現在、関西では7月7日(金)より大阪府のシネマート心斎橋。京都府の京都みなみ会館にて公開中。また、順次、全国の劇場にて上映開始。最後に、7月8日(土)にシネマート心斎橋、京都みなみ会館にて川上亮監督、小浜桃奈さん、佐藤京さん舞台挨拶予定。
(※1)疑似ワンカットによる究極の戦場体験、戦争映画を更新した『1917 命をかけた伝令』https://appllio.com/1917-movie-review(2023年7月7日)