映画『グレース』移動映画館が大切と気付く時

映画『グレース』移動映画館が大切と気付く時

2024年12月23日

小さくも揺ぎない抵抗の物語。映画『グレース』

今はもう、ほとんど聞く事が無くなった巡回系の移動映画館。隣の町から隣の町へ。父親と娘の二人は、今日も娯楽のない町の住民の為に、映画を上映しに行く。昔からあるスタイルの移動映画館の盲点は、その家族の子ども達の成長に悪影響を及ぼしかねない環境に身を置いてしまう事になる。その子どもは産まれた時から移動映画館という職に就く親の姿を見て育ち、自身の環境そのものが日常の中の風景として捉えて生きている。でも、その子らにとって、その生き方や生活環境は正しいと言えるのか?10代そこそこで、無理に父親の仕事を覚えさせ、幾日も幾日も転々と旅をさせ、友達や恋人も作らせず、孤独という暗闇の中で映写機と睨めっこ。私は、この移動映画館の文化の灯(あかり)は、絶やしてはいけない、燃やし続けないといけないと思っているが、その反面、子ども達を過酷な日常に身を置かせてはいけないと考える。映画『グレース』は、息の詰まるような停滞感に覆われたロシア辺境を舞台に、移動映画館で日銭を稼ぐ父親と思春期の不安を抱える娘の日常を描いたロードムービー。児童労働という社会問題の一片を描く事によって、炙り出されたロシア社会の真の姿を思春期の少女の視点で描かれる。

10代半ばにおける少女の思春期は、非常に複雑だろう。性別が男の私であると、尚更、この時期の少女達の心の揺れ動きを語る権利はないだろうが、少しでもこの時期の少女の心の焦燥感やヒリヒリ感を「理解したい」と歩み寄ろうと考えている。この時期の少女達に訪れるのは、説明しようがない心のモヤモヤ感(※1)だ。10代の学生の半分が、この感情に悩まされている。それは、心から発せられるSOSと呼ばれているが、このような心情を抱える10代の子ども達に労働をさせてはいけない。だから、日本の憲法の中にある日本国憲法第27条第3項においても「児童は、これを酷使してはならない」とある。労働問題の中にある児童労働への是非は、今でも囁かれている。児童労働の現状は、世界では増加傾向にあり、日本では学校に通いながら働いている子どももいるなど、様々な問題を誘発する。国際労働機関(ILO)と国連児童基金(ユニセフ)が2021年に発表した報告書によれば、世界中で1億6,000万人の子どもが児童労働を強いられているのが現状(※2)。だから、この物語に登場する少女の日常はごく一般的であり、世界の子ども達の現状が、少女の姿に宿されている。 

それでも、後世に残して行くという観点から言えば、移動映画館としての文化は大切だ。この少女のような10代の若者が働くなくてもいい方法や環境を見付ける事が、最優先だ。移動映画館の歴史について調べてみたものの、どこが発祥で、いつが起源なのか、はっきりした記述は見つからなかった(今後、しっかりと調べる必要があるようだ)。ただ日本の映画文化で考えてみたら、1956年(昭和31年)に12月1日が「映画の日」と制定された同時に発案された「映像を見るという新しく素晴らしい体験は全て映画館にあって、子どもも大人も、老若男女みんな連日、映画館にいた」(※3)というこの文言から、もしかしたら、ヒントを得られるのかもしれない。この時代の観客動員数は、9億9千万人。2016年における日本の観客動員数は、1億8千万人。この「9億」という数字を見た時、あなたは何を思い浮かびますか?私はまず、劇場に収まりきらなかった人々や劇場上映では間に合わなかった劇場主達が、こぞって移動上映会や野外上映会を主催し、そこで観客動員数を伸ばした可能性も否定できない。また、これだけ動員数が膨らんだ背景には、各地で移動上映や野外上映を行っていた可能性があると、考えても差し支いないだろう。今の現状は、映画が娯楽の王様と呼ばれていた時代と比較すれば、惨憺たる状況だ。この動員数を少しでも右肩上がりにするのは、劇場だけの力に借りるのではなく、移動上映や野外上映の頻繁の開催が未来に映画文化を残す鍵になるのかもしれない。映画『グレース』を制作したイリヤ・ポボロツキー監督は、あるインタビューにて本作のアイディアについて、こう話している。

ポボロツキー監督:「そのアイデア自体は、長い間、私の中にありました。彼女がいつ現れたか思い出せない。つまり、二人で旅行するというアイデアです。動きについてのお話。または、運動中の動きが不足していることについて。しかし、それはパンデミックの最中に、私たち全員が非常に親しい人々と一緒に、アパートの狭くて窮屈で息苦しい空間に閉じ込められていることに気づいたときの「気まぐれ」として形になりました。そして、率直に言って、誰もがすぐにこれに対処する方法を学んだわけではないようです。驚くべき逆説ですが、親しい人々は、お互いにとても近くにいるのに、本当に重要で必要なことを率直に説明する言葉が見つからないことがあります。そこで私は、この鉄の箱の中で、非常に近くにある二人の人間が、実際、地球上で唯一互いに近くにいるのですが、漂流し、巨大で、雑多で、まったく異なる世界を旅するという逆説的なコンセプトを思いつきました。そして矛盾したロシアの現実。主人公の成長期、自然に芽生えた両者の対立の頂点への旅。この息の詰まるような沈黙でも、叫び声やスキャンダルによっても解決できない対立の中で。しかし、ご存知のように、人生は、私たちが自分自身で解決できないすべての対立を解決することを強制する方法を常に見つけます。したがって、私の映画はパンデミックの間に私たちに起こったことへの反応です。 2021年の秋に撮影されました。」(※4)と話す。この作品が生まれた背景には、未知のウィルスであるコロナや21世紀における戦争で分断され、孤独を強いられ、その孤独と直面しなければならなかった私たち自身の姿すべてが、作中に盛り込まれている。今振り返ってみて、コロナ禍における私達の生活様式はコロナ禍以前とはまったく違うものに様変わりし、価値感は180度ごっそり転換させられ、あの頃以前の私達とアフターコロナの私達とは、まったく違う世界の人間ではないだろうか?常日頃の日常の風景は何百年と続く営みとして何一つ変わっていないにも関わらず、見えている景色は一人一人違って見えているに違いない。私自身も、あの期間を経験し、恐らく、潜在的な意識の中で大きく価値観が揺るがされたに違いないだろう。と、密かに感じ取っている。

最後に、映画『グレース』は息の詰まるような停滞感に覆われたロシア辺境を舞台に、移動映画館で日銭を稼ぐ父親と思春期の不安を抱える娘の日常を描いたロードムービーだが、監督自身がアプローチしたかった事は、世界中の人々がある時直面した「孤独」に対して、どう対峙するかが大切であると言う事を作品を通して、示したかったのだろう。私自身は、作品の表題にある10代の労働(児童労働)と移動上映における映画文化の成り立ちについてアプローチを取ってみたが、まず如何なる場合でも、児童労働が罷り通ってはいけないと言う事をここで記しておく。この考えは当然の事であるが、今でも児童労働の問題は世界中で尽きない。その一方で、日本の映画文化における移動上映は今後、ますます盛んになって欲しいと願う。巡回上映は過去の産物かと問われれば、もしかしたら否定できない自身がいるかもしれないが、それでも、今の時代に移動上映という文化は必要性を感じている。特に、コロナを経験した人類だからこそ分かる事だ。映画はもう、人を待ってはいけない。映画から人に会いに行かなければならない。近頃、俳優兼映画評論家の斎藤工氏が先導し、2014年から始めた移動映画館のプロジェクト「cinéma bird」(※5)が、文化振興に貢献したという取り組みで「文化庁長官表彰」に表彰された。また「cinéma bird」の取り組みだけでなく、2003年から20年以上、移動上映の取り組みを続けている「キノ・イグルー」(※6)。また、NPO法人World Theater Project(※7)は、世界の発展途上国の子ども達に向けた移動上映をワールドワイドに展開している。映画は、子ども達の夢や希望を搾取する存在ではなく、いつまでも未来永劫、与え続ける存在にならなければならない。こうして、今の若い世代の映画人が日本の映画文化の存続に対する活動を移動上映で補っている。私自身もいつか、移動上映の活動ができるように、今必死に地元で活動している。いつの日か、この移動映画館の取り組みが日本の映画文化にとって、本当に大切であると人々が気付いた時、日本社会の暗鬱した環境も大きく転換されるだろう。私は、心から強く願いたい。

映画『グレース』は現在、公開中。

(※1)思春期の「モヤモヤ」の正体はhttps://www.youth-healthcare.metro.tokyo.lg.jp/sos/546(2024年12月22日)

(※2)児童労働の現状と解決策
-私たちにできることは?https://www.worldvision.jp/children/trafficking_1.html(2024年12月22日)

(※3)「移動映画館」が伝えたい、もっと自由な映画鑑賞https://news.j-wave.co.jp/2017/12/post-4643.html(2024年12月23日)

(※4)Российский режиссер Илья Поволоцкий получил главный приз на кинофестивале InLaguna в Венецииhttps://www.currenttime.tv/a/povolotsky-interview/32720759.html(2024年12月23日)

(※5)「文化庁長官表彰」 に俳優の斎藤工さんら文化の振興や海外発信に貢献https://news.ntv.co.jp/category/society/7ffe338f193842eea90e02fb752af988(2024年12月23日)

(※6)移動映画館「キノ・イグルー」は、溢れんばかりの映画愛を伝え続けるhttps://brutus.jp/event_kinoiglu/(2024年12月23日)

(※7)NPO法人World Theater Project|移動映画館ですべての子どもたちが人生を切り拓ける世界を創造するhttps://spaceshipearth.jp/worldtheater-pj/(2024年12月23日)