次々と人が消える映画『あの人が消えた』
ある日、忽然と人が消える現象があると言えるだろうか?ほんの数秒、目を離した隙に。ほんの一瞬、手を離した隙に。目の前にいた大切な誰か、大切な人が、大切な子どもが、姿かたち何も残さず、目前から消える事はあるのだろうか?この映画が舞台にしている「人が消えるマンション」というミステリアスな怪奇現象を起こす場所は、全国のどこを探しても見つからないだろう。もし現実に、そんな事が起きていれば、全国的な話題になっている可能性もある。たとえば、2000年前後に起きた「富加町のポルターガイスト(幽霊団地騒動)」(※1)と呼ばれる騒動はこの当時、過熱報道が盛んに行われ、衆人環視、全国的な注目を浴びた(映画『N号棟』がモチーフとして取り上げた)。この出来事に似た大騒動が報道されない限り、現実的に「人が消えるマンション」は存在しない。まるで、都市伝説を現代風に薄味にした題材のようにも感じるが、もし現実に「人が消える」事があれば、どうだろうか?実際に起きていると誰もが知れば、この出来事に対して、懐疑心や猜疑心は晴れるのではないだろうか?映画『あの人が消えた』は、次々と人が消えてしまう謎めいたマンションを舞台に、伏線を張り巡らせた予測不能な展開で描いた神隠しミステリー映画。神隠しは、実際に起きる事なのか?本当に、人々が消える事象があると言うのか?私達は、他人への興味が薄れている社会に生きており、相手を知ろうとしないから、人が失踪しても気にしない風潮に陥っている。まずは、「相手を知る」とは何かを一緒に考えたい。
神隠しが、実際に起きると思えないと考えている人は、多くいるのではないだろうか?「物理的な原因は必ず有る」「事件、拉致、監禁や事故、本人自ら失踪」「口減らしの言い訳」と、世間の意見は否定派が多い。この中でも特異行方不明者(※2)と判断するのが、最も妥当な線と言えるだろう。では実際に、行方不明になっている事件が存在するのか?たとえば、1989年(平成元年)3月7日に発生した徳島男児失踪事件(別名:松岡伸矢くん失踪事件)は、2024年現在も未解決事件のまま、歳月だけが流れている。最も有力な線は、北朝鮮による拉致事件として見られているが、それでさえも不確定事項の失踪事件として35年経った今でも神隠しか拉致か、心做しか家族の誰かが関係しているのか、と世間では囁かれている。日本には、行方不明、失踪事件が数多く発生しており(海外、特にアメリカ(※3)はこの倍だ)、その中でも特に知名度のある事件を何件か紹介する。1969年2月23日に起きた庄山仁くん行方不明事件、1987年3月15日に起きた西安義行さん失踪事件、2001年3月6日に起きた室蘭女子高生失踪事件、2003年5月20日に起きた泉南郡熊取町小4女児誘拐事件、、近年では山梨キャンプ場女児失踪事件が起きている。これらの失踪事件は、氷山の一角に過ぎず、ここで紹介しきれていない事件もあれば、よりローカルな失踪事件や認知症による失踪事件も日夜起きており、私達の日常に潜む身近な問題だ。
でも、居住する建物で人が消えるという現象は、俄かに信じがたい。2008年4月18日に起きた「江東マンション神隠し殺人事件」(※5)は、当時の報道を通して、全国民を恐怖のどん底に陥れた。オートロックのあるセキュリティの高いマンションを舞台に起きた「神隠し」事件。捜査の結果、容疑者として浮上したのは同じ階に住む住民。先述した事件では、北朝鮮による拉致疑惑が濃厚な事件が多い一方、近年は隣近所に住む住人や隣室に住む人物でさえ皆怪しいと、防犯意識を高める必要がある。また失踪事件で言えば、2013年に起きた「堺市営住宅首吊り事件」(※6)があるが、こちらの事件は非常に知名度が低い一方、難解な怪事件として今でも語られている。「あなたの部屋で、人が死んでいる」という電話から、事件が起こる。死んだ男性は部屋の主ではなく、本来の住人であるはずの青年は連絡が取れない。なぜか現場には「見知らぬ男」がおり、この人物も姿を消している。首を吊った人物は、家主の青年の母親の親友。また、電話で内容を聞いた家主は、一度家族に相談している。そこから伝言ゲームのように親族に伝わり、最終的に青年の姉の夫と同僚が部屋に赴く。未だ、青年の行方は掴めていない。世間で囁かれているのは、青年が事件を起こし、隠蔽する為に家族ぐるみで庇っているという筋だが、ではなぜこの家主が失踪する必要があるのかは謎。映画『あの人が消えた』を制作した水野格監督は、「月曜から夜ふかし」のディレクターを経験した経緯から本作の着想が生まれたと話す。
水野監督:「全国のちょっと変わった人々が登場するあの番組に携わるなかで『人は見かけによらない、物事を見た目で判断しちゃいけない。』と強く思うようになりました。そういったことを物語の構造として表現できたら面白いのではないかと考え、『あの人が消えた』はいくつかの段階に分けて印象が変わっていく作りにしてゆきました。」(※7)と話す。「人は見かけによらない、物事を見た目で判断しちゃいけない。」というこの言葉は、今の社会に非常に必要な考え方なのかもしれない。人は、見た事の99%しか信じない。自身の視覚に入って来た情報でしか物事を判断せず、相手の為人や背景を一切、考えようとしない。第一印象は見た目が大事と言われているが、外見だけで判断するのではなく、自身の視覚では見れない背景や相手の過去を想像することも大切ではないだろうか?ルッキズム問題(外見至上主義)(※8)には、そろそろ廃止すべきだろう。
最後に、映画『あの人が消えた』は、次々と人が消えてしまう謎めいたマンションを舞台に、伏線を張り巡らせた予測不能な展開で描いた神隠しミステリー映画だが、私達は大事な事を忘れていないだろうか?近年、ネットやSNSなどの台頭、またコロナ禍が拍車を掛けて、人と人との関係性や繋がりを薄らいで来ている。その結果、一人の人が忽然と姿を消しても気にならない社会となり、他人の見た目だけで他者を判断しようとする世の中になっているが、まずは歩みを止めて、立ち止まって欲しい。そして、「相手を知る」という事について、もう一度、私達は考える必要があるのかもしれない。相手を知らないから、見た目だけで他人を判断し、人が失踪しようが気にならない世界であるのならば、少しでも他者に歩み寄る努力も必要になってくるのではないだろうか?
映画『あの人が消えた』は現在、公開中。
(※1)岐阜県富加町の幽霊マンション―町営住宅を襲うポルターガイストhttps://okakuro.org/tomika-poltergeist/https://okakuro.org/tomika-poltergeist/(2024年11月6日)
(※2)行方不明者届(旧捜索願)について 家出人相談センターhttps://www.iede.jp/about.html(2024年11月6日)
(※3)日本の比ではない?アメリカの恐るべき行方不明者の実態https://gear-hd.co.jp/company/detective/shozaichousa/amelica/(2024年11月6日)
(※4)行方のわからない認知症高齢者等をお探しの方へhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000052978.html(2024年11月6日)
(※5)〈江東マンション神隠し事件〉「私のセックスで依存していただいて…」“二つ先の部屋”の隣人が23歳の女性をバラバラに“解体”した理由https://bunshun.jp/articles/-/53626?page=1(2024年11月6日)
(※6)「あなたの部屋で、人が死んでいる」 堺の市営団地で奇々怪々謎の「首吊り」https://www.j-cast.com/2013/06/28178318.html?p=all(2024年11月6日)
(※7)バラエティ番組のディレクターから映画監督へ 異色の経歴をもつ水野格監督に影響を与えた名作の数々とは 映画『あの人が消えた』https://otocoto.jp/news/ano-hito0912/(2024年11月6日)
(※8)【時の話題:「ルッキズム」を考える】
外川浩子:「見た目問題」から考える、ルッキズムの行く末https://www.mita-hyoron.keio.ac.jp/featured-topic/2021/08-3.html(2024年11月6日)