映画『ドリームプラン』
テニス未経験という境地から二人の娘をトップ・プレイヤーにまで育て上げた一人の父親に焦点を当てた本作『ドリームプラン』は、実話を基にしたスポーツ映画だ。
親子の熱心な姿から夢は必ず実現すると鼓舞してくれる物語。監督には、黒人監督レイナルド・マーカス・グリーンが担当。
彼は、2014年頃からディレクターとして活躍し、長編デビュー作『Monsters and Men(2018)』が、サンダンス映画祭の特別審査員賞を受賞している。
他には、短編作品『Stone Cars(2014)』『Stop(2015)』がある。2020年には長編二作目『ジョー・ベル 〜心の旅〜』を製作している。
日本では劇場公開されず、DVD化されなかったが、2022年3月2日よりU-NEXTで配信が始まった。
ビデオ(VHS)スルーでもなく、DVDスルーでもなく、まさにデジタル配信スルーというところだ。
レイナルド・マーカス・グリーン監督にとって、本作が大作映画として初の日本劇場公開作品となる。実質、日本国内デビュー作だ。
また、主演にはウィル・スミスを迎え、今までのコメディタッチの演技を封印し、アメリカのテニス界に実在した人物を真摯に演じる。
彼の演技力は、心に響くものがあり、その役柄に対する敬意を感じる。
また、彼は主役だけでなく、製作にも携わり、作品全体を支える重要なキーパーソンでもある。
ウィル・スミスはインタビューにて、自身の役柄について、こう話している。
「実在の人物を演じる時は、皆が知っている画像と、それから対象となる人物の主な性格とのバランスを見つけようと研究します。それから核となる本物の部分を見つけようと努力します。」
彼は、実在の人物を演じる時、被写体となる人物の写真や画像を集め、本人の性格などを研究するところから始めるという。
そして、最後にその人物の写真や性格からは知り得ない、物理的には見れない相手の本物の内なる部分を導き出すためのアプローチをすると、語っている。
『バガー・ヴァンスの伝説(2000)』『ALI アリ(2001)』『幸せのちから(2006)』『コンカッション(2015)』と言った映画の中で実在した人物を演じ続けて来た。
彼が役柄へのアプローチについて語っている「言葉」を参考に、これらの作品を鑑賞すれば、また違ったウィル・スミスの姿を目撃できるだろう。
話を戻して、本作を監督したレイナルド・マーカス・グリーンや黒人監督に言及していきたい。
彼は、先程にも記述したように、日本国内では本作が初めての配給作品となり、今後の活躍が期待できる注目の監督だろう。
近年、黒人の映画監督の活躍が少しずつではあるが、目立つようになってきた。
少し前までは、スパイク・リーやアントワーヌ・フークワが第一線で活躍する姿を幾度となく目にしてきたことだろう(もちろん、近年も彼らの活躍は著しい)。
でも時と共に、活躍する監督たちは改新されている。
ここ数年の間に台頭してきたのは、映画『フルートベール駅で(2013)』という作品で注目を集めたライアン・クーグラーが、まず初めに挙げられる。
彼は本作で長編デビューした監督だが、これより前に短編映画『Locks(2009)』『Fig(2010)』『The Sculptor(2011)』を撮影しているが、各々高評価を得ており、活動初期から現在の製作者としての天賦の才能を発揮していたことが伺える。
近年では、海外のhulu originalの作品『Homeroom(2020)』というドキュメンタリーが、国外で配信されている。
また、サスペンス・スリラー、ホラーの部門で忘れてはならないのが、ジョーダン・ピールだ。
映画『ゲット・アウト(2017)』で彗星の如く現れ、続くスリラー映画『アス US(2019)』でも観る側の記憶に新感覚の恐怖を叩き込んだ新鋭のホラー監督だ。
彼は『ゲット・アウト』で有名になる前に、2本の短編映画『Boner Boyz!(2008)』と『3B(2010)』に役者として出演している。
ジョーダン・ピールは元々、コメディアン兼俳優をしていた。
そんな畑違いのフィールドからスリラー映画を生み出した異色監督だ。
近年では、映画『ノープ(2022)』という作品が、国内では今夏上映待ちの状態だ。
他には、『それでも夜が明ける(2013)』のスティーブ・マックイーンや『ムーンライト(2016)』『ビール・ストリートの恋人たち(2018)』のバリー・ジェンキンス。
『グローリー 明日への行進(2014)』『リンクル・イン・タイム(2018)』やNetflix配信のドキュメンタリー映画『13th -憲法修正第13条(2016)』TVドラマ『ボクらを見る目(2019)』で有名なエイヴァ・デュヴァーネイなどが、挙げられる。
他に、ドキュメンタリー界隈で名声を得ているロジャー・ロス・ウィリアムズ。
SF映画の金字塔『スター・ウォーズ』シリーズで黒人女性監督としては、初めてメガフォンを取ったビクトリア・マホニーが、注目を浴びる。
また、新作ホラー『キャンディマン』でジョーダン・ピールとタッグを組み監督を務めた若き製作者ニア・ダコスタの存在も、忘れてはならない。
ここまでは、近年の黒人監督の総まとめではあったが、彼らが監督として生まれる背景となったのは、1970年代前半頃から米国で流行った「ブラックス・プロイテーション」という映画運動が、後々の監督たちに影響を与え、道を開けたのだろう。
このムーブメントは、「アフリカ系アメリカ人を客層として想定したエクスプロイテーション映画」という当時、アメリカのミッドナイトシアター界隈で流行した映画スタイルだ。
要は、「黒人の黒人による黒人のための映画」と捉えれば、いいだろう。
観客のみならず、製作者も出演者も皆、黒人だ。この一連の映画運動からは、役者ならパム・グリア、監督ならゴードン・パークスやゴードン・パークス・Jr、オジー・デイヴィスらを輩出している。
ここで最も忘れてはいけないのが、この運動の立役者とも呼べるメルヴィン・ヴァン・ピーブルズ監督の存在だろう。
彼が製作した映画『スウィート・スウィートバック(1971)』は、この「ブラックス・プロイテーション」が生まれるきっかけを与えた作品だ。
余談ながら、タランティーノは、サブカル映画として、おそらくこのジャンルにも幼い頃、触れているはずだ。だから、映画『ジャッキー・ブラウン』で黒人女優パム・グリアを抜擢している。
彼は、昔から彼女のファンだったという。だからこそ、日本のタランティーノ・ファンは、彼の作品と一緒にこの「ブラックス・プロイテーション」にも触れて欲しい。
タランティーノ自身、何らかの形で影響を受けているはずだ。
また、個人的に好きな作品は、映画『コフィー』というパム・グリアを主演に据えた女性版黒人クライム・アクション映画だ。
この作品の主題歌『Coffy is The Color』もまた、作品と共にヒットを飛ばした名曲ということを、ここに記述しておきたい。
少し話がまた脱線してしまったので、話を戻したい。黒人監督は、昔から少しづつではあるものの、著名な方々がたくさん輩出されている。
作『ドリームプラン』のレイナルド・マーカス・グリーン監督もまた今後、このメンバーに参加することができるだろう。
彼は本作に製作総指揮として参加したヴィーナスとセリーナ・ウィリアムズ姉妹について聞かれて、インタビューでこう答えている。
「実際に物語を姉妹たちと話した時、彼女たちはプロジェクトを新しいレベルにまで引き上げてくれました。そのアクセスは素晴らしい限りでした。書き直しが必要な物語の要素に深みと定義を追加することができました。娘のためのリチャードの計画と家族の実行に焦点を当てた美しいスクリプトを書いていましたが、家族の定義、特にオラセンとの関係性ですね。脚本が核心となるテーマに入った時、シナリオはより明確なものになりました。」
監督はインタビューで答えている。本作のクオリティが上がったのは、当事者でもあるウィリアムズ姉妹が、参加したことによって、作品の信憑性が格段と上がったのだろう。
彼女達の経験や意見が物語にそのまま反映された結果、作品そのものが高尚なものに仕上がったと見て取れる。
次に取り上げたいのは、監督が言及したウィリアムズ姉妹についてだ。
作品に製作総指揮として携わった彼女達は、父親の厳しい訓練の元、幼少期からプロのテニス・プレイヤーを夢見て、努力を重ねてきた人物だ。彼女達の出身地は、アメリカのカリフォルニア州の南部にある「コンプトン」という街だ。
一言で言うなれば、大阪市西成区にある「あいりん地区」と言えば、わかりやすいのかもしれない。
この街は、映画『ストレート・アウタ・コンプトン』の舞台になっている場所で、この作品で描く人物たち(「NWA」というラップ・グループだ)の出身地でもある。
この都市は、アメリカの中でも最も危険な地域だと言われるほど、数多くの犯罪が蔓延るデンジャーゾーンだと言われている。
犯罪率が最も高く、ギャング犯罪でも悪名高いのだ。まさに、ギャングが巣食う巣窟なのだ。
ここに興味深い動画を見つけた。
どちらも夜のコンプトンの街並みを撮った動画だが、危険な地域として紹介されている。一つ目は、タイトルに「Los Angels Worst」と表記されており、最も危ないことを示唆している。
また、2つ目の動画には、コンプトンの夜の街で活動する「たちんぼたちんぼ」いわゆる「娼婦」たちを撮影した動画だ。
どちらも、コンプトンという街の「生」の姿を捉えている。
「娼婦」だけでなく、ここには恐らく「麻薬の密売人」も少なからずいるはずだ。
日本人には、分かりにくいかもしれないが、動画観る限りだと、恐らく外出している者はほとんど。
夜になると、この地域が一般市民にとって、危ない地域ということを、動画が物語っている。
このような危険な地域でテニス選手になることを夢見て練習を重ねたウィリアムズ姉妹。
ただ、練習するためだけでも、とても苦労がいるにも関わらず、彼女達は生きるか死ぬかの、命との隣り合わせで、幼少期から練習を重ねてきた。
映画では、この部分をしっかり描ききれてない節もあるが、コンプトンという最も治安の悪い街から世界トップのプレイヤーになるというのは、この平和な日本では想像できないことだろう。
ウィリアムズ姉妹のセレーナさんは、本作についてインタビューでこう話している。
(3)“I think King Richard is like Iron Man.”
「私は映画『ドリームプラン』がアイアンマンのようだと思います。」
セレーナさんは、彼女達の人生そのものをマーベルのように裏で多くのスピンオフドラマが、展開されていると例えている。
この作品は、姉妹の父親との関係性、トップアスリートになるまでの道のり、など多くのエピソードがひとつの作品として仕上げられている。
それでも、本作『ドリームプラン』が描いている彼ら親子のストーリーは、ほんの断片に過ぎないと言うのだ。
それでも、コンプトンというアメリカいち危ない地域から世界トップのアスリートへと成長した彼女らは、「偉業」という言葉が似合うほどに、荘厳な存在だ。
また、本作の主題歌・エンディング曲となっているビヨンセが歌う新曲『Be Alive』にも注目が集まる。
第94回アカデミー賞授賞式において、眩いばかりの「黄緑色」の衣装やセットに身を包み、パフォーマンスを行ったのは記憶に新しい。
生放送で披露されたライブ・パフォーマンスは、圧巻の一言だ。
彼女が歌う楽曲『Be Alive』に刻まれたある言葉がある。それが、下の歌詞だ。
So when we win we will have pride
「私たちが勝つ時、必ず誇りを持っている」
試合や何かに勝利する時、必ず誇りが生まれるという前向きな歌詞ではあるが、これはウィリアムズ姉妹に向けられた「言葉」であり、観る側の人間を鼓舞する応援の歌詞だということを覚えておきたい。
最後に、ウィリアムズ姉妹が成し遂げた偉業は、ほんの小さな積み重ねが積もり積もって、大きな成功へと結ばれていく。
それを日本のことわざに例えるならば、「塵も積もれば山となる」または「ローマは一日にして成らず」など、小さなことからコツコツと、日々積み重ねてば行けば、後々必ず大成し、跳ね返ってくることを表現している。
これと良く似たことわざが、ヨーロッパにある国ブルガリアにも存在する。
「一滴一滴の水が、いずれ大きな湖になる(Капка По Kапка Bир Cтава(カプカ ポ カプカ ヴィア スターヴァ)」という小さくて些細な事柄を積み重ねて行けば、いずれ大きな「何か」になるという意味のことわざは、日本語とまったく同じだ。
日々の暮らしの中で、大なり小なり努力を続けていれば、個人差はあるにしても、数年後、10年後の未来、必ず自身が思い描いた「夢」が実現することを本作『ドリームプラン』の親子が、体現してくれている。
どんな状況下でも、諦めずに、コツコツコツコツと目指してることに打ち込むことの重要性を本作が物語っている。
(1)‘King Richard’: Will Smith on the Difficulties of Playing a Real Personhttps://www.cheatsheet.com/entertainment/king-richard-will-smith-difficulties-playing-real-person.html/(2022年3月16日)
(2)https://filmmakermagazine.com/112703-reinaldo-marcus-green-king-richard/#.YkTBRyRUuyM“Boyz N the Hood Meets Moneyball“: Reinaldo Marcus Green on King Richard(2022年3月31日)
(3)https://www.tennisworldusa.org/tennis/news/Serena_Williams/110108/serena-williams-king-richard-is-like-iron-man-/Serena Williams: “King Richard is like Iron Man!”(2022年3月31日)
映画『ドリームプラン』は、全国の劇場にて、絶賛公開中。