遂に封印を解かれた伝説のサイコ・ホラー映画『笑む窓のある家』


猟奇的な殺人事件は、いつもどの年代でも起きている。それは、大衆の耳目に触れるものやニュースとして大々的に報道されるものばかりではなく、人知れず山奥で村の片隅の廃屋で、「それ」は密かに行われている。単独犯の犯行の場合、家族総出の犯行の場合、イカれたカップルの犯行の場合、それぞれのスタイルが存在する。偶然が重なってそれに走るケースと計画的にそれを着々と行うケースと、そして猟奇的に狂気の沙汰とでも言うべき方法で手にかけるケースと、それぞれのアプローチで向き合っている。凶悪的衝動的行動は、人々に嫌悪感を催させる。人が行う犯罪をモチーフにした映画のジャンルを「クライム映画」と呼ぶが、それは強盗やスパイ、詐欺の罪に分類され、凶暴で残虐な犯罪をモチーフにした映画を「ジャッロ映画」と誰もがそう呼ぶ。本来の「ジャッロ」の語源は、イタリア語で「黄色」を意味する言葉であるが、元々は映画ではなく、小説のジャンルから派生した言葉だ。「ジャッロ」(giallo)の語は、1929年にアルノルド・モンダドリ・エディトーレ社から最初に出版されたミステリー小説。犯罪小説の一連のパルプ・マガジン『ジャッロ・モンダドリ』(Giallo Mondadori)を記述したのが起源となり、その表紙が黄色である事からもイタリア語の「ジャッロ」を拝借してジャンル小説として「ジャッロ小説」と呼ばれるようになり、その作品を原作とする映画化が70年代のイタリアで流行し、「ジャッロ映画」と呼ばれるようになった。ホラーテイストのミステリーやスリラーを基調にしている。映画『笑む窓のある家』もまた、このジャッロ映画に分類され、狂い死にした画家のフレスコ画に秘められた恐るべき謎を描いた、イタリアの異色サイコスリラーだ。殺人鬼のサイコパスは、現実世界にも存在し、常に世間を震撼させる異形のものとして社会の片隅で次の獲物の為の毒牙を隠し持つ。

幽霊やお化け、妖怪やモンスター、都市伝説や怪談話より怖いものがこの世にあるとすれば、やはり人間そのものだ。人間が持つ邪な心、邪悪な心、嫉妬に妬み、強欲さに怠惰さ、人間が心の中に持つ負の感情は、その人本人だけでなく、周りの人間の精神も腐らせる。人間が持つネガティブな雰囲気が、凶悪な事件を引き起こすと言っても過言ではないだろう。凶悪犯罪を犯罪心理学の観点(※1)から考えた時、犯人の動機(自己顕示欲、怨恨、快楽など)、人格特性(共感性の欠如、自己中心性)、背景要因(家庭・社会への不満、ストレス)などを心理学的に分析し、プロファイリングや捜査、再犯防止に応用している。無差別殺人では自己顕示欲、通り魔事件では社会への不満、凶器を使った事件では性的動機や報復・怨恨などが動機として挙げられる。犯人の行動パターンから心理状態を推測し、効果的な捜査や介入方法を探求する事に重点を置かれる。 動機と目的は、5つのパターンに分ける事ができ、その行動パターンによって犯罪者の目的は変わる。5つの行動には、大量殺人などで注目を集めたい一心で犯罪を犯す自己顕示欲型。過去の不満や恨みが原因の怨恨・復讐型。性的衝動が動機となる場合となる性的欲求型。犯罪行為そのものを楽しむ快楽・スリル型。金銭が、目的の利欲型となる。自己顕示欲が爆発した事件と言えば、秋葉原通り魔事件や柏連続通り魔事件(※2)が例に挙げられる。怨恨・復讐で注目を浴びた事件には、JT女性社員逆恨み殺人事件や九州大学生両親殺害事件(鳥栖市両親殺害事件)(※3)が事件史に残っている。性的欲求を解放する為に女性や子どもを襲った事件には、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件や静岡児童性的虐待事件(※4)が今尚、変わらず世間に衝撃を与え、時代が変わっても変質者はしっかりと社会に溶け込んでいるのが分かる。快楽・スリルを求めて犯罪を犯し続けた事件には特に少年事件が多く、たとえば、神戸連続児童殺傷事件や茨城一家殺傷事件(※5)が、快楽殺人の境地を行くサイコパスの極みだろう。最後に、金銭が絡む利欲型の事件には、特殊詐欺グループによる巨額詐欺事件や特定流動型犯罪グループ(いわゆる闇バイト)(※6)が日本だけでなく国際問題として広域な犯罪様相を垣間見る事ができる。犯罪心理における行動の向こうには、人間の浅はかな欲や社会規範から外れた者達の動物的本能が軽諾寡信と言わざるを得ないだろう。

この作品で特に日本側に記載がないトピックには、本作の着想がどこから由来している点だ。本作の監督プピ・アバティが幼少期の頃に体験した神父の遺体を掘り起こすニュースが、この作品が誕生する最初の鮮烈な体験だ。監督は、本作の制作時に話している。一度死んだ神父の死体を掘り起こす行為は、日本では考えられない事だ。今まで聞いた事はなく、日本でならお寺の住職さんや神社の神主さんの遺骨を墓石から掘り起こすと考えればいいのだろうか?まったくナンセンスであり、有り得ない話だ。でも実際には、過去に日本の仏教では何度も死んで土葬された住職を祀る修行が存在していた。現代の日本の法律では、当然ながら、正当な手続きなく個人の遺体を掘り起こす事は原則として認められていない。しかし、特定の歴史的・宗教的な背景や法的な手続きがある場合に限り、遺体を掘り起こす(発掘する)事例が存在する。また、歴史的宗教的背景がある即身仏(そくしんぶつ)という仏教で行われる修行(※7)があり、厳しい修行の末に自らの肉体をミイラ(即身仏)にした僧侶達が、過去には存在した。この修行を目指す僧侶は、穀物を断ち、毒素のない植物性の食物のみを食べる過酷な修行(木食行)を行い、体脂肪を極限まで減らしたと言われる。その後、土中に埋もれて入定(にゅうじょう)した上、一定期間(通常は三年三月)が経過した後、弟子や他の住職により掘り起こされるまで土中で眠る。この目的には、飢餓や病に苦しむ人々を救う為の祈りを捧げ、その姿を「生き仏」として後世に残す宗教的行為とされた。現在、日本には山形県や新潟県に17体の即身仏が現存し、特定の寺院で祀られていると言う。現代では、改葬と呼ばれる法的手続き(※8)があり、「墓地、埋葬等に関する法律(墓埋法)」に基づき、遺体を埋葬するには市区町村長の許可が必要なのは一般的だ。土葬自体は、法律で禁止されてはいないが、現代の埋葬方法では火葬が一般的なのは周知の事実だろう。海外では、日本の風習と同じような出来事が、死没40年となる2008年に起きた。ピエトレルチーナのピオ(ピエトレルチーナの聖ピオ神父)は、1887年5月25生誕し、1968年9月23日に死没したフランスの聖職者だ。彼は、1968年に死没する迄の間、霊的指導者としてピオ神父は、多くの人々を霊的な子と考え、霊的な導きを与えた。ピオ神父による霊的成長のための5つのルールとは即ち、毎週の懺悔、毎日の聖体拝領、霊的読書、黙想、良心の糾明を信徒に課した。また、ピオ神父はパラノーマルな超常現象的パワーを持つ一面も持っており、一度、ガンで苦しむ同じ聖職者の為に祈りを捧げたところ、そのガンに苦しむ司祭の病巣が完治したと言われる口承も残っている程、不思議なパワーに満ち溢れた人物だ。彼が放った有名な言葉には、「祈れ、希望を持て、心配するな。神は慈しみ深い」や「ロザリオは私の武器」と言った信徒たちを励ます言葉が並んだ。聖職者として力強い存在だった神父は、惜しくも1968年に逝去した。そこから40年後、この神父の遺体が墓地から掘り起こされ、ミイラ化した遺体にも関わらず、当時の大衆から神聖なる存在として祀られ、ピオ神父を一目見ようと大勢の大群が神父のミイラが飾られている教会に集まった。まるで、この世の終わりに説教を聞きに来たとでも言わんことではない。聖職者の遺体を掘り起こす行為は、有り得ない事ではなく、この行為に隠されているのは人間の生と死の狭間に存在する崇高な何かだ。一度死んだ者を死者として奉るのではなく、蘇った神のような存在として崇める信仰心のその奥にあるのは、私達人間の存在に対する在り方だ。この映画は、ある画家が描いたとされる一つのフレスコ画にまつわる恐怖物語だが、イタリア語で「新鮮」を意味するフレスコという言葉の通り、人間の生と死には鮮度を保たなければならない決まりがあるからこそ、生き地獄を味わう犠牲者の最後の断末魔が必死に「生きたい」と最後まで抵抗する動物的本能に神が授けしパワーの源が存在する。映画『笑む窓のある家』に関して、過去に作品に対するレビューが発表された。それは、2016年頃の事だ。以下、一部抜粋した評を掲載する。

「笑う窓のある家は、ボローニャ地方のマラルベルゴの近くにありましたが、映画好きの巡礼を企画しても意味がありません。なぜなら、もうそこにはないからです。映画の舞台となった場所を実際に巡るには、コマッキオ地区まで約70キロも行かなければなりません。そこは沼地、秘密、漁業、そして近親交配への疑惑で知られる地域で、ゴロの不道徳な事件により近年再び話題になっています。アリオストは『狂えるオルランド』の中で、この地をこう描写しています。「…そして、海に浸かった沼地に囲まれ、ポー川の両河口を恐れる街。そこに住む人々は、海の荒波と風の荒波を切望している。」プピ・アヴァティと弟のアントニオ(原作と脚本の著者で、脚本はマウリツィオ・コスタンツォとアヴァティの「最も忠実な」ジャンニ・カヴィーナとも共同執筆)は当初、呪われた絵画、マゾヒスティックな画家、女司祭の物語を海外、つまり米国で設定しようと考えていたという説もあるが、それも不思議ではない。当時のイタリアのホラーやスリラー映画の多くは、ダリオ・アルジェントの『サスペリア』のフリブールから、セルジオ・マルティーノの『ウォード夫人の奇妙な悪徳』やマリオ・バーヴァの『ニュルンベルク城の恐怖』のウィーン、ルチオ・フルチの『シティ・オブ・ザ・リビングデッド』のジョージア州や『ザ・ビヨンド』のルイジアナ州まで、海外のロケ地を利用していたからである。アヴァティ自身も、その後数年間、アメリカ合衆国に恐怖を持ち込むことになる。それは、監督自らが脚本を書き、ファブリツィオ・ラウレンティに演出を委託したテレビミニシリーズ「夜の声」で実証されている。ナレーションの一部はセントルイスで行われた。しかし、先ほど挙げたタイトルと比較すると、そのような選択は『笑う窓のある家』にかなりのダメージを与えただろう。制作から40年を経て、アヴァティの優れた直感はまさにあの陰鬱で人の住めない場所にこそあるが、イタリアの観客にはその場所が完璧に認識できるということが、これまで以上に明らかになっているように思える。イタリアン・ゴシックを偉大にしたスタジオで再現された暗いおとぎ話の世界への逃避は去り、『知りすぎていた少女』のローマから『深紅のトリノ』のトリノに至る探偵小説の大都市にも別れを告げた。恐怖は今ここにあるが、イタリアの地方の襞に潜み、表面的にしか見分けがつかず穏やかで心地よい。どんな厳しさも隠し切れないように見える、長く果てしない地平線が広がるポー平原は、『カウンターパス』の執筆には理想的な場所なのだ。アヴァティがしばしば述べるように「誇り高き地方性」を帯びた最初の二作でさえ、不気味で常軌を逸した、怪物的な爆発とは裏腹に、重苦しい静寂が漂っていた。三作目『男爵と聖人とフィオローネのいちじくの木のマズルカ』は、ラヴェンナ県を舞台にボローニャとフェラーラで撮影され、グロテスクな喜劇調でありながらも、「狂気」の片鱗が垣間見える。」(※9)と書かれており、狂気のそのものに宿る人間の底知れぬ欲望には、狂気以上の狂気を感じて止まない。たとえば、幼児を捌け口にして性欲を満たそうとする愚か者、金の欲に誘惑されて金銭的犯罪を犯す愚かさ、自身の存在意義を世間に知って欲しいと凶悪に走る孤独者は皆、恐怖の対象が自身の中にあるとは気づかなかったその一方で、死んでも尚、人々に不思議な力を誇示する神父の存在に狂気じみた者を感じてしまうだろう。

最後に、映画『笑む窓のある家』は狂い死にした画家のフレスコ画に秘められた恐るべき謎を描いた、イタリアの異色サイコスリラーだが、単なるホラーやスリラー、サイコパス映画ではない。絵画に関する恐怖の対象に対して、サイコパスが「笑む窓のある家」でシリアルキラーとして暗躍する姿を描いているが、これが単なるクライム映画や殺人ものの映画として捉えるのではなく、私達人間が持つ途方もない軽薄な強欲を暗喩を批判している。殺人を犯したいと欲に駆られて、周りが見えなくなった時、本当のモンスターが誕生する。幽霊やお化けよりも怖いものがあるとすれば、それは私達自身が持つ「心」そのものだ。

映画『笑む窓のある家』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)【心理学部】犯罪心理学的観点から見た無差別大量殺人犯に関する7つの特徴 ―油を撒いて火を放ち、刃物を振り回した小田急線と京王線事件の判決を顧みて―https://www.kuins.ac.jp/news/2023/07/7_4.html#:~:text=%E7%89%B9%E5%BE%B4%E2%91%A2%EF%BC%9A%E5%A4%A7%E9%87%8F%E3%81%AB%E4%BA%BA,%E8%87%AA%E5%B7%B1%E9%A1%95%E7%A4%BA%E6%AC%B2%E3%82%92%E6%BA%80%E3%81%9F%E3%81%99%E3%80%82(2025年1月5日)
(※2)柏連続通り魔事件の犯罪心理学 : プライドは高いが自信がない? : 自己否定と社会への復讐https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/38e674f8a8ac6741dffd6ac60d8a7ad4809447b3(2025年1月5日)
(※3)鳥栖市の両親刺殺「つらい思いさせ、覚えがないのかと怒り」…すれ違った父子関係https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20230912-OYTNT50051/(2025年1月5日)
(※4)女児18人にわいせつ、保育士に実刑判決…性的欲求満たそうと資格取得https://www.yomiuri.co.jp/national/20230203-OYT1T50402/(2025年1月5日)
(※5)茨城一家殺傷 容疑者が少年時の公判で語っていた攻撃衝動と性的衝動https://www.news-postseven.com/archives/20210509_1658162.html?DETAIL#google_vignette(2025年1月5日)
(※6)闇バイトに潜む危険性~匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)の関与とその影響https://info.sp-network.co.jp/blog/yamibaito-tokuryuu(2025年1月5日)
(※7)究極の存在「即身仏」-日本最古と日本最後の即身仏をめぐる-https://niigata-kankou.or.jp/feature/sokushinbutsu/top#:~:text=%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AF%E5%8D%B3%E8%BA%AB%E4%BB%8F,%E3%81%AB%E3%81%AF4%E4%BD%93%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2025年1月5日)
(※8)日本で土葬は禁止されてる?国内の土葬できる墓地を解説!https://ohaka-sagashi.net/news/doso/#:~:text=%E5%9C%9F%E8%91%AC%E3%81%AE%E3%81%8A%E5%A2%93%E3%82%92,%E3%81%AE%E3%81%A7%E5%8F%AF%E8%83%BD%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2025年1月5日)
(※9)La casa dalle finestre che ridonohttps://quinlan.it/2016/11/01/la-casa-dalle-finestre-ridono/(2025年1月6日)