映画『風よ あらしよ 劇場版』「「他人事」を「自分事」のように思える感覚」柳川強さんインタビュー

映画『風よ あらしよ 劇場版』「「他人事」を「自分事」のように思える感覚」柳川強さんインタビュー

2024年2月14日

野枝、生きます。映画『風よ あらしよ 劇場版』柳川強さんインタビュー

©風よ あらしよ 2024 ©️村山由佳/集英社

©Tiroir du Kinéma

©風よ あらしよ 2024 ©️村山由佳/集英社

—–まず、ドラマ版と劇場版では、大きな違いはございますか?

柳川さん:ドラマとして放送した時から、再度細かく編集をやり直しており、テレビの時に出てないシーンやカットを増やしています。それと音に関して、映画版では音楽を極力少なめにしました。エンディングテーマを唄うKOKIAさんの歌が素晴らしく良かったので、その歌がエンディングでより心に響くようにしようと思ったからです。それによって何が良かったかと言われれば、「風よ あらしよ」のタイトル通り、撮影現場では風や雨を降らす演出をしていたのですが‥、その音がSEの効果音として前面に押し出せるようになり、野枝が置かれた過酷な状況を心理的により感じられるようになった事です。音の表現は、映像表現よりダイレクトに心に響くので…。伊藤野枝の28年の疾風怒濤の短い人生が、劇場空間の中で、よりダイナミックにダイレクトに感じられるようになったのではないかな、と考えています。

—–音にまで注力していませんでしたが、音で彼女の心情や人生、信念を載せて表現されているお話をお聞きして、いいお話を聞けたと思っています。

柳川さん:音の方が、心情表現できるんです。この点は、凄く大切にしていました。

—–タイトル「風よ あらしよ」には、あの男尊女卑に対して、抗い続けようとする平塚らいてうや伊藤野枝さん達の熱い意思を彷彿とさせるものがあると私は感じましたが、柳川さんはこのタイトルに関して、作品との相性をどう考え、捉えていますか?

柳川さん:タイトルに関して言えば、これは原作のタイトルを踏襲しています。原作を基にしている以上、タイトルを変える事は思い付きませんでした。この言葉「吹けよ あれよ 風よ あらしよ」は、伊藤野枝自身が残した言葉です。生前、野枝が色紙に書いている言葉ですが、それは彼女の生き方のひとつの象徴だと思います。「風よ あらしよ」と言いながら荒れすさぶ海岸に彼女が立っているイメージがありました。立ち向かって行く対象に対して、自身がどう向かって行くのか、何があっても負けない、向かって行くという野枝自身の意思表明だと思います。原作と出会った時から、秀逸なタイトルだなと感じていました。伊藤野枝を主人公にした物語である以上、なかなかこのタイトル以上のものは浮かばない感じがします。

—–正直、野枝自身を表している言葉ですよね。だから、本人も色紙に言葉を残したのは、何か自身の強い信念をこの言葉に託していると、私は受け取りました。正直、私は伊藤野枝という人物を初めて知りました。平塚らいてうは、名の知れた女性運動家だったと思います。この方を存じ上げてなかったのは、お恥ずかしい話です。この作品を通して、この方の存在を私は知って、この時代の女性運動の流れをもっと深く知りたくなりました。活動家の方は、他にもおられたと思います。もっと言葉や本を残しているはずですが、結局取り上げられるのは平塚らいてうだけ。だから、この作品のおかげで、この時代を知る契機にもなりました。伊藤さんが残した著書が、沢山あることも初めて知りました。いつか、読んでみたくなりました。

柳川さん:たとえば、伊藤野枝という人物を通して、この時代の事を知りたいと思える方が一人でも二人でも増えてくれればいいと願っています。

—–この方の人生を知る事がまた、これからに繋がって行くと感じています。その女性活動家の平塚らいてうは歴史上でも非常に有名で最重要人物だと私は思います。ただ、彼女を取り巻く関係者は伊藤野枝さんの視点から本作を描いた事によって、この時代の何が映って見えると思いますか?

柳川さん:そうですね。らいてうではなく、野枝の視点から何が見えるのか?

©風よ あらしよ 2024 ©️村山由佳/集英社

—–多くの場合、らいてうさんの視点で描かれる事が多いと思います。私が知る限りでは、今までこの方の視点の物語は、ほぼなかったのではないでしょうか?

柳川さん:ほぼ、ないと言っても過言ではないですよね。かろうじて、1960年代に松竹ヌーヴェルヴァーグの吉田喜重監督が映画『エロス+虐殺』で、伊藤野枝と大杉栄を映像化しています。ただ、この作品は60年代の社会状況と、大正時代の野枝・大杉栄をコラージュするような作品で、いわば前衛的な映画だったと思います。私も大好きな作品です。ただ、野枝と大杉の人生を真正面から描いたか、と言われれば、そういう事でもないので、TV・映画で、伊藤野枝の28年の人生そのものを描いたのは初めての試みだったと思います。演劇ではあったのですが…。その点は、誇らしく思っています。質問の答えに戻しますが、言ってみれば、平塚らいてうは表の歴史です。教科書にも紹介されており、彼女の言葉「原始、実に女性は太陽だった」は女性たちの解放を訴え、活動の狼煙を上げた女性解放史の白眉を飾る言葉です。その言葉を初めて聞いて胸を高鳴らせ、自分自身も何かできると思って田舎から出てきた女の子・伊藤野枝が、どんな事を考え、どんな活動をしたのか。最終的には権力に抹殺されてしまうので、歴史に埋もれてしまった…、野枝は平塚らいてうとは違って、当時の女性運動の裏の歴史を担っていると言えば分かりやすいのかもしれません。当時の女性の中で華々しい動きを示したのは、らいてうの他に、大勢いますが、伊藤野枝を描く事でもしかしたら今後、こういう人達にもスポットがあたる可能性もあります。

—–舞台やドラマ、映画含め、今ここで、この方を取り上げてなかったら、伊藤野枝という人物は、恐らく、ずっと昔の存在のまま、この先もずっと知られる事なく、見過ごしてしまう可能性もあると思います。でも、今ここで一つのターニングポイントとして、100年経った今、彼女の人物像を映画として描く事によって、当時の裏の歴史に対して、光を当てる事がどれほど大切かだと思います。伊藤野枝だけでなく、歴史上にもっと多くの人物がいると思えば、たった一人に対して光を当てる事が、本当に大切で尊く思います。

柳川さん:脚光を浴びた人だけでなく、地べたを這いつくばって歴史を作った人に灯をあてる事が大切ですよね‥。

—–勇気を持って、自身の声を上げる事は大切ですが、本作の主人公である伊藤野枝の思想には、共感できる部分もあります。たとえば、いい意味で他人の意見を聞かずに、自分本位な一面があり、すごく自由に生きていると思います。その姿に関して言えば、私は非常に羨ましくもあり、共感できる一面です。その反面、周囲に合わせる協調性も必要ですが、自由に生きて誤った事に対して正しい考えを唱える伊藤さんの姿を通して、彼女から私たちは何を学べると思いますか?

柳川さん:それは、観る人によって、色々受け取り方があると思います。この映画を観て、どう思われましたか?

—–私としては、間違った事に対して声を上げたい人間だと思います。たとえば、戦争に対してちゃんと「No.」と言える言葉も必要だと思います。災害に関しては、「もっと支援を」と。それを伊藤野枝の姿を通して、改めて、再認識させられました。私ができるのは、街中に立って活動する事ではなく、文章を通して、もっと訴える事。恐らく、伊藤野枝も文章を通して訴え続けて来た人物だと思いますが、そんな姿を私はこの映画から学べると思っています。もっと一般的な話をすると、結局、100年経っても、現状は変わっていません。去年は、たとえば、元陸上自衛隊の五ノ井里奈さんの告発(※1)、元舞妓の桐貴さんの告発(※2)、日本の映画業界における性加害の告発も増えて来た背景もあり、環境は変わって来たと思いますが、それでも、まだ言葉に出せない環境や人がたくさんいるのは事実であり、それが一般層の現実だと受け止めています。今、これに近い環境の中にいる方が、この作品を通して、声を上げる事は大切、と思える学びになったらいいと、私は思います。

柳川さん:まったく、その通りだと思いますよね。声を出す勇気は大切ですが、逆に、その勇気の裏にはどれだけ傷つく日常もあるのか、そういった事もこの映画では描いたつもりです。今、仰られた事でプラスすれば、いかに「他人事」を、「自分事」として考えられるかという事も野枝を通じて描いています。たとえば、谷中村の事を聞いた野枝は涙して、その時に夫の辻潤には、「あなたは、それを感じないんですか?」と問い詰め、結局、この谷中村に対しての考え方の違いが離婚の原因にもなるんです。「他人事」を「自分事」として考えられる野枝の能力といってもいい、彼女の感性は素晴らしいと思いました。もしかしたら、ほとんどの人が持ち合わせていない感性かもしれないですね…。でも、「他人事」を「自分事」のように思える感覚は自分も見習うべきだな・・と思っています。

—–生まれ持った能力だと考えられます。また、能力ではなく、才能かもしれないですよね。自分が経験している事だからこそ、同じ悩みを抱えている他者にも同じ事をしてあげたいというその姿勢は、産まれ持ったものでもあり、生育環境も左右されると思います。だから、この方にしかないものもたくさんあったと思います。私は、本作のワンシーンで言いますと、街中に出て、掃除婦の方に労働時間や労働環境について自身の足を使って取材する姿は、恐らく、今で言うジャーナリストだと思います。伊藤野枝は、元祖女性のフリージャーナリストだと、彼女の姿勢は凄く大切だと実感させられました。

柳川さん:彼女の場合、どこかの会社に雇われている訳でもなく、自らが率先して話を聞きに行く行動力の賜物。その点は、フリージャーナリストであり、発表先が確約されていない中、調べて書く姿勢は素晴らしいと思っています。「自分事」として感じられる能力が、行動力と実践も伴っている感じですよね…。

—–平塚らいてうや伊藤野枝たちが活動した時代に比べ、今の時代は女性問題や男尊女卑の価値観に対して多少良くなりつつあるのかなと思います。たとえば、女性が社会に進出しやすくなりつつある今、それでも、過去の名残りはあらゆる場面で残っていると私は考えますが、本作が今の世に生まれた事によって、社会にどう作用する何かお考えはお持ちでしょうか?

柳川さん:少しでも作用すればいいですが、僕らフィクションの作り手は、作った後は観客がどう捉えるか、という所は、観客の皆さんにゆだねています。そこは、自由に鑑賞して、自由に受け取って頂きたいと願っています。映画のメッセージは、作り手と観客が一緒になって作っていくべきものと考えていますので、逆に皆さんにどのような作用を及ぼすのか、楽しみにしています。

—–映画が、大きく作用しないと思いますが、これを観た一人の方が、私のように、この女性について興味を持つ事だけでも、一歩前進だと思います。

柳川さん:演劇の方が、その場で拍手もらえますので、作品に対する観客側のリアクションを知る事が出来ますが、映画は、スクリーンの向こう側に観客がいますので、伝わり方が未だによく分からない一面もあります。最近では、SNSの発達で人々の反応もリアルタイムで知れるようにもなりました。少しでも何かが伝わればと願っています。

—–最後に、本作『風よ あらしよ 劇場版』が今後、どう広がって欲しいとか何かございますか?

柳川さん:今、おっしゃったように、大正時代や女性解放運動に興味がある方には、観て頂けると思います。そうではなく、明治時代、大正時代の女性解放運動を全く知らなかったり、伊藤野枝の存在を全然知らない方に観て頂きたいと思います。特に若い人にも。主役の吉高由里子さんは大河ドラマの主役を演じているので、ちょっと興味がある、観てみようぐらいの軽いノリでまずは観て頂ければな・・と思っています。そうした皆さんが、逆にどんな感想を抱くのか?どのようなメッセージを受け取るのか、受け取らないのか、ともかくも劇場に足を運んで頂きたいな・・と思っています。

—–貴重なお話、ありがとうございました。

©風よ あらしよ 2024 ©️村山由佳/集英社

映画『風よ あらしよ 劇場版』は現在、関西では大阪府のシネ・リーブル梅田第七藝術劇場なんばパークスシネマMOVIX堺。京都府のMOVIX京都。兵庫県のキノシネマ神戸国際。奈良県のシネマサンシャイン大和郡山にて上映中。2月16日(金)より京都府の京都シネマ。3月15日(金)より兵庫県の洲本オリオンにて公開予定。兵庫県の元町映画館シネ・ピピアは近日公開予定。また、全国の劇場にて公開中。

(※1)五ノ井さん性暴力訴えた事件 陸自元隊員3人 有罪判決確定https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231227/k10014301161000.html(2024年2月10日)

(※2)《元舞妓告発から1カ月》桐貴さんの訴えを封殺する“花街の体質”から見えてきた“お座敷セクハラ”が横行するワケ「舞妓は“子ども”なので『わからしまへん』と返すしかない」https://bunshun.jp/articles/-/56163?page=1(2024年2月10日)