映画『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』今を見つめる勇気

映画『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』今を見つめる勇気

恐怖の夜を生き延びろ!映画『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』

©2023 Universal Studios. All Rights Reserved.

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恐怖の5日間が、始まる。あなたは、この得体も知れぬ恐怖に耐えられるか?過去に起きた真相さえも、誰にも教えてもらない。ヴィジュアルが非常に恐ろしい人間と同じ等身大の人形達が、無言で出迎えてくれる廃墟のレストラン。誰もあなたを助けない。一人、また一人と姿を消す。その建物には、秘密とされた過去の忌まわしい出来事が、大口を開けて訪問者を待ち受ける。誰も生きて帰って来れた者はいない。失踪者の消息は、誰も知る由がない。この建物の先には、一体何が待ち受けているというのだろうか?寂しげに訪問者を待ち続ける五体の機械仕掛けの人形たち。街の隅っこに取り壊されずに、長い年月、誰かの存在を求め続ける廃墟は、私達の存在までもを飲み込み、覆い尽くそうとしている。過去の過ちから心を閉ざした主人公の青年は、その呪縛から解き放たれる事もせず、ずっと記憶の迷宮に惑わされている。無意識的に目の前の現実を見ないように視点を反らし、悲劇のヒロインを演じるように、ただひたすら自身の過失を悔いるばかり。本作『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』は、弟が謎の失踪を遂げ、事件の悲しい記憶から立ち直れずにいる青年マイク。妹アビーの親代わりとして生計を立てるため必死に仕事を探す彼は、廃墟となったレストラン「フレディ・ファズベアーズ・ピザ」の夜間警備員として働くことに。「モニターを監視するだけ」という簡単な仕事のはずだったが、妹を連れて深夜勤務に就いたマイクは、かつてそのレストランの人気者だった機械仕掛けのマスコットたちが眼を怪しく光らせながら自ら動き出す姿を目撃。マスコットたちはかわいらしい姿から一転して凶暴化し、マイクや廃墟の侵入者を襲い始める。本当の恐怖は、この廃墟と化した古いレストランでも、人々を襲う五体の機械仕掛けのマスコットでもない。本当に恐ろしいのは、過去の悲しみから立ち直れず、現実から目を反らして、必死に可哀想な「俺」にしか目を向けていない青年本人だ。幼い頃の悲劇を人知れず背負っている自身が、一番可哀想とでも自ら言いたげなその態度こそ、人間の底知れぬ恐ろしさを感じて止まない。孤独や悲しみしか知らない人間は数多くいるかもしれないが、皆一様に自身と立ち向かい、乗り越えようとしている。その一方で、何一つ努力もせず、必死にその恐怖と立ち向かおうと振りをする青年の存在こそが、恐怖の塊であると私達は気づく必要がある。

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本作『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』を支える主な題材は、幼い頃に自身の目の前で誘拐された弟の存在に長年苦しむ青年の苦悩だ。唯一、弟の誘拐を目撃した兄が、当時は助けられず、行方不明となった大切な弟の存在に対して、成人した今でも、他人の子どもを助けたい一心で他者に殴り掛かる粗暴な大人に成長した。でも、彼には唯一肉親となる幼い妹を抱えているが、その粗野な性格が邪魔をして、弟だけでなく妹までをも奪われそうになる。兄妹を引き離さないという条件の元、青年は街の片隅にある廃れた元レストランの夜勤専門の警備員として配属される。配属された一夜から弟が誘拐された時の悪夢に悩まされ、現実と夢の狭間で翻弄させられる物語だ。本作は、弟の失踪と今目の前にいる大切な妹の存在との間に挟まれて、現実と妄想に押しつぶされそうになる。現在、アメリカの子どもの失踪(※1)は、年間80万人と推定されている。その原因は、様々あるようだが、主にチャイルドポルノや臓器売買、売春業者や性的変質者の餌食になるか、夫婦の離婚に起因する行方不明事件が事の発端とされる場合もある。また、日本では考えられないが、何割かは悪魔崇拝の犠牲になっている場合もあると言われている。本作の青年の弟が、どんな目的で誘拐されたのかは、本人含めて誰も知る由もない。ただ、ある日突然、車の後部座席に押し込められて、猛スピードで誘拐車が走り去るだけ。そこに為す術もなく、幼少期の頃の青年が取り残される。アメリカには、子どもが誘拐された時、各々のスマートフォンが一斉に鳴り出す「アンバーアラート」(※2)という警告装置が存在する。日本で言うならば、携帯電話が突然鳴り出す緊急地震速報やテレビの緊急速報に近い存在と言われている。そして、このアラートが鳴ったら、近くに何か事件が起きている証拠。スーパーの駐車場、高速道路の渋滞中、隣同士の車の中、それはどこでも関係なしに鳴り響く。アラートが鳴ったら、人々は慎重に行動しなければならない。子どもの命を付け狙う下劣な人間が、近くに潜んでいるかもしれないからだ。また、この「アンバーアラート」の「アンバー」は昔、アメリカで誘拐された少女の名前から取って名付けられている。アメリカ人の児童誘拐に対する反省と防犯意識が、ここで現れている。アメリカで最も知名度のある誘拐事件(※3)は、アダム・ウォルシュ誘拐殺人事件とアンバー・ハガーマン誘拐殺人事件、ジョンベネ誘拐殺人事件の名が上がる。また2023年の年末、イギリスでは6年前に失踪とされていたイギリス人少年が、フランスで発見されるニュース(※4)が世界中を駆け巡った。この失踪事件の背景には、両親の親権争いと宗教絡みだったと言われている。日本でも数年から数十年間隔で、子どもの失踪事件の報道が成されるが、それはほんの一部で、その背景には報道されない失踪事件が数多くあると認識する必要がある。

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また、この作品にある実験的裏設定には、過去を乗り越え、どう今を受け入れるのかという人間の心理的成長にある。昔の悲しい出来事に対して、強い責任感や不条理感に押しつぶされそうになりながらも、今を必死に生きようとする青年の姿が切なくて、痛々しい。毎夜、悪夢に魘され、その都度、あの時の行動について振り返り、夢の中では現実に起こった出来事とは違う結末を願う。元レストランの夜勤勤務中には、今までと違った悪夢を見始め、その夢が示す真実には、もしかしたら、誘拐された弟が生きているかもしれないという幻想の中の希望。過去に縋る男の瞳の中には、今を生きる現実やたった一人の肉親である妹の苦悩は入らない。どこまでも独善的で、身勝手な行動が家族や他者を振り回し、相手の心を傷付ける。つらく悲しい過去を乗り越えるには、どうすれば良いのか。私自身の実体験の場合は、現実とのギャップや理想とは違う真実に直面したから、目が覚めた一面もある。自身が求めていた理想と目の手の現実が乖離するばする程、過去との接点から気持ちが離脱するのではないだろうか?どうやって人は、過去の出来事を忘れる事ができるのか?これを心理学の側面から考えた時、過去の出来事や逆境を乗り越える事を心理学では、「レジリエンス心理学」(※5)と呼んでいる。この心理学が働く時、3つの効果が現れると言う。それが、1.全ては学びだと考える2.矛盾する性格をもつ3.運命は自分で決めるの3つのどれかが、人の深層心理の中で働くと言う。本作の主人公の場合は、3.の運命は自分で決めるに該当するのかもしれない。恐怖の5日間を乗り越えた彼は、過去との訣別を理解し、今ある幸せに気づけたのかもしれない。失踪した弟が大切か、それとも今目の前にいる妹が大切か。起きてしまった出来事は変えることができないが、今起きている出来事は自身の判断で、未来を作り上げる事ができる。過去か現在、そして未来、どれを選択するかによって、その人自身の生き方が変わる。それを体現できたのが、本作の主人公だ。過去に囚われ、過去に執着した彼が今まで見失っていた大切なものに気付けた時、構築されるであろう未来が変わる。今を受け入れる事をアドラーの心理学で言えば、それは「自己受容」(※6)。過去の自身を諦める事が、今の自身を受け入れる事だと解説するが、この作品の人物に限っては、私はそう思わない。彼は、失踪した弟の存在を諦めた訳ではなく、失踪した事実すべてを前向きに捉え、あの5日間で次の未来を歩む切符を手に入れたに過ぎない。私達は、今を生きる大切さを自身の行動で示したくれた青年の未来の幸福を願わざるを得ないだろう。本作を制作したエマ・タミ監督は、あるインタビューにて作品の最も重要な部分について聞かれ、こう答えている。

Tammi Director:“Scott really felt like the core of the story was Mike’s journey, of course. Also his relationship with Abby and that family drama and that dynamic between the two of them really hit a strong chord for me. I really also felt like that that was the heartbeat of this film.”(※7)

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タミ監督:「物語の核心は、マイクの旅である、と本当に感じていました。また彼とアビーの関係、家族ドラマや二人の力関係は、私にとって本当に心の琴線に強く触れました。それが、この映画の醍醐味だと私も本当に感じています。」と、主人公の青年と彼の妹との関係性について、言及している。この二人の関係性が、本作の物語の主軸だ。この点に注力する事が、作品理解への一番の近道だ。ただ、怖がらせるためにだけに、本作が制作された訳ではなく、ドラマパートである兄妹の絆にも注目して欲しい。

最後に、本作『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』は、失踪した兄弟の存在に翻弄される男の苦悩を恐怖タッチに描いた作品だ。制作サイドは、ゲームクリエイターとの話し合いを何度もする必要があったと話すが、この原作サイドを大切にする姿勢は、日本側も学んで欲しい。ビジネスとは、お金を稼いでナンボという価値観もあるが、それだけではなく、相手の想いを労う心や作品への愛を示す事もまた、ビジネスをする上で大切だ。いかに、コミュニケーションが円滑できるかで、状況は変わって来る。また本作の登場人物は皆、一様に何を考えているのか、どんな行動を取るのか、まったく予測できない。なぜに対する答えが出ないまま、物語だけが進み、登場人物の関係性や相関図がほとんど、説明されていない。この点は非常にツッコミ所でもあるが、裏に返せば、謎が謎を呼ぶからこそ、恐怖は倍増する。人物達の存在価値や行動理由がまったく読めないからこそ、この作品は恐ろしいのである。ただ、それでもこの作品が成功しているのは、過去のトラウマを乗り越え、今を見つめる勇気について、私達に伝えてくれている作品である事は間違いないだろう。

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映画『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)アメリカは異常なまでの誘拐大国。年間80万人の行方不明児童たちhttps://rapt-neo.com/?p=8495(2024年2月17日)

(※2)アメリカ未成年誘拐事件早期解決策:アンバーアラートとは…https://uloulog.com/archives/724(2024年2月17日)

(※3)アメリカの最も有名な子供失踪事件【3選】アダム法制定・アンバーアラート・疑惑の家族https://lifeups.net/c/0nsa54py(2024年2月17日)

(※4)6年前に誘拐されたイギリス人少年をフランスで発見 スペインを訪れたあと行方不明にhttps://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000328498.html(2024年2月17日)

(※5)逆境を乗り越える人たちに共通する3つのことhttps://www.earthship-c.com/motivation/ideas-to-overcome-adversity/(2024年2月17日)

(※6)アドラー心理学⑯現実を受け入れられない人はどうしたらいいの?https://psycho-dive.com/adler-self-acceptance-second/(2024年2月18日)

(※7)‘Five Nights at Freddy’s’ Director Says Collaborating With Game Creator Was ‘Essential’:‘Encyclopedic Knowledge of the Lore’https://www.thewrap.com/five-nights-at-freddys-director-emma-tammi-interview/(2024年2月18日)