映画『ドールハウス』母親の強い悲しみをどう救い、どう支援するか

映画『ドールハウス』母親の強い悲しみをどう救い、どう支援するか

家族が人形に翻弄されてゆくスリリング・ミステリー映画『ドールハウス』

©2025 TOHO CO.,LTD.

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これは、誰にでも起こり得る物語だ。我が子を亡くした悲しみを紛らわすように、骨董市で出会った不思議な人形の呪い。人には、嫉妬心、羨望心、悋気感、孤独感など、様々な感情を持っている。それは、人形の中に宿る霊魂も同じ。生前に抱いた人の心の感情は、死んだ後も何かに残り続ける。でも、その感情そのものが、人形の持ち主の感情だったら?深く悲しむあまり、所有者の強い感情が人形に伝染していたら?勝手に動くのも、話しかけられたように感じるのも、何度も手元に戻ってしまう不可思議な現象もすべて、人形のオーナーの感情が移った結果であるなら、人形の中にある霊魂の存在より所有者の救われない感情が残り続ける方が不憫に思う。不慮の事故や不治の病で子を亡くした親のやり切れなく、寄る辺ない虚しさを凌ぐ方が最優先事項だ。その感情を持ち続けてしまうから、出処の分からない奇妙な人形に自身の寂しさを託してしまうのだろう。その託し先を人形に持って行くのではなく、もっと違う何かに頼れる環境を作らなければならない。映画『ドールハウス』は、亡き娘に似た人形に翻弄される家族の恐怖を描いたミステリー映画。怪奇現象が起きる人形の存在に恐れ慄くよりも、我が子の死に奮戦し切れない母親の言動に恐怖があると感じ取る事もできる。悲しみに支配された親をどう支援すれば良いのか、そのヒントがこの物語に隠れているのだろう。

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日本全国、子どもの死が絡む事件事故は毎日起きている。たとえば、夏場になれば、水難事故による子どもの事故死がクローズアップされている。プールで、海で、河川で、水場では必ず水難事故に巻き込まれて命を落とす子どもが多くいる。今年もサマーシーズンに突入したが、8月の本格的な夏場になる前の7月時点で、既に多くの海難事故が何件も起きている。たとえば、7月30日午後3時40分頃、和歌山県紀の川市桃山町段新田の紀の川にて、中学1年生の男子生徒(12)が、溺れて死亡している。今年の7月の1ヶ月だけでも、10人死亡1人心肺停止、2人行方不明と立て続けに事故(※2)が起きている。去年からの一年間の間に、水の事故に巻き込まれた件数は、全国で1500件あまり。過去10年で最多(※3)と言われている。水難事故に遭う年齢層は、下は10代前後の子どもから上は60代以上のシニア層まで。誰もが、水害事故は避けられないが、その中でも10代前後の若年層の死亡事故が後を絶たない。子どもの突然死は、水難事故に留まらない。日本での子どもの死因のランキング(※4)では、乳幼児期の「不慮の事故」が最多となる。特に窒息や交通事故、溺水などが主な原因とされる。学童期以降では、自殺が死因の第一位に挙げられる。乳幼児期(0歳)の死因の原因は、1位:先天奇形,変形及び染色体異常、2位:乳幼児突然死症候群 (SIDS)、3位:不慮の事故(特に窒息)。1歳から4歳では、1位:不慮の事故、2位:交通事故、溺水。5歳から9歳では、1位:不慮の事故、2位:心疾患。10歳から14歳では、1位:自殺、2位:悪性新生物(腫瘍)、3位:不慮の事故という年代別の死亡順位が発表されている。また、10代以上の学生における死亡原因として挙げられている自殺件数は、過去最多の529人(※6)とあり、水難事故だけでなく、子ども達の自殺も深刻だ。おととし8月、大阪市内の中学校に通っていた当時3年生の男子生徒が自殺した問題(※7)では、部活内のいじめが最大の要因だったとする報告書をまとめた。子どもの死因は、様々な要因があり、事故死、突然死、自死など、子どもを取り巻く環境によって左右されるが、その死で最も自身を責め、傷付いているのは親本人だろう。母親は、亡くなった自身の子どもを守れなかったと自らを責め続け、メンタル的に追い詰められる。子どもを亡くした親の心理的状態には、悲嘆反応、うつ状態、夫婦関係の変化、身体的な症状があり、悲しみを乗り越える為のグリーフケアが必要とされる。もし、兄弟姉妹の子どもが他にいる場合、生きている子どもには死への理解を教え、悲しみの表現を出せる環境を作り、家庭内で安心感を与え、その先に専門家への相談がある。そして何より、周囲のサポートや支援が母親の精神を立ち直させる。

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その支援の一つとして、ドールセラピー(※9)が推奨されている。ドールセラピーとは、「リボーンドール」とも呼ばれ、10年ほど前に海外で生まれ、亡くなった我が子に生き写しで作られる赤ちゃん人形であり、多くの母親の悲しみを癒す存在として注目を浴びている。特に、亡くなった子どもに似た人形を抱き、愛情を注ぐことで、心のケアを試みる方法。他にも、認知症ケアや高齢者介護の現場で、ぬいぐるみや人形を使って、感情やコミュニケーションを促す治療法として受け入れられている。ドールセラピーの目的は、子を亡くした母親の心を癒す手段として用いられ、心のケア、感情の表現、日常生活への復帰が望まれているが、その一方で、注意しなければいけない点もある。それは、過度に依存してしまう人形への依存。セラピーが有効かどうかは、個人の状況次第。そして、専門家との連携が必要とされる。子どもを失った親の心のリハビリには、このドールセラピーが最も有効的な方法かもしれないが、一歩間違えれば、この治療法が思わぬ方向に転じる。それこそが、この映画が描いている風景だ。現実と虚構が綯い交ぜになった結果、人形を本物の我が子のように扱うようになってしまう。また、人形への過度な依存が、ある時突然、勝手に動き出したり、喋り出したりと、家の中で不可思議な怪奇現象を起こす引き金にもなり兼ねない。

Haunting moment Second World War ventriloquist doll BLINKS

実際の映像として、海外の動画ではあるが、この「ミスター・フリッツ(Mr Fritz)」(※10)と呼ばれる1940年代に作られた腹話術人形は、第2次世界大戦時にポーランドのナチス・ドイツの捕虜収容所に収容されていた元腹話術師のアメリカ人により作られたとされているもの。終戦後、アメリカに運ばれ、サウスカロライナ州マートルビーチの骨董品店に置かれていたが、ある日、英国へと渡った。動画には、ガラス製ケースの扉が勝手に開き、人形の目と口が動く姿が映されている。実際に、勝手に動く人形は世界中で確認されているのも事実であり、私自身、否定的な意見は持っていない。だがしかし、この物語に登場する人形は、霊的な存在ではなく、子を亡くした母親の悲しみや願望が、人形に乗り移り、母親の瞳には恐怖の対象として写っていると考えられる。悲しみが深過ぎる余り、人形への依存状態となり感情が伝番してしまったのだろう。映画『ドールハウス』を制作した矢口史靖監督は、あるインタビューにて、本作の人形について、こう話す。

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矢口監督:「映画に登場する人形は「生き人形」と呼ばれて江戸時代から現在に至るまで作られてきたんです。生き人形が家の椅子に座っていたら人間なのか人形なのか分からない。すごく不気味だし、映画になると思ったんです。今回はまず、誰もが愛したくなるようなかわいい人形として撮りました。主人公の夫婦が自分の子どものようにアヤちゃんをかわいがっていたのに、子どもができてからはアヤちゃんへの愛情は薄らいでゆく。そこにもゾクゾクしほしかったんです。夫婦が立ち直っていくのを応援したい気持ちと、アヤちゃんがかわいそうだと思う気持ち。その両方を観客に感じてもらうことで、アヤちゃんが一人のキャラクターとして映画の中で動き始めるので。」(※11)と話す。日本の「生き人形」とは、等身大で生身のように見える人形の事。江戸時代には見世物として人気を博し、物語の登場人物をリアルに表現したものが多く作られました。また、怪談として語られることもしばしあり、特に稲川淳二の怪談話として有名(※12)。幕末には、見世物興行の1つとして人気を博し、等身大の人形を制作して、いかに生身の人間に見えるかを技を競い合っていた。日本の古典的な伝統工芸品の一つとして捉えても良いが、いつの間にか、恐怖の対象として一人歩きしている「生き人形」は、私達が抱く様々な感情を背負っているようでもある。

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最後に、映画『ドールハウス』は、亡き娘に似た人形に翻弄される家族の恐怖を描いたミステリー映画ではあるが、見方を変えれば、ある種のヒューマン・ドラマだ。失った子どもに対する喪失感から立ち直ろうとする母親の悲しみと奮闘が、一人の女性の姿から描かれるが、これは全国の子を持つ母親の姿を代弁している。また、子どもを亡くした母親の気持ちや感情も同時に包括している。映画は、世の中にいる苦悩する母親の姿や言動を表現する存在であって欲しい。人形に乗り移ったのは、前の持ち主の霊魂ではなく、悲しみに暮れる母親の強い感情が人形を通して現れているだけだ。全国には、何らかの理由で子を亡くした多くの母親がいるが、私達はその存在に見向きもしない。その母親の強い悲しみをどう救い、どう支援するかが今、問われている。

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映画『ドールハウス』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)紀の川で水難事故、中学生死亡 和歌山https://www.asahi.com/sp/articles/AST7Z7RL2T7ZPXLB001M.html(2025年8月1日)

(※2)晴天の連休、全国で水難事故発生 10人死亡1人心肺停止、2人不明https://news.yahoo.co.jp/articles/e7b64d66bd2b1c46cf0c168f6009ce0b613cc343(2025年8月1日)

(※3)「水の事故」去年1年間全国で1500件余 過去10年で最多https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20250619/1000118701.html#:~:text=%E8%AD%A6%E5%AF%9F%E5%BA%81%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%81%A8%E3%80%81%E5%8E%BB%E5%B9%B4,%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2025年8月1日)

(※4)⼦どもの不慮の事故の発⽣傾向
〜厚⽣労働省「⼈⼝動態調査」より〜https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/27467e16-c442-413b-9cf2-07f6edb24e26/38926ebb/councilschild-safety-actions-review-meetings2023_03.pdf(2025年8月1日)

(※5)小児の不慮の事故https://www.kanto-ctr-hsp.com/ill_story/201712_byouki2.html#:~:text=%E5%B9%B4%E9%BD%A2%E5%88%A5%E3%81%A7%E3%81%AE%E4%B8%8D%E6%85%AE,%E3%81%8C%E5%A0%B1%E5%91%8A%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2025年8月1日)

(※6)去年の児童・生徒の自殺 過去最多の529人 対策強化へhttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20250328/k10014762741000.html(2025年8月1日)

(※7)大阪 中3男子生徒自殺 “部活内いじめが最大の要因” 第三者委https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250512/k10014803361000.html(2025年8月1日)

(※8)子どもを亡くした家族への
支援の手引きhttps://sukoyaka21.cfa.go.jp/media/tools/s01_huni_tebi006.pdf(2025年8月1日)

(※9)【海外発!Breaking News】息子を亡くした悲しみを癒すため 「リボーンドール」を抱く母(豪)https://news.infoseek.co.jp/article/japantechinsight_325781/(2025年8月1日)

(※10)ガラスケースの中の古い腹話術人形に怪奇現象が!?深夜に目と口を動かす姿がカメラに捉えられる(イギリス)https://karapaia.com/archives/52283955.html(2025年8月1日)

(※11)長澤まさみ × 矢口史靖 映画「ドールハウス」で試みた2人の新境地https://www.wwdjapan.com/articles/2135922(2025年8月1日)

(※12)写実を超えたリアルさを求めてー人形作家・平田郷陽https://www.tnm.jp/modules/rblog/1/2024/07/23/hiratagoyo/#:~:text=%E7%94%9F%E4%BA%BA%E5%BD%A2%E3%82%92%E3%81%94%E5%AD%98%E3%81%98%E3%81%A7%E3%81%97%E3%82%87,%E6%8A%80%E3%81%AE%E8%A6%8B%E3%81%9B%E3%81%A9%E3%81%93%E3%82%8D%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82(2025年8月1日)