映画『湖底の空』ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020でグランプリ他を受賞したインディペンデント映画

映画『湖底の空』ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020でグランプリ他を受賞したインディペンデント映画

2021年8月3日
© 2019 MAREHITO PRODUCTION

文・構成 スズキ トモヤ 協力 堤 健介

映画『湖底の空』は、双子を主体にしたサスペンス要素を含むヒューマン・ドラマだ。

本作で主演を務めた韓国のインディペンデント界で活躍を見せるイ・テギョンが、一卵性双生児と言う難しい役柄を一人二役で大熱演。

作中では日本語、中国語、韓国語が混在するセリフに対しても、監督自身の作品や演出への熱意を感じる。

審査員たちの満場一致でグランプリとして選出された経緯も頷けるほど、映画としてのクオリティはとても高い。

ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020でグランプリとシネガーアワードをダブル受賞した本作は、インディペンデント系の作品でありながら、アジアの三国が協力して製作した挑戦的な作品だ。

本作は、ある一組の一卵性双生児が辿る運命と宿命を描いた物語。

性転換や人種差別、双子としての苦悩など、映画的に描くには、とてもデリケートな題材に挑んだ意欲作。

監督は、画面に優しいタッチで双子の心の葛藤を静かに落とし込んでいる。

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日本と韓国の血を引き継いで生まれた空と海。

一卵性双生児の彼らは、何をするのもいつも同じ。

日本と韓国のハーフと言う立場は、彼らにとって大きな障壁ともなる。

映画は、彼らが幼少期に受けた人種差別など、誰もが日常で経験し得ない多くの事柄を盛り込んだ社会派ドラマに仕上げている。

双子からの目を通して描かれるのは、性別への誤解や人種の壁。

一卵性双生児であるが故の苦悩や性別適合手術を受けた人物が、直面する課題を真摯に描く。

作品は、とても深淵な社会問題を取り入れことで、自分たち観る側にソーシャルな課題を訴える作風でもある。

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双子がそれぞれ成長すると、姉の空は上海でイラストレーターとして生計を立てる一方で、弟の海は男性から女性へと性別適合手術を行い、突然空の前に現れる。

弟の海は幼少期から、自身の性別に対する深い悩みを持つ人物として描かれる。

彼は生まれた時から、心と体に対して人一倍、違和感を感じていたのだ。

成人後、体を女性へと変えるために性転換手術を行う。

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日本の性別適合手術は、「1997年5月、日本精神神経学会が性同一性障害のガイドライン「性同一性障害に関する答申と提言」を発表した。

1998年10月16日、埼玉の医療センターで医療行為として認可された国内初の性別適合手術(FTM)が行われた。」#1

日本で性別適合手術を公的に行ったのは、98年が初めて。

性転換手術は、命の危険を伴う危ない手術だ。本作の主人公の海は、与えられた命より性別を最優先してまで、本当の自分に生まれ変わろうとあがく。

主人公を体当たりで演じる韓国の若手女優が、性転換する人物の背景を表現しようと挑戦している。そんな彼女の姿が、演技力の高さを物語っている。

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本作では、第二の性に悩む凛とした佇まいの女性、海を体当たりで演じ切った女優に関心が高まる。

そんな難役を務めた役者は、イ・テギョンと言う韓国インディペンデント界で活躍する若手だ。

主役に抜擢された彼女の存在感が、本作をより優れた作品に向上させている上、彼女の演技力は作品世界の雰囲気にもマッチする。

自身が出演した作品に見合う演技ができる女優は、そうそういない。

双子の役を一人二役で演じただけでなく、性転換手術後の女性として生きようとする人物の姿を目覚ましく演じている点にも、興味が惹かれる。

彼女の演技力は、観る側の心にズシりと訴える迫力がある。

特に、過去に背負ったあらゆる感情を解放する慟哭のシーンは、本当に電流が駆け抜けるほど、衝撃を受ける場面だ。

インディペンデント作品でありながら、他の邦画とは比べものにならない、唯一無二の存在感を放つ本作。

青春モノやミステリー系の作品が目立つ昨今、この作品は難易度の高い演出にチャレンジした貴重な作品だ。

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また、タイトルの『湖底の空』は、一卵性双生児「海と空」の関係性と運命を表現しているようにも感じる不思議な題名だ。

湖の底に深く沈んだ空は、水の中に静かに内包される。

孤独な海は、正反対の空を優しく包み込む。

双子にしか分からない関係性をタイトルの『湖底の空』から推し量ることができる。

最後に、余談ではあるが、本作のエンドクレジットが、とても特殊な演出をしている点にも注目。

上映終了まで席を立ちたくなくなる洒落た編集が、魅力的だ。

#1 gid.jp 日本性同一性障害・性別違和と共に生きる人々の会 https://gid.jp/article/article2018101601/ (参照 2021-07-31)から一部抜粋

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映画『湖底の空』は、関西では大阪府のシアターセブン、京都府の京都みなみ会館にて絶賛上映中。ほか、神奈川県の横浜シネマリンは、9月25日(土)から。栃木県の宇都宮ヒカリ座小山シネマロブレは、近日公開予定。