新進/気鋭のスタッフ・キャストが創り上げた映画『君に幸あれよ』櫻井圭佑監督インタビュー
——まず初めに、映画『君に幸あれよ』の着想や製作経緯を教えて頂きますか?
櫻井監督:今回、主演の小橋川建という役者が、30歳を目前にして、俳優業を辞めるか辞めないかという分岐点に立った瞬間がありました。
僕たちは元々、多忙ではなかったので、コロナ禍になろうがなるまいが、あの時は暇でした。
それでも、コロナ禍になった世の中で、皆が足並みを揃えて、同時に傷ついたタイミングでした。
何か動かないといけない環境下で、その小橋川が自身の主演映画を撮りたいという話になりました。
「それなら、僕が監督と脚本をする」と約束をし、その場に一緒にいた共演者の髙橋雄祐も、「俺も一緒に出演するよ」と、三人で話し合いました。
その日から2日で、脚本を書き上げ、2週間後にクランクインしたんです。
バカ三人組が、初期衝動の赴くままに、背水の陣の状態で作り始めたのが、この作品の経緯です。
——若さというエネルギーのある勢いですね。脚本自体は、今まで書いたことあるんですか?
櫻井監督:今まで一度も書いたことありません。
今回、僕が監督と脚本を担当すると言った以上、どうしようと思いつつも、ネットカフェにこもって、MacBook開いて、何かインスピレーションが降りて来ると信じていました。
案の定、まったく降りて来ず。
どうしようかと思案した帰りの始発電車の中、あの金髪二人組の姿を浮かび、何か閃きが降りて来て、iPhoneに殴り書きをしたプロットに、セリフを入れていく作業を行いました。
——タイトル『君に幸あれよ』は、どのような気持ちで、この題名を考えついたのでしょうか?また、題名の候補には、いくつかございましたか?
櫻井監督:制作過程の中でタイトルが変わることは、頻繁にある事だと思っていました。
元々は、「叫」という漢字一文字で考えていました。
「愛したいなら、叫べる。死にたいなら、叫べ。生きたいなら叫べ。死にたいなら、叫べ。」というテーマが、自分の中にありました。
登場人物が皆、何かしらの「叫」を抱えている設定にして、それを解消していく物語のような気がしていました。
仮として、「叫」というテーマを一つ柱を作って、現場に入りました。一年ぐらい過ごすうちに、製作に対して、僕はタイトルを重要視していなかったんです。
まず、作品に向き合って、一年間製作し、完パケした段階で、この映画を客観的に観た時に、アソシエイト・プロデューサーの前さんと話し合いました。
「君に」は主人公の真司に掛かっている言葉で、「幸あれよ」はこの作品に出会ってくれたお客様だったり、第三者に対してのメッセージを込めて考えました。
真司は、自分が誰にも興味を持ってないし、誰からも愛されていないと感じています。
「もう、俺も人に興味を持つ事は止めた。」という人間にも関わらず、愛されている人とか、思われている人は実は、自分自身が一番、気付いてないのではないかと。
大切にされたり、愛される事に対して、本人が一番、気づいてないものかなと、思っていましたので、「君に」を真司で、「幸あれよ」は彼に対しての含みもありますが、この作品に出会ってくれた方々に対して、もっとメッセージを含めたいという願いから、本作のタイトル『君に幸あれよ』が生まれました。
——例えば、『君に幸あれ』と止めても良かったところ、『君に幸あれよ』の「よ」を付けた意図は、ありますか?
櫻井監督:ただ、「頑張れ!」と放つ言葉は、僕自身、好きじゃないんです。
「頑張れ!」と一方的に言われてしまうと、自分一人だけで頑張らなくてはいけないんだと、その人は一緒に頑張ってくれないんだと、思う時があります。
「一緒に頑張ろうよ。」とか、「一緒に頑張ろうね。」って、何か一緒に、応援する人含めて、対象者を全員で包み込むイメージが、凄くありました。
僕も普段から、そういう風に言うように心掛けているんですが、「頑張ってね。」「頑張れ」とかではなく、「一緒に頑張ろうね。」「一緒に頑張ろうよ。」と言うように昔からしているんです。
「君に幸あれ。」だと、「ポンッ」と背中を押されたぐらいの感じですが、「君に幸あれよ」となれば、「あなたの未来もずっと応援していますよ」となるようなニュアンスが出るかなと思って、後ろに「よ」を付け足して、このタイトルになりました。
——突き放すのではなく、一緒になって、幸せになる。どこか、気持ちが温かくなりますね。
櫻井監督:最後まで、この作品を観て頂くと分かりますが、この題名に付く「よ」の意味が、最後の最後で繋がればいいなと、願っています。
——本作は、櫻井監督にとって、初監督、初脚本ですが、例えば、脚本を書く時、また監督として現場で演出を付ける時、何か気をつけていた事はございますか?
櫻井監督:やはり、分からない事はちゃんと聞くことですね。僕は俳優としても活動していますし、写真家としても活動していますが、そういう経験が映画に活かせるとは思っていませんでした。
それこそ、カメラマンの寺本慎太朗、照明技師の渡邊大和、録音の寒川聖美という技術のメンバーは、一個ぐらいしか違わない同世代ですが、数々の現場で活躍していて、非常にプロフェッショナルな仕事をしている面々でした。
だからと言って、僕自身が上から目線というスタンスを現場に持ち込んだ瞬間に、そんな態度は相手に対するリスペクトもありません。
僕は監督も脚本もした事ない人間だからこそ、何もかも分からないというスタイルでいました。
分からない事は、分からないと。
教えて欲しい事は、教えて頂く姿勢を貫きました。
同じ立場で、関係者の意見に耳を傾け、コミュニケーションを忘れないように心掛けました。
——本作は、技術部に支えられた一面がありますね。
櫻井監督:ほとんど、支えられています。
ただ、僕は監督にしてもらったと、どの取材でもお話しています。
カット割、照明、録音すべて、技術部が責任を持って現場にいてくれたので、僕は演出とOKテイクを出すことに責任を持っていました。
それは、僕の役割として決定を下す必要がありました。
あとは、関係者から意見を出してもらったり、怒られたりしながらも、非常にいい現場でした。
——真司と理人は、不器用ながらも、互いにある心の足りない部分を支えら寄り添いながら生きているように感じました。彼らは今に生きる“日本のノマド”のようにも映りますが、二人はどこから来て、どこへ向かって生きているのでしょうか?監督が想像する彼らの人生とは、なんでしょうか?
櫻井監督:映画の世界は、本当にミニマムなんです。
彼らが、この物語で生きている日常は、解像度を上げていないので、本当に狭い世界です。
遠い海にも足を運んでいますが、半径数キロ圏内でのお話です。
非常に私的な、一つの家族を描いた距離感でのお話だと思うんです。
だから、どこから来て、どこへ向かうのか?
これは今まで聞かれたことの無い質問なので、お答えするのは非常に難しいですが、理人が真司の元に来て、彼らが関わり合う中で、理人の人生が完結するかと問われれば、それはまた違う話だと思います。
僕らの人生にだって、一貫性がないように、彼らの人生も同じだと思います。
だから、真司の人生がこれからどうなるかなんて、予想もできないと思います。
僕は、嘘つきたくないので、その後の人生を考えて、物語を考えた訳では無いんです。
現地点では、まだ答えは見つからないです。
どこから来て、どこへ向かうのか?
この作品って、カオスでもあり、ファンタジーでもあるんです。
——実は、この物語はコロナ禍の時代に描いたコロナ禍ではない世界を描いた、ある種の寓話的側面もあるのかなと思います。もし、コロナ禍ではなかった2020年、2021年の世界が、この作品には詰まっているような気がします。
櫻井監督:そのお考えには一部、賛同しますが、僕が描いた物語にも、少しばかりコロナ禍の要素も入れています。
コロナ期間でも間接的、もしくは直接的な電話の繋がりも、あるんです。
終盤、真司が感情を爆発させる場面までの経緯には、間接的な電話の声によって、人々は繋がっていられる感覚は、感じた事だと思うんです。
実際には会えなくなっても、声と声とでは繋がれるんです。
だから、敢えて、時代背景の解像度を上げて、その点をズームにして描くよりも、パラレルな世界を描くことによって、伝えたい事はセリフであったり、詳細な部分で表現するが、直接的な時代背景では、描かないように気を付けていた節はありますね。
コロナ禍を考えて作った作品と言うより、コロナで感じた事が作中に散りばめられている印象かなと思います。
——コロナ禍ではない世界と、人との繋がりはSNSではないと、今のお話から受け取ることができました。
櫻井監督:気付きだと思います、コロナが原因で一律して、何か傷付いたはずです。
作品が出来上がる時に、自分が傷付きたくないし、苦しい気持ちにもなりたくないのが、この話を書く時に第一前提でありました。
もし、僕らが作品を作って観れた時には、コロナ禍が明けてたらいいよねと、希望も託しているんです。
その点は、書く時に考えた事でもあります。
——作品の舞台となっている下町や終盤の海辺含め、ロケ地が印象的でした。ロケーションは、どのように決まりましたか?
櫻井監督:ロケーションは、千葉県の鴨川市という所で撮影しました。千葉県の鴨川が海辺のシーンです。
スナックやラーメン屋、居酒屋は東京の蒲田で行いました。
(※1)蒲田東急駅前通りバーボンロードという昔レトロな商店街が、ロケ地の場所となりました。
ただ、最初は沖縄で撮影する予定でした。
主演の小橋川が沖縄の伊江島の出身だったので、撮影の申請を出していましたが、コロナが原因で、直前でダメになってしまいました。
だから、撮影場所を急遽変更して、今お話したロケ地となりました。
——ロケ地が決まらないとなると、撮影スケジュールも進まないですよね。奇跡ですね。
櫻井監督:2週間しかなかったので、ロケハンから何まで、同時進行で進めました。
本当に大変で、奇跡が重なった、奇跡が連鎖した映画だと思います。
——本作に登場する人物たちは、世間から逸脱した若者ですが、アウトロー的にも受け取れます。例えば、今の日本において、彼らを通して、何を表現しようとされましたか?
櫻井監督:そこに対して、何かを使って、表現しようとした訳ではありません。
別に、ドラッグに対して、啓蒙的な事を伝えたい訳でもありません。
犯罪に対して何か、伝えたい理由でもないんです。
結局、これが自身の最初の作品に対しての反省も多少なりともあります。
反省でもあり、今のままでも良かったと思うこともありますが、やはり感覚で書いてしまったシナリオですので、自分自身、言葉で説明できない部分もありました。
でも、この設定やアングラな彼らの世界を通して、何か伝えたり、表現したいと思った事は、ありませんでした。
——一部を抜粋してお聞きしますが、監督はあるインタビューにて、「僕たちの世代には、コロナを含め、傷付いてきた経験が多く。明日、死ぬかもしれない。映画文化がなくなってしまうかもしれないという不安の中で生きている」と。非常に共感できますが、そのような感情を抱く人にとって、本作は何を与える存在でしょうか?
櫻井監督:それこそ、この映画を観てもらえたら、日常の中にたる日々の葛藤や社会を生きていく上でのストレスも含め、自分が誰を想うのか、誰を好きになったり、誰を大切にするのかの主導権は、自分が持っています。
ただ、誰に愛されているのか、誰に大切にされているのか、という事に対する意識は意外と蔑ろにしてしまっている人もおられると思います。
それが原因で、鬱に陥ったり、精神的に病んでしまったりする方も一定数いると思います。
自分自身にも、似たような経験もあります。これを観てもらって、自分の凝り固まった思想や思考が一度フラットになり、自身も多くの方に大切にされるのではなく、誰たった一人でも自分を大切にしてくれている人にフォーカスを当てるのが、大事かと思います。
あの人は今、自分を大切にしてくれていると、感じるのが大事です。
親でも、恋人でも、友達でもいいので、自分のことを大切にしてくれる人を大事にする意識が、少しでも脳裏に浮かんでもらえたら、嬉しい気持ちはありますね。
——公式ホームページにて、キャッチコピーにもなっている「この世には分かり合えるヤツはいない。」とありますが、その反対で、櫻井監督にとって、「分かり合えるヤツ」とは、どんな人物で、どんな存在でしょうか?
櫻井監督:そんな質問されたことないので、非常に面白いです。
自分にとって、「分かり合えるヤツ」とは誰なのか、でしょうか?
それは、人として想う事ですよね?やはり、行動をしてくれる人だと思います。
言葉ではなくて、行動で示してくれる人は、すごく嬉しいです。
ただ、「分かり合えるヤツ」という言い方が、上から目線で嫌なんですが、信頼できる人や分かり合える人は、態度で示してくれる事が多いと思うんです。
もちろん、電話する事も行動ですよね。心配したら、電話をしたり、会いに行くのも一つです。
自分に会いに来てくれたり、会おうとするアクションは、一番信頼ができ、一番嬉しい事だと思います。
今はSNSを通して、「大丈夫?」「心配してるよ」「頑張ってね」と、言葉で繋がることもできますが、自分の寂しさや虚しさを行動で変えようとしてくれるのが、その姿勢には信頼できるのではないかと思うんです。
何事にも、行動してくれる人は、分かり合える事が多いと感じます。
—–最後に、本作『君に幸あれよ』の魅力を教えて頂きますか?
櫻井監督:さっき質問して頂きました「何を与えますか?」の時に答えてしまった事もありますが、まず温かい映画です。
優しい作品であることは、知ってもらいたいです。
最初に感想でお話されていましたが、バイオレンスで暴力的な物語かなと思っている方にはまず、その点は否定したいです。
そうではないんです。女性の方でも、男性の方でも、世代を問わず、観てもらえる作品かと信じています。
やはり、映画は予告編を通して、観に行きたいと思われる方も多いと思います。
僕らの宣伝を見て、観に行きたいと思って下さる方もおられると。
でも、本作のポスターを見て、一瞬でも何か光るモノを感じたら、また主人公の二人に何か感じたら、フライヤーを通して、映画館へ足を運びたいと思えるメインビジュアルだと思っているんです。
ぜひ、本作のフライヤーやトレイラーを観て、少しでも気になると思って頂けたらと、願っています。
映画は、公開中に足を運んで、劇場で観る事に意義があると思うんです。
今では、この体験こそが稀有な時代になりつつあります。僕ら作り手は、劇場上映を想定して、作った作品ではないんです。
入場料も割高ではありますが、ぜひ、この機会を機に、コロナ禍が明けて来た今のこのタイミングで、劇場から離れている方にも、映画館にもう一度、来てくれるようないいきっかけになれればと願ってもいます。
何よりも、すごく温かい作品だと思いますので、何かフラットに劇場に来て頂けたら、幸いです。
—–貴重なお話、ありがとうございました。
映画『君に幸あれよ』は現在、3月18日より大阪府にあるシアターセブンにて、上映開始。
(※1)蒲田東急駅前通りバーボンロードhttps://bourbon-road.sakura.ne.jp/(2023年3月15日)