映画『Here』『ゴースト・トロピック』人と人との繋がりが、人の心の孤独を埋める

映画『Here』『ゴースト・トロピック』人と人との繋がりが、人の心の孤独を埋める

人々の邂逅が孤独を埋める。映画『Here』『ゴースト・トロピック』

提供=サニーフィルム

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静けさの向こう側にある幸福は、私達がそこに行こうとする事を許してはくれない。幸せを求めて静寂の中を歩いても、私達の苦労は報われない。誰が幸福を幸福と呼ぶようになったのか知らないが、幸福の定義は誰も知らない。ささやかな人生を生き、ささやかな日常を送り、ささやかな幸せを噛み締める日々こそが、幸福と思える所以だろう。でも近年、その幸せと思える転瞬が何かによって妨害され、消滅しかかっている。ある研究では、自身の幸福を心から感じ取れる瞬間(※1)は、使命性と利他性をしっかり自身の中で介在させた時という結果が産まれた。それらは、子供の頃からちゃんと教育すれば、誰もが使命性と利他性を得て、達成的幸福度を得られるという。でも大人になっても、この幸福感は誰もが得られると言われるが、今の世の中は孤独を感じている人が多いと思わないだろうか?近年では、コロナ禍をピークに孤独を感じる人が多くいたが、コロナ後のアフターコロナの今(※2)、減少したと言われても、それでも引き続き孤独を感じる人が多くいる事も事実だ。2024年の今年、人々が抱える孤独に対して、日本は法律介入しようとしている。4月に「孤独・孤立対策推進法」という法律が、施行される。人が感じる孤独に対して、物理的に介入する法律ではあるが、人間の感情面に対する法律が産まれる背景を考えれば、今の日本社会の価値観が変わりつつあると感じて止まない。映画は、ベルギー発祥ではあるが、ベルギー社会が今、どのような動きなのだろうか?一つのデータに過ぎないが、2021年のコロナ禍の調査では、孤独感が増したという人の割合が高い国の中で、ベルギーが51%と比較的高い数値を出している。日本と同じように、コロナ禍をきっかけとして、ベルギーでも多くの国民が孤独を抱えている。映画『Here』と『ゴースト・トロピック』の両作品は、現実世界で孤独を抱えるベルギー国民の今の姿を丹念に描いた映画だ。

「この」瞬間、「この」場所で、「この」偶然を。映画『Here』

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映画『Here』は、ベルギーの首都ブリュッセルに住む建設労働者の男性シュテファンは、アパートを引き払って故郷ルーマニアに帰国するか悩んでいる。シュテファンは姉や友人たちへの別れの贈り物として、冷蔵庫の残り物で作ったスープを配ってまわる。ある日、森を散歩していた彼は、以前レストランで出会った中国系ベルギー人の女性シュシュと再会し、彼女が苔類の研究者であることを知る。シュテファンはシュシュに促されて足元に広がる多様で親密な世界に触れ、2人の心はゆっくりとつながっていく。本作は、植物学者の女性と移民労働者の男性と出会いを描きながら、足元に広がる植物の世界でそれぞれがそれぞれに自身の価値観を認め合って行く過程の中、双方気付かないうちに孤独の囚われになっていたと癒されていく人物の姿を目撃する。ベルギーにおける植物園の歴史(※4)は、1797年から始まったと言われている。近年の2023年では、自身の好きな植物を直ぐに検索できるシステム導入(※5)し、ベルギーにおける25の植物園がその取り組みに賛同し、協力している。ベルギー国民にとって、身の回りの植物や植物園の存在は身近なものであるといえる。そもそも植物園の歴史(※6)は、紀元前2500年頃から中国で始まり、古代エジプトでは紀元前1500年頃から始まったと言われている。中世ヨーロッパでは植物園は薬草園からスタートし、日本では江戸時代、徳川幕府が造った「小石川御薬園」が日本における植物園の始まりとされる。植物園や植物学は、私達の日常の中では遠い存在かもしれないが、食用として、鑑賞用として、日々の暮らしの中で癒しの一部分として存在し続ける。植物と人間の関係性は、切っても切れない目に見えない線で繋がれている。

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また、ベルギーにおける移民問題について調べてみると、根深い問題が浮き彫りになっている。映画では、ルーマニアから移民して来た男性の姿を描いているが、現実は本当に複雑だ。タリバン政権から恐れを感じて、アフガニスタンから8ヶ月かけて亡命して来た男性(※7)は、ベルギーの首都ブリュッセルのプチ・シャトー(小さな城)向かいの運河に建てた仮設テントで寝起きしている。また、プチ・シャトー(小さな城)だけでなく、パレ(宮殿)通りには多くの難民者や移民者が行き詰まった結果、そこで生活の基盤を築いているが、より生活に根ざしたベルギーでの暮らしはできていない。命の危険を感じながら祖国を後にし、理想や希望を持って移民を決意したにも関わらず、移民先の状況は今までの生活水準以外という現実が待っている。その一方で、ブリュッセルにて、移民協定に対して反対の声を上げて、過激なデモが行われた過去もある。デモは暴徒化し、警察と衝突もした。このデモには、極右政党フラームス・ベラング氏を中心とし、数千人の反対意見を持つベルギー国民が集まった。この移民問題に対して、抗議運動が起こる背景に対して、甚だ疑問を感じて止まない。そこまでして、自国の治安を守りたいのであれば、もっと違う方法もあったのではないだろうか?ヨーロッパやベルギーにおける移民問題は、一筋縄ではいかない。どうすれば最善策を取れるのか、皆が暗中模索している。ヨーロッパ各地で移民申請に対する締め付けは、年々酷くなるばかりだ。その背景には、治安の悪化が挙げられる。最近、ベルギー国内で起きた銃撃事件。また、フランス人教師の刺殺事件が起きている。これらの事案を受けて、治安悪化に対する懸念が強まっている。さらに、ベルギーのブリュッセル中心部で16日にスウェーデン人の2人が射殺された事件が起きた。容疑者の45歳のチュニジア人の男が、難民申請を却下された後も滞在を続けていた事実が発覚している。この背景を受け、移民問題に対する懸念が増えているのは目に見えて理解できる。現地点で言えば、移民問題には希望や未来はない。それでも、私達は移民問題を受け入れる素養を身に付けなければならない。本作『Here』には、どうすれば移民の問題に対して、対処して行けば良いのかという答えを提示してくれているようだ。

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真夜中の一期一会。映画『ゴースト・トロピック』

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映画『ゴースト・トロピック』のあらすじは、清掃作業員のハディージャは、長い一日の仕事終わりに最終電車で眠りに落ちてしまう。終点で目を覚ました彼女は、家に帰る手段を探すが、もはや徒歩で帰るしか方法はないことを知る。寒風吹きすさぶ町をさまよい始めた彼女だったが、その道中では予期せぬ人々との出会いもあり、小さな旅路はやがて遠回りをはじめる。本作は、一人のおばあさんの深夜の大冒険を優しい視点で描いたベルギー発のヒューマン・ドラマだ。まるで、同じベルギー出身の兄弟映画監督ダルデンヌ兄弟を彷彿とさせる社会の片隅に生きる市井の人々を描いたような作品だ。ベルギーにおける高齢者問題(※10)は、年々増え続けている事がグラフで証明されているが、世界ランクで見れば2022年の数値では46位。日本は、5位となる。また、1960年から2020年までの推移グラフで見れば、1960年ではおよそ120万人だったところが、2020年ではおよそ240万となっており、全体でおよそ100万人増えている。高齢者が増えている国は、世界のほとんどで、ここ日本でも近年、高齢者問題に関しての改善策について話し合われている。皆さんは、「アクティブエイジング」という言葉を知っているだろうか?これは、欧州連合(EU)が、2012年を「アクティブエイジングと世代間の連帯のための欧州年」と定めた時から言われている言葉だ。この「アクティブエイジング」とは、生活の質を低下させることなく、社会参加を続けながら、年を重ねていくことを指している。また、若者が高齢者を支えるという従来の社会通念から脱し、老若共に支え合う社会へのパラダイム転換を目指している。日本では、この「アクティブエイジング」に対する認識はまだまだ浸透していないようにも思えるが、既に日本でも「アクティブエイジング」(※12)を通して、どう生活するのかを定義付けようとしている。2030年という近い未来を目処に、この考えが日本社会でどんどん浸透して行く事だろう。

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また、ベルギーにおいての高齢者のバス利用について考えたい。日本では、70歳以上の高齢者がバスを利用する時に使用する高齢者パス専用の敬老パス(※13)が使えるように、ベルギーの首都ブリュッセルでは、65歳以上の高齢者と12歳までの子どもたちは、年間12ユーロで無期限で乗り放題という社会福祉的サービスがある。日本の70歳以上という設定より若い65歳のベルギー人が皆、対象となるのは非常に良心的な施策だ。ベルギーにおける高齢者労働雇用問題の現状で言えば、まずベルギーは、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で、有効退職年齢が最も低い国の一つに挙げられると言われる。30年近く、専門職としてのキャリアの終焉と「高齢労働者」というカテゴリーが大きな問題として捉えられている。日本でもヨーロッパでも、高齢者問題に対する意識的部分は皆、同じだろう。映画『ゴースト・トロピック』を制作したバス・ドゥボス監督は、ベルギー国内での映像制作について、こう話す。

“Because we have relatively little money compared to countries like the Netherlands or Denmark that have richer public film funds, we can only really make seven films a year. We have many filmmakers, and you have to somehow fit into this cycle of the film fund. So this slows down the process.”(※16)

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ドゥボス監督:「公的映画資金が豊富なオランダやデンマークのような国に比べて、我が国の資金は比較的少ないため、実質的には年間 7本しか映画を製作できません。 私たちには多くの映画製作者がいますが、何らかの形で映画基金のこのサイクルに適応しなければなりません。そのため、プロセスが遅くなります。」とベルギー映画産業の実情を赤裸々に話す。確かに、昔からベルギー映画の流通は本当に少ないと感じていた。ベルギー周囲の諸外国の作品は、昔から多く制作されているにも関わらず、ベルギーにおける映像制作は、非常に困難を極めていると言わざるを得ない。そんな状況の中、両作『Here』『ゴースト・トロピック』が日本国内に届いたのは非常に貴重な事だ。

最後に、この2作『Here』『ゴースト・トロピック』に共通点があるとすれば、それは人々の孤独だ。エストニアからの移民青年、中国系ベルギー人の女性植物学者、高齢の女性労働者。皆、ベルギーの首都ブリュッセルの片隅で生きる普通の人物だ。皆、一様に孤独を抱えて生きているが、本作はそれぞれにその孤独に対して、解決案を提示している。人と人との繋がりが、人の心の孤独を埋めるのか。2作品が、それをより分かりやすく提案してくれている。

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映画『Here』『ゴースト・トロピック』は現在、全国の劇場にて上映中。

(※1)行動経済学が解明を目指す「幸福」の正体重要なのは使命感や利他性を養う教育だhttps://toyokeizai.net/articles/-/233198?page=2(2024年2月20日)

(※2)アフターコロナで変わる生活、解消されない孤独https://www.nri.com/jp/journal/2023/1222(2024年2月20日)

(※3)全国民に関係する「孤独・孤立対策推進法」 2024年4月から施行!https://www.bcnretail.com/market/detail/20240210_400548.html(2024年2月20日)

(※4)Notre histoire en quelques motshttps://www.plantentuinmeise.be/fr/pQaO5iO/l-histoire-du-jardin-botanique-de-meise(2024年2月21日)

(※5)Voortaan vind je alle plantencollecties van ons land op één websitehttps://www.cgconcept.be/voortaan-vind-je-alle-plantencollecties-van-ons-land-op-een-website/(2024年2月21日)

(※6)植物園の歴史を知ろうhttps://www.homemate-research-plant.com/useful/14228_plant_001/(2024年2月21日)

(※7)タリバンから逃げ、ベルギーの路上で生活…行き詰まるEUの移民政策https://newsphere.jp/world-report/20230214-1/(2024年2月21日)

(※8)移民協定に反対! ベルギーで極右支持者によるデモが暴徒化、警察と衝突https://www.businessinsider.jp/post-181641?mode=slide&p=10(2024年2月21日)

(※9)EU、移民・難民審査の厳格化視野 相次ぐ襲撃事件受けhttps://jp.reuters.com/world/europe/L7WPLYZRS5LKZNAWMNTFBFYTMM-2023-10-20/(2024年2月21日)

(※10)グラフで見るベルギーの高齢者人口の割合は高い?低い?https://graphtochart.com/population/belgium-age65to.php(2024年2月21日)

(※11)「アクティブエイジング」という社会変革高齢化社会に向けたパラダイム転換https://eumag.jp/feature/b0412/(2024年2月21日)

(※12)人生100年時代の「アクティブ・エイジング」とは? 「SDGs」の先の世界を描こう!https://www.asahi.com/sdgs/article/14639457(2024年2月21日)

(※13)70歳になったら敬老優待乗車証(敬老パス)が利用できますhttps://www.city.osaka.lg.jp/fukushi/page/0000006483.html(2024年2月21日)

(※14)Brusselse 65-plussers kunnen voor 12 euro het hele jaar bus tram en metro gebruiken in heel het gewesthttps://www.vrt.be/vrtnws/nl/2023/06/22/brusselaars-boven-65-kunnen-voor-12-euro-het-hele-jaar-bus-tram/(2024年2月21日)

(※15)État des lieux de l’emploi des travailleurs âgés en Belgiquehttps://journals.openedition.org/pyramides/2275(2024年2月21日)

(※16)Belgian Director Bas Devos on Shooting ‘Ghost Tropic’ at Speedhttps://variety.com/2019/film/festivals/bas-devos-ghost-tropic-1203420551/(2024年2月21日)