七つの台詞を五つの家庭で繰り返す実験的短編映画『あした、授業参観いくから。』安田真奈監督、武村敏弘撮影監督インタビュー
—–本作『あした、授業参観いくから。』の企画は、どのように立ち上がりましたか?
安田監督:もともと、親子や家族といったテーマに深く関心がありまして、デビュー作の上野樹里さんと沢田研二さんの映画『幸福(しあわせ)のスイッチ』も電器屋の親子物語なんです。その後、私自身が子どもを授かったり、NHKで「児童虐待」をテーマにしたドラマ『やさしい花』の脚本を書かせて頂いたりしたので、家庭問題への関心がさらに高まりました。
特に『やさしい花』は、放映から10年以上たちますが、今でも上映と講演が続いているので、各地で様々なケースをお聞きするようになりました。
そこで、観た後に、親子や家族について語り合いたくなるような、子育てを「見張る」のではなく、色んな家庭には色んな裏事情があるかもなぁと優しく「見守る」ような映画を撮りたいと思うようになりました。
その一方で、「あした、授業参観いくから。」「えっ」…などという親子の台詞を、長年、演技や脚本のワークショップで使っていたんです。
シンプルな日常会話の台詞でも、キャラクター設定や脚本のト書きを変えることで、演技は大きく変わります。
更に映像にすると、撮り方や効果音、音楽などの要素が加わり、多様に変化します。
「授業参観いくから」と親が子に投げかけると、親子関係によって全く反応が変わるので、ドラマの設定としていいな、実験的な短編映像にできるな、と考えました。
長年撮りたかったテーマと、長年使っていたワークショップのセリフが組み合わさって、本作になった次第です。
—–武村さんが映画業界(映像業界)に興味を持たれたきっかけはなんでしょうか?
武村さん:映画に興味をもったのは、大学二年生の頃でした。
同志社大学の法学部に在籍していて、演劇サークルの友人と映画を観るようになったんです。
当時の京都には、東映と松竹に加えて大映の撮影所もあり、活気がありました。
アルバイト募集も多く、今日はエキストラ、明日は小道具、明後日は美術と、色んな仕事がありました。
バラシをしたり発泡スチロールで作った岩に色を塗ったり、楽しかったですね。
そうやって現場に関わるうちに、映画って面白いな、卒業後は映画の道に進みたいな、と思うようになったんです。
—–カメラマンになったのは、どういう経緯でしょうか?
卒業後は松竹に入って、制作を担当しました。各プレスとの取り次ぎや、AP(アシスタント・プロデューサー)の見習いみたいなことをしていました。
最初は監督業に憧れましたが、現場にかかわるうちに、撮影に興味をもつようになりました。
オープンセットにカメラが据えてあって、カメラマンに「覗いていいですか?」と聞いたんです。
当時はフィルムカメラで、モニターもありません。ファインダーの中にしか、撮影する映像が見えないんです。
覗いたら、そこには映画の世界が広がっていて、「これは気持ちいいな」と。
ただ、撮影部への転向は会社に認められなかったので、『大魔神』などを担当された巨匠の撮影監督・森田富士郎さんに相談したんです。
そしたら「自分(森田さん自身)がカメラを回す時は、見習いとして付けてあげられるよ。ギャラは出ないけどね。」と言ってくださったんで、松竹を退職して、森田さんに付いていきました。
その後、五社組の『極道の妻たち』などを経験させていただいて、東映で働くことになりました。
東映には9年ほど在籍して、その後はフリーです。
安田監督:武村さんも私も、「映画の学校や学部」を出ていないんですよね。私も法学部でした。映画サークルに熱中して講義をサボっていたんで、法律はすっかり忘れていますが(笑)
—–安田監督と撮影監督の武村さんとは、長い間、組まれているんですか?
安田監督:2015年に「パナソニックの店60秒CM」で初めてご一緒しました。
現在このシリーズは別のチームが担当されていますが、2019年まで7本を撮っていただきました。
武村さんは、お会いした頃はCM撮影がメインでしたよね。
武村さん:ええ。出会いは偶然でした。CMの打合せで昼から大阪に出ていて、次のCMの打合せが夜からなので、時間があいてしまって。
それで、たまたま知った映像のシンポジウムに行ったら、安田さんがコメンテーターとして出ておられたんです。
安田監督:その頃の私は、映画『幸福(しあわせ)のスイッチ』で劇場デビューできたものの、子どもが小さくて監督業に復帰できず、脚本業だけの日々だったんです。
「また映画を撮りたいな」と思っていたところに、武村さんが「映画撮りたいですね」と、声をかけてくださって、作品の好みも割と似ていたので、嬉しかったですね。
「パナソニックの店60秒CM」などを経て、2017年には加古川を舞台にした青春映画『36.8℃ サンジュウロクドハチブ』を、翌2018年には小芝風花さん主演の近大マグロの青春映画『TUNAガール』を撮っていただきました。
ちょっとドラマ仕立ての、伊賀市PR動画も。映画としてご一緒したのは、『あした、授業参観いくから。』が三本目ですね。
—–武村さん自身、安田監督の作品とはどう関わっておられますか?
武村さん:安田さんはプロット段階から相談いただくんです。
そういう企画段階からの関わりは、珍しいですね。(※1)シナ・ハン(シナリオ・ハンティング)も一緒に行って、「ここ使って、何かできませんか?」と提案したりもしています。
—–監督とは、構想段階から割と密に相談するんですね。
安田監督:そうですね。「こんなの撮りたいんですよ」と構想をお話したり、プロットに対して客観的な意見をいただいたり。
映画『あした、授業参観いくから。』は、授業参観についての全く同じ会話を5人の生徒の家庭で繰り返す、という実験的な構成なので、シナリオ相談はしませんでしたが、撮り方については色々とアイデアをいただきました。
「このシーンはこういうふうに撮りませんか」と提案していただくと、じゃあこんな芝居にしようかなとか、こんな音の演出をしようかなとか、私もアイデアが膨らみます。
そうしたキャッチボールが、非常に面白かったです。
—–違う視点から作品を豊かにできますね。本作では、数組の親子が登場しますが、それぞれの親子には、どのような想いを込めましたか?
安田監督:親子、家族は、見たまんまではないことがほとんどだと思うんです。
本作では、関係性や養育環境が上手くいっていない親子が何組か登場します。
でも、「授業参観いくから。」と言うからには、最低限、子供への関心や愛情はあるはずなんですよね。
この親子、本当はどう思っているんだろう?裏にはどんな事情を抱えているんだろう?と、それぞれの親子に想いを馳せてもらえたら嬉しいです。
そして、身近な親子についても、関心を持って、優しく見守っていただきたいですね。
—–この作品で、こだわった場面や撮影法はございますか?
武村さん: まず、五人の生徒の家庭の描きわけですね。最初の共働きの家庭の朝は、流れるようなテンポのいいカットに。
ひとり親の家庭、お金持ちの家庭など、それぞれの雰囲気に合わせて撮り方を変化させています。逆にラストシーンは、オーソドックスに撮っています。演出的な技巧は使わず、シンプルに。カメラは少し引いて、客観的に芝居を見せています。
それから、全員が集約する参観日の描き方は、ちょっとこだわりました。
参観日は、それぞれの親が来て、想いが交錯して、今まで蓄積してきた事が一気に動き出すシーンなので、「細かくカットを割らずに長く回しませんか」と提案しました。
安田監督:是非そうしましょう!と歓迎しましたね。ただ、長く回すカットで人の出入りが多いと、撮影のタイミングをあわせるのが大変です。
ロケ場所の教室で衣装合わせをしたので、キャストの方に実際に動いていただいたり、カメラの動線を確認したりと、動きのリハーサルができました。あれは助かりましたね。
—–映画『あした、授業参観いくから。』は実験的な作品ではありますが、製作の完成前後で作品に対する気持ちの変化は、ございましたか?
安田監督:劇場公開を経て、思った以上に幅広い年齢層に届く作品なんだなぁと感じました。
お年を召した方は、昔の授業参観や親子関係を懐かしく思い出されます。
子育て中の方は、コロナ禍で参観がないので、我が子を学校で見られる有難みを痛感されたり、自身や身近な親子に重ねあわせたりされます。
また、子どもさんは「同じ台詞でも、こんなにお芝居や映像が変わるんだ」とおもしろがられます。
あと、親子で観にきていただけるケースが予想以上に多くて、とても嬉しかったです。
—–「あした、授業参観いくから。」という親の言葉に対して、親心もしくは大人視点で、どんな想いを持っていますか?
安田監督:親から子へ投げ掛けるこの言葉から、少しだけ親子の距離が縮まったらいいなぁと思います。
嫌な顔をしたけど、当日は親に見守られているなぁと実感したり、あまり来て欲しくなかったけど、親は嬉しそうだからまぁいいかと納得したり。
「あした、授業参観いくから。」は、親子の距離感や関係性を引き出す台詞。
すべての親子に幸あれ、と願っています。
武村さん:娘が小学生の頃は何度か授業参観に行ったんですが、中学からは学校行事に一切顔を出しませんでした。
それが当たり前になっていたんですが、大学の卒業式の時、娘が「来ないの?」と誘ってくれるんです。
なんとなく、もう行かないものだと思っていたのに、娘から誘ってくれたので、とても記憶に残っていますね。
安田監督:いいですね。卒業式も、子どもの成長を感じる貴重な機会ですよね。
—–今のお話をお聞きして、授業参観に限らず、卒業式や入学式など、節目節目の子どもの成長を見られる凄く大切な行事なんだな、と感じました。学校のイベントは、家庭と学校を繋げるパイプになっているんでしょうね。
安田監督:そうですね。コロナ禍で特にそう感じました。以前は、はいはい授業参観ね、と軽いノリで見に行っていましたが、いざなくなってしまうと寂しいものです。
畏まった式典ではなく、日常を垣間見られる、かけがえのない機会だったんですよね。
—–最後に、本作『あした、授業参観いくから。』の魅力を教えて頂けますか?
安田監督:まず、まったく同じ会話でも、演技、演出、撮影、音の付け方などによって多様に変化するという、映画ならではの楽しみ方ができること。
まだ映画にそれほど興味のない若い方々も、映像入門編的に楽しんで頂いているようです。いずれは、中学生や高校生の皆さんに、演技ワークショップと組み合わせた上映会で鑑賞していただきたいですね。
それから、日本人なら誰しも「授業参観」に何らかの思い出があるので、どの世代の方でも想いを重ねられる、親子鑑賞でも楽しめる、ということ。生徒の家庭が五組登場するので、いずれかには感情移入したり興味を持ったりできますしね。
また、主演の片岡礼子さんの圧倒的な存在感は本当に素晴らしいです。親子キャストも含めて、皆さんのリアルな演技も見どころです。
武村さん:様々な家庭について、自身と照らし合わせて共感しながら見られる作品ですね。
親子関係や家族の愛情が、誰もが経験した授業参観を通じて描かれている…というのが、「エモい」のでしょうね。
安田監督:ありがとうございます。観た後に、「親子」について語り合ってほしいですね。
—–本日は、お二人共、貴重な話をして下さり、ありがとうございました。
映画『あした、授業参観いくから。』は、「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア2022」の「ジャパンフォーカスプログラム」にて招待上映6月19日。
(※1)シナリオ・ハンティングとは?|シナハンとロケハンの違いとやり方まとめ!https://sakka-no-mikata.jp/2020/09/12/scenario-hunting/