いつもどおりで?映画『本日公休』
赤、青、白のサインポール(※1)が、印象的にクルクル回る看板が目印の理容室。このサインボールの由来は諸説あるようで、一つはフランス国旗から。もうひとつは、医者との関連説。そして、日本では男子の断髪令が布告されたのは明治4年8月9日。国内での西洋理髪が広まったと同時に、赤・白・青のサインポールの看板が使用されるようになった。ここ、日本でも昭和チックな旧式の理容室は、ほとんど見掛けなくなってしまった。ほとんどの店舗が、若者人気のスタイリッシュな美容室に取って代わり、昔ながらの理容室は少しずつ姿を消してしまっている。理容室の大量閉店の背景(※2)には、高齢化や後継者不足、競争激化などが考えられる。たとえば、店主の高齢化に伴い閉店するケース、後継者が見つからないケース、低価格チェーン店の増加に伴う競争が激化しているケース、美容室と理容室のサービス格差など、多くの要因が考えられるが、最もしっくり来るのは時代と共に変わる価値観の変化ではないだろうか?映画『本日公休』は、台湾の俊英フー・ティエンユー監督が、自身の母親をモデルに執筆した脚本をもとに、実家の理髪店で撮影を敢行して完成させたヒューマンドラマだ。時代と共に少しずつ姿を消していく理容室だが、それでも消えずに微かに燃え続けるものがある。それが何かあるか、共に考えて行きたい。
昔ながらとずっと呼ばれ、昔からずっとあるのは理容室だけでなく、今話題の町中華の店、昭和の純喫茶、古くから続く銭湯、昭和のドライブイン(※3)、デパート屋上遊園地(※4)など、多くの施設がウン十年前の昭和時代に大活躍し、令和の今の時代にあらゆる場所にあった古い建物や文化は少しずつ姿を消しつつある。惜しまれながらお役を終えるものもあれば、ある日突然、気が付けば取り壊されている建物もたくさんある。昔からその場所にずっとあり、無くならないだろうなんて思っていたら、ある時、店の看板やシャッターには、「閉店」の二文字が寂しく踊る。そんなものを目にしてしまうと、どこか寂しくもあり、懐かしくも感じる。それら昔ながらの建物や施設には、人々に夢を見させる装置があり、子ども達を夢中にさせる魅力があった。あの時代、子どもだった頃の方々には今の現状を目の当たりにして、何を思い感じるのだろうか?時の流れは残酷なもので、消えて欲しくない文化が消滅し、本当どうでもいい習慣だけがずっと未来に残される。たとえば、昭和のパワハラ体質が、今の令和の時代に改善されたかと問われれば、それはまだ根強く悪習として残っている。今流行している昭和レトロ彩る町中華や純喫茶の人気が、後年にも続く事が残して行きたい文化だろう。
古くからある建物や施設に対して、何か想いをダブらせているのは私達利用者だけでなく、そこで働く従業員や店主は並々ならぬ情熱を自身が運営するお店に愛情持って接して来ただろう。40数年という月日の長さを考えれば、あっという間に過ぎ去ってしまった時間を尻目に、それでも過ぎ去らない思い出を胸に今も店先に立ち続ける。それは、ウン十年間、その店主と共に歩んで来た利用客も同じだ。赤の他人でありながら、家族のように温かい関係性を築いて来れたのはお店の存在があってこそ。建物は物質的に見れば、単なる建物に過ぎないが、少し視点を変えてみたら、店主と利用者を繋ぐ大事なコネクティングの一つだ。それだでなく、店主の熱い想いが込められたお店には、数々のドラマがあり、数々の出会いと別れもあった事だろう。黒澤明監督の小品的隠れた名作『素晴らしい日曜日』の中で表現された戦後日本の若い男女が夢見たものが、今の時代にも残されている。それは、お金も何も無く物理的に持っている物は少ないが、焼け跡で店を開店させる夢を語る男女のカップルには熱い夢と情熱、戦後日本の希望と期待が滲み出ていた。お金も何もないけど、夢を語れるだけの元気はある。それが、『素晴らしい日曜日』なのだろう。あれから半世紀以上の時が流れ、あの時夢見た若いカップル達は、結婚し子どもを授かり、早何十年。二人で支えあったお店は、家庭や子ども達を支えた。今でも昭和レトロブーム(※5)と共に脚光を浴びている。美味い、早い、安いと言われ、人気店が数多くある。今も残るその内の数店舗が、もしかしたら、店主達が若い頃に夢見た希望や夢がお店に詰まっているのかもしれない。本作に登場する店主のおばちゃんも、理容学校を卒業し、今は亡き旦那と出会い、二人の愛や夢が、二人で夢見た理容室の設立運営を後押ししたのだろう。お店と共に40年間歩み続けた店主と利用者。最期を看取るその瞬間まで温かく続く両者の交流が、店主と利用客という関係性を超えて生まれた何かなのだろう。それは、若い私達には分からない、苦楽を共にして来たウン十年の重みが、そうさせる。映画『本日公休』を制作したフー・ティエンユー監督は、あるインタビューにて本作におえる父親不在の家族愛というテーマについて聞かれ、こう話している。
ティエンユー監督:「私自身の父親は実際、家を10年間離れていました。この脚本は、私のいつも慣れ親しんだ家族の状況について書いているように思えます。映画『本日公休』の美容師の夫の「不在」は、実際には創造的な考察です。キャラクターの登場により、実際には物語全体の構造が変化し、話したいキャラクターの感情が焦点から外れる可能性もあります。 したがって、意図的な「不在」ではありません。それはむしろ、クリエイティブな脚本家が考慮すべき点です。」(※6)と話す。本作は、父親不在の家族愛がテーマになっており、それをより深く考察すると、母と娘の二世代に及ぶ家族史について、理容室という舞台を通して表現されている。親と子の関係は非常に複雑だが、赤ん坊が生まれた時に繋がれている一本のへその緒のように結ばれている。それは、理容室にある切れ味の良い鋏でも切れない、何十年にも至る、太く長い一本の愛憎溢れる親子愛の結晶。
最後に、映画『本日公休』は台湾の俊英フー・ティエンユー監督が、自身の母親をモデルに執筆した脚本をもとに、実家の理髪店で撮影を敢行して完成させたヒューマン・ドラマだが、これは単なるお仕事映画でも、親子愛がテーマの映画でもない。理容室という特殊な場所を通して、幾重にも折り重なった年輪のように、何十年間にも跨る人間関係を丁寧に描く。ウン十年にも及ぶ親子の深い関係性が、理容室の扉から伺い知れる。そして、この物語には私達が日々思い描く夢や希望を抱きながら生きる姿を、彼らの最終形態の姿を投影して表現している。
映画『本日公休』は現在、全国大ヒット上映中。
(※1)理容店の看板サインポールの由来https://fuk-ri.com/column/184/(2024年10月29日)
(※2)若いころから通っていた理容店が閉店した。高齢のオヤジさんの…https://www.tokyo-np.co.jp/article/156615#:~:text=%E9%AB%98%E9%BD%A2%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%83%A4%E3%82%B8%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E2%80%A6,-2022%E5%B9%B41&text=%E6%99%8204%E5%88%86-,%E8%8B%A5%E3%81%84%E3%81%93%E3%82%8D%E3%81%8B%E3%82%89%E9%80%9A%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%E7%90%86%E5%AE%B9%E5%BA%97%E3%81%8C%E9%96%89%E5%BA%97,%E6%99%82%E3%81%AE%E6%B5%81%E3%82%8C%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82(2024年10月29日)
(※3)マニアが教える! 絶滅する前に行きたい 全国“昭和ドライブイン”8選https://jafmate.jp/lifestyle/showatanken_20221006.html(2024年10月30日)
(※4)消えゆくデパートの屋上遊園地 「集客装置」今では全国で5カ所にhttps://www.asahi.com/sp/articles/ASRC25R9CRBTPTIL001.html(2024年10月30日)
(※5)昭和レトロはどこへ行く――令和の若者にウケるわけhttps://chuokoron.jp/culture/125070.html(2024年10月30日)
(※6)從「家庭理髮廳」到「在路上」的創作軌跡——專訪《本日公休》導演傅天余https://funscreen.org/article/38381(2024年10月30日)