映画『雨降って、ジ・エンド。』『彼女はなぜ、猿を逃したか?』鬱屈した感情が、今の時代のトレンド

映画『雨降って、ジ・エンド。』『彼女はなぜ、猿を逃したか?』鬱屈した感情が、今の時代のトレンド

2024年5月26日

降りしきる雨の日に、二人は出会う映画『雨降って、ジ・エンド。』

雨降って止んだ後には、必ず晴れて、虹が架かる。人生に終わりが無いように、雨が降っても終わりはない。青春や恋愛に終焉があっても、それでも人生は続いて行く。「ジ・エンド」と告げられる迄、ずっと雨は降り続ける。映画『雨降って、ジ・エンド。』は、フォトグラファーを目指す日和は、派遣バイトで働きながら写真をSNSに投稿する日々を送っていた。ある日、彼女は雨宿りのために忍び込んだ店で、ピエロのようなメイクをした男・雨森と出会う。雨森を撮影した写真はSNSで思わぬ反響を呼び、日和はさらなる反応を求めて彼に近づいていく。雨森と穏やかな時間を過ごす中で自分が彼にひかれていることに気づく日和だったが、雨森にはある秘密があった。フォトグラファー志望の女性と中年ピエロの奇妙な出会いから始まる予測不能な物語をつづった純愛ストーリー。

近頃、若い世代の恋愛観(※1)が、日本社会の中で大きな変化を見せていると言われる昨今。「20歳前後の若者の恋愛状況に関して「恋人探しや婚活を行っている」と答えた人は33.6%に過ぎない、すなわち3人に2人は恋人探しや婚活を行っていないという実態が明らかになった。恋人探しをしている人が利用している手段やツールとして、「職場や学校」、「友人・知人からの紹介」に次いで多いのがマッチングアプリで、25.5%の人が利用している。」という調査結果が発表されている。分かりやすく言えば、「恋人を探している」は33.6%、20代前半で大幅に減少。職場は出会いの場の目的としては、今は使われていない。その多くが、マッチングアプリを利用して出会いを考えている。時代や世の中の利便性が変わると共に、人の考え方や行動の目的が大幅に変動する時がある。その一方で、恋愛弱者に陥りやすい中年男性にとって、恋愛強者の存在は目障りでもある。結論から言えば、「マッチングアプリは救世主ではない」(※2)。アプリは、街角のナンパがデジタル化されただけで、結局、恋愛に漕ぎ着けるのは全体の3割の恋愛強者やナンパ師だけだ。残7り割の恋愛弱者の中年男性には順番が回って来ず、結局のところ、残酷にも従来通り取り残される。そして、今でも独身男性が増え続ける背景には、恋愛強者と恋愛弱者を天秤に掛けた関係性が世の中を左右する。深層心理学者のユングは、40代以降の中年世代を「人生の正午」と呼ぶ。この時期に訪れる中年の危機に対して、その世代の男性が、「自分自身の男性性と女性性を統合させ、心の全体性の完成を目指す」事を人生の課題とユングは説く。ただ、最も大切な事は「中年のこの時期に、なぜこの女性に無性に惹かれるのか」(※3)を自身の中で咀嚼する事だ。恋愛は誰が、どの年齢で、誰と恋に落ちても、他者が咎める事はできない。最も大切な事は、「人を好きでいる自身を大切にする」事だろう。人生は、いつまでも続いて行く。

切り抜きされた、私たちの景色。映画『彼女はなぜ、猿を逃したか?』

©群青いろ2022

©群青いろ2022

何かを箱や籠から逃がす行為は、心理学の観点から言えば、自身の心の解放を意味するものだろう。物理的に何かを解放しようとする行動は、心理学の観点から捉えると、それは「カタルシス効果」(※4)の一つとして考える事ができる。人は、深い感情やストレスが解放されるプロセスを欲し、この経験を通じて個人が精神的な清浄や癒しを会得すると言われている。その解放の先には、個人が抑圧された感情やトラウマを解放し、心理的な安定を達成しようとなる行動の現れなのだろう。映画『彼女はなぜ、猿を逃したか?』は、動物園の猿を逃がすという事件を起こした女子高生を取材し、その理由を探ろうとするルポライターの優子。誹謗中傷にさらされている女子高生を救いたいという思いから真実に迫っていく優子だったが、取材を進めるにつれて精神のバランスを崩していき……。「高校生が動物園の猿を逃した」という実際のニュースをモチーフに青春映画。

©群青いろ2022

2020年には、千葉県である高校生男子(※5)が、猿の檻の金網フェンスを破壊し、70匹いる猿の一部を逃がしたとして報道されている。この事件が、本作のモチーフになっているようだが、なぜ学生が猿を逃がそうとしたのか、その動機は報道では発表されていない。また、本作でもその部分は明確なものになっていない。上記で言う「カタルシス効果」が原因として、自身の抑圧された感情を何かに変換して、解放する行為のその背景には、何があるのだろうか?たとえば、学生生活のストレスが原因も考えられるのか?人付き合いに疲れる、毎日の授業が退屈・嫌い、学校のルールに納得がいかない、イメージしていた学校生活と違った、朝起きられない、周りの人と比べてしまってつらい、全ての人に好かれようと思っている、学校生活や卒業後の目的がない、状況を変えられないと思っている、夜眠れていない、抗ストレスホルモン分泌が減少している…など、多くの原因が考えられる。こうしたストレスを抱えた日常を送る中、その発散の先に犯罪や暴力、いじめに繋がる背景も考えられるのかもしれない。それが、「猿を檻から逃がす」という発想にも繋がると考えてもおかしくないだろう。また世界では、2016年に南アフリカにて、当時20代の男二人が水族館から絶滅危惧種のペンギンの子どもを海に逃がしたという事件(※7)も起きている。この背景には、動物の監禁に対する抗議行動と、容疑者二人は訴えている。動物を狭い檻や水槽で管理する事自体が、悪なのかどうか。これは、私達全人類に問いかける問題でもある。本作の2作『雨降って、ジ・エンド。』『彼女はなぜ、猿を逃したか?』を制作した高橋泉監督は、インタビューにて作品についてこう話している。

髙橋監督:「とにかく「このモチーフに対して世の中みんなで考えよう」みたいな映画ではないことはたしかなので、他人と論じたりとか、他人の意見を否定したりとかするのではなくて、シンプルに「自分だったら大切な人がこうだったらどう思うか」って観てもらいたいなと思います。」(※8)と、自身の身の回りの近くにいる「大切な人」の存在について、作品を通して思いを馳せて欲しいと話す。

最後に、映画『雨降って、ジ・エンド。』『彼女はなぜ、猿を逃したか?』の2作に共通して言える事は、「現代に生きる若者の中にある鬱屈した何かが弾けた瞬間」を描いている点が、同じ要素を持つ部分と言っても良いだろう。ある種、この鬱屈した学生時代の感情そのものが、今の時代のポップなトレンドの一つ(※9)なのかもしれない。

©群青いろ2022

映画『雨降って、ジ・エンド。』『彼女はなぜ、猿を逃したか?』は現在、関西ではシネ・ヌーヴォ神戸映画資料館にて上映中。

(※1)若者の恋愛に変化!? 3人に2人が恋人探さずhttps://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000093.000000266.html(2024年5月26日)

(※2)「恋愛弱者」の中年独身男性が増える残酷な原因恋愛強者が未婚のまま残り続けることの影響https://toyokeizai.net/articles/-/733459?page=5(2024年5月26日)

(※3)中年の恋愛?深層心理から紐解くミドルエイジ男性の恋愛https://allabout.co.jp/gm/gc/449673/#google_vignette(2024年5月26日)

(※4)心理学におけるカタルシス効果:解放と癒しの力https://coaching-l.net/catharsis/(2024年5月26日)

(※5)ニホンザルのおりを壊した疑い 千葉の男子高校生を逮捕
https://www.asahi.com/articles/ASN9R77C3N9RUDCB010.html(2024年5月26日)

(※6)学校のストレス・5つの原因〜ストレス対策して楽しい学校生活を送ろう!〜https://kizuki.or.jp/blog/life/school-stress/(2024年5月26日)

(※7)水族館からペンギンを逃がした容疑者2人が出廷 南アフリカhttps://www.afpbb.com/articles/-/3102797?act=all(2024年5月26日)

(※8)『雨降って、ジ・エンド。』 高橋泉監督・廣末哲さんインタビューhttp://www.fjmovie.com/main/interview/2024/02_amefuttetheend.html(2024年5月26日)

(※9)感情にかたちを与える 今野真二『「鬱屈」の時代をよむ』を山本貴光さんが読むhttps://shueisha.online/articles/-/97763?page=1#goog_rewarded(2024年5月26日)