僕らは「透明人間」だった映画『ニューヨーク・オールド・アパートメント』
移民問題は、今や世界規模で問題視されている事案だ。ここ日本でも、数十年後の未来、10人に1人が外国人移住者(※1)という時代が訪れ、ますます増えると言われている。また今後、日本の人口が減少するにも関わらず、移民政策を取らない日本の政治の背景を伺い知る事もできるが、今世界で抱える問題のうちの一つが、この移民問題だ。世界中で他国からの移住者を受け入れている最も多い国(※2)は、もちろんアメリカで、その次にドイツ、ロシア、サウジアラビア、また日本はこの上位の国の一つに入ると入れている一方で、アラブ首長国連邦、ドイツ、フランスもまた、移民大国として近年、挙げられていると、様々な諸説がある。フランスでも近年、移民問題に対して解消を図ろうとする動き(※3)が見られ、特に近年の動きしては、フランスのクオータ制の導入は移民問題への大きな分岐点になった事を祈るばかりだ。このクオータ制は、EUが加盟国各国に導入させようと動き(※4)もあり、ヨーロッパ全域で移民危機への打開を測ろうと、現在勢力を上げて取り組んでいる。そんな中、今スウェーデンでは移民政策に対して、国全体が揺れている。移民を受け入れた結果、治安が悪化(※5)し、福祉国家の敗北とまで言われるほど、スウェーデン国内における移民反対、移民排斥運動は激化を辿る。少し前の話ではあるが、2016年にはスウェーデンに亡命した難民少年が、施設職員の若い女性を刺殺(※6)している。こうした背景が、スウェーデン国内における移民を敵視する排斥運動が起こっている事を理解したい。近年、日本でもこのような移民に対する反発精神が過大に増えていると危惧している。昨年末、東京・杉並区で催事されていたイベントにて、ナイジェリアから渡日した外国人女性と日本の女性との間に、ちょっとしたトラブルが起きた。日本人側は、会話の流れで、「どうやって日本に来たのか」「正当なルートが来たのなら、パスポートを持っているか」など、果たして、交流イベントで発言しても良い内容の質問をしたのか甚だ疑問だ。遠回しに、不法移民では無いのか?不法滞在では無いのか?と、外国人を悪い印象で言葉責めしているように感じて止まない。このトラブルは、報道として取り上げられたが、この切り取られ方がまた、悪意を持って記事を書いているようにも感じられる。なぜなら、記事のリード文が「<独自>「神はあなたを殺す」 杉並区後援の交流イベントで外国人が区民に暴言」と題されているが、恰も、外国人の発言が悪とされる報道の在り方に疑問視せざるを得ない。確かに、殺害予告をする外国人の言葉は一線を越えており、宗教的背景を持つ日本のお国柄を考慮すれば、この発言は行き過ぎではあるが、そもそも、このトラブルを発生させたのは日本人側だ。日本人女性は、ただ会話の流れでトラブルに発展したと言うが、初対面の外国人に「パスポートの有無」を確認する事自体、間違っているようにも感じる。難しい問題ではあるが、ここに悪意があったのか、なかったのかを調査すべきであるが、外国人を貶めるような一方的な報道の仕方には、是正を申し送りたい。また私自身が、このローカルなニュースに対して、些か恐怖したのが、ネット民の反応だ。ほとんどの日本人が、外国人移住者に対して、排斥意識、差別意識を強く持っている事が、改めて、この問題を通して、表に浮上したと再確認できた上、私は日本人の中にレイシストが多くいると確信を持てた。日本人は今、上記のスウェーデンでの出来事が、ここ日本でも二の舞になるのではないかと、非常に危惧している背景を伺える。治安が悪くなるのは、考えものではあるが、移住者に対して必要以上に過剰に拒否反応を起こすのもまた、考えものだ。私は、双方が双方に対して、理解を示す行動をして欲しいと願う。日本人には日本人なりの言い分があり、外国人には外国人なりの言い分があるように、私達は他者への理解や歩み寄りを図る必要があると思っている。それを実現するのは、恐らく、何千年何百時間掛けても、到底無理難題ではあるだろうが、ほんの少しでも、数ミリ、数センチでもいいから、互いに歩み寄れる環境作り、社会作りを共にして行きたいと願う。
映画『ニューヨーク・オールド・アパートメント』は、ニューヨークに暮らすペルー人一家による移民者たちの生活や日常を、双子の視点から描いたラブストーリーもしくは青春映画として部類できる。日本にとって、南米に属するペルーという国については、ほとんど知らないのではないだろうか?私自身、今現在、たとえば、ペルーにおける移民問題に関しては、まったく知らない。学識レベルであれば、研究しているチームが国内にもいるかもしれないが、一般層にはペルーの移民問題に関しての情報は入って来ていないのが現状ではないだろうか?私も、このレビューを書きながらでも、少しでもペルーについて勉強したいと思う。現在、ペルーが置かれている移民状況は、如何なものだろうか?ペルー人が、アメリカに移民として渡米し始めたのは、1990年代に入ってからだ。その当時は、ペルー以外にも、バングラデシュ、パキスタン、ペルー、エジプト、トリニダード・トバゴと言った諸外国の人種が、アメリカに雪崩込んだと言える。映画では、ジム・シェリダン監督制作による『イン・アメリカ/三つの小さな願いごと』やケン・ローチ監督制作による『ブレッド&ローズ』が、1990年から2000年代にかけての移民問題や移民労働問題を誠実に描いている。ペルーでは、貧困問題が長年に渡り、課題とされている。「テロや一般犯罪の一因とも指摘される貧困問題の解決である。ペルーの人口は1960年の約1,000万人から97年の2,437万人へと増加した。この間、政治、経済の不安定が続く中で農村部の貧困が進んだため、農村部から都市部へ急速に人口が流入し、都市周辺部と旧市街地のスラム化が進行した(「ペルー国別援助計画」一部抜粋)」とあるように、国家全体における貧困問題への解決が急務とされている。また、治安状況の一面で言えば、「テロ及び一般犯罪状況は大幅に改善している(テロ関連の死亡者数は1989年3,261人から98年113人)。テロ組織は治安当局の取締による指導者の逮捕により押さえ込まれており、テロ組織が完全に壊滅されたわけではないが、大規模なテロ活動を行うことが困難な状態となっている。一般犯罪についても、98年の法改正により犯罪への罰則強化、武器の所持を軍・警察に限定する等の措置を講じたために減少してきている(「ペルー国別援助計画」一部抜粋)。」と、テロ行為や一般犯罪が、法整備の元、厳罰化された結果、現在は治安のいい国とされている。その一方で、経済発展はしたものの、山岳部や農村部に暮らす人々は社会から取り残されて来た背景がある。また、干ばつ、豪雨、洪水、嵐など、多発する自然災害が、甚大は被害を与えている。特に、農村部で生計を立てる人々は、予測不能な天候に左右され、収入が大きく変動するような、深刻な影響や被害を受けている。特に、ペルーが抱える問題は、今挙げたものが主たるものであるが、その他にも、「農村部において、早すぎる妊娠が増加していること」「乳幼児の貧血や慢性的な栄養不良が蔓延し、安全な水と衛生施設の利用が限られていること」「乳幼児保育の機会が不足しており、教育の質が低く、とりわけ農村部において中途退学率が高いこと」「学校に通わず職にも就いていない若者が増加していること」「女性に対する職業訓練や雇用の機会が不足し、失業率が高く、経済力の男女格差が拡大していること」「子どもに対する精神的・身体的・性的な虐待や暴力が蔓延し、子どもたちが人身取引の危険にさらされていること」「家父長制や男性優位の文化が根強く続いており、女の子や女性が最も弱い立場に置かれていること」「干ばつ、豪雨、洪水、嵐など、頻発する自然災害に対して脆弱であること」などが挙げられ、こうした国家における政治的財政的背景によって、生活が脅かされる国民が大勢いる事が伺え、他国へと移民しようとする流れが増えていると考えられる。これが、本作『ニューヨーク・オールド・アパートメント』の主人公のペルー人一家が、祖国ペルーにて置かれていた環境だったに違いない。彼らの生活環境の背景を知れば知るほど、この作品におけるペルー親子の言動にも共感できる一面が増すのではないだろうか?
では、なぜ彼らペルー人一家は、ニューヨークへと移民を図ったのか?ペルーとニューヨークの関係性が、ここでは重要と見ている。なぜ、彼等は渡米するのか?安定した暮らしを求めてなのか?南米と中南米、そして北米と陸続きで、移動しやすいからアメリカを選ぶのか?または、昔から言われているアメリカンドリームを夢見ての事か?最もな理由や目的なんて、並べたら並べただけ、色々言える訳だが、果たして、彼等の真の目的は彼等だけにしか分からない。なぜ、人は大陸を移動したがるのか?古い時代で言えば、科学者達が長い間、現生人類に繋がる種の中で人類最初にアフリカを離れたのは「ホモ・エレクトゥス」(※11)だと考えられている。これは、約190万年前の話だ。この時代から人類は、大陸から大陸へ移動し、自身が最も平安できる地を求めて、生きて来た。移住するという事は、人間の最も原始的な行動の一つなのかも知れない。安定した生活を送るために、安住の地へと赴く人類の歴史は、これからも途絶えることはないであろう。では、ニューヨークと限定的にはせず、なぜ人々はアメリカに移住という希望を馳せるのだろうか?(※12)移住先は、アメリカだけでなく、他にも多くの国が地球上に存在しているにも関わらず、アメリカを夢見る。なぜ、人が大陸から大陸へ移動するのかという疑問に対して、科学的人類学的側面で考える事ができるが、それでも、その根本的な原因は21世紀の今でも分かっていないだろう。アメリカ移住を夢見たその先には、果たして、安定した暮らしができるのかは、未知数の世界だ。移住しても尚、生活への不安が取り除かれる事はないだろう。祖国と同じ暮らしを強いられ、移民達(特に、若い世代の少年)は犯罪が横行する裏社会へと誘われる。ニューヨークの市政の立場からは、治安が悪くなる現状に対して、非常に憂虞されている。移民を受け入れるには受け入れるだけの支援や制度、受け入れ先の大量確保、人々の心構えが必要とされるが、それが、ある一定数を超過してしまうと、昨年のニューヨークのように市政そのものがパンクしてしまう可能性(※13)がある事を一考したい。今、私達日本人は選択の窮地に迫られている。その時、私達は正しい選択ができるのか、今から人として試されている事を念頭に置いておきたい。本作『ニューヨーク・オールド・アパートメント』を制作したマーク・レイモンド・ウィルキンス監督(※14)は、スイス出身のヨーロッパ人だが、なぜ彼がヨーロッパ人の立場や視点から南米における北米大陸への移民について、描いたのだろうか?この点は、非常に気になる所だ。彼は、オフィシャル・インタビューにて、希望の表裏一体について話している。
「希望は私たちを無防備で愚かにし、私たちの最大の欠陥になり得ると同時に、人間の最大の美徳の一つでもあります。 『ニューヨーク・オールド・アパートメント』は、希望の表と裏を両方描いています。より良い生活を願う。 受け入れられることを願う。 愛されることを願う。 あるいは、初めて性体験をして、性愛の神秘を体験する。」(※15)と話す。また、監督は移民達をただ「見る」「観察する」映画にはしたくなかったと話す。より深く「内なる部分」を作品で描きたかったと話す。この発言は、私自身の監督に対する疑心暗鬼を安心させる素材にもなった。ヨーロッパのスイス系イギリス人が、外側から移民達の姿を描いても、何の説得力もないと感じていたが、よりディープな思考で本作を捉えていた事に一気に親近感が湧いた。なぜ、彼等は移民を選んで、祖国を捨てたのか。それは、移民達の中にある私達には分からない何か深い事情がある。監督は、本作を通してそこにアプローチしようとしたのでは無いだろうかと思う。
最後に、映画『ニューヨーク・オールド・アパートメント』は、世界の片隅に暮らすペルー人一家の姿を描いた移民のほんの一部の世界だ。この物語は、今世界で起きている事象の一つに過ぎない。世界中で移民について悩む人種が、たくさんいる。私達日本人は、わざわざ移民を選ばなくても暮らして行ける社会で生きている事に、改めて感謝する必要がある。その傍らで、日本への移民を考えている外国人が居る事も確かだ。上記で挙げた日本で起きたトラブルが、今後も起きて欲しくないと願うばかりだ。治安が悪くなるのは一考ではあるものの、私達は移民の人々を受け入れる社会を作って行く環境を整えて行かなければならない。
映画『ニューヨーク・オールド・アパートメント』は現在、全国の劇場にて上映中。
(※1)10人に1人が外国人の時代が来るhttps://frontier-eyes.online/foreign_resident/(2024年1月17日)
(※3)移民政策を発表、不法移民・難民の管理強化、クオータ制導入(フランス)https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/11/d02dd0fc05d32fb5.html(2024年1月18日)
(※4)【移民危機】EUが新たな対策を発表 クオータ制導入を提案https://www.bbc.com/japanese/34194610(2024年1月18日)
(※5)福祉国家の敗北!?「移民政策」によって急増したスウェーデンの犯罪率https://news.yahoo.co.jp/articles/f1a363834476d616ca36470c70ec2dba490903c8(2024年1月18日)
(※6)【移民危機】スウェーデンの亡命希望者施設で若者が女性職員を刺殺https://www.bbc.com/japanese/35407028(2024年1月18日)
(※7)<独自>「神はあなたを殺す」 杉並区後援の交流イベントで外国人が区民に暴言https://www.sankei.com/article/20231112-CMM6MYXDIFF7LD6U7K6ASHFPAY/(2024年1月18日)
(※8)アメリカ合衆国のポートレート – 第1章「多民族の国、アメリカ」https://americancenterjapan.com/aboutusa/profile/1736/(2024年1月18日)
(※9)ペルー国別援助計画https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/enjyo/peru_h.html#:~:text=%E6%89%80%E5%BE%97%E9%9A%8E%E5%B1%A4%E5%88%A5%E3%81%AE%E4%BA%BA%E5%8F%A3,%E3%81%AB%E9%9B%86%E4%B8%AD%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82(2024年1月18日)
(※10)【活動国詳細】ペルーhttps://www.plan-international.jp/about/country/cop_peru.html(2024年1月18日)
(※11)古代人類ホモ・エレクトスは約11万年前までいた…他の人類と交配の可能性もhttps://www.businessinsider.jp/post-204487(2024年1月18日)
(※12)なぜ、人々はアメリカに移住するのか? 移民の視点から考えるhttps://yumenavi.info/vue/lecture.html?gnkcd=g008514(2024年1月18日)
(※13)10万人の移民が殺到「NYを崩壊させる」と市長は戦々恐々。受け入れ超過に市が悲鳴https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/aa728061516e1ac221bae79375b31e2b620c9e50(2024年1月18日)
(※14)Marc Wilkins Filmdirectorhttps://marcwilkins.com/(2024年1月18日)
(※15)【2024年1月12日(金)より全国公開!】映画『ニューヨーク・オールド・アパートメント』原作者&監督オフィシャルインタビューが到着!https://www.chorioka.com/entry/2023/12/29/210743(2024年1月18日)