映画『メンドウな人々』助監督向田優さんインタビュー
—–向田さんは、初めから助監督になろうと思って目指された訳ではないと思いますが、たとえば、助監督の道を歩むきっかけとなった事は、何かございますか?
向田さん:そうですねえ。初めからではなかったですね。助監督がどこまで何をやるのか、ハッキリ分かっていませんでしたが、大学3年生の頃から漠然と、演出部に興味を持っていました。大学4年生の時に石井岳龍監督の『生きてるものはいないのか』で、演出部デビューをさせて頂き、大変さと充実感を知りました。2011年に大学の映画コースを卒業してからは、母校で漫画表現学科の助手を4年間やっていました。その後は、地域映画の制作部として現場に参加したりしていましたが、これからも現場で働くかどうか、悩んでいました。2017年、29歳の時、現在も僕が大切にしたい企画<ぼくらのレシピ図鑑シリーズ>の第一弾として、安田真奈監督の映画『36.8℃ サンジュウロクドハチブ』で助監督をやる事になりました。続いて映画『ソローキンの見た桜』(井上雅貴監督)でも助監督をさせて頂きました。実は僕は、助手などの下積み経験がなく、戸惑うことも多かったのですが、様々な現場を経てノウハウを学んでいきました。映画を通じて、尊敬できる方々と出会わせていただきました。
—–たとえば、助監督にはどんな役割がございますか?また、現場ではどんな作業をされておられますか?また、助監督と制作の違いはなんでしょうか?
向田さん:「制作部」は、ロケ地の申請、食事や宿泊手配など、予算に関連する管理や準備、撮影時の各方面のケアをします。「助監督」は、主に演出補佐をします。基本は3・4人体制ですが、規模によって変わりますね。チーフ(第1助監督)は、撮影スケジュールの作成や、各スタッフ・キャストの間の調整役。セカンド(第2助監督)は、衣装部、小道具部との連携や、エキストラの演出。サード以降は、カチンコを打ったり、チーフ・セカンドと連携して演出の補佐をしたり…という感じです。僕は、助監督の大事な役割は、各部署が作業しやすいよう、制作部とともにスケジュールや体制といった「撮影の土台」を作ることだと思ってます。例えばスケジュールの組み立てが上手く行かない時は、制作部と相談を重ねて、より良いロケ場所や、地域の方々の迷惑にならない時間帯を検討する。制作部と助監督は、共鳴し合うべきですね。やるべき事は違うけど、目的は同じなので。何故そう思うかというと、制作部経験があるからです。学生時代に初めて商業映画の現場に参加したのですが、それは北野武監督の『アウトレイジ』でした。脚本の内容によって、お金や時間などの課題が生まれます。それらを踏まえつつ撮影環境を守るのが、制作部の役割だと知りました。制作部の働きの重要性を痛感しました。僕らって、ある種、「日常の時間を壊す」組織だとも思うんですよね。例えば、朝のいつもの時間帯に、道の真ん中で撮影をして迷惑をかけてしまう。だから制作部は、しっかり事前に説明して、頭を下げ、撮影のための体制を組んでくれます。そうした働きのおかげで各部署が力を発揮して、結果的に「日常に光を感じてもらえる」作品となるわけです。制作部の真摯な働きにも、協力くださる地域の方々にも、各部署にも、本当に感謝です。
——数は少ないんですが、制作のお手伝いで行かせてもらった経験から思うのが、助監督は撮影の最前線で場所にいて、一方で制作部は少し引いた場所で待機している印象を受けました。制作部は、出番待ちの役者さんを上手に総括している部門である印象を持っていましたが、今のお話を踏まえて、共鳴し合う部署という考え方は素敵だと思います。
向田さん:その通りですね。両部署で協力しあって、他の部署の方に集中して撮影していただきたいですね。
—–助監督と制作部は、どちらかと言えば、影の存在です。縁の下の力持ちと言いますでしょうか。どの部署もそれぞれ大切ですが、現場で活動しているのはやはり、助監督と制作部の力は大きいと思います。私は、技術といったスタッフの方々が、より表に出てきてもいいと感じています。
向田さん:作品によっては、スタッフが舞台挨拶などに出ても良いなあと思っています。観客の皆さんにとっても、スタッフの視点を知るのはきっと面白いですよね。衣装の方、美術の方、助手さんの声も僕は聞きたいです。学生時代、制作秘話が書かれたパンフレットとか見るの好きでしたもん。憧れが生まれますもんね。
—–今回は、どのような経緯で安田真奈監督の最新作『メンドウな人々』の現場に携わりましたか?
向田さん:僕は、映画24区が企画し、地域の方と制作する<ぼくらのレシピ図鑑シリーズ>には「これからも全作品に関わりたい」と三谷プロデューサーや関係者に公言しています。助監督として参加した第1弾『36.8℃ サンジュウロクドハチブ』(安田真奈監督)は、兵庫県加古川市で2017年夏に撮影。第2弾『夏、至るころ』(池田エライザ監督)は、福岡県田川市で2019年夏に撮影。この時はアシスタントプロデューサーを担当しました。三谷プロデューサーと安田監督から、第3弾『メンドウな人々』を2022年秋に撮ると聞いたのですが、当時別の映画のプロデューサーもしていたので、参加は難しいかなと不安でした。しかし関係者の皆さんが調整してくださり、助監督として参加することができました。
—–本作は、「うどん」を通した若者達の自立や心の成長を描いていますが、向田さんはこの題材について、どう感じておられますか?また、現場での思い出は、ございますか?
向田さん:今回登場する「うどん部」は、山梨県富士吉田市のひばりが丘高校「うどん部」がモデルになっています。僕が大事にしたかったのは、彼らが映画に関わって良かったと思えること、地域の方々が楽しんで参加してくださることです。そのためには、皆さんが参加しやすい雰囲気作りが大切です。皆で気持ちよく、この映画が作れたらと願っていました。最終的に、高校生の皆さん、そして富士吉田市の方々が楽しんで参加してくださり、感謝の気持ちが溢れました。
—–本作は、「食」を介して描かれる若者達の青春映画ですが、向田さんは助監督という立場を通して、この作品にどうアプローチされましたか?
向田さん:本作では、富士吉田市の郷土料理「吉田のうどん」が描かれます。クランクイン前に、スタッフ・キャストで、地元のうどん店「蔵ノ介」で、「吉田のうどん」を食べたのが印象的ですね。「蔵ノ介」のご夫妻には、うどんづくりの基礎などを出演者に指導していただきました。うどん部役の3人の若手俳優を、きめ細やかに応援してくれましたね。ひばりが丘高校うどん部の皆さんにも、うどん作りを指導していただいたので、撮影前に俳優部との交流の場を持ちました。
—–本作は、学生を応援する趣がある作品かと受け取ることもできますが、向田さんが助監督で本作に参加して、今回学びや気付きがあったとすれば、振り返って、何か思い出せることはございますか?
向田さん:今回は、高校生と大人の友情物語という構成や、キャスティングが楽しみでした。安田監督はイメージをどんどん出してくれるんです。撮影監督の武村敏弘さんと、安田監督と、演出部メンバーで、カット割りをじっくり相談できたこともありがたかったです。安田監督とは、『36.8℃ サンジュウロクドハチブ』「伊賀市PR動画」「感謝の心(松下資料館展示ドラマ)」などでも組んでいるのですが、明確なビジョンを出して下さるので、やるべき事が見えやすいです。かなりスケジュールがタイトだったので、天候が不安でしたが、朝起きた時にホテルから見える堂々とした富士山の姿に救われましたね。そして、良いカットが撮れるたびに、安堵感が生まれました。若いスタッフが多く、苦労をかけましたが、彼女たちの働きのおかげで乗り切れました。僕はキャストの気持ちに寄り添ったスケジュールを組むように心がけていますが、撮影現場のムード作りに関しては、的場浩司さんと片岡千之助さんの気さくさに助けられましたね。
—–安田監督の現場経験や他の現場経験を通して、向田さんにとって、助監督の重要性はなんでしょうか?
向田さん:助監督は、脚本を読みこみ、監督と相談し、キャストをリスペクトし、スタッフを頼り、さまざまな課題に取り組んでいきます。監督や作品によって、製作のスタイルや規模は異なりますが、それぞれの監督が向かう道に、共に歩み、支えていくことが大切ですね。予算、ロケ場所、スケジュール…、さまざまな課題に直面しますが、視点を広げて取り組む事が重要だなと思ってます。また各作品において、大事にすべきこと、目指すべきことは違います。それを明確に把握することも大切ですね。さらに言えば、作品に関わる全ての方を繋げることが、僕が理想とする助監督の役割です。
—–最後に、映画『メンドウな人々』の魅力を教えて頂きますか?
向田さん:学生時代は、些細なことでモヤモヤすることが多いと思うんですよ。この映画では、支えてくれる人がいることの素晴らしさを考えさせられますね。誰にも言えなかった悩みを、打ち明けられる相手がいることの重要性。誰かに頼ってもいいんだよ、というメッセージも感じます。自分はどの登場人物に感情移入できるのか、というところも、楽しめる要素ですね。それは安田監督がいつも大事にしている部分だと感じます。寒い時期に温かいモノを食べると嬉しいですよね。そんな風に、ちょっと寂しい時に、温かい言葉や寄り添いがあると、心が落ち着く。泣いたり、笑ったり、気持ちを伝えたり、食べたり、考えたり。そんな、人の営み、人の交わりのぬくもりを、感じられる作品だと思っています。
—–貴重なお話、ありがとうございました。
映画『メンドウな人々』は、10月21日(土)より愛知県名古屋市にあるシアターカフェ、来月11月17日(金)、18日(土)の2日間、兵庫県の神戸三宮シアター・エートーにて上映予定。