映画『夜を走る』佐向大監督インタビュー
—–本作は、亡き大杉漣さんとの話し合いの中で企画が立ち上がり、構想9年で作品が完成したとお調べさせて頂きました。企画や構想について、詳しくお話をお伺いできますでしょうか?
佐向監督:元々、高校の時の友人が鉄屑工場で働いていました。
商業映画の一作目に当たる映画『ランニング・オン・エンプティ』が川崎の京浜工業地帯を舞台にしているのですが、それを友達も観ていて、「おそらく、佐向だったら、うちの会社の鉄屑工場が好きなんじゃないか」と思ったようでして、案内してくれたんです。
行ってみたら、見たことないような重機であったり、迫力のある現場の雰囲気に圧倒されて、そこを舞台に何か映画を撮りたいと思ったのが、一番のきっかけです。
今から10年以上前になりますが、その頃、大杉漣さんの事務所に誘われて、所属することになりました。
これから映画を作っていこうという話になり、その時に「鉄屑工場で働く二人が、ある事件を起こし、それを隠しながら日常を過ごす物語」を提案したら、「面白そうだから、進めてみよう」ということになりました。
そこからプロットや脚本を書いて企画を進めて行ったのが、そもそものきっかけです。
—–先程のお話の中で、大杉さんのお話が出ましたが、もし大杉さんがご存命で、この作品にご出演されていたら、どの役柄でキャスティングをされていたか、お考えはございますか?
佐向監督:工場の社長を脅かしにやってくる男を想定していました。完成したバージョンでは松重豊さんが演じられた役にあたります。
ただ、ご存命の時には、全体の話の流れがかなり違っており、特に後半は大分変更しているので、今と異なるキャラクターでした。
出演シーンはわずかでも印象的な役柄で大杉さんにお願いしたいと考えていたのは確かです。
大杉さんご本人にもそうお伝えしてました。
しかし本作の企画が立ち消え、別の企画を提案したときは、大杉さん主演で行きたいとお話ししました。
それが前作の映画『教誨師』です。
—–出演者さんが、それぞれの役柄に嵌っているように見えました。キャスティングは、どのように進められましたか?
佐向監督:秋本役の足立智充さんは元々、同じ事務所に所属していました。
この映画の原型となる脚本を書き上げた当時、抜粋したシーンを使って事務所の役者さんたちとワークショップのような事をしていました。
実際に足立さんも参加されて秋本役やそうではない役も演じられていたのです。
いつか本作が実現されるときには、秋本役は足立さんで行こうと考えていました。
谷口役の玉置さんに関しては、『教誨師』で初めてお会いして、その屈折した表情や演技に惹かれ、この谷口役は玉置さんしかいないと思って、オファーしました。
宇野祥平さんに演じてもらったニューライフデザイン研究所という団体の代表は、一見胡散臭いながらも、実はいい人かもしれないし、悪い人かもしれない、とにかく捉えどころのないキャラクターで、そんな役にはまるのは宇野さんしかいない、と(笑)。
他にも菜葉菜さん、高橋努さん、杉山ひこひこさんなど、皆さんそれぞれ演じて欲しいと思う人に、直接オファーしに行きました。
—–当て書きは、まったくされてないのでしょうか?
佐向監督:当て書きは特にしてないですね。脚本を書きながら、誰に演じてほしいかいちおう考えたりはするのですが、ホンを書き終わって改めて、では誰がいいかプロデューサーやスタッフ、時には既に決まっているキャストとも相談しながら固めていきました。
そして配役が決まったら、もう一度演じる役者さんに合わせて書き直す作業をします。
—–登場人物たちの人間性が、観ている間、すごく共感できる部分がたくさんあり、絶望の中でしがみついて、もがき苦しみ、次の壁を打破していこうとする姿が、観ていて感動しました。如何にして、人物達の人間性を、どのように作り上げていきましたか?
佐向監督:毎回、物語を進めるためのキャラクターを作るのではなくて、まずは魅力的な人物を登場させようと心がけています。
それは『教誨師』でもそうですし、『休暇』のように脚本だけ手がけた作品でもそうです。
基本は自分の周りにいる人のある部分を(※1)カリカチュアして、その人の恐ろしさや狡さ、どこか滑稽な姿などを強めて、キャラクターを作っていく感じなのかなと、思っています。
—–どの作品でも、映像から「人の深み」がとても伝わってきます。
佐向監督:本当に、悪い人、良い人って、いないと思うんですよね。
一人の人間だから、色んな面がある訳で、ときと場合によって、悪い面があったり、良い面があったり、さらにはある人にとってはいいけど、別の人にとっては悪いと受け取られたり・・・・・・。
そんな人間の持つ複雑さを、如何に単純化しつつ、魅力的なキャラクターとして描いていけるかという部分は、物語以上に重要なところではないかと考えています。
—–関連作を観させて頂き、感じるのが「人の描き方の妙」。その人物を描くことに対して、脚本における人物像を、どう落とし込んでいるのか、もしくは落とし込む時に、何を大切にしておられますか?
佐向監督:たくさんありますが、今お話しした通り、決して一面的ではないというところですね。
それとストーリーを動かすために人物は存在している訳ではなく、人物が行動することがそのまま物語として立ち現れること。
だから時には辻褄が合ってなかったり、突拍子がなかったりしても、その人にとってスジが通ってればいい。
もちろんそれが観る人にとって面白いものという大前提はありますが。
あとは、「この人とこの人が話したらどんな会話になるんだろう」と、僕自身楽しみながら台詞を書いている部分もあります。
ある程度キャラクターが決まったら自然と台詞が出てくる。
全く何も出てこないときもありますが(笑)、会話からそのキャラクターを作っていくこともよくあります。
—–他の方も同じご質問されておられると思いますが、終盤で登場するダンスの演出の意図、もしくはあの振り付けに込めている意味は、ございますか?
佐向監督:元々、脚本を書いている時には、あの場面はなかったんですよ。
今回プロデューサーでもあり前の事務所の代表でもあった大杉弘美さんから、「足立さんは踊れるのよ」といきなりお話がありまして、「それはどういう事なのか?劇中で踊らせてみたら、という事なのか」と考えつつも、踊れるのなら踊ってもらおうと。
でも足立さん本人に確認したら、「僕、踊れないですよ」と言ってましたが(笑)。実際は舞台に出演したときに踊ったことがある、とのことでした。
ただそのアイディアは自分の中でも徐々に素晴らしいものに思えてきて、どこか人間離れしていく秋本が、ある場面で、人間が日常ではしない動きをして欲しいと思ったんです。
こちらのイメージを足立さんにお伝えし、振付師の方と足立さんで動きをつくってもらいました。
最初は存在しなかった要素なのに、今では必然だったような気がします。
—–例えば、あの振付を通して、あの場面では何を表現していますか?
佐向監督:秋本というキャラクターが、元々は今ある現実の世界で息苦しさを感じながら生きていて、それが徐々に別のものに変わっていく。
その最終段階への助走のような捉え方ですね。この世と別の世界とをつなぐ役割というか。
一度死を迎えても、そこから復活して、旅立って行くみたいな漠然とした事をお伝えしました。
それを踏まえた上で、あの振り付けが生まれました。
だから一見、異質なものがいきなり入り込んでくる感じですが、僕の中では理にかなっているのです。
—–ある取材記事で、「今蔓延している負の空気は、絶対的な悪や敵意のせいというよりも、みんなが自分は正しいと思い込んでいることから来てるのではないか・・・・・・」というお話を違うインタビューでお話されておりますが、それを打開していくには、どうすれば良いでしょうか?
佐向監督:正直、分からないとしか言えないんですが、世の中って、何か原因があって、結果があると思うんですよね。
こういうことがあったから、こんな事が起きている。
もちろん、原因も結果もいっぱいあって、その結果がまた別の原因になったりもしている。
ただ確実に言えるのは、自分たち人間が感知できない部分、訳の分からない部分がものすごくたくさんある。これだけ科学や医学が発達しても、結局コロナもあるし、戦争も起きるし、経済もグダグダになるし、本当に生きづらい世の中なんですよね。
でもそこで落ち込んでも仕方がない事だと思います。
かと言って、前向きに行こうと言っても、白々しいだけ。だったらダメでいいじゃないか。何も分からなくてもいいじゃないか、と思うんです。
でもそれは単に開き直るのではなく、ダメならどうしたらいいか考えたり、分からなくてもいいから知ろうとすることが大事なのではないかと。
そこで一番重要なのは想像力だと思います。自分が正しいと思っていることは本当に正しいのか。
もしかしたら変えなきゃいけない部分もあるのではないのか。
想像力がないと何も動けないし、他者の気持ちにもなれない。
それで何を変えられるのか分かりませんが、一つ一つ、小さな積み重ねですよね。
—–小さい事の積み重ねと、自分の自身の中の意識を改革することで、何かが変わるのか、前に前進して行くのか。
佐向監督:本当に分からないですが、楽しむしかないと思うんです。
だから、この状況を悪いなりに、楽しむしかないと思います。結局のところ。
—–またプレスでは「贖えない罪、解放なき虚無、出口のない絶望」という言葉が記載されており、映画は如何にその世界の悲惨さ、もしくは平安にどう対峙していくのかと問うております。監督自身、映画を通して「何」を表現したいですか?
佐向監督:偉そうなことは何も言えませんが、今の現状に目をつむったり、過去や未来を見なかったこと、見ようとしないことだけは、避けたいと思っています。
今、どういう社会なのか、世界がどうなっているのか、自分自身がどうあるべきなのか、という事には自覚的でありたいし、映画もそれを反映させたものにしないといけない意識は常にあります。
ジャンルは何であれ、誰が出ようが関係なく、その部分は大事にしたいと考えています。
–—-貴重なお時間、お話、ありがとうございました。
映画『夜を走る』は現在、関西の劇場ではテアトル梅田、アップリンク京都、cinemaKOBEにて、絶賛公開中。また、全国の映画館でも公開中。
(※1)コトバンク「カリカチュア」とはhttps://kotobank.jp/word/%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A2-47379(2022年6月17日)