文・構成 スズキ トモヤ
本作『スウィート・シング』は実に、25年振りに日本劇場公開となるアメリカ、インディペンデント界の重鎮、アレクサンダー・ロックウェルの最新作だ。
彼は、ニューヨークのインディーズ界隈で活動を続けるフィルムメーカー。
特に、90年代の『イン・ザ・スープ(92年)』『サムバディ・トゥ・ラヴ(94年)』『フォー・ルームス(95年)』が、代表作。
また本作では、16mmやモノクロ、パート・カラーなど、映画黎明期を代表する技術を採用している。
とても実験的で攻めた撮影手法は、観客を驚かせることだろう。
あらすじは、マサチューセッツ州ニューベッドフォードに暮らす15歳と11歳の姉弟ビリーとニコの視点で語られる。
普段、彼らは慈愛深い父親と暮らしているが、一度お酒を飲むと、酩酊するほど酔いつぶれ、暴れ回る彼。
ある時、その父親がアルコール中毒が原因で、強制入院することになってしまう。
保護者がいなくなった姉弟は、離れて暮らす母親と過ごす選択肢を選ぶ。
本作『スウィート・シング』の映像表現は、どこか懐かしくノスタルジックな空気感だ。
それが、本作の最大の魅力でもある。
その一方で、この作品で取り上げている現実的な問題が、アメリカ社会ひいては日本社会とも関係する。
それらの事案を映画的側面から自由にアピールできるのが、自主映画の強みだ。インディペンデント系の映画産業は、世界各国どこの国でも見受けられる。
アメリカという一面で見た時、北米のインディーズ映画は古くから存在する。
本作を製作したアレクサンダー・ロックウェルは、90年代初めに巻き起こったインディペンデント・ブームから誕生した人物だ。
この時代には、彼の他にジム・ジャームッシュ、クエンティン・タランティーノなど、インディーズ界隈から商業の世界へと多くの監督を輩出した黄金の時代だ。
そんな時代に彗星の如く現れた映画監督アレクサンダー・ロックウェル。
彼は他の監督と同様に、ハリウッドの門を叩くことはなかった。
デビュー当時から今の今まで、一貫して自主映画の世界で作品を作り続けている。
自分たちは、そんな彼自身をどこまで知っているだろうか?正直なところ、自分はまったく知らなかった。
彼の作品やオムニバス映画『フォー・ルームス』に監督として携わっていたことさえも、知らずにいたのだ。今回、本作が日本で紹介されるまで、彼の存在を知らずにいた。
前述の通り、ロックウェル監督は、80年代から精力的に活動を続ける映像マン。この25年の間にも、数多くの作品を紡ぎ出している。
例えば、『Louis & Frank(98年)』『13 Moons(02年)』など、多くの作品が、国内では未配給として存在している。また監督自身、デビュー作から本作まで妥協せず、実験映画のような作品を製作している。
初期の作品『Lenz(82年)』では、セピア調で映像を表現し、次の作品『Hero(83年)』では音楽好きの足の悪い10代の少年の心情を映像で表現している。
また、2010年の映画『Pete Smells Is Dead』では、冴えない映画監督が再起を図ろうとする姿をメルヘンチックに描いている。
映像製作へのアプローチが、商業映画とは線引きをしているような雰囲気を醸し出している。その上、初期の作品から同じ役者が、彼の作品に携わっているのも魅力的だ。
特に、ウィル・パットン、サム・ロックウェル、スティーブ・ブシェーミ、ジェニファー・ビールスのこの4人は、本作『スウィート・シング』の製作にも関わっていることにも注目したい。
なかでも、W・パットンの飲んだくれのダメ親父っぷりの演技は、紛れもなく名演。本作に関して、監督からはビデオ・メッセージが、日本に届けられている。
彼は「これは真のインディペンデント映画」「僕らの中にもまだある子供時代の魔法を祝福するため、この映画を撮りました」「瓶に入った手紙のように、アメリカから日本の観客へ届けたい」と素晴らしいコメントを残している。
本作の物語は、とても幻想的で、メルヘンな設定に仕上がっている。
作品全体は、16mmのモノクロで撮影しているが、随所随所の場面において、カラー撮影を差し込んでいる。
白黒とカラーという対比が、ファンタジックな世界として出来上がっている。
それらの手法と合わせて、過去に頻繁に使用されていた(1)アイリス・イン、アイリス・アウトの編集効果が、サイレント映画へのオマージュを彷彿とさせる映像になっている。
それでも、ファンタジーの世界観を大事にしつつ、本作はある側面から作品を観ることができる。
物語の設定が、現代社会の問題を織り交ぜたストーリー展開となっている。
一言で表現するなら、ファンタシズムの中のリアリズム。これらの要素が、隣り合わせで整列し、化学反応を起こしている。
説教臭さがまるでなく、あっさりとした作品として観ることができるが、その根底にあるのは、アメリカ社会、日本社会が抱える問題を子どもたちの目を通して描く。
近年、日本でも殺人や虐待、性暴力など、多くの悲しいニュースが後を絶たない。
アメリカでも、銃による犯罪が、頻繁に報道されている。日本では、連日取り上げられている(2)大阪の虐待事件を喚起させられる。
また、アメリカの銃での事件は、毎年頻繁に起こっており、挙げれば枚挙に暇がない。例えば、今年5月に起きた(3)カリフォルニア州での銃乱射事件もまた、痛々しい限りだ。これらの問題は、数字で見れば、悪化を辿っている。
大阪府の虐待問題では、(4)7年連続全国ワーストを記録。その7割以上が「心理的虐待」と言われている。
米国の銃問題もまた、同じような具合で悪い方向に走っている。
(5)2021年に入ってから、147件以上。前年に比べ、約73%増と統計が出ている。これらの犠牲になるのは、弱者や子どもたちだ。
監督は、ビデオ・メッセージで「子供時代の魔法を祝福する」とコメントしている。子どもたちは、自身の親や環境を選ぶことはできない。
せめて、幼少期の思い出だけは、魔法であって欲しいという監督からの強い想いが、作品から伝わってくる。
本作『スウィート・シング』は、現実社会で生きる自分たちに「魔法」を与えてくれる作品だ。
映画『スウィート・シング』は、本日10月29日から一部の劇場にて、上映開始。関西では大阪府では、テアトル梅田。京都府では、アップリンク京都にて公開中。順次全国の劇場にて、公開予定。
(1)アイリスアウトとは何?昭和の時代からアニメで使われている、鉄板手法を説明します!https://blog.toonboom.com/ja/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E6%98%AD%E5%92%8C%E3%81%AE%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%81%A7%E4%BD%BF%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B-%E9%89%84%E6%9D%BF%E6%89%8B%E6%B3%95%E3%82%92%E8%AA%AC%E6%98%8E%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99(参照 2021-10-29)
(2)熱湯かけられ3歳男児死亡 虐待の様子を撮影…暴行容疑で母親も逮捕 大阪・摂津市https://www.fnn.jp/articles/-/260062(参照 2021-10-29)
(3)銃乱射事件で9人死亡 容疑者は自殺米https://www.news24.jp/sp/articles/2021/05/27/10879322.html(参照 2021-10-29)
(4)大阪府7年連続全国ワースト 児童虐待の通報件数 7割以上が「心理的虐待」https://www.asahi.co.jp/webnews/pages/abc_9885.html(参照 2021-10-29)
(5)今年に入ってすでに147件以上… アメリカでは銃乱射事件が前年に比べて約73%増えているhttps://www.businessinsider.jp/post-233316(参照 2021-10-29)