映画『正体』今の時代を「冤罪元年」と受け止めて

映画『正体』今の時代を「冤罪元年」と受け止めて

信じる、君を。信じる、この世界を。映画『正体』

©2024 映画「正体」製作委員会

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あなたの隣にいる人の正体を、あなたは知っていますか?視覚で判断できる側面でしか、相手の人となりを測っていませんか?あなた自身が思っている以上に、人の人生の襞は幾重にも重なり、何重にも分厚い。目に見える範囲だけで人が生きてきた人生のすべてを、測ることはできない。視野に入る部分を一つの点に考えた時、その点の奥には信じられない程、その方が送って来た多くの人生のエピソードがある。それは、あなたが想像する以上の数多くの記憶と思い出。それと同様に、あなた自身にも人には簡単に説明できない幾重にも積み重なった人生の重みがあるはずだ。約1億人いる日本の人口のそのどこかに、たった一人の彼はいる。それでも、人はその人一人でさえも知ろうともせず、ニュースが伝える側面でしか相手のすべてを知ろうとしない。日常、いつもあなたの隣にいる人が、どんな人物か一度、知る必要があるのでは?それだけ、今の日本の社会は人と人との関係性が疎遠になりつつある。映画『正体』は、日本各地を潜伏し逃走を続ける、5つの顔を持つ指名手配。彼と出会い、信じる、疑う、恋する、追う4人。彼は凶悪犯か、無実の青年か?人は、あなたが見えている視覚の範囲では計り知れない人生を生きている。一度、立ち止まって、相手の人生の重みについて考えれば、容易く他人を傷付けるバッシングはできなくなるだろう。

©2024 映画「正体」製作委員会

本作『正体』が作品の題材にしているのは、死刑囚の脱獄と逃亡だ。逃亡先の様々な顔を持ちながら、真実の素顔は表に出さない。自身の行動の目的も誰にも教えず、ただ目標達成のために身を隠す。受刑者が刑務所を逃亡したり、犯罪者が社会から身を隠して逃亡する姿は映画だけの話ではなく、現実にも起きている事案だ。たとえば、近年では2018年に起きた松山刑務所大井造船作業場脱獄事件(※1)や同年の2018年に起きた大阪・富田林署逃走事件(※2)が近頃、日本国内で大きく報道された脱獄関係のニュースでは今でも記憶に残っている方はいるだろう。また、自身の素顔を変えて、何年から何十年もの間、逃亡生活を送っていた事件と言えば、1982年に起きた松山ホステス殺害事件(※3)で15年間逃亡生活を続け、幾つもの偽名と7つの顔を持つ女として報道された福田和子や2007年に起きたリンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件(※)では、2年半にも及ぶ逃亡生活で自ら整形手術をし、無人島を潜伏先に選び、長期間逃げ果せた市橋達也らが、今でも鮮明な記憶として残っているのではないだろうか?逃亡するにしても、脱獄するにしても、人はその先にある何らかの目的の為に行動する。この映画の主人公は、何の為に脱獄し、長期間、逃亡生活を繰り返するのか、優しく寄り添いたい。

©2024 映画「正体」製作委員会

またもう一点、この作品にて題材にしている事があれば、それは成人年齢の引き下げ問題だ。今までは20歳(ハタチ)が成人の年齢と認識されていたが、2022年4月1日から法改正で18歳以降が「大人」という解釈が生まれた。「18歳からパスポートを取得できるようになった」「18歳から公認会計士や司法書士、医師免許、薬剤師などの国家資格を取得できるようになった」「18歳から結婚できるようになった」「性同一障害の人は、18歳になれば性別の取り扱いの変更審判を受けることができるようになった」と社会的な様々な利点が生まれた一方で、お酒やタバコは20歳になってからという従来通り(他の法律の絡みで、成人年齢の18歳と従来の20歳の価値観が混在していて、非常に複雑化されている)の価値観が根強く残る。作中では、18歳の年齢の死刑囚は「見せしめ」と話す警察官僚の存在。今、若者達への大人としての振る舞いの真価が問われている。そんな中、現在、世間で起きているのは若者世代を中心にした「闇バイト」(※5)の問題だ。「現行法の下では、18歳以上は「特定少年」に分類されるから、試験観察など無く、成人処分となり刑罰を科される。」とあるように、18歳以上で罪を犯せば、必ず成人として罰せられる。物語は、この事を「見せしめ」として表現している。

©2024 映画「正体」製作委員会

最後に、映画『正体』は、日本各地を潜伏し逃走を続ける、5つの顔を持つ指名手配。彼と出会い、信じる、疑う、恋する、追う4人。彼は凶悪犯か、無実の青年か?と一人の青年の逃亡劇を描いたヒューマン・サスペンスだが、この作品の最大のテーマは「冤罪」だ。昨年の2024年は、冤罪をテーマにしたドキュメンタリーが続々公開された。『正義の行方』『マミー』『拳と祈り ー袴田巖の生涯ー』そして、スタートを切った2025年1月には、『いもうとの時間』が公開された。今、日本国民は冤罪事件の是非について社会に問うている。なぜ、無実の無関係の人間が罰せられなければならないのか。この問題は、対岸の火事ではなく、誰の身にも振りかかる問題であり、明日は我が身だ。今の時代を「冤罪元年」と受け止め、これからの未来で冤罪問題を生み出さない社会を作らなければならない。その為には、まず私達の隣にいる隣人が「何者」であるのかを理解する事が大切だ。

©2024 映画「正体」製作委員会

映画『正体』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)今治の脱走事件から5年 「塀のない刑務所」は今https://www.nhk.or.jp/matsuyama/lreport/article/000/03/(2025年1月5日)

(※2)〈懲役17年が確定〉警察署から48日逃走男・樋田淳也は刑務所仲間に「捕まらんから」と豪語していたhttps://bunshun.jp/articles/-/53085#goog_rewarded(2025年1月5日)

(※3)実家は売春宿、ホステスを殺して15年逃亡…「松山ホステス殺害事件」福田和子の壮絶人生(1982年の事件)https://bunshun.jp/articles/-/74936(2025年1月5日)

(※4)両親は医師、同級生をストーカーしたことも…“恵まれた家庭に生まれた男”が「リンゼイさん事件」犯人・市橋達也(45)になるまでhttps://bunshun.jp/articles/-/75108?page=1(2025年1月5日)

(※5)「元法務省保護観察官」に聞いた闇バイトのほんとうのヤバさ 破滅への一方通行を選択するなhttps://gendai.media/articles/-/112209?page=4(2025年1月5日)