映画『月』あなたには、心がありますか?

映画『月』あなたには、心がありますか?

2023年10月14日

世に問う映画『

©2023「月」製作委員会

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「なぜ、障害者は障害者として産まれなければいけないのか(もしくは、障害を持って生きなければならないのか)」この疑問は、何度問い質しても、解決の糸口さえ、見えない。日本での五体不満足の体で産まれてくる人々の割合(※1)は、2006年から2018年の12年間の統計では、障害者数が2006年の655.9万人から2018年936.6万人と、およそ300万人近く増加している(ただ、これは2018年当時の数値。現在の2023年では、もっと増加している可能性もある)、これらの数値から見て、日本人の全人口から比較してみた結果、全国民のおよそ8%が何かしらの障害を抱えている事になる。それは、身体に関係した障害か、知的に関係した障害か、もしくは精神に関係した障害と、大きく分けて、これらの3つの障害として区分けされているのは、社会的に見て、認知しやすいように住み分けされているのだろう。ただ、上記の数字は、決して少ない数ではない。確かに、全体の約8%と可視化され、数字に換算されれば、少なさを感じて止まないだろう。でも、障害者たちは、日本社会の真ん中で今も必死に生きているのは事実だ。彼らが、この世界に存在している事自体が尊く、数値では測れないものがある。彼らは、今を必死で生きている。それでも、「なぜ、障害者は障害者として産まれなければいけないのか(もしくは、生きていかなければならないのか)」この疑問は、この先ずっと、何人にも途絶える事はないだろう。

©2023「月」製作委員会

映画『月』は、2016年7月26日未明に実際に起きた障害者施設殺傷事件「津久井やまゆり園殺傷事件」(※2)を材に取った原作小説の映画化だ。実際に、あの夜に何が起きたのかは犯人や関係者の口から語られらた事実でしか図ることはできないが、作中で描かれた施設内における虐待とも呼べる暴力(※3)が実際に行われていたと言われている。それが真実であるから、由々しき事態でもある。現死刑囚は、この施設内の実態に感化されながら、自身の中にあった思想や考え方を彎曲して行った可能性がある。「意思の疎通ができない人たちをナイフで刺した」「障害者の安楽死を国が認めてくれないので、自分でやるしかないと思った」「重度・重複障害者を養うには莫大なお金と時間が奪われる」この発言の裏側にある真意は、一体何であろうか?彼自身が見つめた暴力の先には、優生思想の最果てでもあったと言うのだろうか?この現死刑囚が、現代の日本社会に落とした影響力は、大きすぎると言わざるを得ない。でも、誰もこの事件については触れたがらないのが現実問題だ。誰も障害者については、議論したくないと目を背けずにいられないのだろう。この事件を受けて、今日本の考え方を変えていかないといけない。このままの社会では、きっと誰も幸せにはならない。それを、この出来事が証明している。人が、人に暴力を振るってはならない。人が、人に暴言を吐いてはならない。そんな基本的な事でさえ、今の日本社会は忘れて、歪な道を辿っている。暴力は、どこにでもある。家庭内、学校、職場、老人ホーム、そして特別養護施設。密室となるあらゆる場所で、暴力は幾度となく繰り返されている。この事件は、遠いどこかの出来事のようにも感じるかもしれないが、この件と同じ事が私達の身の回りにも起きている事を認識しておきたい。

©2023「月」製作委員会

障害者の割合は、上記にも記したように、決して少ない数ではなく、ここ年々、増え続けている傾向がある。一つに、高齢者における認知症問題、また一つに、幼少期における発達障害の問題が挙げられるだろう。一昔前の障害は、一部の人間にしか症状として現れなかった時代ではなく、誰もが何かしらの病気になりうる時代で、障害と隣り合わせに生きている。数値としては、年々増えていると言われているが、昔も今もその数は然程、変わっていないと言えるのではないだろか?昔の日本の風習では、障害者(児)は世間の目を気にして、家の奥に隠すような習慣が長い間、常態化していたのだから。それが現在、行われている山奥に建設する特養養護施設や老人保健施設の問題の実績だろう。昔から日本には姨捨山という風習があったように、高齢者だけでなく、このように障害者たち、弱者を人の目の付かない場所に幽閉する行為。もう今の時代の価値観には、適切性に欠けると言ってもいい。少しでも、障害者の方が日本社会で活躍できる場(※4)を作って行くことが、日本国民の今後の課題でもある。誰もが生きやすい社会を創造する事が、日本社会の未来の発展を増長させるいい機会となる。そのためには、私達一人一人の理解が必須条件となるのは事実ではあるが、それがまだ、備わってないと思えてならない。人の無理解こそが、憎悪を増殖させ、暴力を肯定し、その結果、殺人事件という最悪な結果を産み出すのでは無いだろうか?その終止符を打つのは、今しかない。今、私達が出来ることを一つずつ考えて行きたい。本作『月』を制作した石井監督は、あるインタビューにて、私達人間が置かれている環境について、普遍性という言葉を用いて、こう話している。

石井監督:「今回の事件、出来事、問題を普遍化し、それぞれが自分ごとのように感じてもらうことが、すごく意味のあることだと思っています。」と話す。作品のモチーフとなった「津久井やまゆり園殺傷事件」は、特異な事件ではあるものの、私達の日常のどこかに潜む闇そのものなのだ。暴力は、目には見えない死角や密室で起きている。でもそれは、私達の近場に潜んでいるという事実を忘れないようにしたい。

最後に、本作『月』は日本社会の暗部に切り込んだ意欲的な作品だ。その一方で、日本の現実を描くには、あまりにも強烈な事件を取り扱っているため、この事実に直視できないだろう。これは、フィクションでも、ノンフィクションでもある。作り話にも思えるが、これがすべて真実だとすれば、悲しくもあり残酷でもある。冒頭で「なぜ、障害者は障害者として産まれなければいけないのか(もしくは、障害を持って生きなければならないのか)」と問いかけたが、この考えが近い将来、無くなることを祈るばかりだ。発達障害を保有する私だからこそ言えることではあるが、障害者は生きる権利があっても、生きている価値はない。この事件が起きた時も、「障害者は社会のお荷物」でしかないと熟熟、痛感させられた。それでも、この世に生を受けた以上、天寿を全うしなければならない。「お荷物」であったとしても、生きる権利がある以上、何人にも人の命を奪う権利はない。近年、ニュースでも話題でもある優生保護法問題(※5)に関して、ネットニュースでのコメントは、思慮や配慮に欠け、正論を振りかざした単なる罵詈雑言の言葉が並ぶ。優生思想の成れ果てが、今の日本社会の常識を作っている。タイトル「月」に隠された真実は、その曇った思想では読み解けないだろう。昨晩の月は、綺麗だっただろう。今晩の月もまた、綺麗だろう。でもそれは、肉眼で見える美しさに過ぎない。どの人も、秀美であるはずの月が、濁って見えているのではないだろうか?その荒んだ心では、美しい月も、たちまち美しさとは掛け離れた存在へと変容を遂げる。いつか、日本人が心から月の事が美しいと思えるその日が訪れる事を願って。「あなたには、心がありますか?」

©2023「月」製作委員会

映画『』は現在、関西では10月13日(金)より大阪府のT・ジョイ 梅田MOVIX堺シネ・ヌーヴォ。京都府ではT・ジョイ京都京都シネマ。兵庫県のkino cinéma神戸国際MOVIXあまがさきイオンシネマ加古川他、上映中。

(※1)なぜ今、日本の障害者人口が増加しているのかhttps://miraix.jp/find/post-050/(2023年10月13日)

(※2)《相模原45人殺傷事件》「こいつしゃべれないじゃん」と入所者に刃物を 植松聖死刑囚の‟リア充”だった学生時代https://bunshun.jp/articles/-/45692?page=1(2023年10月14日)

(※3)19人が殺害された「津久井やまゆり園」運営法人が“虐待隠し”の疑い 理事長が「通報者は懲戒処分に」と通達https://dot.asahi.com/articles/-/83303?page=4(2023年10月14日)

(※4)障害のある人たちのはたらく場を地域につくるhttps://www.nhk.or.jp/chiiki/closeup/detail/43.html(2023年10月14日)

(※5)誰にでもある「隠された悪意」…石井裕也監督に聞いた「月」と「愛にイナズマ」【ロングインタビュー】https://www.tokyo-np.co.jp/article/283310/3(2023年10月14日)

(※6)旧優生保護法下において実施された優生手術等に関する全面的な被害回復の措置を求める決議https://www.nichibenren.or.jp/document/civil_liberties/year/2022/2022_3.html(2023年10月14日)