瀬戸内の風光明媚な港町・牛窓を舞台に描くドキュメンタリー映画『五香宮の猫』
私達は今、社会的に「共に生きる」「共に創る」という「共生」「共創」の価値観が求められている。「共に〇〇する」という行為そのものが、世界規模で望まれている。近年、「共生社会論」や「共生世界論」と言った分野が生まれており、様々な人的・社会的資産を認め合い、協働することで社会的諸課題を解決、 共生社会の構築に向けた理論・方法論の探究が進められている。その一方で、財政社会学者の井手英策氏は「共生」を唱える識者の思想に対して、ご自身のお子さんから「『みんなちがって、みんないい』と『共生社会』という考え方がバラバラではないのか?」と疑問を投げかけられた。その一瞬では答えられなかった井出氏は、東洋経済オンラインの記事の中で「共生社会」に対する考え方を発表した。「さまざまの利害の中にある共通のものこそ、社会の絆を形づくるのである。そして、すべての利益がそこでは一致するような、何らかの点がないとすれば、どんな社会も、おそらく存在できないだろう」『社会契約論』にあるこの一節を思いだした。「私の利益」だけでなく、「みんなに共通の利益」を考え、それを実現するためにみなが汗をかく。だからこそ、1人ひとりが多様でありながらも、支えあい、共に生きる社会が生まれる。なるほど。さすがルソーだ。」(※1)と記している。ルソーの『社会契約論』が正しいという訳ではないが、賃金だけでなく、あらゆるモノを公平に分け与えられる社会を作る事が、「共生社会」なのかもしれない。ドキュメンタリー映画『五香宮の猫』は、岡山県牛窓を舞台に人と猫と自然を捉えたドキュメンタリーだ。人と猫、人と生物、人と自然、それぞれに共存し合って生きている。「共に生きる」とは、互いに何かを「分配」する思想が大切という答えに行き着くのかもしれない。
作品が題材とする私達人間と猫の関係、ひいては生物との関係は、今後ますます話し合いが必要となる問題を有している。動物達の糞尿問題や繁殖問題、また現在、北海道で問題視されている野山に降りてくる野生のクマ達の存在(※2)。私達人間は、この世に生きるあらゆる生き物との関係性において、どこかで折り合いをつけなければならない。人間は、一方的な自然伐採や自然破壊を繰り返し、動物たちの住処や食べる物を奪って来た一方で、動物たちは人間から奪われた元の環境から新しい環境や食べる物を求めて人里に出没し、人命を奪うこのサイクル。近年、里に降りて来たクマを殺処分する否かで、世間の論調は肯定派と否定派で揺れている。人命までをも奪う凶暴な動物たちが存在してるのであれば、発見でき次第、その場で殺しても構わないのかもしれないが、そもそもの原因を作ったのは私達人間でもある。熊や猫に限らず、生物全般とどう折り合いをつけて、この地球上で共存して行くかが、私達人類に課せられた課題だ。本日も、秋田県から熊の報道が全国に流された(※3)。対岸の火事、他県のニュースとして他人事と捉えず、自然や動物と共に生きる共存の道を模索する事が、今の日本人の成すべき事だろう。
ドキュメンタリー映画『五香宮の猫』に登場する(タイトルにもあるように)五香宮とは、何を指す言葉か知っているだろうか?五香宮とは、岡山県瀬戸内市牛窓町牛窓に位置し、その土地にある由緒正しき神社(※4)を指す。映画では、牛窓に暮らす人々と猫、子ども、地域、魚、嵐と何百年と続くその土地の地域の人々の営みが描かれるが、その一方で映画の外側にあるテーマについて思いを馳せてみる。五香宮(ごこうぐう)と呼ばれる神社は、古くから地元の住民から愛され、その地の安全を守る役割を担っている。五香宮の歴史は、神功皇后の時代まで遡る。『備前国風土記逸文』によれば、神功皇后が船で備前の海上を通った際、この地で大きな牛鬼が現れ、船を転覆させようとした。そのとき、住吉大明神が翁の姿で出現し、牛鬼を退治。命拾いをした神功皇后は、感謝の気持ちを込め、この地に住吉大明神を祀ったという伝承(※5)が残っている。この備前国風土記は、鎌倉時代中期に作られた書物というが、鎌倉時代は1185年から1333年までのおよそ700年前の時代。この時代から五香宮は存在している(五香宮という名前が変わったのは、江戸時代の頃)。いつの間にやら、古の伝承が眠る神社に多くの猫が住み着き始めた。猫たちとの共存は、地域住民にとって癒しになる一方で、糞尿や繁殖の大きな悩みの種にもなっている。この五香宮における住民と猫との対峙は、ある種、人間と神との対峙のようでもある。もしかしたら、猫達は五香宮に祀られている底筒之男神(そこつつのおのかみ)、中筒之男神(なかつつのおのかみ)、上筒之男神(うわつつのおのかみ)の三体の神様の化身であり、使いである存在なのかもしれない。ドキュメンタリー映画『五香宮の猫』を制作した想田和弘監督から寄せられたコメントでは、本作に登場する自然と猫について、こう話されている。
想田和弘監督:「牛窓で暮らし始めてから、すでに破局が近づいているように見える自然と人間の関係について、考えさせられることが多い。外で暮らす猫たちと接していると、自然の掟に従い、野生の習性を失っていない彼らは「自然」そのものであると感じる。そういう意味では、『五香宮の猫』は自然と人間の関係を観察し、考える作品になったのではないかと思っている。」(※6)と話す。自然や猫から見る人間社会は、少し滑稽なのかもしれない。たとえば、私達人間はコロナ禍という壮絶な猛威に翻弄された数年間があったが、動物や生き物、自然にはコロナというものは関係がない。この地球上で右往左往するのは人間だけで、自然は何千年も変わらず、そこにいる。マスクや新種のウィルスに右往左往する人間達の姿を、猫達はそっと静観していた。恐らく、共生するとは、私達人間が自然に立ち返る事を共に生きると考えてもよいものかもしれない。
最後に、ドキュメンタリー映画『五香宮の猫』は、岡山県牛窓を舞台に人と猫と自然を捉えたドキュメンタリーだが、人間と猫に関わらず、私達人間が向き合わないといけないものが、この世にはたくさん存在する。生態ピラミッドや食物連鎖上では、生物の王者として、常に頂点に立ち続けて来た私達人間は既に、その王座に腰を掛けていないのかもしれない。もしかすると、この食物連鎖のシステム(※7)は現在、崩壊していると考えても良いのかもしれない。一度、この生態系ピラミッドを崩壊させ、私達人間はこの関係性から一歩外に出てみれば、今の現状を客観視できるのかもしれない。食物連鎖の上下の関係をフラットに並べ替えた時、人間と生物、自然の公平性が生まれるのではないだろうか?そこからまた一つ、共生の道が開けるのだろう。それは、人間社会や自然社会に限らず、たとえば近頃、自動車会社の最大手である日産とホンダと三菱自動車の3大大手が、3社協業形態(※8)の締結を結んだ。これが意味するのは、今の時代、誰がライバルで、誰が一番かを競う社会を目指さず、また「共に手を取る」ではなく、「共に生きる」ことを目標にする社会を共に作る。共生しながら、共創する社会を目指す。猫や自然を被写体にしたドキュメンタリー映画『五香宮の猫』の猫達が、この共生共創社会の在り方を人間達に教えようとしているのかもしれない。
ドキュメンタリー映画『五香宮の猫』は現在、公開中。
(※1)安易に「共生社会」語る人に伝えたい”危うい盲点”一方だけが得をする「寄生」になっていないかhttps://toyokeizai.net/articles/-/776285(2024年12月23日)
(※2)過去最悪ペースで人を襲うクマ 「2010年問題」追う専門家に聞く
https://www.asahi.com/articles/ASRBS56THRBSPISC00S.html(2024年12月26日)
(※3)自動車整備工場にクマ居座りか、捕獲用のおり設置 秋田https://news.ntv.co.jp/category/society/2fd943ee5ef240e7ad17ab75da1841fd(2024年12月26日)
(※4)岡山県神社庁 岡山県神社検索五香宮ゴコウグウhttps://www.okayama-jinjacho.or.jp/search/17941/(2024年12月26日)
(※5)「瀬戸内の海で出会った猫」五香宮│ゆかし日本、猫めぐり#48https://webtaiyo.com/column/20379/#:~:text=%E3%81%9D%E3%82%82%E3%81%9D%E3%82%82%E4%BA%94%E9%A6%99%E5%AE%AE%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2,%E3%81%97%E3%80%81%E7%89%9B%E9%AC%BC%E3%82%92%E9%80%80%E6%B2%BB%E3%80%82(2024年12月26日)
(※6)想田和弘監督の最新作『五香宮の猫』が2024年10月より公開https://midori-ikimono.com/2024/08/09/gokouguunoneko/(2024年12月26日)
(※7)どうする?人間さま?この不安定な生態系ピラミッド!https://www.ezoshika-club.net/2021/03/16/%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%99%E3%82%8B-%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%95%E3%81%BE-%E3%81%93%E3%81%AE%E4%B8%8D%E5%AE%89%E5%AE%9A%E3%81%AA%E7%94%9F%E6%85%8B%E7%B3%BB%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89/(2024年12月26日)
(※8)日産とホンダ、三菱自動車が3社協業形態の検討に関する覚書を締結https://www.webcg.net/articles/-/51345(2024年12月26日)