自分たちの物語を語る時が来たドキュメンタリー映画『レッド・ツェッペリン ビカミング』


「若い頃、男であることの意味を教えられた。そして今、その歳になった。(In the days of my youth, I was told what it means to be a man. And now I’ve reached that age)」
これは、イギリスを代表する大御所バンドのレッド・ツェッペリンが、1969年に発表したデビューアルバム『レッド・ツェッペリン I』の一曲目に収録しているバンドの代表曲「Good Times Bad Times」の歌い出しの一節だ。父親から教わった「男らしさ」(※ここでの「男らしさ」とは、近年問題視されている「有害な男らしさ」(※1)とは文脈が異なる)を知る年齢になり、過去からの自身の振り返りとこれからの自身の姿に対してどうあるべきかを問うたロック調の青春賛歌だ。この楽曲は青春と試練、愛、喪失、人生の浮き沈みを表現しており、青春時代に体験した様々な感情と同時に人生で味わった成功と挫折をリリック一つ一つに託した名曲だ。私達の人生には必ず「いい時も、悪い時も」あり、どんな時も自身と向き合い乗り越える力が必要となる。ロック音楽は、そんな私達の沈んだ心を鼓舞する不思議なパワーを持つ。ロックは時に、反体制や反対運動に参加する人々や運動そのものへの代表的アンセムや顔となっている。世に浸透し始めた当初は、不良音楽と揶揄され、当時の大人達は子ども達に「ロックを聴くな」と箝口令を引くほど、差別的な酷い扱いを行って来たが、その世の中の排他的な思想をも吹き飛ばす魅力がロック音楽にはあるのだろう。ロックは、「破滅の道」に若者を引きずり込むと大人達は子どもに唱えて来たが、それは迷信であったに違いない。ロックは、現在のアーティスト本人やアーティストのファンの青春に彩りを添えた至高の音楽ジャンルであったに違いない。ドキュメンタリー映画『レッド・ツェッペリン ビカミング』 は、イギリスのロックバンド「レッド・ツェッペリン」のメンバーが初めて公認したドキュメンタリー。世界を代表する大型ロック・バンド、レッド・ツェッペリンの足跡と功績は、後の数多のバンドマン達に大きな影響を与えている。その華々しい活躍の第一歩にこそ、今なお第一線で活動し続ける輝きの秘密が隠されているのだろう。

レッド・ツェッペリンは結成した1968年から現在までロック界の最前線で活動し、「史上最もヘビィなバンド」「70年代の最大のバンド」そして「疑いなくロック史上最も永続的なバンドの1つ」と評されている。実際、バンドとしての活動はドラマーのジョン・ボーナムの死去後、事実上、活動休止状態だ。それでも、バンドとしての活動が途絶えていたとしても、今でも彼らは現役のロッカーだ。斯くして、この作品が産まれた背景にも、バンドのフロントマンのジミー・ペイジが率先して自身のバンドのドキュメンタリーを制作する気概を持っているからだろう。1962年から活動しているレッド・ツェッペリンの前身のバンドは、母体となったヤードバーズが最初と言われている。ジミー・ペイジ以外にもエリック・クラプトンやジェフ・ベックなど、多くのロック界の重鎮を輩出した大型バンドだ。そして何より、レッド・ツェッペリンのメンバーが過去に影響を受けて来た音楽ジャンルには、ブルース、ロックンロール、フォーク、ブルースロックなどの多様なジャンルが彼らの楽曲に交差する。主にレッド・ツェッペリンの影響源には、エルビス・プレスリー、マディ・ウォーターズ、B.B. キングのブルース、ロックンロール、イギリスのフォーク・シンガー、アン・ブリッグスが伝授したトラディショナルナンバーのフォーク、バート・ヤンシュの演奏、ジミ・ヘンドリックスの革新的なギター奏法は、特にギタリストのジミー・ペイジに大きな影響を与えた。他には、ビートルズの楽曲(影響の度合いは議論の余地あり)やインド音楽の要素 がある。また、メンバーのジョン・ポール・ジョーンズは、ブルガリアの民族音楽にも影響を受け、これが「Kashmir」などの独特なサウンドに繋がっていると言われる。 多くの音楽要素に影響をレッド・ツェッペリンの音楽は、後に多くのロック・バンドに影響を与え続けている。たとえば、同世代や後続のハードロック/ヘヴィメタルバンドには、エアロスミスや同バンドのボーカル兼フロントマンのスティーヴン・タイラー、ボーカルのロバート・プラントは後続のロックボーカリストのAC/DCのフロントマンのボン・スコット、ガンズ・アンド・ローゼズのアクセル・ローズなど、ギターのジミー・ペイジはヘヴィメタルのギタリストなど、ジャンルを問わず様々なミュージシャンに影響を与えている。70年代から80年代を彩ったハードロックバンドを生み出したと言っても過言がないほど、レッド・ツェッペリンの影響力が多大だ。この影響は様々な音楽ジャンルの分岐における過程の中でも後続の若手アーティストを産んでいる。たとえば、グランジ/オルタナティブ世代には、サウンドガーデン、ジェーンズ・アディクション、メタリカ、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ、ラモーンズ、ジョイ・ディヴィジョン、スマッシング・パンプキンズ、 ジーザス・リザードが影響を受け、21世紀以降のロックバンドには、ホワイト・ストライプス、ブラック・キーズ、ストーン・ローゼズ。ヒップホップ・アーティストでは、ビースティ・ボーイズが多くの楽曲をサンプリングしている。後世のロック・バンドに影響を与え続けたレッド・ツェッペリンの功績は、20世紀のロック・シーンに大変革を与えたのは周知の事実だろうが、なぜ多くの若者の心に彼らの楽曲が響くのかは誰も想定できないだろう。ロックと若者、ロックと青春には、親密な関係性があるのだろう。

なぜ、ロックが若者達に多大な影響を与えたのか?なぜ、ロックと青春には深い関係があるにも関わらず、世間はその関係に目を向けないのだろうか?ロック音楽が、若者達の何に共鳴しているのか。そこには、若者の自己アイデンティティの探求と意見や考え、認識への表現、またネガティブな感情の処理(カタルシス現象)に特に大きな心理的影響が所以している。ロック音楽における心理的影響には、自己表現とアイデンティティ形成、感情の処理とカタルシス効果、共感と帰属意識、ストレス解消、反抗心と現状打破の精神の5つの要素がある。ロック音楽には、個人の内面世界や感情(怒り、苦悩、希望)を表現する格好の良い手段でもある。若者達は、歌詞や音楽スタイルを通して、自身を表現し、自己のアイデンティティを形成する手がかりをロックを通して模索する。ロックやヘビーメタル音楽を聴く事は近年、ネガティブな感情を処理する健康的で安全な方法と認識されている。心理学的研究によれば、これらの音楽はカタルシス(感情の浄化)効果を与え、精神的生活の質の向上を促進すると示唆されている。そしてロック音楽は、特定のコミュニティや文化を形成する事も多く、共通の音楽的嗜好を持つ仲間との共感や一体感を生み出す要素を持つ。これは、若者にとって重要な帰属意識を満たす大きな役割を果たす。また、ストレス解消の面では、激しいリズムや大音量の音楽を耳にする事により、若者が日常のストレスや抑圧された感情を発散させるツールにもなる。ロック音楽は歴史的に見て、既存の社会規範や権威に対する反抗のメッセージを内包している事が多く、若者の持つ反抗心や現状を変えたいという欲求に響き共鳴する。ロックは、彼らの行動や価値観に影響を与える場合がある。 この5つの要素が心理学的に見て、若者達をロックの世界に誘い込み、陶酔させている。これらロックの影響は、若者が音楽を通じて感情的に成長し、社会と関わるための一助となる要因が、ロック音楽にはあると言える。また私達は哲学的側面でロックと青春に関して考えると(心理学的側面とも共通する要素と似通う部分があるが、哲学には哲学の側面もある)、また違った視点でロック音楽について考える事もできる。結論から言えば、ロック、青春、哲学の三者には若者が社会や自己との関係に悩み、自由、反抗、真実の探求へのテーマを模索する過程でロックと深く交錯する。ロック音楽には、青春期の若者が哲学的思索に触れ、自己を形成する為の強力な触媒として機能してると考えられる。ロックと青春と哲学には、深い関連性を要する。ロック音楽は、青春期特有の経験や感情を表現する手段として機能しており、若者が自身のアイデンティティや生きる意味を探求する哲学的思索と結び付く。ロックと哲学の関係には、優れたロック歌詞の多くは、「自分とは何か」「どう生きるべきか」「世界の不条理」に対する哲学的な問い(※3)を有する。若者達は音楽を通じて、これらの根源的な問いと向き合うきっかけを得る実存主義的な問いがある。ロックにはしばし、社会の欺瞞や偽善を批判し、真実を追求する姿勢を示す要素がある。このスタイルには、物事を批判的に捉え、自らの頭で考える哲学的態度と共通する。すなわち、真実の探求があると言える。最後に、哲学が言葉や論理を通じて、世界や自己を理解しようとする事に対し、ロックは音やパフォーマンスといった身体的な表現も含め、自己の表現を実現しようとする表現と自己実現への心のカギがロックにはある。ドキュメンタリー映画『レッド・ツェッペリン ビカミング』を制作したバーナード・マクマホン監督は、あるインタビューにて本作のテーマについて、こう話す。

マクマホン監督:「ええ!映画が、彼らが世界最大のバンドになり、ビートルズをトップの座から引きずり下ろすところまで描かれているのは、宇宙開発競争の物語を描いた映画で、ニール・アームストロングが月面に着陸し、無事帰還するところで終わるような感じですね。おそらくそこで物語は終わり、その後の月面ミッションまでは描かれないでしょう。映画のテーマは夢、子供の頃からの夢をどうやって叶えるか。どんな夢でも構いません!両親から会計士として安定した仕事に就きなさいと言われたら、どうやって自分の夢を追いかけるのか?この映画はまさにそのテーマです。だから、映画の中のすべての曲が物語を前進させ、ミュージカルのように全曲を聴くことができます。バンドがヨーロッパの観客に向けて演奏を始めた時、観客がバンドのことを理解してくれなかった時…何を演奏しているでしょうか?「コミュニケーション・ブレイクダウン」。アメリカでレコード契約を結ぼうと飛行機で向かう時、何を演奏しているでしょうか?「Your Time Will Come」」(※4)と話す。夢は、どう叶えればよいか?夢は、どう掴めばよいか?それは、ミュージシャンになる夢に限らず、若者やシニア層の年代にも絞らず、人には大なり小なり、生きている上で夢を持つ生き物だ。そんな世界中の夢見る人に向けて、この映画が次のバトンを繋ぐ大きな契機となる。そのバトンを託された私達がこの未来にできることは、ただ一つ。夢を叶える事。「Your Time Will Come」とは、「もうすぐ、君の時間が訪れる」。レッド・ツェッペリンの偉業は彼らだけのモノではなく、私達の次のターンへの後押しや加勢、激励なるだろう。

最後に、ドキュメンタリー映画『レッド・ツェッペリン ビカミング』 は、イギリスのロックバンド「レッド・ツェッペリン」のメンバーが初めて公認したドキュメンタリーだが、単なるロック・バンドの業績を称える作品ではない。近年、20世紀を彩ったロック音楽のミュージシャン達が、残念ながら逝去している。イギリスのロック歌手オジー・オズボーン(※6)が、2025年7月に亡くなっている。また、同国のロック・アイコン、マリアンヌ・フェイスフル(※6)も1月に逝去している。また、今年2025年10月までに、50人近い20世紀を支えた洋楽アーティスト達(※7)がこの世を去っている。近日では、“伝説的ロックバンド”グレイトフル・デッドの元メンバーであるドナ・ジーン・ゴドショー=マッケイ(※8)が11月2日に息を引き取っている。レッド・ツェッペリンの元メンバーはまだまだ健在ではあるが、それでも、世界中のロック・シーンを支えた多くの海外の音楽関係の著名な方が天国に旅立っている。物理的に肉体が消えても、彼らが遺した楽曲群が後世に残り続ける。その楽曲は、必ず次の世代の活動に影響を与え続けている。アメリカでは、「レッド・ツェッペリンの再来」と評された平均年齢20歳前後のロック界の期待の星のバンド「グレタ・ヴァン・フリート」(※9)が注目を浴びた。これが近頃、下火になりつつあったロック界に久々の朗報として前向きな話題となり、関係者は皆、ロックを若者に「返した」と口を揃える。日本では、京都・大阪・兵庫を結ぶ国道171号を拠点に活動する、ロックバンド・171(読み:イナイチ)(※11)が、スピードスターレコーズからのメジャーデビューを果たした。ロックは、確実に次の世代の若者達に継承されている。若者にとって、ロックは青春そのものだ。継承が続く限り、ロックは不滅の音楽ジャンル。末尾として、1969年に発表した2枚目のスタジオアルバム『レッド・ツェッペリンII』に収録された楽曲「Ramble On」は、トールキンの代表作『指輪物語』をモチーフにし、旅や冒険をテーマに据え置き、その世界観が青春時代の探求心や旅立ちのイメージと重なる楽曲だ。そのサビの一節を引用する。私達はまだ、夢に向かって歩き続けている。それが、年代の問わない青春だ。
「Ramble on And now’s the time, the time is now I’m goin’ ‘round the world On my way I’ve been this way ten years to the day Ramble on.(歩き続ける。そして今がその時だ 時は今だ。俺は世界中を回る。道の途中で、10年この道を歩いてきた その日まで。さまよい歩き続ける。)」

ドキュメンタリー映画『レッド・ツェッペリン ビカミング』は公開中。
(※1)トキシック・マスキュリニティ(有害な男性性)とは何か?https://www.theheadline.jp/articles/500(2025年11月2日)
(※3)ロックンロールがロックに変化して実存主義と出会うhttps://s-scrap.com/7012(2025年11月5日)
(※4)– More of a musical than a documentary! A conversation about the Led Zeppelin film, with director Bernard MacMahonhttps://www.filmmagasinet.no/2025/02/a-conversation-about-the-led-zeppelin-film-with-director-bernard-macmahon/(2025年11月5日)
(※5)「メタルの帝王」英ロック歌手オジー・オズボーンさん死去、76歳…ヘビメタ「ブラック・サバス」結成しボーカルhttps://www.yomiuri.co.jp/world/20250723-OYT1T50034/(2025年11月5日)
(※6)英国のロック・アイコン、マリアンヌ・フェイスフル、78歳で死去https://www.sortiraparis.com/ja/nyusu/pari-de/articles/289937-ying-guonorokku-aikon-marian-nu-feisufuru-si-qu-78sui(2025年11月5日)
(※7)2025年に亡くなったミュージシャン、音楽業界の関係者たちhttps://www.udiscovermusic.jp/news/pass-away-2025?amp=1(2025年11月5日)
(※8)“伝説的ロックバンド”グレイトフル・デッドの元ボーカル死去https://news.livedoor.com/article/detail/29920156/(2025年11月5日)
(※9)アメリカが沸く「平均年齢20歳バンド」の凄みロック界期待の星、グレタ・ヴァン・フリートhttps://toyokeizai.net/articles/-/261243?page=2(2025年11月5日)
(※10)関西発の新世代ロックバンド・171、スピードスターレコーズからのメジャーデビュー発表https://lp.p.pia.jp/article/news/440982/index.html?detail=true(2025年11月5日)