リー・ミラーが写し出す写真には映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』


何年経とうが、この世から戦争が無くなる事はない。世界中で今起きている事の中で人類の歴史上、最も愚かな行為はまさに、戦争だ。この愚行とでも言うべき人間同士の不毛な争いは、誰も得しないし、誰も喜ばない。21世紀の今、世界ではウクライナ紛争を筆頭に、パレスチナ紛争、シリア内戦、ミャンマー内戦、イエメン内戦(※1)など、報道されない戦争や内戦を含めば、地球上のあらゆる場所で今も戦争が起きている。戦争の起源は、様々な仮説があるが、一つの定説として(※2)、人口増加、資源の不足、社会の階層化などが、戦争の発生につながる要因として挙げられている。戦争史や人類史といった考古学的な観点から言えば、狩猟採集生活の時代から争いや暴力の兆候が見られたと報告が上がっている。20世紀前後では、1792年のフランス革命戦争、1961年に起きたアメリカ国内最大級の内戦となった南北戦争、日本では1894年の日清戦争、1904年の日露戦争と何度も戦争が行われている。20世紀初頭に起きた第二次世界大戦でモデルから報道写真家(戦争写真家)へと転向したリー・ミラーは、カメラのレンズを通して、その当時に起きた第二次世界大戦の悲劇を見つめ続けた。男の世界に紛れて、たった一人の女性報道写真家として戦争の脅威と愚かさを世界に発信し続けた。戦争で荒廃したロンドンの街を背に、当時の世界大戦にカメラ一つを持って戦いに挑んだ。リーは、当時同じ立場として活躍した女性として初の戦場カメラマンのマーガレット・バーク=ホワイト、ドキュメント写真の発展に大きな影響を与えた写真家・報道写真家のドロシア・ラングと並んで20世紀を代表する女流写真家の一人として称される事もある。作品のジャケット写真にもなっている浴室に入るリーの姿は、1945年のヒトラー邸の浴室から撮られた一枚。彼女は、この一枚の写真から世界に戦争終結を表現し、終戦の象徴の一枚(※3)として今でも語り継がれている。映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』は、トップモデルから20世紀を代表する報道写真家へと転身した実在の女性リー・ミラーの数奇な人生を映画化した作品。彼女の瞳に映る世界は、100年近く経った今でも変わりない。

今でこそ、戦争写真家や報道写真家の存在は然程、珍しいものではないだろう。20世紀中期以降、軍隊の専属として、ユニオンの参加から、もしくはフリーランスのカメラマンとして戦場でシャッターを切り続けた写真家が、山ほど誕生した。新聞社の依頼で戦闘地帯をカメラ・ビデオカメラで撮影し、記録・報道する写真家を総称し、1970年代に起きた当時の最大の戦争でもあるベトナム戦争では日本人カメラマンも多く活躍したと言われている。先述したリーと同じように活躍したマーガレット・バーク=ホワイトやドロシア・ラングの他にも、数多くの報道写真家が活躍した。海外では、デビット・ダグラス・ダンカン、エマヌイル・エヴゼリヒン、ロバート・キャパ、ゲルダ・タロー、フィン・コン・ウト、ドン・マッカラン、ラリー・バローズ、ディッキー・チャペル、ジョージ・ロジャー、ジェームズ・ナクトウェイらがいる。国内では、石川光陽、酒井淑夫、沢田教一、一ノ瀬泰造、石川文洋、岡村昭彦、橋田信介、広河隆一、長倉洋海、渡部陽一、宮嶋茂樹、鴨志田穣らがいる。今でそこ、テレビの電波を使って、戦争の悲惨さを伝え続けている渡部陽一氏(※4)のおかげで、世間は間近に戦争の恐ろしさを知る機会を得ているが、その危険な戦場でカメラを握り締めて、戦争の猛威を伝え続けた写真達が、大勢いた事を私達は誰一人として知らなかっただろう。戦場カメラマンの渡部陽一氏は今でも戦場から現場の悲惨さを伝え続け、ちょうど今から13時間前にはSNSを通して、「こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。中東パレスチナ情勢。イスラエルガザ軍事侵攻を巡り国連安全保障理事会は即時停戦と人道支援制限解除を求めた決議案を否決。理事国である15カ国のうち14カ国は決議を賛成。唯一常任理事国であるアメリカが停戦に向けた外交努力に影響があると否決。」と発信を続ける。そんな渡部氏の夢は、「戦場カメラマンという仕事をなくし、学校カメラマンになりたい」と話す。これは、世界共通の全人類の大きな夢ではないだろうか?

21世紀の現代、戦場でカメラマンとして活躍している写真家には、どんな人物がいるだろうか?先にも挙げたように、現在、世界で起きている戦争にはウクライナ紛争を筆頭に、パレスチナ紛争、シリア内戦、ミャンマー内戦、イエメン内戦などがある。各々の戦場で今も尚、報道写真家として活躍している現役のカメラマン達が、国内外、数多くいる。まず、ウクライナ紛争では先に記述した日本のカメラマンの宮嶋茂樹氏は、先月の5月、東京の新宿にて写真展「ウクライナの生活」(※5)を開催したばかりだ。海外では、元々結婚式のカメラマンとして働いていたヴラダとコスティアンティン・リベロフご夫妻(※6)は、ウクライナ戦争勃発と共に戦場におけるフォトジャーナリストに転身。夫のコスティアンティン・リベロフ氏は、自身が撮った写真に向かって「ウクライナで祖国を守るよりも、ロシア国内での攻撃で友人を失うのは、本当に辛いことです。」と訴える。

また、アレクサンダー・エルモチェンコ氏は、過去11年間、ドネツク州東部でフォトジャーナリストとしてウクライナの戦争を記録している。アリナ・スムトコ氏は、現地の女性フォトジャーナリストとして活動している。今でも名も無き写真家達が、日夜、戦争の脅威と向き合いながら、リーのように一つ一つシャッターを切り続けている。もう一つの21世紀を代表する紛争の一つパレスチナ紛争でも、多くの戦争写真家が活躍している。日本では、女性戦争写真家として幾度となくパレスチナやイスラエルに足を運んでいる菅梓(すが・あずさ)さん(※7)がいる。彼女はあるインタビューにて、「占領下にあって、特に今はガザもご存知の通りですけど、ガザだけじゃなくて、ジェニン、トゥルカレム、ジェリコ、ヘブロン、東エルサレム、ベツレヘムと、(ヨルダン川)西岸地区のどの場所も激しい攻撃を受けています。今はみんなでグローバル化とか国際社会と言っているんだから、こんな状況を許していたら、私達に何かあった時も誰も助けてくれなくなる。やっぱり、弱い人たちが簡単に殺されていい社会なんか作ってはいけない。」と強く社会に訴える。また、本人もガザ出身の写真家、サマル・アブエルーフ氏が、あるパレスチナ人の9歳の少年の肖像を捉えた写真(※8)が、2024年の年間の報道写真大賞に選出された。写真の被写体となった少年は、爆撃を受けた3ヶ月後、両腕を失った。アブエルーフ氏が、この写真に対して話した事は深い悲しみを物語る。

「マフムード君の母親が説明してくれた中で最も過酷なことの一つは、本人が両腕を切断されたと初めて気付いた時、母親にかけた一言だった。『これからどうやってお母さんを抱きしめたらいいだろう?』」。と、アブエルーフ氏が写真の説明にこう記した。今も尚、世界の各地で起きている戦争の現地に赴いて、必死にシャッターを切り続けている名も無き写真家(ヒーロー)達が、自身の命を賭けながら、レンズの向こう側の悲劇に向き合い続けている事を私達は忘れてはいけない。映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』を制作したエレン・クラス監督は、あるインタビューにて本作が伝記映画ではない事について、こう話す。

クラス監督:「ケイトと私は、脚本家の二人であるマリアン・ヒュームとリズ・ハンナと、その点についてじっくり話し合いました。この映画を伝記映画とは一線を画す方向に導く必要があったので、第二次世界大戦時代を舞台に選びました。陳腐な伝記映画版のリー・ミラーとマン・レイ、あるいは戦後の傷ついた女性としてのリー・ミラーを描くことはしたくありませんでした。私たちが伝えたかったのはそういう物語ではありませんでした。私たちが描きたかったのは、彼女の感情の軌跡、真実を探し求める旅路、そして彼女が払った代償でした。」(※9)と話す。私達は、リー・ミラーという20世紀に生きた女性の存在を知らないままだろう。一部の人間は知っていたとしても、世代が若くなればなるほど、人々の中でリーという女性が戦場で命を賭けた事実は現実ではなく、史実として残されるだけだ。

最後に、映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』は、トップモデルから20世紀を代表する報道写真家へと転身した実在の女性リー・ミラーの数奇な人生を映画化した作品だが、監督は単なる伝記映画、戦争映画にはしたくなかったと話す。「私たちが描きたかったのは、彼女の感情の軌跡、真実を探し求める旅路、そして彼女が払った代償でした。」と話すが、その点、映画の中で監督が言う軌跡、旅路、代償が描かれている場面は、ヒトラー邸の浴室で戦争の終結を訴えた一枚の写真を撮り終えた後に、同行していた仲間と物言わず抱き合う場面だ。一枚の写真からその場の臨場感を表現する事はできないが、映画はその後の彼らの行動を表現する事ができる。無言で抱き合う彼らの姿には、「軌跡、旅路、代償」だけでなく、戦争終結への安堵、その時代に生きた人々の懺悔、そして何より明日への明るい希望が刻み込まれているのだろう。リー・ミラーが写真を通して訴え続けて来た戦争の現状は、100年近くが経った現代でも変わりがなく、終わりは見えない。それでも、私達全人類は私達人間が行う愚行に対してしっかり「No」を突き付けなければならない。それは、写真でもいい、映画でもいい。本、詩、絵画、演劇何でもいい。私自身は文字を通して、戦争に対する厭戦をこの先も訴えなければならない。リーが、望んだ世界を実現するために…。


映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』は現在、一部の地域で公開中。
(※1)世界で起こっている紛争問題、どこの国や地域で起こっている?国と原因を一覧で見てみようhttps://gooddo.jp/magazine/peace-justice/dispute/1460/(2025年6月7日)
(※2)歴史は“勝手に”繰り返されるから、暴動や戦争は避けられない 人類史から紐解く、今こそ「リーダーシップ」が必要な理由https://logmi.jp/main/management/326524(2025年6月7日)
(※3)「第二次世界大戦の最も象徴的な写真」を撮影したリー・ミラーhttps://minamincameralense.exblog.jp/34186583/(2025年6月7日)
(※4)渡部陽一「この世から戦場カメラマンという仕事をなくし、学校カメラマンになりたい」https://goetheweb.jp/person/article/20250502-watanabe-6(2025年6月7日)
(※5)戦時下に生きるウクライナの人々を追う 宮嶋茂樹さん、東京・新宿で写真展https://www.sankei.com/article/20250513-6BKDL2KWUZIY7GFDEV4MBCSQLM/(2025年6月7日)
(※6)Love, loss and duty: Ukraine’s photojournalists share stories of warhttps://www.bbc.com/news/articles/cq5g6q5wnz3o.amp(2025年6月7日)
(※7)「簡単に殺されていい社会を作らせるな」パレスチナに思い寄せる写真家https://rkb.jp/contents/202406/189439/(2025年6月7日)
(※8)傷ついたパレスチナ人の少年の肖像、年間の報道写真大賞に選出
https://www.cnn.co.jp/world/35232026.html(2025年6月7日)
(※9)“We Needed to Steer the Film to a Place Where It Wasn’t a Biopic”: Cinematographer Turned Director Ellen Kuras on Her Kate Winslet-Starring Leehttps://filmmakermagazine.com/127504-ellen-kuras-kate-winslet-lee/(2025年6月7日)