映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』生きづらさを感じない社会を構築する事が急務

映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』生きづらさを感じない社会を構築する事が急務

2023年4月11日

やさしさの意味を問い直す映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい

©映画「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」

©映画「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」

略して「ぬいサー」とは、大学内にある学生たちが立ち上げた「ぬいぐるみサークル」の事を指す。

ただぬいぐるみを作る集まりではなく、ぬいぐるみに話しかけるサークルだ。

心の痛みや、生きていく上での焦燥感、恋愛の悩みなど、誰にも打ち明けられないような心の内に秘めた内省的精神的な感情を、人に代わって、物言わぬぬいぐるみ達に吐露していく若者達。

もし、自身が大学生の頃、こんなサークルがあったら、参加していただろうか?

今も含め、人間付き合いが苦手な自分には、もしかしたら調度良い集まりだったに違いない。

それでも、このサークルにさえ、人が集まると考えたら、参加する事に億劫さを感じて止まないのは、気のせいか。

さて、本作『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』は、同タイトルの小説『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』を映画化した作品だ。

この小説は、170頁と意外と短く、食事をしながらでも、集中すれば40分ほどで読めてしまうキュートで、ポップ、そしてライトな読み物だ。

本書は、今を生きる若者たちの日常、彼らの恋愛、家族、彼らが感じる日々の生きづらさ、そしてジェンダー問題を十代の視点から軽快に綴られる。

小説の中にも「SNS」「LINE」「ズッ友」など、現代の日本社会における一般社会から若年層の世代まで幅広く使用されているワードを作品の言葉として一つ一つ散りばめ、フレッシュな印象を与える。

©映画「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」

映画化された『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』では、特に現代社会が抱える若者特有のコミュケーション障害とジェンダー問題を物語の支柱に据え置き、今を生きる人間の生きづらさを代弁している。

(※1)コミュケーション障害とは、いわゆる、医学的に診断される「コミュニケーション障がい」とネットスラングとしての「コミュ障」に分けられる事ができる。

前者は、言語や会話、コミュニケーションに困難がある疾患の総称となる(細かく別けると、言語症/言語障がい、小児期発症流暢症/小児期発症流暢障がい(吃音)、社会的(語用論的)コミュニケーション症/社会的(語用論的)コミュニケーション障がい、特定不能のコミュニケーション症/特定不能のコミュニケーション障がい)。

その一方で、後者は俗称いわゆるネットスラングから生まれた言葉として、日本社会の中で広範囲にわたって使われるようになった言葉だ。

そのまた、ここから再度、二種類の属性に別けられる。

それが、(※2)アッパー系コミュ障とダウナー系コミュ障だ。

ここまで来ると、何が何だか分からなくなるだろう。

横文字やカタカナに弱い方には、単なる頭痛の種だ。

だが、現代社会から新しく登場したこれら二つの言葉を分かりやすく言ってしまえば、消極的過ぎる性格(静的)と、反対に積極的すぎる性格(動的)を指している。

どのくらいの数がいるのか判明していないが、今の若者の大半はこの「コミュ障」と呼ばれる特性の中のダウナー系、アッパー系として分類される。

また、本作で取り扱っているもう一つのトピックは、(※3)ジェンダー問題だ。

「男らしさ」「女らしさ」という凝り固まった既成概念や価値感の中で右往左往する若者が、今の日本社会には多くいる。

本作の主人公の男子学生は、自身の中に眠る女性への(※4)恋愛感情が分からない人物として描かれる。

近年、同性愛者を指す用語として(※5)「LGBTQQIAAPPO2S」という言葉が、定着しつつある(最初は、LGBTだけだったのに、その後にQが付け足され、いまではこんなにも長くなってしまい、正直何が何だか分からない状態だ)。

引用サイトには、LGBTQQIAAPPO2Sについて、詳しい解説が掲載されているので、ご参考に。

今回は、この中の「AA」のうちの一つである(※6)アセクシャルについて、触れていきたい。

アセクシャルとは、いわゆる、性的関係を望まず恋愛感情がどのような感覚なのか自身では分からない人物の事を指し、英語に置き換えると「sexual(性的)」に打ち消しの「a」を単語の頭に置いて、恋愛感情の有無に関係なく、他者に対して性的感情を抱かない人物を「アセクシャル」と呼んでいる。

ジェンダー問題は、この性的象徴だけに留まらず、男女間の雇用問題、賃金格差問題、社内における男女間の立ち位置、男尊女卑、男性優位社会など、経済的社会的人権的な不平等に関する様々な問題を指している。

作中では、前者であるアセクシャル含めた「LGBTQ」に関するジェンダー問題を若者の視点で軽妙に取り扱っている。

本作『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』を監督した金子由里奈さんは、あるインタビューにおいて本作の製作経緯を聞かれて、幾多の紆余曲折があったと話す。

(※7)金子監督:「『眠る虫』を上映してから、何人かのプロデューサーさんが声をかけてくださいました。それで、映画化したい原作として『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』をいろんな人に提案したのですが、商業的な理由で難色を示されることが多かったです。「センシティブなテーマはちょっと……」と言われてしまうこともあって。なので、この作品が映画化して上映が始まることは、結構な奇跡だと感じています。私自身はなんの偏見もなく、むしろ親近感のある物語としてこの小説を読みましたが、「繊細すぎる」と毛嫌いされてしまうこともあると知りました。なので、髭野さん(プロデューサー)が原作に共鳴してくださったことはありがたかったです。」と話す中、ジェンダー問題を取り扱う作品を映像化するのが、映画業界ではまだまだ壁があり、理解を得られない事実が確実にある。

案の定、全国公開前から既に、この問題に関して賛否両論を巻き起こし、ある種、論争が起きている。キュートで、ポップ、ライトな作品には似つかわしくないほど、大人達の事情の中、議論は複雑に多重層化されている。

©映画「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」

最後に、コミュケーション障害、いわゆるコミュ障は今後、ますます社会問題として浮上し、性やジェンダーに関する案件もまた、ますます注目されていく事だろう。

その反面、(※8)ジェンダーに関する問題は、日本での認知度は高いが、理解度は非常に低いと言われている。

社会の問題として知ってはいても、それを許容できず、受け入れられていない人が多くいるはずだ。

若者世代から昭和世代に物申すのは、これらの問題に対する(※9)「価値観のアップデート」が必要ということ。

これは、年配層に限らず、若年層にも言えることだ。

時代が変われば、その時の「価値」や「考え方」は、必ず変わる。

映画『道草』の片山監督もまた、自身の価値の変化について話している。

どの年代でも、価値観に対する考え方を時代と共に変えていく必要がある。

ただ、世代間でのギャップがあるかもしれないが、互いに論争するのではなく、相互にそれぞれのプラスの面を尊重し合うことが大切だ。

昭和には昭和の、今の時代には今の時代の美点がある事を忘れてはならない。

近頃、1978年、1980年に放送された水谷豊主演のTVドラマ『熱中時代』シリーズを鑑賞しているが、シナリオが非常に優れている。

今の価値観から、当時の価値観を客観的に観た時、この時代の言動にはヒヤヒヤさせられる事も事実だ。

それでも、作中で描くかれているのは、現代の日本が忘れかけている人としての「情熱」や「人情」を丁寧に表現している。

この物語を象徴する古き良き日本の良点を受け止めつつ、今の時代に必要な価値観を備えることが、今を生きる私たち日本人にとって急務である。

日本の未来に生きる次の若者世代が、性に関して、孤独に関して、生きづらさを感じない、そんな社会作りをして行く事が、現代に生きる私たち大人の役目である事を覚えていて欲しい。

©映画「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」

映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』は現在、関西では4月7日(金)より先行上映として京都府の京都シネマ京都みなみ会館にて公開中。4月21日(金)よりシネ・リーブル梅田にて一週間限定。4月22日(土)より元町映画館、4月29日(土)より第七藝術劇場にて、公開予定。また、全国の劇場にて、順次公開予定。

(※1)コミュニケーション障がいは日本の国民病?!仕事における上手な付き合い方とはhttps://www.agent-sana.com/column/is-communication-disorder-national-illness/(2023年4月8日)

(※2)【ダウナー系コミュ障とアッパー系コミュ障】2種類のコミュ障の特徴とはhttps://ogulog.com/2021/06/05/communication/(2023年4月8日)

(※3)ジェンダー不平等とは?https://ideasforgood.jp/issue/gender-inequality/#:~:text=%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E4%B8%8D%E5%B9%B3%E7%AD%89%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%9A%84%E3%83%BB%E6%96%87%E5%8C%96%E7%9A%84%E3%81%AA,%E6%80%A7%E5%88%A5%E3%82%92%E6%84%8F%E5%91%B3%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2023年4月8日)

(※4)「好き」という感情がわからない……自分の恋愛感情を確かめる?https://allabout.co.jp/gm/gc/475476/(2023年4月9日)

(※5)LGBTQQIAAPPO2Sの意味とは?意味をわかりやすく解説。性別には様々な形がある。https://jibun-rashiku.jp/column/column-1875(2023年4月9日)

(※6)恋愛感情がわからない…性的関係のぞまない「アセクシュアル」
https://withnews.jp/article/f0181101006qq000000000000000W09t10101qq000018242A?_gl=1*1f4fcun*_ga*RUpMdDEwa3RMOVpJZEJPN0pQT1g4a2RDZXlmNEx0aHUyMFlPdHU2cGNLX19kRWNROVFmbkNCaExCZnVhQjFEXw..(2023年4月9日)

(※7)映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』に込めた想い 監督・金子由里奈 × 原作・大前粟生 対談—前編https://tokion.jp/2023/04/10/yurina-kaneko-x-ao-ohmae-vol1/(2023年4月11日)

(※8)LGBTQ+は日本人口の10%!認知度は高いが理解が低い原因は?https://green-note.life/1058/(2023年4月11日)

(※9)なぜ人は簡単に変われないのか?内省の第一人者に聞く、「価値観のアップデート」が難しい理由https://logmi.jp/business/articles/325935(2023年4月11日)