ドキュメンタリー映画『ドクちゃん フジとサクラにつなぐ愛』「生きる事、生き続ける事」

ドキュメンタリー映画『ドクちゃん フジとサクラにつなぐ愛』「生きる事、生き続ける事」

2024年5月25日

僕の人生には2つの大きなチャレンジがあります。ドキュメンタリー映画『ドクちゃん フジとサクラにつなぐ愛』

©2024 Kingyo Films Pte. Ltd.

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ベトナム戦争、サイゴン、枯葉剤、ナパーム弾の少女(※1)。そして、戦争の犠牲になるのは、弱き市民やその子ども達。どっかの誰かの都合で始めた戦争が、どこかの誰かを無条件に傷付ける。ベトナム戦争が起きたと言う事実は、遙か50年前に置き去りにされたが、その闘いは50年経った今でも続いている。戦争に終わりはなく、人々の悲しみはその次の、そのまた次の、そのまたまた次の世代にまで未来永劫、受け継がれる。どんな事件も、どんな出来事も、時間が経てば過去のものに刷り代わり、たとえ忘れてはいけないと心で分かっていても、私含め人々は過去の出来事をその時代に置き去りにし、忘れてしまうものだ。それを私達の記憶の中に蘇らせてくれるのが、映画という力ではないだろうか?「ドクちゃん」という存在に思いを馳せた時、私達はあの時、ニュースで取り上げられていた結合双生児のドクちゃん、ベトちゃんを思い浮かべるだろう。また、忘れ去られてしまっているベトナム戦争の悲惨さ、サイゴン陥落やナパーム弾の恐怖、そして後世に続く枯葉剤が引き起こす問題に対して、きっと私達はあの日、あの時を思い出し、戦争で得た恐怖を孫子の代にまで伝える必要がある。それは、ベトナム戦争の話だけでなく、その以前の第一次世界大戦や第二次世界大戦、朝鮮戦争や湾岸戦争、そして現代における2022年ロシアのウクライナ侵攻や2023年パレスチナ・イスラエル戦争、大小関係なく、取り上げられていない数多くの戦争や紛争の記憶は、過去のものにはしない。今ここで、私達の目の前で起きている事実であり、現実だ。私達は、この悲劇を未来にどう伝え、どう残して行くのか、それが今を生きる私達の中の課題だ。もう同じ過ちは繰り返さない、と誓える人であらねばならない。ドキュメンタリー映画『ドクちゃん フジとサクラにつなぐ愛』は、ベトナム戦争で使用された枯葉剤の影響で1981年に結合双生児として生まれ、88年に分離手術に成功した後も深刻な健康問題を抱えながら平和のアンバサダーとしての使命に生きる「ドクちゃん」ことグエン・ドクさんの今の姿や人生を捉えた作品だ。彼は、2024年2月に43歳を迎えたドクさんは入退院を繰り返すなかで、結婚18年目になる妻トゥエンさんと双子の子ども・フジくんとサクラちゃん、そして闘病中の義母を自宅介護しながら家族で唯一の稼ぎ手として暮らしている。ドクさんが、まだ43歳というご年齢に、私は驚きを隠せない。小学生の頃に学習したベトナム戦争や枯葉剤の恐怖は、遠い時代の遠い記憶に過ぎないと捉えていたが、ドクさんのご年齢が、私と然程、変わらない事実を知って、ベトナム戦争が起きた事実は幾月も昔の話ではなく、今目の前に立ちはだかる世界の問題として再認識する事ができる。

©2024 Kingyo Films Pte. Ltd.

今回、映画『ドクちゃん フジとサクラにつなぐ愛』の中で被写体となっているドクさんは、1981年ベトナムで産まれた双子の結合双生児の弟だ。彼が産まれた当初、この結合双生児の状態は世界的に多くの人々に衝撃を与え、ショックを禁じ得なかった。ベトナム戦争時に使用した枯葉剤の脅威は、今もずっと続いているが、なぜアメリカ軍がベトナムで枯葉剤を使用したのかと言えば、「米軍が枯れ葉剤を使用したそもそもの目的は、解放戦線の隠れ家であるジャングルを絶滅させ、解放区で作られる農作物を汚染し、食糧を奪うためだった。」(※2)と言うのは非常に有名な話たが、この問題が何十年経った今でも世界的な問題を孕んでおり、アメリカが残した負の遺産は決して解決する事はない。私達の国、日本は2度の被爆国として認定されているが、広島と長崎に投下された原爆の影響が、今の時代にどう作用しているのか、考えた事があるだろうか?実際のところ、私は考えた事がなく、原爆の投下は過去に起きた事と捉え、時を超えて、今の時代に影響を及ぼしているとは、微塵も考えた事がなかった。広島には、ガン治療に特化した「広島赤十字・原爆病院」(※3)がある。「広島県における令和2年のがん罹患数は、全部位で21,686人(男性:12,419人、女性:9,267人)となっています。10年前の2010年(合計20,029人)と比べると、8.3%増加しています。罹患状況を部位別にみると、男性では「前立腺がん」が最も多く、次いで「肺がん」、「胃がん」の順となっています。女性では「乳がん」が最も多く、次いで「大腸がん」、「肺がん」となっています。」(※4)とあるように、広島のがん発生率に対するデータが発表されているように、今を生きる代の人間にまで被曝の影響が著しく現れており、戦争や原爆の影響は太平洋戦争時だけのものではなく、今の時代にも大きく影響していると考えざるを得ない。ベトナム戦争時に使用された枯葉剤の影響は、ドクちゃんベトちゃんという結合双生児と呼ばれる多くの奇形児を産み落としただけでなく、戦争終結後の今の時代にもその時の陰鬱とした影を落としている。それは、誰もが気付かないだけで、日常の至る所に転がっている。戦争で引き起こされた悲劇や悲しみは、あの時代特有のものでもなく、戦争が終結したからと言って、終わりではない。現代だけでなく、これから先の未来にも負の遺産や連鎖として私達に影響を与える存在だ。過去の産物として捉えるのではなく、爆撃や衝突がある訳では無いが、何かしらの目には見えない形として継承される中、今私達の目の前で永遠と戦争が行われている事を認めざるを得ないだろう。

©2024 Kingyo Films Pte. Ltd.

そして、ドクさんはお兄さんのベトさんと一緒に、結合双生児と呼ばれる奇形児としてこの世に生を受けたが、誕生当時は好奇の目と医療支援の狭間で必死に生きていたのだろう。彼等が世間から注目を浴びる中、奇形児と呼ばれる赤ん坊が産まれたのは、彼等だけでなかった。戦後の世界中で起きたサリドマイド事件(※5)を、皆さんはご存知だろうか?サリドマイドと呼ばれる医薬品を摂取した妊婦の赤ん坊の成長に著しい影響を与えた事件だ。1957年から西ドイツや先進国を中心に、販売されたサリドマイド含有製剤を妊娠初期に服用した女性の赤ん坊の体の成長に悪影響を与え、四肢、内臓、耳などに障がいを持つ子どもを出生させている。ベトナム戦争で使用された枯葉剤だけでなく、医薬品や何らかの原因で奇形児が産まれた背景がある。また、戦前の日本でも、奇形児と呼ばれる多くの赤ん坊が産まれては、養育能力なしと判断され、その短い生涯の幕を大人達から無理やり閉じさせられていた。戦後の1948年(昭和23年)ではあるが、日本の東京で起きた寿産院事件(※6)は、貰い子殺人と呼ばれ、不倫もしくは父親不明の赤ん坊を養育費と一緒に預かり、その後、遺棄していた事件ではあるが、この中で「実際には更に1名が含まれるが、奇形児であったために生育能力は無いとみなされ、被害者からは除外されている」という記述があるように、昔の日本では奇形児に対する世の中の扱いは冷ややかで、辛辣なものがあったと見受けられるが、多くの事例の中でもドクさんベトさんは幸運にも分離手術を行い、命を取り留めたのは奇跡としか言いようがなく、また私達は五体満足として生を受けて、今を生きているが、「健康」という二文字の言葉が、こんなにも尊く大切なものであるか、身に染みて感じ入るのではないだろうか?ドクさんベトさんだけでなく、世界中には奇形児として産まれた赤ん坊が大勢いる。たとえば、2002年のイラクでは、多くの先天性奇形児が誕生(※7)し、増加の一途を辿ると報道された記事も残っている。また、2019年にはポルトガルのセトゥバルの病院で産まれた赤ん坊(※8)には、鼻と両目、頭蓋骨の一部がなく、顔の欠損状態のまま産まれた赤ちゃんがいると、報道されている。また日本の出生率の場合(奇形児と記述していたが、この表現の仕方は誤りで、実際は先天性疾患と表現すべきでした)、先天性疾患(先天奇形・先天異常)の発生率は、一般的な水準で3~5%、生まれつき体や臓器の機能に異常がある疾患の事を指す(※9)。そして、この先天性疾患の行き着く先は、今日本で問題視されている見た目問題やルッキズムに辿り着く。話を戻して、ベトナム戦争の枯葉剤によって出生前から肉体的被害を受けていたベトさんドクさんですが、彼等は先天性疾患を持つ子ども達の代表者だ。彼等の後ろには名も無き患者が有象無象に存在し、日々、肉体的精神的苦痛に耐えている。私達が今、本当にすべき事は、あなた自身が持つその広い心と温かい心で受け入れる事。そして、社会が「受容」という言葉を認識し、実践する事が必要だ。本作『ドクちゃん フジとサクラにつなぐ愛』の被写体となったドクさんは、あるインタビューにて、こう話している。

Nguyễn Đức:“Qua bộ phim tài liệu này, tôi muốn lan tỏa tới khán giả trẻ nhiều hơn về nghị lực và những nỗi niềm chưa từng được kể trước đây”.(※10)

グエン・ドク:「このドキュメンタリーを通じて、これまで語られてこなかった強さや感情を若い視聴者にもっと伝えたい」と話す。ベトナム戦争や枯葉剤の恐怖が過去の産物として風化しつつ今、この時代に起きた事実を私達若い世代がどう受け取り、どう次の世代に受け継いで行ば良いのか考える必要があるだろう。「若い視聴者にも伝えたい」と願う想いを受け取って行かなければならない。

©2024 Kingyo Films Pte. Ltd.

最後に、映画『ドクちゃん フジとサクラにつなぐ愛』は、2024年2月に43歳を迎えたドクさんは入退院を繰り返すなかで、結婚18年目になる妻トゥエンさんと双子の子ども・フジくんとサクラちゃん、そして闘病中の義母を自宅介護しながら家族で唯一の稼ぎ手として暮らす姿を捉えたドキュメンタリーだが、今まで語られて来なかった成長したドクさんの姿を目にできるのは、この作品だけだろう。それだけ貴重ではあるが、ドクさん自身が強く願う「生きる事、生き続ける事」に託された想いは、彼自身の肉体や魂が尽きるまでの話ではなく、彼が願う平和への精神が彼のご子息である「フジくんとサクラちゃん」の精神に継承され、そして彼等を通して、私達日本人や世界中の人々の心に受け継がれる事。それが、ドクさんの願う「生きる事、生き続ける事」に還って来るのではないだろうか?

©2024 Kingyo Films Pte. Ltd.

ドキュメンタリー映画『ドクちゃん フジとサクラにつなぐ愛』は現在、全国の劇場にて公開中。

(※1)「ナパーム弾の少女」撮影から50年、ベトナム戦争を象徴する写真の物語https://www.cnn.co.jp/style/arts/35190266.html(2024年5月23日)

(※2)ベトナム戦争は終わらない ~枯れ葉剤後遺症に苦しむ人びとhttps://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/section2/2006/03/post-210.html(2024年5月23日)

(※3)広島赤十字・原爆病院の特徴は?https://www.hiroshima-med.jrc.or.jp/recruit_faq/recruit_faq-5176/#:~:text=%E5%BD%93%E9%99%A2%E3%81%AF%E3%80%81%EF%BC%92%E6%AC%A1,%E3%82%92%E6%9C%89%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82(2024年5月23日)

(※4)広島がんネット がんを取り巻く現状https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/gan-net/ganwoshiru-genjou.html(2024年5月23日)

(※5)サリドマイドが手足や耳に奇形を引き起こすメカニズムを解明https://www.titech.ac.jp/news/2019/045379(2024年5月25日)

(※6)戦後下で産院営む夫婦が「もらい子」を殺害 寿産院事件https://www.sankei.com/article/20240408-WDUITKS4OBOBZP3UFA35Z3BDGY/(2024年5月25日)

(※7)イラクで増加する先天性奇形児<イラク>https://www.unicef.or.jp/children/children_now/iraq/sek_iraq_1.html(2024年5月25日)

(※8)顔のない赤ちゃん生まれる、医師に6か月の停職処分 ポルトガルhttps://www.afpbb.com/articles/-/3251485?cx_amp=all&act=all&_gl=1*1h8i0eo*_ga*aUEyRFo3aE9NRnYyanExWjF3aVZ5Y3YzNHNWdFZjMTRGVHhZZFhDRGVJRXptZzZONHdKcmdSSnpMemZGWHZxZg..*_ga_E7KXCKSWLG*MTcxNjYwMDQ1Ni4yLjEuMTcxNjYwMDQ1Ni4wLjAuMA..(2024年5月25日)

(※9)先天性疾患とは?原因や種類を理解し上手に子どもと向き合おう
https://www.taiyo-seimei.co.jp/net_lineup/taiyo-magazine/children/009/index.html(2024年5月25日)

(※10)Nhật sắp chiếu phim về người em trong ca mổ tách cặp song sinh Việt, Đức 35 năm trướchttps://www.vietnam.vn/nhat-sap-chieu-phim-ve-nguoi-em-trong-ca-mo-tach-cap-song-sinh-viet-duc-35-nam-truoc/(2024年5月25日)