幸せは誰かと分かち合うものドキュメンタリー映画『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』
壮大な自然と雄大な大地に囲まれて暮らす老夫婦の営みは、この先の未来でも、変わる事はない。生きとし生ける物への敬意を払いつつ、大自然からの恩恵を余すこと無く受ける。木々のざわめき、落下する滝の戯れ、山奥から湧き出る自然の湧水は乾いた喉を潤すのには最適な方法。オルデダーレン渓谷には、20キロメートル(12マイル)の谷が南北に伸び、その谷の先には最終終着地点であるオルデン村が人生の旅人を待ち侘びる。この広大な大自然の中、何十年という人生を共に過ごして来た夫婦それぞれの時の重みが、映像からビシビシと伝わって来る。この壮観たる大自然の揺籃の中、私達は産まれてから死ぬまでの一生をここで寡黙に生きる。晴れの日も曇りの日も雨の日も雪の日も、いつまでだってそこに住み続け、生き続ける。まるで静かに呼吸するかのように、山岳地帯を悠々自適に暮らす老夫婦の姿から、若い世代の私達は何を学べると言うのだろうか?ドキュメンタリー映画『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』は、ノルウェーの山岳地帯の大自然の中に生きる老夫婦の姿を、その娘であるドキュメンタリー作家マルグレート・オリンがとらえたドキュメンタリーだ。老後の生活、長い人生を生きて来たご夫婦の最終終着駅は、各々のご夫婦の選択肢によって大きく違いはあるだろうが、変わらないのは両者の互いに対する気遣いと心遣い、渓谷より深く何にも勝る深き愛だろう。
作品に登場するオルデダーレン渓谷が、どんな場所なのか、私達日本人にとって知る由もないだろう。今回は、老夫婦が暮らす渓谷について、少し掘り下げていきたいと思う。オルデダーレン渓谷(※1)は、ノルウェーのヴェストラン(Vestlandet)(西部地方:ノルウェー南部の大西洋に面する地域であり、ムーレ・オ・ロムスダール県、ソグン・オ・フィヨーラネ県、ホルダラン県、ローガラン県を含む地域)にある北フィヨルド(※2)にある深い谷を指す。この北フィヨルドは、ノルウェーの伝統的な地域で、フィヨルド、山、谷、海岸、村など、さまざまな地形で形成されている。北フィヨルドは、ヴェストランの地域含め、西海岸沿いに多く存在し、その中でもオルデダーレン渓谷は北部に位置する荘厳な渓谷である。恐らく、オルデダーレン渓谷含め、ノルウェーにある大自然に囲まれた地域は、人が居を構える場所というより観光地の要素が多く占めており、山登り、トラッキング、渓谷下り、渓流下りと言った大自然の中で遊ぶレジャーが主流であり、渓谷の中での人々の暮らしの営みの資料はほぼ無いのかもしれない。また、「オルデンダーレンとして知られる谷は、ヨステダールス氷河国立公園の氷河と山々へと続いている。」とあるように、渓谷の先には、国立公園と氷河の山が存在すると言われている。「フリルフトスリーヴ」を楽しむとは、何か分かるだろうか?自然の中で多くを過ごし、アウトドアで心を育む事、これはノルウェー人のアイデンティティに深く根ざしていると言われる。「良い生活を送るために必要なものは、すべて自然の中にある。フリルフトスリーヴとは、「空気のない生活」という意味を指す。空気がなければ、人生はあり得えない。」(※3)と監督は話す。監督自身、この言葉を「ほとばしる喜び」とも関連付けている。では、この「ほとばしる喜び」については、映画を観終わった後に皆さんで考えて欲しい。
そして、本作のもう一つの主題は、老後だ。多くの年を過ごして来た70代、80代に差し掛かった、また差し掛かろうとしている60代、所謂、昭和20年代から昭和30年代、1940年代から1950年代の第一次ベビーブーム期に産まれた団塊の世代の人々、私の親世代にあたる年代層の方々が今、仕事を定年退職した後の老後の時期に突入している。日本の今の年配層の方々は皆さん、非常に元気だ。人生100年時代と叫ばれる昨今、60代になろうとも現役で働く姿勢は敬意を払いたい。また、定年後には1ヶ月程の車中泊の旅行に出掛けたいと知人は話す。私の親世代にあたる60代から70代の世代の日本人は、老後の生活に夢を膨らませ、毎日の営みを謳歌している。そんな私は、40年、50年経った未来においても現役で筆を持ち続けたい。これが、私が望む私の老後の過ごし方だ。その為に、この世界を選んだと言っても過言ではない程、息を引き取るその日まで、命尽きるその日まで、死ぬ1秒前までペンを持ち続けたいと願っている。ノルウェーでは今、年金問題(※)が脚光を浴びる中、ノルウェーにおける老後の価値観とは何か?南東ノルウェー大学の准教授であり、老後の生活の質に関する博士号を取得したラース・バウガー氏は言う。老後生活に入る前段階から子ども達の夏休みの宿題のように「計画を立てる事」(※5)が大切と話す。では、日本における老後の価値観は、何だろうか?統括・ソリューションユニット ビジネスソリューショングループ フェロー/ひと研究所所長の渡辺庸人氏は言う。「①2人に1人が50歳以上の時代に。シニア構造も大きく変化する②この10年でデジタルメディアがシニアに浸透し、意識も変化③これからのシニアをどのように捉えるべきか」(※6)と10年後における老後生活の価値観は今より大きく様変わりするだろうが、ただ10年後の未来における老後について考えるのではなく、私達若者世代の40年後、50年後の老後、また現在、80年後となる2100年代の未来における0歳から10代後半までの子ども達の老後についても今から議論する必要があるだろう。ドキュメンタリー映画『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』を制作したマルグレート・オリン監督は、本作における大自然の雄大さと重要性、そして自然破壊について語っている。
オリン監督:「これは、アウトドアで過ごす時間の価値を体験し、ハイキングに出かけたり、野外で眠ったり、野生で自分で食べ物を捕まえたりすることで、熟達感を感じ、自然の力を感じることの素晴らしさを体験することです。なぜなら、自然は私たちに肉体的、精神的な強さを与えてくれるからです。自然体験や動物との触れ合いは純粋なセラピーになり得ますし、実際にトラウマを癒し、認知能力が低下した人々を力づけることもできます。」その一方で、「この映画は、自然の永遠の観点と人間のはかなさを描いていますが、同時に、滝がかつてないほど美しく流れ落ちる理由は、氷河が溶け、自然が変化し、失われつつあるものがたくさんあるからだということに気付いたときの悲しみも描いています。」(※7)と話す。私達、都会に暮らす人々にとって、大自然での暮らしは到底、想像も着かないが、それでも、自然という存在は私達の生活に張りを持たせ、老後における人生の再出発が自然に隠されているのかもしれない。
最後に、ドキュメンタリー映画『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』は、ノルウェーの山岳地帯の大自然の中に生きる老夫婦の姿を、その娘であるドキュメンタリー作家マルグレート・オリンがとらえたドキュメンタリーだが、そこには大自然の雄大さやその自然の中で暮らし、過ごす事への重要性、また老後をどう過ごすかなどの人生の最終終着点における最重要項目への必要性について物語っている。ただ、それだけでなく、親と子の間に存在するカメラのレンズを通して、マルグレート・オリン監督と彼女の両親となる老夫婦のヨルゲン・ミクローエンさんとマグンヒルド・ミクローエンさんの両者に跨る目には見えない親子の関係性における重要度合いが、作品を通して見えて来るだろう。昨今、日本では「薄縁時代」と呼ばれる少し問題視しなければならない時代に突入している。この薄縁時代とは、たとえば、親の葬儀を自身で執り行うのではなく、代行サービス業者に依頼して、親の葬儀を済ませる風潮が増えて来ている。そこには、故人の生前における親子関係の歪みが人生最期の葬儀の場面で溢れ出るカタチとなってしまっているが、親子の関係は生きている間も死んだ後も続く。親の葬儀でさえも、生前からの親子の確執から執り行わない文化に対して、少し危機感を持ってもいいのかもしれない。老後の過ごし方、年配親子における今後の関係性について、本作を通して何か発見する事ができるかもしれない。
ドキュメンタリー映画『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』は現在、全国の劇場にて絶賛公開中。
(※1)Fedrelandet» av Margreth Olin – Visit Norwayhttps://www.visitnorway.no/om-norge/episk-film-skaper-turlyst/(2024年11月10日)
(※2)Visit Nordfjord | Official travel guidehttps://www.nordfjord.no/en#:~:text=Destinations,We%20have%20it%20all.(2024年11月10日)
(※4)Nordmenns glemte pensjonsbombe: – Helt håpløst å få avkastninghttps://www.nettavisen.no/okonomi/nordmenns-glemte-pensjonsbombe-helt-haplost-a-fa-avkastning/s/12-95-3423917450(2024年11月10日)
(※5)Det handler om å ha en planhttps://www.planleggelitt.no/det-handler-om-a-ha-en-plan/(2024年11月10日)
(※6)2035年、次のシニアの時代がやってくる?!この10年のシニアの変化を振り返るhttps://www.videor.co.jp/digestplus/article/consumer240924.html(2024年11月10日)
(※3)(※7)Songs of Earth – epic documentaryhttps://www.visitnorway.com/typically-norwegian/film-creates-wanderlust/(2024年11月10日)
(※8)精神的に限界「関わり断ちたい」 子供が望んだ〝家族じまい〟の内実 「薄縁」時代㊤https://www.sankei.com/article/20241109-QGBMH4VARZK7DJZ2RJ3YNWARWY/(2024年11月10日)