ドキュメンタリー映画『わたしの物語』「わたしの物語」を紡ぐには

ドキュメンタリー映画『わたしの物語』「わたしの物語」を紡ぐには

2024年8月19日

<障がい者差別(エイブリズム)>が蔓延する世界。ドキュメンタリー映画『わたしの物語』

©Hot Property ITAOT Limited 2023

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あなたはあなた自身を探し求めて、私達は私達自身を探しながら今を必死に生きている。大雨が降り続く日々、大きな壁に直面し、その障壁を乗り越え、身体がボロボロに、心がズタボロになっても、それでも、雨が止んだその先には煌めき乍ら輝く人生や心に架かる虹が顔を出す。時に、自分を見失い、自信を失い、目の前の出来事に意気消沈し、塞ぎ込んでしまう時もあるだろう。あなたはあなたらしくを、私は私らしくを、そしては人は皆、自分らしさとは何かを追い求めて、今日も自身と向き合っている。どんな生き方でも、どんな身体を持って産まれても、すべてが正解だ。この世に間違った生き方や間違った身体、間違った性など、微塵も一つもない。それは、後からこの社会の人々が勝手に考えた価値観であって、世の中が都合良くカテゴライズしようとし、都合良く排除しようとし、都合良く己が積み上げた一方的な価値観の中の型を嵌めようとしているだけで、私達は社会にあるそれぞれの価値観や考え方に歩幅を合わせなくても良いのではないだろうか?この世界で生きるにあたり最も大切な事は、人に歩調を合わせる協調性を持つ事より、周囲の空気を読んでヘコヘコ頭を下げて謝る事ではなく、自分自身を大切にし、自分自身を好きになり、自分自身のありのままを愛する事ではないだろうか?時に他人と比べて自身が劣っていると落胆し、鏡の前に立つ自身が醜悪に写ったり、ある日突然、理由もなく心の中で自身を強く非難する事もあるだろうが、あなたはあなた自身でしかなく、それ以上も以下もない。もっとあなた自身を好きになって欲しいと、私は今の若者にも伝えたい。ドキュメンタリー映画『わたしの物語』は、極めてまれな障がいを持つイギリスの女性監督エラ・グレンディニングが、自分らしい生き方を模索する4年間の旅路を記録したセルフポートレイト・ドキュメンタリーに仕上がっている。様々な人と出会い、様々な疑問を通して、彼女は新しい世界と自分を知っていく。そして、人は女性監督エラ・グレンディニングの姿を通して、生き方の選択肢が一つしかないとは限らないと実感し、よりもっとある可能性を求めて、人生の引き出しを模索したくなるだろう。彼女が一生懸命に真の自分を探し、向き合い、受け入れようとするその姿に元気をもらえ、勇気を与えられる事だろう。自分らしく生きるなんて、そう簡単には見つからない。そもそも自分らしさの定義がまた示されていないこの社会の中で、自分らしさを示す生き方が何を示すのかさえ、誰も分かっていない。

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今、日本に限らず、世界全体でエイブリズムと呼ばれる障がい者差別が至る所で横行している(ちなみに、このエイブリズムには2つの言葉がある。英語で障がい者差別を指す言葉disablism(ディスエイブリズム)とableism(エイブリズム)。それぞれの用語で強調される点は、若干異なっている。ディスエイブリズムは、障害者に対する否定的な意見や行為、虐待などの差別を指す。また、エイブリズムは障がいがない人を好む差別、健常者のニーズを優先させる差別といったニュアンスがある。障がい者差別は、昔ほど酷い訳ではないが、その風潮は今も水面下で過去から引き継がれている。日本における障がい者の歴史は、日本で最も古い書物「古事記」の中に記されている。イザナミ、イザナギ二神の間に生まれた最初の子が未熟児だったらしく、3歳になっても体は発育せず、水田などに住んで人や動物の血を吸うヒルから取ってヒルコと名付けられたそうだ。この子どもは葦の船に乗せられ海に流され、歴史上から抹殺されている(※1)。戦国時代においては、くぐつと呼ばれる障がい者も加わった集団が存在した。多い場合は、20人から30人或いはもっと多い人数が一座を組んで、各地を転々と移動していた。くぐつというのは、操り人形という意味を持っているが、人形使いだけでなく、曲芸師や奇術師、踊り子、琵琶や笛や太鼓などの演奏家たちを含んだ一座を指す言葉。クル病・カリエス・盲人などの障害者が、その中で演奏や道化役をしていたという歴史上の記録がある。こうした集団は平安朝の頃から存在していて、ずっと後世まで続いている。それが、近代における見世物小屋やサーカス団に当たるのであろう。また、戦前の日本においては、精神医療の不足を理由として私宅監置(座敷牢)が設置されていた話は非常に有名な話だろう。この精神障害者が隔離された事実は、戦後の1950年に施行された精神衛生法まで実施されていた。戦時下における日本の障がい者は「国家の足手纏い」として差別され続けた。脳性麻痺の子を抱える家族に対し、軍人が青酸カリを手渡した事例や当時の兵役法には免除規定がのあるにも関わらず、知的障害者が法律を無視して徴兵させた事案もある。戦地で精神疾患を悪化させ、また戦死後も恩給や保障の対象外とされるなど差別は際限なく続いている。恐らく、近い将来、同じ状況になった日本でも同じ事が繰り返されるのではないだろうか?1948年に施行され、およそ半世紀続いた優生保護法(旧優生保護法と呼ぶ)(※2)は、今になってやっと問題視され始めている。施行当時は、遺伝性疾患を持つ患者や障害者、精神障害者、知的障害者が、本人達の意志とは関係なく、強制的に去勢手術を受けさせられている。障がい者による差別は、長年にわたり行われて来たが、それが差別であると言われて来たのはつい最近のことだろう。昔は、隔離する事も、排除する事も、当然の行いとして社会全体が正しいと確信を持っていた時代だ。日本では、2016年4月1日に障害者差別解消法が施行され、2024年4月1日には事業者による障害のある人への「合理的配慮の提供」(※3)が義務化され、日本における障がい者を取り巻く社会的環境を整備しようとする流れが、今の時代にやっと行われるようになって来た。それでも、2016年7月26日には、相模原障害者殺傷事件(※4)が起き、日本社会では障がい者差別の事案が、ここ数年でより表出したのではないだろうか?たとえば、「保育所の面接時、「腐った魚のような目をしている。障害児の母は働かないで自分の子供の面倒を見なさい」と言われた。保育所で受け入れ拒否され、半日で帰宅させられたが保育料は満額取られた。学童保育で、受け入れ拒否され「自閉症の子がいなければ普通の子が10人入れる」と言われた。」(※5)など、小さいな出来事が、至る所、あらゆる地域(※6)で噴出している。健常と障がいの世界が両者共に、お互い気持ちよく社会で過ごすには、両者による理解と歩み寄りが今後、ますます必要となって来るであろうが、現状は微塵も感じられないほど、両者の溝は深いと感じざるを得ない。障がい者差別を指す言葉には、disablism(ディスエイブリズム)とableism(エイブリズム)があると話したが、近年は直接的な差別が減った分(ある事はあるが、どちらかと言えば)、障がいがない人を好む差別、健常者のニーズを優先させる差別を意味するエイブリズムの行為が、ここ数年目立って来ているのかもしれない。それは、表立って見える暴力性や露骨な差別と言うより、社会的な人々の無理解が結果的に差別を引き起こさせるていると、解釈しても良いだろう。

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それでも、障がいを持つ人々は、本作を制作した監督のように前向きに「自分らしさ」とは何かを探求する人も中にはいるが、その一方で、その「らしさ」も表に出せないまま日々を過ごしている方がいるのも事実であろう。この「らしさ」の定義とは、いかがなものなのだろうか?障がいを持って生まれたエラ・グレンディニング監督が探求する「自分らしい生き方」とは、何だろうか?結論から言えば、自分らしい生き方とは「自分の気持ちに正直に生きていくこと」(※7)だ。「自分らしく生きること」と「自己中心的に生きること」は、まったく違う。前者は、全ての行動に責任を持って生きる人を指す。後者は、今芸能界で話題の不適切な言動を繰り返し、自ら自爆し芸能活動を休止する結果を残した人物を指す。「自分らしさ」と「自己中」は、同じように思えて、まったく違う性質を持った言葉だ。自分らしく生きる人には特徴がある。たとえば、自分のやりたいことが明確、自分に自信を持ち、心から認めている、自分の意見を持っている、他人を尊重することができる、仕事はもちろん、プライベートはもっと充実しているなどが、挙げられる。また、自分らしく生きる為に今からできる事がいくつかある。たとえば、自分を大切にする、自己肯定感を高める、弱さやコンプレックスは「個性」の1つとして捉える、嫌いな人、嫌いなことから距離を取る、1人でできないことは人に頼る、「楽しいからやる」を意識する、心から望んでいるものを明確化する、積極的に新しいことにチャレンジする、「とりあえずやってみる」を大切にする、アウトプットを常に行うの10の項目だ。ただ、自分らしさの定義は、どこにもない。本当に、自分らしさとは、一体なんだと言うのだろうか?自分らしさとは、「他者にとらわれず自分の価値観や性格を尊重している状態」を指す事と言われている。でも、本当にそれだけが「自分らしい」事だろうか?他者の視線や意見に惑わされず、周囲の言動に流されず、自身の中にある本来の芯の部分や信念、自分の中での決まり事を実直に守る事が、自分らしく生きる事に直結しているのかもしれない。「自分らしさ」なんて、非常に使い勝手が良く、都合のいい言い方ではあるが、もし「自分らしさ」が何たるものであるなら、それをわざわざ無理に探して生きるよりも、日々を過ごしながらありのままに生きる事が最終的に「自分らしさ」に帰着するのではないだろうかと、エラ・グレンディニング氏本人が4年間の行動で示している。本作『わたしの物語』を制作したエラ・グレンディニング監督は、自身を編集する事に対する特別な難しさはあったのか、また障がい者コミュニティを描く事により、映画が社会にどう影響されるのかと聞かれ、こう答えている。

Glendining:“So, so many challenges. I did get used to seeing myself and hearing myself more quickly than I expected. I managed to see myself as a character. But definitely how personal to go was a challenge. It was never a horrible challenge, but lots of things happened that didn’t make it into the film. There’s loads of really beautiful scenes, for example, that I kind of was clinging on to a bit. Then my editor would say, “no, think about the story.” So that’s a big lesson that I learned while making this film: every single shot has to tell this story. It has to be about ableism, whereas if I didn’t have the people that I was collaborating with, it would have been much more of a montage film with lovely scenes.I want people to come away less ableist. Obviously I’m talking mostly about non disabled people, a non disabled audience. I want this film to humanise disabled people, to get people to think about disability and accessibility and the way that society sees disabled people in a different way. And yeah, I want people to think about the nuances about the sort of conversations that we have in the film about surgery and all that stuff. I want it to be really thought provoking.”(※9)

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グレンディニング監督:「とりわけ、多くの課題がありました。思ったよりも早く、自分の姿や声に慣れる必要があったんです。自分を登場人物として見る事も簡単でした。でも、どこまで個人的なものにするかは、間違いなく課題だったんです。決して、大変な課題ではありませんでしたが、映画には採用されなかった事も数多くあります。たとえば、本当に美しいシーンがたくさんありましたが、私はそれに少し固執していました。すると編集者が「いや、ストーリーを考えろ」と言ってくれました。これが、この映画の制作中に学んだ大きな教訓です。すべてのショットでストーリーを伝えなければならないということ。障害者差別についてのテーマも必要でしたが、もし協力していた人たちがいなければ、この作品はただの美しいシーンが並ぶモンタージュ映画になっていたと思います。また、この映画を観て、障害者差別の気持ちが薄れて欲しい願いもあります。もちろん、私が話しているのは主に障害のない人たち、障害のない観客です。この映画で障害者を人間らしく扱い、障害とアクセシビリティ、そして社会が障害者を異なる視点で見ている事について考えて欲しいです。本当に、障害者について考えさせられる映画にしたかったんです。」と話す。人生とは、ストーリーそのものなのかもしれない。単なるシーンとシーン、ショットとショットの連続が連なる一本のフィルムではなく、何かを物語る上でのストーリーが人生の中にあると教えられているようだ。その手段は、映像であったり、言葉であったり、絵画であったり、様々な方法と手法で語られて来ているが、そのストーリーを内包する人生や監督が描く作品を通して、障がい者差別について一から考え直す契機になって欲しいと願うばかりだ。

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最後に、ドキュメンタリー映画『わたしの物語』は、極めてまれな障がいを持つイギリスの女性監督エラ・グレンディニングが、自分らしい生き方を模索する4年間の旅路を記録したセルフポートレイト・ドキュメンタリーだ。障がい者差別は、姿かたちを変えて、今の社会に必ず存在する。最近、放送されたドキュメンタリー番組『隔離と戦禍〜沖縄 ハンセン病患者たちの受難〜』(※10)に触れて、あらゆる差別が根強く残る日本社会が地続きに存在し、人々は恰も日本には差別がないと考える。過去には、露骨的な考え方があったディスエイブリズムが横行していたが、近年は障がいがない人を好む差別、健常者のニーズを優先させるエイブリズムの思想が社会全体に漂っている。それでも、障がいの有無に関係なく、自分らしく生きるには、目の前にある障壁に囚われる事なく、前を向いて生きる事が大事だ。「わたしの物語」を紡ぎ出すには、わたし自身がわたしらしく生きる事が大切だと、本作が示している。

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ドキュメンタリー映画『わたしの物語』は現在、関西では京都府のアップリンク京都にて上映中。また、全国順次公開予定。

(※1)日本の障害者の歴史―現代の視点から―https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/rehab/r054/r054_002.html(2024年8月19日)

(※2)旧優生保護法は憲法違反 国に賠償命じる判決 最高裁https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240703/k10014499611000.html#:~:text=%E3%80%8C%E6%97%A7%E5%84%AA%E7%94%9F%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E6%B3%95%E3%80%8D%E3%81%AF,%E3%82%92%E8%AA%8D%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82(2024年8月19日)

(※3)事業者による障害のある人への「合理的配慮の提供」が義務化https://www.gov-online.go.jp/article/202402/entry-5611.html#secondSection(2024年8月19日)

(※4)19のいのち 相模原障害者殺傷事件の犠牲者を伝えるhttps://www.nhk.or.jp/d-navi/19inochi/(2024年8月19日)

(※5)条例制定当時に寄せられた「障害者差別に当たると思われる事例」(福祉)https://www.pref.chiba.lg.jp/shoufuku/iken/h17/sabetsu/jirei.html(2024年8月19日)

(※6)障害を理由とする差別の解消のための事例集~共生社会の実現に向けて~(読み上げ用)https://www.pref.kyoto.jp/shogaishien/jyorei/jireishu.html(2024年8月19日)

(※7)「自分らしく生きたい!」今からやるべき10のことを紹介https://web-camp.io/magazine/archives/42724(2024年8月19日)

(※8)自分らしさとは?自分らしさを知る方法やコツなどを紹介(精神科医監修)https://townwork.net/magazine/life/152303/#:~:text=%E8%87%AA%E5%88%86%E3%82%89%E3%81%97%E3%81%95%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E4%B8%80%E8%88%AC,%E3%81%A8%E3%81%AE%E4%B8%80%E9%83%A8%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82(2024年8月19日)

(※9)Sundance 2023 Filmmaker Ella Glendining Talks Is There Anybody Out There? (The FH Interview)https://filmhounds.co.uk/2023/01/sundance-2023-filmmaker-ella-glendining-talks-is-there-anybody-out-there-the-fh-interview/(2024年8月19日)

(※10)隔離と戦禍〜沖縄 ハンセン病患者たちの受難〜https://www.nhk.jp/p/etv21c/ts/M2ZWLQ6RQP/episode/te/K157XZL933/(2024年8月19日)