メランコリックで魔法めいた映画『メイデン』


誰もが10代だったあの頃、誰にも言えない秘密を抱え、誰にも頼れない孤独を抱いていた青春期。大人にも子どもにも成りきれないもどかしさを心の中に隠し持っていた。早く大人になりたいと焦り、故郷の田舎に不満をぶつけ、成人したら、こんな町なんて後ろ足で砂をかけて、出て行ってやると虚勢を張る。ほとんどの人が鬱屈した少年期を過ごし、将来の展望に胸を踊らせただろう。友達なんていらない、自分は孤独だ。と、突っぱねて一匹狼を一人楽しみながら、過ごしていたあの時。田舎になればなるほど、人間関係の密接さは増していくばかりで、本当の自分を見い出せずにいた。自分のやりたい事も見つけられず、いつも漠然とした未来に不安を抱えていた。あなたは、どんな青春時代を過ごしたか?映画『メイデン』は、孤独と喪失感にさいなまれる思春期の少年少女のひと夏の出来事を、16ミリフィルムによるみずみずしい映像美でつづったカナダ発の青春映画。私達は、あの頃の自分自身に思いを馳せた時、自然と過去の自分と対峙したくなるだろう。本当の自分は、あなたの心の中にいる。自分の過去と向き合い、嫌いだった自分を慰められるようになった時、きっとあなたの未来は明るい。

本作が題材にしているのは、友人の轢死事故だ。轢死とは、電車に轢かれて死ぬ事を指すが、この轢死事故は日本では頻繁に起きており、日本国内における社会問題の一つとなっている。年代、性別問わず、列車に轢かれて亡くなる人は多くいるが、その中で10代、20代の若年層の死が圧倒的に多い。たとえば、自動車での交通事故による轢死事故の場合、圧倒的に多い要因は、安全不確認だ。渋滞中、安易に考えて、踏切内に侵入した結果、身動きが取れなくなり、結果として、走って来た電車と衝突するケース。また歩行者の場合、携帯電話に夢中になるばかり、自身がどこで止まっているのか確認もせず、走って来た電車と衝突するケースもある。どちらも、ドライバーや歩行者自身が安全確認を怠った結果の末路だ。そして、その次に頻繁に耳目するのが、自殺だ。日本では駅構内と鉄道路線上合わせて1年間に約600件もの鉄道自殺が発生している。数字だけ見ると、年間約2万件発生する自殺の中で鉄道を手段としたものは少なく、その割合は3%未満(※1)。にも関わらず、10代20代の学生達の自殺(※2)が、よく頻頻にニュースで報じられ、大きな衝撃を持って世間に受け入れられている。そのほとんどの原因が、いじめ自殺と考えたら、やるせない気持ちでいっぱいだ。過去10年間で日本国内における列車事故の件数は減少傾向にあると言われているが、その中でも列車事故が最も多い路線は、東京都内ではJR中央線。自殺件数は、253件。東京駅から高尾駅間。また、首都圏以外なら、JR神戸線。自殺件数は、141件。大阪から姫路駅間(※3)。今日もどこかで、列車による人身事故は後を絶たないだろう。

日本におけるティーンエイジャーの失踪事件は、ほとんど報道されていない。その件数の大半が、家出が原因だからだ。今日もどこかで、家族や親が失踪人として警察に捜索願を出している家庭が多くいる。だから、一件の失踪事件は氷山の一角に過ぎず、その裏には何百、何千人の学生達がある日突然、忽然と家族の前から姿を消している。日本での学生が行方不明になる状況は、様々な要因が考えられ、複雑化している。特に、10代と20代の若年層で行方不明者が多い傾向がある。行方不明者の状況では、10代、20代の若年層で行方不明者が増加傾向。男女差で言えば、行方不明者は圧倒的に男性の割合が高い。病気、家庭関係、仕事、学業でのトラブルなど、様々な原因が考えられている。失踪件数は10代が最も多く、全体の約4割を占める。警察庁の発表によると、令和5年の行方不明者数は9万144人、前年比5234人増加していると発表された。過去に起きた事例では、2023年2月に富山県高岡市の大学生が行方不明になり、7日後に手がかりが見つかる(※4)。2024年9月に滋賀県大津市のびわ湖で大学生を含む33人が一時行方不明になっている(※5)。事件の種類は違えど、毎年どこかで、誰かが失踪していると考えたら、映画の物語もひと事と思えず、日本とカナダを擦り合わして考えたら、どこか切り離せない関係性が見えて来るのかもしれない。映画『メイデン』を制作したグレアム・フォイ監督は、あるインタビューにて本作のにおける自身と故郷の関係性の変化について聞かれ、こう話している。

フォイ監督:「私にとって歴史の深い場所で初めての映画を撮影したことは、本当に興味深い経験でした。その場所との繋がりはもちろんのこと、その時代やその場所で起こった出来事に関する記憶が、脚本を書く上で非常に役立ちました。同時に、様々な素材から物語を紡ぐことができました。その中には私自身の人生から得たものもありますが、そうでないものも少なくありません。しかし、記憶が時とともにどのように変化し、実際の出来事から切り離されていくのかにも興味がありました。映画の中にも、そうした要素が反映されています。もしかしたらもうこの世にはいないかもしれない、身近な人の記憶が、どのように形を変え、変化し、新しいもの、あるいは異なるものへと変わっていくのか。」(※6)と話す。本作の舞台となったロケ地カルガリーは、フォイ監督にとって特段、特別な場所だろう。幼少期から過ごした慣れ親しんだ場所である故郷を映画の撮影地として選び、本作を作り上げた。そこには、自身が体験した10代の頃の青春期のすべてが詰まっている。そのすべてを映像作品として表現として、今の世に何を伝えようとしているのか。

最後に、映画『メイデン』は、孤独と喪失感にさいなまれる思春期の少年少女のひと夏の出来事を、16ミリフィルムによるみずみずしい映像美でつづったカナダ発の青春映画だが、本作はティーン達の青春時代を単に描いている訳ではなく、この多感な時期を過ごした誰もが抱いた目には見えない心の孤独を描いている。子ども達は、親にも誰にも相談できず、打ち明けられず、社会と自身の心の溝を深めて行く。近頃、最悪な結末を迎える事件が増えており、たとえば、東京の東大前駅で起きた殺傷事件(※7)、また愛知県で起きた高校生による祖父母殺害事件(※8)、千葉県で起きた中学生による無差別殺傷事件(※9)、それぞれの年代が、各々の場所で起こした重大事件であり、何の繋がりも見えないようにも見えるが、これら事件の背景には10代の頃に経験した出来事(もしくは、タイムリーに感じている事柄)が、ダイレクトに関係していると考えても良いのではないだろうか?罪を犯した者への厳しい糾弾は、誰でも簡単にできてしまうが、「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があるように、次に同じような罪を犯さない人をどう生み出すかが大切であり、私達大人は今のこの日本社会で何ができるか共に考えていかなければならない。若者達が抱える孤独に対して、どうコミットして行こうか?時に、遠くから聞こえる列車の号笛とガタゴトと通り過ぎる列車の音が、ティーンエイジャー達の心の叫びを代弁しているようだ。

映画『メイデン』は現在、順次、公開予定。
(※1)鉄道自殺を限りなくゼロへ 全国に広がる予防策とはhttps://forbesjapan.com/articles/detail/32043?read_more=1(2025年5月10日)
(※2)駅構内で列車にはねられ死亡したのは17歳男子高校生と判明 列車の運転士「ホームから人が飛び込んできた」自殺図ったか 福岡県小郡市 西鉄・天神大牟田線https://newsdig.tbs.co.jp/articles/rkb/1899416?display=1(2025年5月10日)
(※3)初公開 「鉄道自殺数」が多い路線ランキング過去10年累計を比較、もっとも多いのは?https://toyokeizai.net/articles/-/120456?page=2(2025年5月10日)
(※4)21歳大学生行方不明から1ヶ月 裏山のアーチェリー場で“目撃情報”も 父は「ただ無事を願っている」https://newsdig.tbs.co.jp/articles/tut/391195?page=2(2025年5月10日)
(※6)Graham Foy on his feature debut The Maiden, a dreamy tribute to Calgary’s suburbshttps://cultmtl.com/2023/05/graham-foy-on-his-feature-debut-the-maiden-a-dreamy-tribute-to-calgarys-suburbs/(2025年5月10日)
(※7)東大前駅切りつけ “小学生の頃テスト点数悪いと親から叱責”https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20250512/1000117295.html(2025年5月15日)
(※8)愛知 田原 70代夫婦死亡で逮捕の孫「人を殺したかった」https://www3.nhk.or.jp/tokai-news/20250513/3000041282.html(2025年5月15日)
(※9)千葉 女性刺され死亡事件 刺し傷複数“少年院行きたかった”https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20250513/1000117346.html(2025年5月15日)