映画『ボールド アズ、君。』誰か一人、たった一人の親友

映画『ボールド アズ、君。』誰か一人、たった一人の親友

僕らは勝手に救われた映画『ボールド アズ、君。』

©コココロ制作/Cinemago

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誰もが、孤独を感じている。どれだけ大人数の輪の中にいようとも、都会の雑踏の中に身を置いても、時に人は誰にも言えない孤独を抱えている。なぜ、人は常に孤独を感じてしまうのか?その背景には、心理的抑圧や人間関係における希薄さ、自己肯定感の低さなど、様々な要因が考えられる(※1)。周囲との心理的な距離を感じているのか?気軽に話せる相手がいないのか?自分のことを理解してくれる人がいないのか?または、自分に自信がないのか?役に立たないと思っているのか?なぜ、他者と比べて自分を低く評価してしまうのか?過去に人間関係で傷ついた?うまくいかなかった経験があった?家族や親族との繋がりが希薄?仕事が忙しく地域に参加できてない?うつ病や精神的な病の悩みなど。様々な原因が、複合的に織り交ざった時、人は心の中で孤独を深めてしまう。映画『ボールド アズ、君。』は、カリスマ歌手とミニシアター支配人に救われた主人公の熱い思いを描いた音楽と映画が融合した挑戦的な作品だ。映画の世界に埋没し、音楽の音色に心から耳を傾け、心にぽっかり開いた孤独の穴を必死に埋めようとする。その対処法を知らない子ども達は、より一層、映画や音楽に走り、現実逃避をしようとする。それが、孤独を埋める一番の方法だからだろう。

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社会病理のように目には見えぬ存在として鎮座する孤独は、誰も気付いていないが、誰の心にも身を潜めて存在している。それを埋めるには?それを解消するには?一つ一つの解決策が見つからず、孤独という悩みを抱えたまま、若者中心に、その孤独を埋める何かを求める人が増えている。その埋め方は、人によって様々なかもしれないが、音楽というエンタメ要素が強い媒介は、孤独を埋めやすい何か底知れぬパワーを持っているのかもしれない。私自身、学生の頃は音楽の持つ力に非常にお世話になっていた。私自身、学生の頃は周囲と溶け込む事が難しく、聞く専ではあるが、音楽に没頭する時間が増えていった。何かに集中して、他者との関係を遮断してくれる音楽は、心の癒しでもある。外界からの騒音も雑音も、煩わしい人間関係もすべて、クローズドしてしまえば、どれだけ楽だろうか。自分の世界だけで完結する世界があれば、どれだけ楽だろうか。音楽は、そんな感情を救ってくれる文化的価値がある。でも実際は、音楽は孤独を埋めてくれない。音楽は、孤独という深い溝を作るばかりの存在。他人とのコミュニケーションを遮断し、相手の声に耳を傾ける事も忘れさせ、音楽という不思議な世界に孤独も記憶も人生もすべて、埋没させられる。音楽を聞きすぎた結果、人はどうなるのか?その答えは一つしかなく、感情を忘れた無の人間となって、生きる意味を忘れてしまう。でも、音楽に孤独は必要不可欠な存在であり、孤独と向き合う事によって、新しい楽曲が生まれる(※2)。上手に、孤独と向き合い生きるかが必要になって来る。日本の若手インディーズバンドのフミンニッキもMeaninglessも述。もサラサカナも憧憬と傘も、すべてが救ってくれる。孤独を抱える若者を救える力を持ったインディーズや学生ロックバンドは、今の世の中に必要な存在だ。

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ここ数年の間に、日本の劇場が軒並み姿を消した。2020年に世界中を襲ったコロナパンデミックは、日本の映画業界を大きく蝕む原因を作ったと言っても過言ではない。2020年から2021年の間だけでも、単館系や大手シネコンが閉業を決意した。たとえば、2021年5月20日に閉館したアップリンク渋谷は2004年にオープンした。鶴岡まちなかキネマは、2010年に開館して以降、10年間愛された映画館だったが、2020年5月22日をもって閉館となった(その後、新たに山王まちづくり株式会社が運営母体となり、2023年3月25日に再オープン)。2015年のオープン以降、1万3千人以上のTwitterの公式アカウントでのフォロワー数を誇ったユジク阿佐ヶ谷は、2020年12月9日で閉館。松竹マルチプレックスシアターズが運営するシネコンの「MOVIX利府」は、2021年の10月31日で閉館(※3)。大手シネコンが、閉館するという時代は、大きな衝撃を持って受け入れられた。この5館の閉館は、2020年から2021年の1年間の出来事であり、現在までに続く5年間でより多くの映画館がこの世から消滅した。老舗の劇場から大手の映画館まで、今、日本の映画界は苦境に立たされている。「コロナ禍」が主な原因だが、劇場の設備や機材が老朽化し、再建への再投資が困難となる事案。この時期は、コロナ禍により観客鑑賞数の激減が、大きな原因として挙げられている。これからの時代、映画は生ける屍か?映画館は死んでしまうのか?何らかの原因で姿を消す映画館達がいる一方で、新しく誕生する映画館が今、日本の映画界に小さな希望の灯火として産声を上げている。関西では、昨年10月頃に開館した京橋の近くにある蒲生四丁目にて営業中のTheater cafe 土間シネマ(小さな映画館カフェ)(※4)や「移動映画館製作所 unknowncinema.kyotobase」(※5)と名付けられた京都を拠点に活動する移動映画館が、若手の興行主、オペレーターとして映画を通して、人と人とのコミュニケーションの場を作り、街の文化を盛り上げようと奮闘する。俄然、日本の映画業界は今、逆境の荒波に晒され、危機的状況が続いているが、忘れてはいけないのは私達には映画を観る環境、映画館という存在は今もこれからも必要な事だろう。映画館は、人々が抱える孤独の溝を埋める大切な文化的ツールの一つだ。衰退と繁栄のその先に、生と死のその狭間に、私達は生きている。

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最後に、映画『ボールド アズ、君。』は、カリスマ歌手とミニシアター支配人に救われた主人公の熱い思いを描いた音楽と映画が融合した挑戦的な作品だ。心の孤独を埋めるには、映画や音楽が非常に役立つツールであり、両者は親和性親密性に似通った所もあるが、腹を満たせないのと同じように、単なる文化的価値では孤独を埋める事はできない。文化的価値のあるものは、どこまで行ってもそれ止まりだ。映画や音楽を通して、他者との接点を結ぶ事が大切だ。両者、文化的価値の意味とは、その点にある。一人で映画や音楽に楽しみを見つけるのは良いが、一人の場合、発展は保証できない。誰か一人、たった一人の親友と出会う事が、文化たちが願っている事だ。

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映画『ボールド アズ、君。』は現在、関西では第七藝術劇場にて公開中。また、第七藝術劇場にて5月31日(土)に応援上映も同時に決定。

(※1)なぜ周りにがいても「さみしい」と感じるのか…哲学者が考える「孤独」の本当の意味「一人は嫌だ」と友人を求める人はかえって孤独になるhttps://president.jp/articles/-/71331?page=1(2025年5月1日)

(※2)アーティストはなぜ苦しいのか。音楽家の「レイヤー」と孤独から抜け出す4ステップhttps://note.com/starro/n/n49f6c0dc54cf(2025年5月6日)

(※3)惜しまれながら…閉館してしまった映画館まとめ【2021年版】https://withtheater.com/close_2021/(2025年5月6日)

(※4)自宅の居間を「映画館」に改装 大阪の住宅街に隠れ家シアター「土間シネマ」誕生https://www.sankei.com/article/20241112-4POWOZQTJFJHXKJ2HG3R5WYIXE/(2025年5月6日)

(※5)移動映画館製作者 unknowncinema.kyotobasehttps://www.unknowncinemakyotobase.com/(2025年5月6日)