生きることが下手です。死んだふりは上手です。映画『死体の人』
「人は、いつか必ず死ぬということを思い知らなければ、 生きているということを実感することもできない。」
哲学者マルティン・ハイデッガーより。
生とは、何か?死とは、何か?二項対立する生と死の狭間で、私たちは生きている。
何億通りの生き方があれば、何億通りの死に方がある。
人の数だけ、生と死のかたちが存在する。
私たちは人は、なぜ産まれて来たのか、なぜ死んで行くのか、それは誰にも分からない。
歴史上最も古い哲学者ソクラテスは、死に際して自身の死生観を後世に残している。
(※1)「クリントン、我々はアクスレピオスに雄鶏を捧げなければならない。忘れずに、捧げてくれ。」この言葉は、後に様々な解釈の元、解説が行われているが、自身の発言が間違った方向で受け捉えたくないという理由から、ソクラテス自身、自ら放った言葉そのものを残すことをしていなかった。
それでも、今の世にも残る哲学者の発言は、言葉としても非常に強いパワーを持つ。
ここから、何か生死について、深く考える事ができようものだろうか。
死を恐れずに、その壁に相対したソクラテスの意思表示は、死生観に対する真実だろう。
また、ソクラテスを含む三大哲学者の一人であるプラトンは、人(哲学者)の死に対して(※2)「哲学者の全生涯は、まさに死に至ることと、その死を成就することである。」と残している。
もう一人、プラトンの直弟子であるアリストテレスは、どんなものが手に入っても、心許せる友がいなければ、人は死を選ぶと説いた(※3)「友人がいなければ、誰も生きることを選ばないだろう。たとえ、他のあらゆるものが手に入っても。」という言葉がある。
世界三大哲学者のソクラテス、プラトン、アリストテレスは皆、三者三様に自身の死についての論考を持っており、この問題は彼ら紀元前の哲学者から次世代に生きる私達に伝えられた永遠のテーマだ。
この死生観に対する疑問は、昔も今も変わらない上、未来永劫に続く、全人類に投げ掛けた謎解きでもある。
生きることへの恐怖も、死ぬことへとの恐怖も、同じベクトルで語られた時、人はその生死そのものが、如何に美しいかに気付くのかもしれない。
生きることにも死ぬことにも迷っている人間が数多くいる昨今、正邪曲直を求めるのはナンセンスであり、どちらか一つを選んでも、必ず正しいと言われる社会になって欲しいと願わずに居られない。
生を選ぶことも、死を選ぶことも、どちらも究極の選択だ。
本作『死体の人』は、そんな二律背反する生と死の間で右往左往する珍妙な男の姿をコメディタッチに描いた映画だ。
若い頃は役者を目指した中年男が行き着いた先は、目も当てられぬ「死体役」。
俳優業の世界では、死体役をした役者は後に売れっ子俳優になるなんて言われるジンクスもあるが、彼の生き様はその言い伝えさえも吹き飛ばす、鳴かず飛ばずの俳優人生だ。
徹底したディテールで死体役を好演しても、関係者も誰一人として振り向かない。
ほぼエキストラに近い存在の死体役は、物語においてもあってもなくてもいい存在。
そんな死体という約目に対して、主人公の男は情熱を持って演じる。
撮影現場では、微細に至るまで一貫した死体を演じようとすれば、関係者からは怒号が飛ぶ。
家では、ありとあらゆる死に方を自身で考察し、実践しても、それを披露する場所はない。
仕事先では、出演したシーンがほんの数秒だったことを笑い飛ばされるばかり。
彼の役者人生はまさに、梲が上がらない。
そんな彼には、共感禁じ得ない部分もある。誰に求められる訳でも無く、自身の役割に芯の通った仕事がしたいという気持ちも分からなくもない。
それが、自分を表現する最短のルートであると、彼は一番、自分を信じているのだ。
信念や情熱を持って仕事をするのは良い事ではあるが、それが裏目に出れば元も子もない。
そんな誰にも注目されない死体役を嬉々として演じる主人公の前に、ある時、女子大生のデリヘル嬢が現れる。
一晩を共にした二人だったが、その日から男の人生が大きく揺れ動く事になる。
死体役への執着心と産まれくる命の狭間で、彼は何を見るのか?
「死」への執着を映像として残そうとして、自身の映画監督人生をダメにしたドイツ映画を代表するユルグ・ブットゲライトをも越える「生と死」の超越的体験を体得している。
生身のまま、生と死に挟まれた主人公の生き様は、世界三大哲学者のソクラテス、プラトン、アリストテレスらでさえも、顔色真っ青だ。
聖人君子でもあろう世界的哲学者を凌ぐ主人公の姿には、哲学以上の哲学的側面がある。
男の言動には、クスッと笑える一面もあり、堅苦しい題材を喜劇的悲劇として捉えた物語は、非常に思惟的なコメディ映画だ。
そんな生きているのか、死んでいるのか分からない中年役者を演じたのは、日本のインディペンデント界隈で活躍する奥野瑛太さんだ。
あるインタビューにて、本作を経て得たものは何か、という質問に対して彼は、
(※4)奥野さん:「人としても俳優としても「死生観」というものに改めて触れる良い機会でした。死体役を演じることを通じて、どう「生きる」事と向き合うか。僕自身普段息をしてて、エロスよりもタナトスのような感覚が強いといいますか、ピンとくるんですが。逆に広志は本当にネアカだからこそ”死”について深く考えようとできるのかなと。その場その場で一生懸命に生きようとしちゃうってなんなんだろうなって考えさせられました。」と、作品を通して、改めて、自身が持つ死生観について、話している。本作を通して、再度、私たちは「生」について、「死」について、じっくり考えるいい機会になるのではないだろうか?
最後に、「死」への執着を持った男の前に、ある日突然、「命」の重みが現れる。
「生」なのか、「死」なのか、困惑して右往左往する男の姿がコミカルに、また滑稽に描かれた本作だが、その根底に有るのはある男の哲学的死生観だ。
生きるのか、死ぬのか。それは、私達にも当てはまる事柄だ。人は、その狭間で今も生きている。
生と死は紙一重で、日々、どちらに転んでもおかしくない。
精神医学界の権威ジークムント・フロイトは、死生観について、(※4)「あらゆる生あるものの、目指すところは、死である(The Goal of All Life Is Death.)」と、言葉を残している。
また、もう一人の権威、心理学者のアルフレッド・アドラーは、人の「死」に対して、(※6)「死は人間にとって素晴らしい恩恵である。死なしでは真の発展はありえない。人が永遠に生きれば若者を邪魔し勇気を失わせるだけでなく、自分たちが創造的でいるための刺激を失うだろう(Death is really a great blessing for humanity, without it there could be no real progress. People who lived for ever would not only hamper and discourage the young, but they would themselves lack sufficient stimulus to be creative.)。」精神医学界の著名な学者は、人の生死が如何に大切でるかを、説き伏せている。
「生きること、死ぬこと」が幾分枢要なのか、彼らの言葉を通してより深く理解できる。
生きることとは、何か?死ぬこととは、何か?
この二つのニュース、(※7)「3人も障害児を産むなんて」と心ない言葉も。3人全員が重症心身障害児の母が絶望から立ち上がり、夢を形にすべく動き出すまで」や(※8)「中1男子が自殺『届かなかったSOS』…放置した市教委 市が第三者委員会に『虚偽報告』か 遺族が録音した当時の説明と食い違う内容」からでも、生死について読み取って欲しい。
どちら共に、死生観に対する究極の心的傾向が伺える。
本作『死体の人』を通して、生とは何か、死とは何かと、生死に関する最上の価値観を知ることになるだろう。
「自分自身を信じてみるだけでいい。きっと、生きる道が見えてくる」
詩人、劇作家、小説家、自然科学者、政治家、法律家ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテより
映画『死体の人』は現在、関西では3月17日(金)より大阪府のシネマート心斎橋。京都府のアップリンク京都にて、絶賛上映中。また、全国の劇場にて、順次公開予定。
(※1)ソクラテスの最期の言葉の真意は?その死生観に迫るhttps://colorfl.net/socrates-kotoba/(2023年3月29日)
(※2)死を乗り越えるプラトンの言葉https://shins2m.hatenablog.com/entry/2020/12/14/000000(2023年3月29日)
(※3)死を乗り越えるアリストテレスの言葉https://shins2m.hatenablog.com/entry/2020/12/23/004442(2023年3月29日)
(※4)奥野瑛太&唐田えりか『死体の人』インタビュー到着https://eigajoho.com/archives/247302(2023年3月29日)
(※5)31の名言とエピソードで知る精神分析学者ジークムント・フロイト[英語と和訳]https://meigen.club/sigmund-freud/2/(2023年3月29日)
(※6)人生が楽になる!アルフレッド・アドラーの名言英語30選https://eigo-switch.com/adler(2023年3月29日)
(※7)「3人も障害児を産むなんて」と心ない言葉も。3人全員が重症心身障害児の母が絶望から立ち上がり、夢を形にすべく動き出すまでhttps://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=154998(2023年3月29日)
(※8)中1男子が自殺『届かなかったSOS』…放置した市教委 市が第三者委員会に『虚偽報告』か 遺族が録音した当時の説明と食い違う内容https://www.mbs.jp/news/feature/scoop/article/2023/02/093155.shtml(2023年3月29日)