映画『しあわせな選択』「椅子」を築けたその先に

映画『しあわせな選択』「椅子」を築けたその先に

AIやグローバル化が進む現代社会を描く映画『しあわせな選択』

©2025 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM ALL RIGHTS RESERVED.

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「失業」とは何か(※1)。一般に失業とは、働く意思と能力を持ちながら、仕事に就いていない状態を指す。各国の労働統計において明確に定義された言葉であり、経済状況を測る重要な指標の一つだ。しかし、この一語が示す現実は、単なる数字の増減だけでは語り尽くせない。統計の上では整然と並ぶ数字も、その裏側では人の生活を大きく揺らしている。雇用を巡る言葉には、いくつかの種類がある。例えば「解雇」は、企業が労働者との雇用契約を終了させる事を指す。近年、国際的な経済報道などでよく見られる「レイオフ(layoff)」という言葉は、景気の悪化や企業の経営判断などによって人員を削減する措置を意味する。場合によっては、一時的な雇用停止を指す事もあるが、多くの場合、働く側にとっては突然の生活の転換を迫る出来事だ。こうした言葉は、どれも経済や労働市場を説明する為の客観的な用語として使われる。だが、言葉がどれほど冷静で整然としていても、その背後にある現実が穏やかであるとは限らない。パンデミック以降(※2)、世界の雇用環境は大きく揺れ動いた。企業の経営環境が急速に変化する中で、多くの国で雇用の不安定さが可視化されていった。韓国では若年層の就職難が長く社会問題として語られて来た一方、日本でも企業の構造改革やリストラが繰り返され、雇用のあり方そのものが静かに変化している。実際の統計を見ると、日本の完全失業率は近年おおむね2.4〜2.6%前後で推移(※3)しており、国際的に見れば比較的低い水準を保っている。完全失業者数はおよそ160万〜170万人規模で推移しているとされる。一方、韓国の失業率も数値上は2.7〜2.8%前後(※4)と、日本と大きく変わらない水準に見える。しかし韓国では特に若年層の雇用問題が深刻(※5)で、15〜29歳の若年失業率は約5〜6%台で推移しており、若者の就職難が社会問題として長く議論されて来た。数字だけを並べれば、両国の失業率はそれほど大きく違うわけではない。だが統計が示すのは、あくまで社会の輪郭に過ぎない。その内部で起きている一人一人の経験までは、決して映し出されない。仕事を失うという出来事は、単に収入を失う事ではない。それは、人が社会の中で築いて来た役割や自信、さらには未来への見通しまで揺るがしてしまう大問題へと発展する。履歴書の空白、面接の結果を待つ時間、次の仕事が見つかるかどうか分からない日々。外から見れば何気ない時間の流れも、当事者にとっては静かな緊張を伴う時間。皮肉な事に、社会は「働くこと」を当然の前提(※6)として動いている。だからこそ、その前提から一歩外れた瞬間、人は自分と社会との距離を強く意識する。この映画が見つめているのは、まさにその地点にある人物の動向だ。社会の中で当たり前とされて来た場所から、ほんの少しだけ外れてしまった人々。映画『しあわせな選択』は、突然の解雇で人生が一変するサラリーマンの姿を、アイロニーとブラックユーモアを交えて描いたサスペンスドラマ。その現実を、物語は決して大げさに語るわけではない。しかし静かに読み進めるうちに、そこに潜む不安や緊張が、ゆっくりと輪郭を持ち始める。そして物語はやがて、次の段階へと進んでいく。仕事を失ったその先にある現実。再就職、そして就職活動という、もう一つの闘いへ。

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就職活動という言葉には、どこか前向きな響き(※7)がある。新しい未来への挑戦、自分の可能性を広げる機会、社会へ踏み出す第一歩。企業の採用サイトや就職支援の言葉には、そうした明るい語彙が並ぶ。しかし現実の就職活動や再就職は、そのイメージほど単純ではない。希望と同じくらい、疲労や不安、そして言葉にならない緊張が静かに積み重なる。働く意思と能力がありながら仕事に就いていない状態は「失業」と呼ばれる。統計上は一つの数字にすぎないが、その数字の背後には、一人ひとりの生活と感情が存在している。求職者にとって就職活動(※8)は、単なる手続きではなく、自分という存在の価値を社会に示す作業だ。履歴書やエントリーシートでは、自分の人生を数百文字に要約し、面接では限られた時間の中で「自分は役に立つ人間である」と証明しなければならない。法律や行政のガイドラインは、公正な採用選考を掲げ、出身地や家庭環境、思想信条といった要素を排除する事を求める。しかし現場では、「即戦力」という魔法の言葉(※9)が静かに空白期間や転職回数を篩にかけるフィルターとして機能する。企業は多様な人材を求めると語るが、その多様性は「経験豊富で、すぐ働ける人材」という条件付き(※10)だ。志望度の高い企業からの不採用通知が続くと、人は容易に自己否定へと傾く。努力の結果が必ずしも可視化されない状況の中で、モチベーションを保ち続ける事は容易ではない。不採用通知は驚くほど丁寧な言葉で届くが、感謝の言葉が並び、「今後のご活躍をお祈り申し上げます」と記された「お祈りメール」(※11)が届くばかり。求職者は、その祈りの数を静かに数えるしか道はない。一通一通は短いが、積み重なるほどに重みを増す。最初は些細な知らせに過ぎなかったものが、やがて自分の評価そのもののように感じられて行く虚しさ。文面はいつも同じで、表情のない文章が淡々と届くばかり。それでも受け取る側の心は一定ではなく、静かに、しかし確実に揺さぶられる。しかし就職活動は、単なる苦難だけではない。自己分析を通じて初めて自分の強みや価値観を言語化する人も少なくない。普段接する事のない社会人や企業と対話する経験は、社会の構造を知る貴重な入口となる。働く事で経済的自立が生まれ、社会的責任も伴う。新しい職場では、異なる価値観を持つ人々と日常的に関わる。その経験は、これまでの常識や自己認識を静かに書き換えていく。終身雇用のモデルはもはや絶対ではなく、転職や再就職は珍しいものではなくなった。自由の広がりと同時に、働き続ける責任(※12)が個人へと移る。その曖昧な重さが、じわじわと心を締めつける瞬間に繋がる。就職活動とは単なる雇用手続きではなく、社会と個人の関係を映す鏡。企業は人材を選び、求職者は居場所を探す。その過程で、人は自分が何者(※13)であり、どこで社会と関わるのかを問い続ける。そして多くの人が同じ問いの前に立つ。働く場所を探しているのか、それとも、自分の居場所を探しているのか。その答えは、内定通知の封筒の中には書かれていない現実だ。むしろ、その封筒が届くまでの長い時間の中で、少しずつ形を変えていくものなのかもしれない。こうした静かな葛藤と緊張の中で、次に立ちはだかるのは、より広い意味での競争社会の現実である。

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日本の社会を見渡すと、「競争社会」と言われる場面(※14)は確かに多い。しかし、その実態は一枚岩ではなく、どの側面を見るかによって印象は大きく変わる。特に教育や就職活動の場では、激しい競争が現実のものとして存在する。幼少期から塾に通い、大学入試や新卒採用の「椅子取りゲーム」に挑む若者達の姿は、まさに順位付けの明確な世界だ。そして、競争の結果は「自己責任」と結び付き、格差や貧困という社会問題も生まれる。夜10時を過ぎても塾の明かりは消えず、窓越しに黙々と問題集に向かう中学生の姿や、入試当日、遅刻しそうな受験生をパトカーで送り届ける韓国の受験生の光景は、数字や報道だけでは伝わらない生々しさがある。私は、この社会にある競争文化の篩にかけられた結果、引っかからなかった存在だ。競争社会は、子ども達の可能性を潰す未来しか予測できない。子どもだけじゃない、大人の価値観までも歪ませる。この社会が本当に良いのか?映画は私に、そして私達に問いかける。競争の心理的影響は、時に悲劇として顕在化する。1977年の開成高校生実母殺害事件(※15)では、超進学校に通う生徒が、成績不振への焦りと母親からの過度な期待に耐えかねて母親を殺害した。2006年の奈良エリート養父放火殺人事件(※16)では、父親からの教育虐待に耐えかね、家族3人を失う結果となった。企業内競争の象徴とも言える電通社員過労自殺事件では、深夜1時、蛍光灯の下で資料を作り続ける若手社員の肩は、疲労で落ちかけていた。数字や事件の羅列ではなく、そこには確かに、追い詰められた個人の息づかいが存在する。韓国の競争はさらに過酷だ。生活のほぼ全域を覆い、「無限競争社会」(※17)と呼ばれる。トップ大学進学や財閥系企業への就職は人生の成功の絶対条件とされ、幼少期から深夜まで塾に通う日々。過剰な競争は、10代の自殺や無差別殺傷事件の遠因ともなる。ある学生は、誰にも届かぬ小さな声で告げる。「毎日、時間に追われている。笑っていても、心のどこかが焦げついているみたいだ」。社会の勝ち組・負け組という二分法(※18)に、目に見えない足枷をはめられた人々の声が、私の胸にも突き刺さる。親の経済力で決まる「スプーン階級論」が存在し、日本では「親ガチャ」(※19)みたいなもので、努力だけでは越えられない壁が人生のあちこちに立ちはだかる。この現実を前に、私は自分の価値をどこに置けばいいのか、途方に暮れる。数字や評価では測れない、目に見えぬ痛みや孤独が、社会全体にしみ込んでいる。競争は、能力を磨き、社会の進歩に寄与する面もある。しかし、精神的負担や人間関係の希薄化も同時に生む。日本では静かな和の下に潜む心理的プレッシャーが事件として表面化(※20)し、韓国では熾烈な競争が社会全体を巻き込む悲劇となる。表面上の平穏と、裏で進行する緊張や絶望。このギャップこそ、競争社会の皮肉な現実である。未来を想像すると、AIやロボットによる自動化が「生存のための競争」を減らし、最低限の生活を保障する社会が訪れるかもしれない。しかし、競争のない社会が必ずしも安寧をもたらすわけではない。価値観や成長の定義が変わる中で、新たな種類の心理的圧力や緊張が生まれる可能性もある。それでも、私達の目に映る希望は、ほんのわずかだが、確かに存在する遠くに輝く希望。小さな達成、誰かの励ましの言葉、街角で交わす無言の理解。追い詰められた日々の中で、これらが心の支えとなる。競争の光と影が織りなす社会の中で、私は息を整え、静かに歩み続ける。たとえ、この世界のルールが理不尽であっても、私達は自分の歩幅で、自分の人生を確かめながら、前に進むしかない。映画『しあわせな選択』を制作したパク・チャヌク監督は、あるインタビューにて本作に散りばめられたブラックな笑いについて、こう話す。

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チャヌク監督:「マスコミ試写会の時はなんか笑ってはいないが、今回はたくさん笑ったという伝言に良いニュースだと感じた。個人的に特に好きなシーンは、ユマンスとイムリが夫婦の戦いの時、あらかじめ「あなたもハンサムだよ!」と叫ぶ場面だ。あまりにも奇妙なセリフではないですか?その後、この危機をどのように打開するか考えて、「私は今戦争中じゃない」のような話をする。その瞬間、夫婦の戦いをする時、水勢に追い込まれた男たちがすごいことをする場面のように見えた。 「生かすあなたは知らないが、私は外で大変な仕事をしている」というように。私が作っておいても見るたびにたくさん笑うシーンだ。演技もとても良かった。他に、セリフの中にも気に入るものが多かった。一度はパク・ヒスンを撮影する時、なぜ頭に触れるジェスチャーをしたのかと尋ねたところ、「冷たいものを早く飲むと頭が痛いじゃないですか」と言った。その言葉がとても面白くて正しい言葉だと思い、「冷たすぎて頭が痛い」というセリフを録音として追加した。実は私がプレス時に「密情」を入れてどこで笑うのかを報告するように言ったが、国内技術時事の時とは異なる点があって興味深かった。密正の報告によると、唐辛子トンボのシーンやマンスがヘビに噛まれたシーンのように誰もがよく分かるシーン以外にも「合計二度当たったと死ぬか」というシーンで笑いが飛び出したと言った。意図がなかったわけではないが、そこで大きな笑いが出てきて不思議だった。」(※21)と話す。他人を殺してまで就職を目指す夫婦の姿に、単なる滑稽さは感じられない。むしろ、鬼気迫る焦燥がこちらの心に直接迫り、息苦しささえ覚えるほどだ。監督の筆致は、こうした極限の人間性に微かな辛味の効いた笑いを添える事で、人間らしさを浮かび上がらせる。笑いは文化や国境を超えると言われるが、ここで描かれるブラックユーモアは、人々の脳天にある神経までをも直撃する強烈な刺激となる。笑わざるを得ない状況でありながら、同時に笑っていられないエピソードが、目の前で容赦なく展開される。しかし、この笑いは単なる娯楽ではない。むしろ、人間社会の構造的な過酷さを映す鏡として機能する。生存と成功が同義化され、他者を蹴落とすことが正当化される競争社会において、人間性は摩耗し、倫理や理性の境界線は揺らぐ。監督はその境界線の揺らぎを、笑いという装置を通して照射する。観客は笑いに引き込まれる一方で、自らの内に潜む焦燥や不安、競争社会に組み込まれた自分自身の影を直視せざるを得ない。笑いは、現実を受け止めるための知覚の触媒であり、同時に、人間社会の残酷さを知らせる警鐘でも。笑いがあるからこそ辛辣な現実の中でも生き延びる事ができるが、競争社会そのものが嘲笑の渦に満ちている以上、笑いもまた無力である事を思い知らされる。ここにあるのは、笑いの余韻と不条理の共存だ。観客は笑いながら、背筋の寒さに気づく。成功の為に他人を踏み台にする世界の皮肉、倫理の限界を試す日常のアイロニー。物語にも人生にも、結末はない。あるのは、笑いと恐怖の間で揺れる人間の滑稽な姿だけだ。

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最後に、映画『しあわせな選択』は、突然の解雇で人生が一変するサラリーマンの姿を、アイロニーとブラックユーモアを交えて描いたサスペンスドラマ。でも、物語で浮き彫りになるのは、アイロニーでもブラックユーモアでもサスペンスでもない。あるのは、生々しいまでに必死でこの社会を生き抜こうとする人間達のありのままの姿だ。リストラされ、再就職に励む夫婦の裏の顔。想像するだけで背筋も凍りそうだが、極端な行動に出なくても、そんな夫婦は世界中に五万といる。いや、五万どころじゃない。数えきれないほどの人間が、明日のパンのために、今日の歯を食いしばって生きている。仕事がなければ後は死ぬだけだと、考えれば考えるほど、滑稽さと恐怖が同時に胸に押し寄せる。だからこそ、生存本能を賭けたこの戦いに、間違いはない。私自身も、この映画の世界でライバル達を蹴落とせるなら、一人ずつじっくりと、文字通り、ぶっ殺してやりたい衝動にいつも駆られる。しかし、ここで重要なのは、私が物語の中の夫婦と同義にならない事だ。危機迫ったその先に待つのは、椅子取りゲームの椅子を奪う快感でも、ライバルの靴下を嗅ぐ満足でもない。本当に大切な事は、他者を尊重する事。他人を尊敬する事だ。人が座る椅子に自分が座って、何が楽しい?人が履く褌を身につけて、何を誇らしげに思う?この競争社会に翻弄されるこれからの若者たちに伝えたい。それは、シンプルだ。「自身の椅子は、自分で作れ」。私の椅子は、誰の手も借りず、自分の力で積み上げて来た。だからこそ、現代を生きる大人達にも、自らの力で、自力で「椅子」を築いて欲しい。そして、その椅子の上に立った時、初めて知る事になる。競争社会の真の平和とは、他者を蹴落とさずとも、己の力で堂々と座れる椅子を用意する事だ。その途中で、滑稽な出来事も起こるだろう。誰かが椅子を取り違えて尻もちをついたり、ライバルの靴下に顔を突っ込む羽目になったりする。だがそれもまた、この生き地獄で生き延びる為の生死を賭けたゲームの一部。人生は、滑稽さと恐怖の間で淡々と進む。泣き笑いの境界線を超えた先に、ようやく私達は立ち上がり、そして静かに、しかし確実に、己の椅子の王座に腰を下ろす時が来る。「椅子」を築けたその先にあるのは、競争社会のない平和な世界である事を…。

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映画『しあわせな選択』は現在、3月6日(金)より全国の劇場にて公開中。

(※1)完全失業率とはhttps://www.shiruporuto.jp/public/document/container/yogo/k/kanzen_shitsugyoritsu.html(2026年3月7日)

(※2)働いていれば将来が保証される時代はもうない?https://pmam.co.jp/blog/post_3539/(2026年3月7日)

(※3)1.失業率は前月から0.3ポイントの大幅上昇https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=83351?site=nli(2026年3月7日)

(※4)韓国の25年失業率 2.8%で横ばい=就業者数19.3万人増https://m-jp.yna.co.kr/view/AJP20260114000300882?section=search(2026年3月7日)

(※5)韓国の若年層就職空白期と雇用ミスマッチの現状https://bwell-i.com/korec/magazine/archives/5358(2026年3月7日)

(※6)「働く」は仕えること(=仕事)ではなく本来行動すること(=為事)、肩書は結果として複数になるということhttps://comemo.nikkei.com/n/nc256662662fb(2026年3月7日)

(※7)就活で使える座右の銘一覧!面接で使えるかっこいい・ポジティブな四字熟語や名言は?https://job.career-tasu.jp/guide/selfanalysis/141/(2026年3月7日)

(※8)就職活動で求めている企業情報に関する意識調査を実施https://jinjibu.jp/news/detl/26028/(2026年3月7日)

(※9)ダメダメ部下が即戦力になる魔法の言葉https://diamond.jp/articles/-/355282(2026年3月7日)

(※10)世界大手・旅行流通テクノロジー企業「HBXグループ」社の新会長に聞いた、複雑な旅行流通をデータとAIで再構築する戦略https://www.travelvoice.jp/20260305-159233(2026年3月7日)

(※11)お祈り“メール”をお祈り“エール”に変える!ABABAに学ぶ「応募者との縁をつなぎ続ける」不採用通知の届け方【連載 第20回 隣の気になる人事さん】https://www.dodadsj.com/content/241007_ababa/(2026年3月7日)

(※12)退職・事業売却後の「第二幕」をどう生きるか──企業幹部が直面するアイデンティティの再構築https://forbesjapan.com/articles/detail/93052(2026年3月7日)

(※13)アイデンティティ・クライシスとは 思春期から大人まで起こる心の揺らぎhttps://eleminist.com/article/4448(2026年3月7日)

(※14)誰もがサバイバル競争に晒されるなかで共助社会は築けるかhttps://diamond.jp/articles/-/16287(2026年3月7日)

(※15)対話なき“上級国民”家族の悲劇https://bunshun.jp/bungeishunju/articles/h1221(2026年3月7日)

(※16)“普通の子”たちがなぜ凶悪事件を…危ない親子関係の傾向https://joshi-spa.jp/857406/2(2026年3月7日)

(※17)韓国人を苦しめる「超格差無限競争社会」という生き地獄https://gendai.media/articles/-/68390(2026年3月7日)

(※18)「勝ち組・負け組の世界では幸せになれない」川上全龍副住職が説く、死の間際に後悔しない生き方https://logmi.jp/main/social_economy/144318(2026年3月7日)

(※19)韓国の若者が超格差社会に嘆き節、「お前は何色?」https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45410#google_vignette(2026年3月7日)

(※20)「不正のトライアングル」を理解して、組織の不正を未然に防ぐ方法とはhttps://www.corner-inc.co.jp/media/c0200/(2026年3月7日)

(※21)[인터뷰] 내가 만들어놓고도 볼 때마다 많이 웃는 장면이 있다, <어쩔수가없다> 박찬욱 감독https://cine21.com/news/view/?mag_id=108278(2026年3月7日)