ドキュメンタリー映画『時代遅れの最先端 風の谷幼稚園の子どもたち』子ども達の笑顔と未来を守る

ドキュメンタリー映画『時代遅れの最先端 風の谷幼稚園の子どもたち』子ども達の笑顔と未来を守る

2023年12月7日

子どもが、子どもとして、子どもらしく過ごせる時代を目指して。ドキュメンタリー映画『時代遅れの最先端 風の谷幼稚園の子どもたち』

©風の谷幼稚園

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果たして、この幼稚園が「時代遅れ」なのか、「最先端」なのか、それははっきりと分からない。それでも、風の谷幼稚園を運営する園長こと天野優子氏の信念は変わらない。同園のモットーは、「身体を動かす」「手を使う」「いっぱい歩く」。これらの理念を基調とし、「子どもが、子どもとして、子どもらしい時代を過ごせるような理想の幼稚園を作りたい」とするスタンスを崩すこと無く、今日も子どもたちと向き合う天野氏。そこには、一点の狂いはなく、ただ真っ直ぐに実直に、そして誠実に日々の幼児教育に邁進する。映画は、そんな天野園長の姿を一年間追って、現代における幼児教育の現場を見つめ、子ども達の世界とは何か?を一から再度、問い直している。私達は、歳を重ねるごとに、子どもだった頃の事を忘れる。私達は、時が過ぎ去ると同時に、子どもでいた頃の気持ちを忘れてしまう生き物だ。今の子ども達が大人達に何を求めているのか、大人達は子ども達の要求を受け切れているのか、考え直す時が今なのかもしれない。昨今、小学校受験が若い親の世代で熾烈競争されつつ今、本当に子ども達が求めているのは「受験」なのだろうか?そこには、同園園長の天野優子氏が掲げる「子どもが、子どもとして、子どもらしく過ごせる環境」が存在しているのだろうか?大人の方には、この作品を通して、「昔はみんな子どもだった」事を思い出して欲しい。そして、子どもだった頃の自分自身に思いを馳せて欲しい。あの頃の自分は、何を求めていたのか、何になりたかったのか、子どもの心で何を見つめていたのか、思い返してみたら、自ずと今を生きる子ども達の気持ちも理解できるのかもしれない。本作は、今の幼児教育における問題の是非を私達に問うているようでもある。如何に、子ども達が幸せに日々を過ごせるかが、これからの課題だ。私達大人は、子ども達が、子どもらしく過ごせるための社会作りをして行く必要があるのではないだろうか?私は、子ども達一人一人が持つ可能性を引き伸ばし、悪を知らないあの屈託のない笑顔たちを未来に継承して行きたい。そのために今、私達ができる事を模索して行く必要がある。同園園長天野優子氏は、そのために、この「風の谷幼稚園」を設立し、運営している。未来の子ども達を生育する為に、今幼稚園でできる最大限の幼児教育を施そうとする。そんな一人の教育関係者の姿を追ったドキュメンタリー映画『時代遅れの最先端 風の谷幼稚園の子どもたち』は、優しい視線で捉えながらも、現代の教育現場にメスを入れるような鋭さで現状を見つめている。もう一度、原点に立ち返るように、「教育」とは何か、「育児」とは何かを、その根本から見つめ直す必要があり、それは教育者や保育士だけに任せるのではなく、ここ日本に産まれた私達大人が一丸となって、何が正しいのか、考え直す過渡期に来ている事を銘肝しなければならない。

©風の谷幼稚園

さて、本作『時代遅れの最先端 風の谷幼稚園の子どもたち』が取り上げているのは、幼稚園における幼児教育の現場だ。子ども達が、子どもらしく過ごせる場所を提供し続ける一人の女性を追っているが、日本における幼児教育現場の歴史(※1)は、いつから始まったのだろうか?その前に、世界の保育所・幼稚園のシステムは先に海外から始まっている。遡ること、およそ200年前の1816年、産業革命時期のイギリスのスコットランドにて、ロバート・オーエン氏(※2)の手によって、1歳から6歳までを対象とした幼児学校が開設されたのが、最古の幼児向きの学校(※3)という事になる。彼は、実業家、社会改革家、社会主義者として、人間の活動は環境によって決定される、とする環境決定論を主張し、環境改善によって優良な性格形成を促し、先進的な教育運動をイギリスで展開した。そして、協同組合の基礎を作り、労働組合運動の先駆けとなった活動を行った歴史上の人物だ。そして1840年、ドイツ人の「幼児教育の父」と呼ばれるフリードリヒ・ヴィルヘルム・アウグスト・フレーベル氏(※4)が、世界最初の幼稚園「一般ドイツ幼稚園」を設立。小学校に就学する前の未就学児を対象にした学校(kindergarden)と位置づけました。フレーベルの思想や教えは、幼児教育における礎となり、200年以上経った現在の幼児教育の現場にも引き継がれている事に敬意を払いたい。また、幼児教育の基礎(※5)とは、以下の3点だ。

1.幼児は安定した情緒の下で自己を十分に発揮することにより発達に必要な体験を得ていくものであることを考慮して、幼児の主体的な活動を促し、幼児期にふさわしい生活が展開されるようにすること。

2.幼児の自発的な活動としての遊びは,心身の調和のとれた発達の基礎を培う重要な学習であることを考慮して遊びを通しての指導を中心として第2章に示すねらいが総合的に達成されるようにすること。

3.幼児の発達は、心身の諸側面が相互に関連し合い、多様な経過をたどって成し遂げられていくものであること、また、幼児の生活経験がそれぞれ異なることなどを考慮して、幼児一人一人の特性に応じ、発達の課題に即した指導を行うようにすること。

と、少し小難しい説明文ではあるが、これをもう少し分かりやすく、手短に説明すれば、幼児教育の基盤は「知識・ 技能の基礎」「思考力・判断力・表現力の基礎」「学びに向かう力・人間性等」のこの三本柱が、子ども達の育成を支えている。ただし、市によって、自治体によって、それぞれ考え方には違いがあり、一つ一つのご家庭に合った街の取り組みがあると信じたい。さて日本では、1876年(明治9年)、最初の幼稚園が開園した。先に述べたドイツのフレーベルが発案した幼児学校(kindergarden)を日本語に訳した「子供達の庭」「子供の国」と言う言葉を、「幼稚園」として変換して呼び始めた。日本の第1号の幼稚園は、東京女子師範学校附属幼稚園、現在のお茶の水女子大学附属幼稚園とされている。次いで、1879年(明治12年)、日本人で最初の保母さん(死後)と言われている女性教諭である豊田芙雄氏(※6)を招いて、鹿児島女子師範学校附属幼稚園が開園された。ただ、当時の日本の幼稚園は、歌って踊り、工作や外遊びが中心の現在の幼児教育とは正反対に、強い国を作る為に強い教育を施し、強い子どもや人間を生育する方針を定められ、結果として、「日本人とはどうあるべきか」と言う道徳の教えが中心の教育内容だったと言われている。また当時の幼稚園児達は、選ばれた上流階級の子どもたちだけで構成されており、現代の誰もが通える幼稚園と言う体は成していなかった。この点は、現在の幼稚園受験、小学校受験にも通じるものもある事を認識したい。

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では、現代における日本の幼児教育の現場は、どうなっているのだろうか?現在の日本の幼児教育は、100年前、200年前の環境、もしくは50年前と打って変わって、子ども達を取り巻く社会環境や家庭環境の変化が、著しく変動している昨今、政府や自治体、教育現場は早急にその変動する環境に応じた現場作りをしようと、新しい方針を打ち立てている現状にあり、それが今後の課題と言われている。今、国内におけるあらゆる場面の環境が変わりつつあるのは周知の事実であろうが、とりわけ、その中でも幼児教育現場における時代的環境変化は、著しく変貌を遂げているだろう。たとえば、昭和時代は男が外に働きに、女が家庭を守る価値観が一般的で、ひとつ屋根の下、親子ども、そして祖父母と大家族の家庭が多かった。それが、昭和の高度経済成長期の団地建設計画から平成の大型マンション建設計画へと、時代は日本人の居住スタイルを変えて来た。同時に、1960年代以降、それまでは大家族の家庭が多くあったが、核家族家庭の数が急激に上昇し、1963年(昭和38年)には流行語となった。 世帯構造に占める核家族率は、1975年(昭和50年)の約64%を頂点として、現在に至るまで約6割で推移している現状があり、この核家族化における家庭環境の変化が、幼児教育の現場にも影響していると言えるのであろう。また、核家族問題だけでなく、近年は片親世代(シングルファーザー、シングルマザー)の家族構成も増えつつあり、この問題が益々、拍車をかけていると見てもいいだろう。今後の課題である現在の幼児教育現場の改善対策(※7)が現在、政府を上げて推し図られている。その改善案の中には、例として、「日常の教育活動においては、家庭における基本的な生活習慣の形成を踏まえて一層の自立を促していくこと、戸外での遊びを積極的に行うこと、食を通じて心身の健康を増進することなどが考えられるがどうか。」と言う子ども達への自立支援と、食育を通した健康への配慮、外遊びの重要性を呼びかけている。これは、改善策への一例に過ぎないが、お子さん一人一人の健康的生活への自立を促す対策を図ろうとしている。日々、日進月歩の経過を辿る中、未来に向けて、より良い幼児教育の雛形を形成しようとしている。

©風の谷幼稚園

最後に、本作『時代遅れの最先端 風の谷幼稚園の子どもたち』は、周囲の道路や田畑と園を隔てる塀も鉄製の遊具も使用せず、制服も通園バスにも頼らない。従来の幼稚園とは一線を画す同園は、「身体を動かす」「手を使う」「いっぱい歩く」を基本とした「これからの時代のこれからの幼稚園」として認識され、親しまれている。園長の天野優子さんは「子どもが、子どもとして、子どもらしい時代を過ごせるような理想の幼稚園を作りたい」と言う信念を持って、同幼稚園を運営されているが、実は私の母もこの道、40年のベテラン幼稚園教諭だが、同幼稚園の園長が考える理念に対し、少し懸念を示した。これは、現場のプロだから指摘できる素晴らしい捉え方だが、今の幼児教育の現場のニーズは、バス通園を希望する親が多くいて、私立の幼稚園に至っては、小学校受験を意識する親が大勢いると話す。だからこそ、この「風の谷幼稚園」の方針は時代の逆を行く。「本当に、多くの子ども達が通っているの?」「この幼稚園に通わせたい親が、本当にいると思う?」と、映画では語り切れていない側面を、自然に投げ掛ける。私自身は、この天野園長の心意気が実に素晴らしいと思った人間の一人だが、現場のプロの声を耳に傾けると、一筋縄ではいかない、幼児教育の側面が見えて来て、非常に興味深く感じた。この母とのやり取りを数日考えた結果、私自身の中で見えて来た答えは、この議論こそが机上の空論と言う事。今、私達大人がしなければいけない事は、何も無い所で議論を重ねる事ではなく、一人一人の子どもの成長を見守る事だ。今の子ども達が、40年後、50年後、成人し大人になった時、初めて、この幼稚園の真価が問われるのではないだろうか?幼児教育、学校教育、育児には答えも正解も一つもない。ただ、子ども達をどう未来に導くのかが大切だ。私達大人は、その子ども達の笑顔と未来を守り、次の世代に継承して行く事が、今後の課題であると認識してもいいのではないだろうか?

©風の谷幼稚園

ドキュメンタリー映画『時代遅れの最先端 風の谷幼稚園の子どもたち』は現在、関西では大阪府のシアターセブンにて、公開中。

(※1)保育園・幼稚園のはじまり(世界と日本)https://www.town.arita.lg.jp/main/3992.html#:~:text=%E3%81%A7%E3%81%AF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%A7%8B%E3%81%BE%E3%82%8A%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%8B%E3%80%82&text=%E5%B9%BC%E5%85%90%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E4%BF%9D%E8%82%B2,%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82(2023年12月7日)

(※2)ロバート=オーウェンhttps://www.y-history.net/appendix/wh1201-083.html(2023年12月7日)

(※3)幼稚園教諭の歴史を知ろうhttps://shingakunet.com/bunnya/w0031/x0399/rekishi/(2023年12月7日)

(※4)フレーベルが生涯をかけた世界初の幼稚園!その教育思想を受け継ぐ日本の幼稚園は?https://mamaboo-gift.com/frebel-youchien/(2023年12月7日)

(※5)学習指導要領「生きる力」https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/you/sou.htm(2023年12月7日)

(※6)「見て学ぶ明治」「幼児・女子教育の先覚者 豊田芙雄」https://www.sankei.com/article/20180909-VWISP2OKJFLBFCJ5Z5IREB43ME/(2023年12月7日)

(※7)幼稚園教育の現状と課題、改善の方向性(検討素案)https://drive.google.com/file/d/1tL3bmo96KMydZlnqDBwdmn_DFEb_WucI/view?usp=drivesdk(2023年12月7日)