映画『ユンヒヘ』
文・構成 スズキ トモヤ
韓国の地方都市と北海道の小樽を結ぶ、ある一組の中年女性たちの心の機微と過去の出来事を描く至極の日韓合作映画だ。
監督は、長編映画2作目のイム・デヒョン。
本作は、韓国の映画祭、青龍映画賞にて最優秀監督賞と脚本賞をダブル受賞。
韓国映画『セシボン』や『優しい嘘』に出演したベテラン女優キム・ヒエを主演に、日本人女性ジュンには、日本映画界で長年活躍している中村優子が共演。
二人の女性の邂逅を通して描かれる、大人のための非凡なラブストーリーだ。
映画『ユンヒへ』のあらすじは、韓国の地方に暮らすシングルマザーのユンヒに、今は韓国を離れて北海道・小樽市で暮らす昔の友人ジュンから一通の手紙を送られて来る。
20年以上もお互い音信不通だった二人には、家族の誰にも言えない秘密を抱えていた。
届いた手紙を読んでしまったユンヒの娘セボムは、自身の知らない母親の真の姿を手紙から垣間見る。
セボムは、日本人の友人ジュンに母を会わせてあげたいと決意する。
そして、親子は一路、小樽への旅立つのだった。
ユンヒ自身が、20年前の自分と対峙する旅でもあった。
北海道、小樽、白い雪、手紙、恋愛というこれらのキーワードを耳にすると、記憶として蘇ってくるのが、岩井俊二監督の代表作にして長編デビュー作『Love Letter』だ。
本作『ユンヒヘ』は、まさに上記の作品から影響されて、製作したという。
この『Love Letter』という映画は、1995年に日本で公開した恋愛映画だ。
主演に、当時から人気のあった役者、中山美穂と豊川悦司を主演に迎えて、撮影された。
この『lLove Letter』という作品は実は、日本のみならずアジア諸国で人気のある邦画なのだ。
特に、韓国、台湾、中国の3カ国では、数年の間隔を開けて、リバイバル上映が行われるほど、絶大な人気を誇る。
言わば、アジアを代表する恋愛映画の教科書みたいなものだ。
本作『ユンヒへ』の監督イム・デヒョンは、この作品から影響を受けて、作品を作り上げたと語っている。
岩井俊二監督の映画『Love Letter』は、日本国内のみならず、アジア各国の映像製作者たちに大きなインパクトを与えている映画だ。
例えば、(1)中国では昨年2021年5月20日に25周年を記念して再上映が決まったことをアナウンスしている。
また、(2)台湾でも2016年に20年の時を経て、デジタル・リマスター版でリバイバル上映され、当時中山美穂もお祝いのため、台湾に赴いたと記事にて紹介されている。
最後に、(3)韓国においても、今年2022年1月に映画『Love Letter』の1999年に公開されてから、23年振りにリバイバル上映が決定しているという明るい話がある。
日本人にとっても、嬉しいニュースだ。映画『ユンヒへ』を鑑賞に合わせて、邦画『Love Letter』を再見してもいいのではないだろうか?
この作品のDNAが、本作にも受け継がれているはずだ。
また、本作の主人公を演じるキム・ヒエという女優を知っているだろうか?
韓国ではベテラン女優の一人として挙げられ、彼女は80年代頃から韓国国内のエンタメ業界で活躍している女優だ。
主には、ドラマ中心の出演作が多く、代表作には『夫婦の世界』『最後から二番目の恋』『密会』など、がある。
ドラマ『夫婦の世界』においては、(4)第56回百想芸術大賞TV部門女性最優秀演技賞を受賞している。
業界からの評価を得ている女優でもある。映画では、『優しい嘘』『セシボン』『死体が消えた夜』などにも出演しており、本作以降にも、『ザ・ムーン』や『DEAD MAN』と言った出演作品の公開が控えているほど、韓国国内では実力派女優として位置づけられている。
彼女は、この作品の完成に合わせて、本国で何本かのインタビューに答えている。
その中でも、脚本に対する想いを打ち明けた記事がある。
「シナリオがとても良かった。私に入ってくる作品は、それほど多くはありませんが、 読みながらも拒否感がある時があります。 「これでも見ない?」と押し付けるようなシーンだけだったり「何がこんなに欲しい?」と必要のないシーンがたくさんだったり。読者の立場でシナリオを読む時、そこまでする必要があるのかと、疑問に思うシーンが多い脚本があります。 説得力がなく、不必要なシーンがたくさんあり、読めば負担になる時があります。しかし、映画『ユンヒへ』は本当に良い一本の小説のように感じました。出演を決めました。」
また、大作映画を選ばずに、小品にも出演する意図を聞かれれば、キム・ヒエ。
存在感のあるキャラクターもたくさん入ってきますが、 それは私の役割ではありません。全体の作品を見て選択します。作品が面白ければ、私の役割が小さくても大丈夫です。 そのような場合、キャスティングから除外される場合もあると聞きました。 映画の中で小さな役割ですが、知ってみると 秘密を抱いている人物がいるのではないか。そのような役割に私が入ったら 「そのような小さな役割で出演すること自体、キャスティングから除外されると言われています。でも、そんな役割って、本当に面白いじゃないかと思います。」
役者として、とても魅力的な考え方ではないだろうか?
大作映画ばかりに出演するだけでなく、本当に素晴らしい脚本なら、大小関係なく出演したいという。
小さすぎる役だと、ノークレジットになってしまう。良い物語の作品には、役者として出演したいという表明だろう。
この発言から察するに、本作のシナリオが本当に素晴らしいということを推し量ることができる。
とても興味深いインタビュー記事でもある。
最後に、本作『ユンヒへ』は単刀直入に言えば、「同性愛」を描いた作品だ。
20年前には、世間的に見て韓国でも、日本でもほもセクシャリティに対しては寛容な時代ではなかったのだろう。
だからこそ、両者は自身の家族に秘密を打ち明けることができなかったことは、残念なことでもある。
しかしながら、90年代もしくは、現代韓国の同性愛事情は、どうなのだろうか?
韓国のホン・ソクチョンという俳優を知っているだろうか?彼はドラマを中心に映画『ラスト・プレゼント(01)』や『頭脳遊戯プロジェクト、パズル(06)』『1724 妓房乱動事件(08)』など、韓国のエンタメ業界で第一線で活躍しているベテラン俳優だ。
この方がちょうど、20年前ほどに自身が同性愛者であることをカミングアウトしている。
その時代は、「LGBTQ」に対する理解は乏しく、彼は(7)世間的なバッシングを受けたという。
当時の韓国では、日本と同様に世界的に見て「LGBTQ」への寛容さが欠けていた時代だったのだろう。
現在の韓国の同性愛事情は、どうなのだろうか?
とても興味深い記事に辿り着いた。2009年に掲載されているため、少し前の時代の話にはなるが、ある学生インターンが記者として行った(8)韓国人レズビアンへのインタビュー記事だ。
記事を読む限り、この時代の同性愛者(LGBTQ)は比較的、容認されつつあった時代だと伺い知ることができる。
その反面、自身の中の葛藤や世間との折り合いなど、まだまだ課題は残る。
一方で、映画業界は「同性愛」をテーマにした作品を世に送り出してきた。
『ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気』『キッズ・オールライト』『キャロル』『アデル、ブルーは熱い色』『水の中のつぼみ』など、レズビアンを題材にした映画は、たくさん製作されているが、現実では同性愛者に対する世間の風当たりや彼ら自身の市民権は、著しく低いと言うしかない。
ある国家では、同性愛が「悪」として国全体で「ゲイ狩り」を行う冷酷な国も存在する。
それを題材にした今年2月公開のドキュメンタリー映画『チェチェンへようこそ ゲイの粛清』も製作されている。
世界的に見ても、LGBTQへの理解度は低いと言える。
本作『ユンヒへ』が、日韓の架け橋だけでなく、同性愛者に対する気持ちを考慮する作品の一助となることを祈るばかりだ。
映画『ユンヒヘ』は明日、1/7(金)より大阪府のシネマート心斎橋、シネ・リーブル梅田。京都府の京都シネマにて上映開始。また、全国の劇場でも順次公開。
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(2)中山美穗悄然赴台 宣传《情书》重映版http://m.hxnews.com/news/yl/rhyl/201609/09/1003881.shtml(2022年1月5日)
(3)23년 만에 \”오겡끼데스카\”…영화 ‘러브레터’ 재개봉https://www.upinews.kr/newsView/upi202112220027(2022年1月5日)
(4)百想芸術大賞とは、大韓民国の総合芸術賞。韓国のゴールデングローブ賞と呼ばれることもある。 1965年、韓国日報により映画および演劇を対象とする韓国演劇映画芸術大賞として創設された。
(5)(6)윤희에게 김희애 인터뷰https://www.bigissue.kr/magazine/new/237/664(2022年1月5日)
(7)‘호모’라 부르던 시대, 이제 개명은 됐을까https://m.hani.co.kr/arti/society/rights/965514.html#cb(2022年1月5日)
(8)異色 체험] 대학생 인턴기자 레즈비언과 친구 되다
한국의 동성애자 10만명 시대, 이 땅에서 레즈비언으로 살아가기
https://monthly.chosun.com/client/news/print.asp?ctcd=&nNewsNumb=200909100072(2022年1月5日)