映画『画家ボナール ピエールとマルト』知性と情熱の先に

映画『画家ボナール ピエールとマルト』知性と情熱の先に

「幸福の画家」は幸せだったのか?幸福の画家の「妻」は幸せだったのか?映画『画家ボナール ピエールとマルト』

©2023-Les Films du Kiosque-France 3 Cinema-Umedia-Volapuk

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人に与える絵画の影響力に対して、人智を超えた力を持つ事が、現代に生きる私達でさえ、解していない部分が多々ある事だろう。私は、古の時代から存在する芸術に長けた美術が、古来からずっと人類に影響を与え続けた所以を考える。たとえば、西洋美術史において、最古とされているものは、アルタミラ洞窟(スペイン)やラスコー洞窟(フランス)などで発見された動物や狩猟画と言った原始美術やウィレンドルフ (オーストリア)で発見された裸体像などに代表される先史美術(※1)だ。これらの美術史元年とでも言える絵画が、西洋美術の原点と言われている。ここからメソポタミア美術、エジプト美術、ギリシャ美術と続く。紀元前2~3世紀後には、ローマ美術を元にした初期キリスト教美術が誕生する。330年頃にはビザンティン美術、12世紀頃にゴシック美術、この頃の西洋美術において初期ルネサンス美術や15世紀末頃に誕生した北方ルネサンス美術や盛期ルネサンス美術、バロックが、現在、私達が直接目にする絵画では最も一般的な作品が並ぶ。その後も21世紀にかけて、ロココ美術、新古典主義、ロマン主義、写実主義、印象派、後期(ポスト)印象派、象徴主義、表現主義、シュルレアリスム、キュビズム、抽象表現主義、21世紀美術へと引き継がれている。映画『画家ボナール ピエールとマルト』は、フランス人画家ピエール・ボナールとその妻マルトの知られざる半生を美しい映像で描いた伝記映画だ。美術が、人の知性にどう影響与えるかは未知数だが、何世紀にも渡り、全人類を魅了させて来た絵画の力は、これからも衰える事はないだろう。

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画家ピエール・ボナールは、近現代美術へと移り変わる寸前の19世紀後期に台頭した印象派や後期(ポスト)印象派を結ぶナビ派の中核として活躍したフランス美術界を代表する最重要人物の一人。1867年10月3日、陸軍省の役人の息子として幼少期はオー=ド=セーヌ県・フォントネー=オー=ローズに生誕。20歳の頃、大学の法学部に入学し、弁護士資格を取得する一方、この頃から後のナビ派を結成する事となる画家仲間のポール・セリュジエらと出会う。ボナールは、47年に死没する迄、多くの作品を残している。正直、私自身、彼の存在を知らずにいたので、日本の美術界では名の知られる一方、一般層にまでは浸透していない可能性もある。今回、映画化もされ注目を浴びる中、現代フランスにおけるボナールの立ち位置はどうか?現代フランスでは、ボナールが再評価(※2)されたのは1980年代から。今日の近現代美術界にボナールの作品が、多大な影響を与えていると評される程、フランスにおける彼への支持は熱い。またアメリカのキンベル美術館やフィリップス美術館にて、彼の美術品が展示。北米におけるボナールの存在は、現代アメリカにおいて今でも絶大な人気(※3)を誇る。これが2024年の話だから、現在においても再評価されていると伺い知れる。これを機に、ボナール絵画に触れてみるのもいい事かもしれない。

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またボナールが立ち上げたナビ派とは、一体どんな役割を当時は担い、今はどんな風に捉えられているだろうか?ナビ派とは、先述した通り、ピエール・ボナールが中心となって立ち上げたナビ派には、他にエドゥアール・ヴュイヤール、モーリス・ドニ、ポール・ランソンらも加わっている。ただ、このナビ派が誕生したきっかけは、ボナールではなく、画家ポール・セリュジエがブルターニュのポール・ゴーギャンの元を訪れた際、彼から受けた指導にアカデミーとは違う価値観に衝撃を受けたと言われている。学校で習う色の使い方とゴーギャンが彼に指導した大胆な色使いの教えが、パリに戻っでセリュジエがピエール・ボナールらにこの時の経験を話した事が、ナビ派が生まれた。アカデミーの仲間以外にも、アリスティド・マイヨール、ヤン・ヴェルカーデ、フェリックス・ヴァロットンらも後に加わった。ナビ派の彼らは、自然光を全面に押し出す印象派に対抗し、画面自体の秩序を追求する姿勢を見せた。現代フランス美術界におけるナビ派に対する印象は、どうだろうか?「ナビ派のアーティストの作品は、絵画、素描、リトグラフのいずれであっても、美術市場、特にオークションでの需要が高まっています。彼らの作品は個人コレクターだけでなく公的機関からも注目を集めている。ナビ派グループは現代美術の歴史に消えることのない足跡を残した。」(※4)と評される。ナビ派の語源は、ヘブライ語のナビス。その意味は、「預言者」となる。彼らナビ派の画家達は、この時代の先にある現代の美術界に対して、どのような「予言」を持っていたのだろうか?映画『画家ボナール ピエールとマルト』を制作したマルタン・プロボ監督は、あるインタビューにて「監督自身の心に近いボナールの絵」について聞かれ、こう話す。

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プロボ監督:「家でこの本を開いて出会ったとき、彼の作品「昼食」を思い出しました。当時、私たちが住んでいたブレストの子供時代の寝室、ベッドの真正面に絵画がピンで留めてあったことを突然思い出しました。また、画家を目指していた母は私を育てたことで、彼女は発芽した種を蒔き、私を今日の大人、確信したフェミニスト、女性の側に立つ男にしてくれたのです。」(※5)と話す。美術や絵画には、深い深層心理の中の人の思い出を想起させる不思議な力を持っておりそれが時折、強烈な印象として脳裏に回帰する。それと同時に、芸術は人を育て、人の性格や心を形成させる特殊なパワーが備わっていると、再認識させられる。「私を今日の大人、確信したフェミニスト、女性の側に立つ男にしてくれたのです。」と監督が話すように、そこには母親という家族の影響、絵画という芸術の影響が、一人の人間の人生にどう影響し、作用したのか監督自ら教えてくれているようだ。

最後に、映画『画家ボナール ピエールとマルト』は、フランス人画家ピエール・ボナールとその妻マルトの知られざる半生を美しい物語として描いているが、冒頭で示した「美術が、人の知性にどう影響与えているか?」という疑問に対する答えは、ピエールとマルトという二人の男女の姿から読み取る事ができるのかもしれない。美術に対する深い情熱。彼ら二人の間に横たわる過激なまでの情熱。この情熱が、人々の心に作用する時、芸術に対する熱情こそ、人々が持つ知性の源流に真っ赤な血のように降り注ぐ。この情熱こそが、あらゆる感情に作用させ、人の心や知性を揺り動かす原動力となる。芸術や美術を通して得られる知性が、人の心を動かし、原動力となり、その後の人生や夢に大きな影響力を与えるのであろう。

©2023-Les Films du Kiosque-France 3 Cinema-Umedia-Volapuk

映画『画家ボナール ピエールとマルト』は現在、全国にて絶賛公開中。

(※1)西洋美術史とは? 年代順に詳しく解説https://media.thisisgallery.com/20190417(2024年11月3日)

(※2)La postérité de Pierre Bonnardhttps://www.radiofrance.fr/franceculture/podcasts/repliques/pierre-bonnard-peintre-de-l-ordinaire-devenu-epiphanie-1870010(2024年11月5日)

(※3)Channeling Pierre Bonnard’s Post-Impressionist Visionhttps://www.artsy.net/article/artsy-editorial-11-contemporary-artists-channeling-pierre-bonnards-post-impressionist-vision(2024年11月5日)

(※4)Expertise gratuite Cote et Valeur de votre peinture nabishttps://www.artexpertise.fr/estimation-gratuite-de-tableaux-du-groupe-des-nabis/(2024年11月5日)

(※5)Questions à Martin Provost, réalisateur du film Bonnard, Pierre et Marthehttps://www.musee-orsay.fr/fr/articles/questions-martin-provost-realisateur-du-film-bonnard-pierre-et-marthe-276705(2024年11月5日)