全米No.1バンドはなぜ失墜したのか?ドキュメンタリー映画『ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?』
ロックシーンが、全盛期を誇った60年代から70年代を背景に、当時のアメリカ政府の駒となり政治キャンペーンの広告塔として踊らされたロックバンド、ブラッド・スウェット&ティアーズの知られざる真実を描く。時は、1969年から1974年の5年間、在任期間であった第37代アメリカ大統領リチャード・ニクソンが、米国で政権を握っていた時代。当時のアメリカは、泥沼化したベトナム戦争の戦後処理、石油ショック・インフレによる不況、ウォーターゲート事件に代表される政治不信、学生運動の衰退に伴う失望感、民族主義の発展と公民権運動の前進、一般的には70年代の「暗黒時代」という認識(※1)が今も残っている。そんな激動の時代背景に翻弄されて、人気低迷、人気凋落の浮き目を見たロックバンドがいる。それが、本作で取り上げられているブラッド・スウェット&ティアーズ(BS&T)だ。アメリカの国家権力にされるがままに、BS&Tの若きバンドマン達は、大人達の都合の良い玩具にされて、稀代のロックバンドとして担ぎ上げられる。ドキュメンタリー映画『ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?』は、米ソ冷戦の渦に巻き込まれた悲劇のロックバンド「ブラッド・スウェット&ティアーズ」の当時の真相に迫る政治的ロックドキュメンタリーだ。文化芸術に政治は、必要か?音楽文化に政治は、必要か?映画文化に政治は、必要か?今の世において、私達人間としての資質が問われる画一的な音楽映画だ。
改めて、洋楽に詳しくなく、少し疎いと感じている方に向けて、ブラッド・スウェット&ティアーズというロックバンドが、どんなバンドだったのか紐解いて行きたい。かく言う私も、バンド名は知っていても、通って来た世代でもない。また、数多くいる70年代のロックバンドにも触れて来たが、BS&Tはほぼ聞いた事が無いので、改めて、彼等を知るいい機会だ。ブラッド・スウェット&ティアーズは、1967年にデビューしてから1981年までの14年間、特に1970年代の米国で人気を得たロックバンドだ。今年、2024年は再結成した1984年から数えて40年目の節目の年。数年のブランクを含めて、半世紀以上の間、BS&TはBS&Tとして活動し、多くのヒットソングを世に送り出している。代表曲には、「Sometimes in Winter(1968)」「Lucretia MacEvil(1970)」「Morning Glory(1968)」等が、活動初期で人気を得た。ジャズ、ブルースをロックに溶かし込んだ斬新なブラス・ロックを展開し、70年代のブラス・ロック・ブームを巻き起こした。シカゴやチェイス、スペクトラムと共に一時代を築いた人気絶頂のBS&Tだが、時のニクソン大統領の思惑に嵌り、政治的広告塔として、政治的なネズミの巣に知らず知らずのうちに巻き込まれ、音楽活動に大きな歪みを与えた。“鉄のカーテン”と呼ばれた東欧ヨーロッパのコンサートツアーで一体何が起きていたのか?二極化したアメリカに利用され、その結果、今で言うキャンセル・カルチャーの被害を受けた稀有なバンドこそが、BS&Tだ。
1970年6月17日、ユーゴスラビアのザクレブから始まったブラッド・スウェット&ティアーズによる“鉄のカーテン”と呼ばれた東欧ヨーロッパツアー。その背景には当時、ベトナム戦争が拡大され、収束に苦しんでいたニクソン政権が、時のアメリカ政治を握っていた。財政難に苦しみ金とドルの交換停止に踏み切り、ツアーから2年後となる1972年6月17日、世界的歴史的大事件が起きる。それこそが、リチャード・ニクソンを大統領の座から退任させたウォーターゲート事件(※2)の幕開けだった。泥沼化するベトナム戦争、ソ連とアメリカの対立が日に日に増す冷戦時代、アメリカにおける社会的経済的インフラ低下、対立と分断が70年代の米国にどう影響を与えたのか。多くの文献や研究資料が過去50年以上の間に発表されていても、その真相は未だ闇の中だ。その政治的闇の中に裸一貫で放り出されたのが、ブラッド・スウェット&ティアーズのバンドメンバーの面々だ。彼等は、聴衆的に人気を手中に収めながら、政治家達がそれを見逃さなかった。政治的思惑によって翻弄されたBS&Tは、ニクソン達、大人の都合によって、“虚構”のバンドマンとして担ぎ上げられた。あれから50年以上の月日が流れ、半世紀が過ぎたウォーターゲート事件(※3)も風化されつつ21世紀。私達人間は、この事実から一体、何を学んだと言うのだろうか?ドキュメンタリー映画『ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?』を制作したジョン・シャインフェルド監督は、あるインタビューにて本作の本質について、こう話している。
シャインフェルド監督:「今、世界的な歴史はほとんど二の次にされています。でも本当に重要なのは、1970年代にアメリカで何が起きたのかを追跡する事です。あの時代のバンドに何が起こったかだけでなく、当時のアメリカ国内における政治的情勢や世界規模で起きてい情勢を知る事が大切です。」(※4)と話す。本作『ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?』の主体となっているブラッド・スウェット&ティアーズというブラス・ロックバンドの知られざるツアーの顛末に興味を示すだけでなく、あの当時の米国やソ連、ツアー地となった東欧ヨーロッパなど、70年代、世界で何が起きていたのかについて、1ミリでも興味を持つ事が大事で、その好奇心がいずれ、現代における政治的動向への興味へと変貌するだろう。
最後に、ドキュメンタリー映画『ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?』は、米ソ冷戦の渦に巻き込まれた悲劇のロックバンド「ブラッド・スウェット&ティアーズ」の当時の真相に迫る政治的ロックドキュメンタリーだが、注目するのは1970年代のアメリカだけでなく、およそ50年が過ぎた今の米国政治や日本国内における政治的影響力について、スクリーンから想像しなければならないだろう。今年、アメリカでは今後の世界情勢を左右する大統領選が行われ、脅威の逆転劇(※5)を見せた。その大統領選の過程では、2度に渡る前大統領への拳銃による襲撃事件(※6)が起こっている。またここ日本では、岸田内閣政権に幕が下ろされ、新内閣総理大臣に102代内閣総理大臣 石破茂が選ばれ、石破内閣が発足(※7)された。その一方で、東京都知事選や兵庫県知事選では石丸幹二氏や斎藤元彦氏の知事選において、SNSを駆使した若者からの投票(※)が目立ち、日本国内における選挙への熱視線が送られ、従来における選挙への改革が注目を受けている。斎藤元彦氏は今、そのSNSの運用を巡って、公職選挙法違反(※9)ではないかと批判の的だ。日々、政治は変化を遂げる。政治は、生ものであり、生き物なのだ。社会に日々の変化をもたらし、人民に選挙参画の音頭を取る。でも昨今の政治は、民衆や若者をSNSを通して踊らしている。私達は、その政治に対して踊らされてはいけない。SNSや情報だけに踊らされるのではなく、自身のの中に信念を持つ事が大切だ。政治によって踊らされた結果が、ブラッド・スウェット&ティアーズの悲しき顛末だ。文化芸術や大衆文化は、政治によって利用されるものではない。また、文化芸術や大衆文化が、政治を利用するものでもない。私が今、未来に望む事は、政治と文化が共に歩み、共生共存する社会を生み出す事だ。
ドキュメンタリー映画『ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?』は現在、全国の劇場にて公開中。
(※1)1970年代のアメリカ企業はどんな姿だったのか ― 2020年と異なる資本主義の時代https://www.esquire.com/jp/culture/art/g34889415/corporate-america-1970s-photos-susan-ressler/(2024年11月25日)
(※2)【6月17日は何の日】50年前、アメリカで「ウォーターゲート事件」発覚https://smbiz.asahi.com/article/14604075(2024年11月25日)
(※3)ウォーターゲート事件50年 政治と国民、分断の契機https://www.sankei.com/article/20220618-O36LPBCO3BMLFKW3DNKMQ5NYIY/(2024年11月25日)
(※4)John Scheinfeld (‘What the Hell Happened to Blood, Sweat and Tears?’ director) on the fall of one of music’s most popular bands [Exclusive Video Interview]https://www.goldderby.com/feature/what-the-hell-happened-to-blood-sweat-and-tears-video-interview-1205583322/(2024年11月25日)
(※5)【開票速報】アメリカ大統領選挙2024 全米各州の選挙結果https://www.jiji.com/sp/tokushu?id=2024_presidential-election-kaihyo&g=use(2024年11月25日)
(※6)トランプ氏銃撃 そのとき何が?https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240726/k10014524661000.html(2024年11月25日)
(※7)石破内閣の発足https://www.kantei.go.jp/jp/102_ishiba/actions/202410/01ishibanaikaku.html(2024年11月25日)
(※8)予想を裏切る「大勝利」…兵庫県知事選「SNS」が民意を変えた? 真偽より「インパクト」でバズった果てにhttps://www.tokyo-np.co.jp/article/368123(2024年11月25日)
(※9)兵庫 斎藤知事 知事選めぐり公職選挙法違反の指摘を否定https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241125/k10014648991000.html(2024年11月25日)